車は松代の中心を抜けて、皆神山の桑根井へは5分もかからない。
五人は車を降りると、地図と照らし合わせた場所へと向かう。
「警視庁特別祭祀機動隊です」
ミルヤが手帳を見せると、住民はあっちだと指をさした。
「じいさんの代のことだから多くは知らないけれど、地下壕の入り口は茂みがうっそうとしててあまり近付くのはお勧めしないよ。さっきも見学っぽい人が来てなぁ、怪我されちゃあかなわんよ」
「協力ありがとうございます。我々は地下壕へ入ることはありません。ただ、この先に何か埋まっていたり、出てきた話はありますか?」
住民はしばし考え込んでから
「あー朝鮮の人のお墓って言われてる石があったね! このあたりにも飯場っていう労働者の宿舎があってね。そこの人じゃないかって言うんだよ。子供の頃からそう言われてたけれど、本当のところは知らないんだよね……」
住民の言葉と照らし合わせて先に進むと、帽子を被った面長でほほに大きなシミの浮かんだの老人とすれ違った。
「こんにちわ!」
詩織の挨拶に老人は驚いた顔で見た。
「どうかしましたか」
「あ、いや、どうもこんにちは……」
老人は小さな足取りでミルヤたちの元来た方向に歩いていった。
「何かありましたか?」
詩織は老人の背中をチラリと見て足を止めた。
「当時の方だとしたら、あの方くらいのお年ですよね? ちょっと聞いてきてもいいですか?」
「無理な質問をしないように、それと内容に気をつけて」
「はい!」
詩織は走って老人の隣についた。
「ごめんください! ちょっとお聞きしたいことがあるんですが!」
老人はチラリと腰のものを見て軽く後退りながら、私になんでしょうかと尋ねた。
「戦時中に地下壕のそばで作られてた刀のことについて調査しているんですが、何かご存知ないですか?」
「え……?」
「おじいさんはお年も当時をご存じの方と思いまして、唐突にお尋ねしてしまいました」
「そうか……」
老人は小さく頷いてから象山の方を指差した。
「象山神社の奥、今は公園になっているところが立ち入り禁止で……よく軍人が歩哨に立ってて睨まれたもんだ……」
「ご存知なんですね?」
「ああ、お前らにコーリャンしか食わしてもらえなかったからよーう覚えとる」
彼はじっと一人の少女の目を覗き込んだ。
詩織は老人の瞳にある深い深い時間の重さを叩きつけられている感覚に襲われ、心がわずかに後退りした。
「でも……刀使が来ると白い握り飯をくれたなぁ……」
しかし誰の顔が浮かんだのか、フッと目線を外した。
一同は草木が風に靡かれる音の中を立ち尽くしていた。
「おじいさん」
「わしは朝鮮から来た労働者だった。古い仲間の弔いに来てみれば、はじまるのは尋問か? ハハハ!」
笑いともつかないから笑いをして、詩織の困った表情が目の端に映って俯いた。
「……じゃあこの先にある大きな石は」
「わしが帰国前に仲間と弔いのために建てたんだ、戒名も彫ってやれなかった名前もよく知らないやつもいたよ。だから何も書いてない。のっぺらぼうだよ。終戦のあの日、わしが離れた時に爆発事故が起きて崩落したんじゃ、日本人は誰も気にも留めてくれなかったよ」
詩織とミルヤは目を見開いた。
地下壕の歴史に関して資料に目を通していたからこそ、知らない情報が目の前に出てきたのである。
「終戦の日、労働者には終戦の事実を伝えられなかったと聞きます」
「わしらは暴動を起こすとでも思ったんだろう。あの日も冷たくてじめじめした象山の壕で作業してたよ……」
老人の口はあの日のことを簡潔に話した。
8月15日、工事中に開口部を発見。自身がズクを運び出すために地下壕を出た後に崩落が起きて、友人や仲間を失った事実を……。
「遺体を掘り出すことは禁じられた。さっきも崩落した場所は厳重に封がされていたよ。この話は誰も覚えていなかった。弔いが必要なのを知っているのは、あの後の戦争で生き延びたオレだけだ……」
老人は深く肩を落とした。
「あの……」
「ここまでだ。これはあの時、刀使がうまい飯をくれた礼だ。それ以外は……もううんざりだ……じゃあな」
振り払うように手を後ろへ投げやって、老人は再び歩き出した。
遠くなる背中を見ながら、ミルヤは結芽と顔を見合わせた。
「当日帰ってこなかったのは四人の作業員、現場監督、そして」
「将校……熱川さんの言っていた贄川中尉」
熱川恵子は彼が印象こそ薄いが不気味な存在だと言った。
「トンネルに御刀の残片が埋められたのは終戦間際のはずです。松代の作刀場に付かず離れずなら、いつ埋めに行った?」
「贄川中尉ならやりかねない……」
未久の思い出した恵子の一言に先の若々しいまま現れたという貞晶の存在が浮かび上がった。
そして、ここにいる全員が熱川中尉も生きているという考えが浮かんだ。
「憶測はよしましょう。まずは証拠の確認です。このあと象山壕も調査に向かいましょう」
◇
一行は地図で指定された場所に到着した。
大本営地下壕の食糧庫として建設が進んでいたハ地区地下壕がかつてこの皆神山で建造が進んでいた。だが、終戦後は地下壕は崩落が進み、その入り口がわかる人間はほぼいない。
だが熱川恵子の書いた地図は正確に壕の入り口を示しているようであった。
知らない山野の草木が生える中、目的地には点在するようにホタルブクロや紫陽花がひっそりと花を咲かせる。
目的地の場所は草木が生い茂っており、そのすぐ近くに綺麗にされた茶色い石が一つ。
その前に小さな花束とコンビニのおにぎり、そしてお酒が供えられていた。
「さきほどの方が言っていた戸籍不明の犠牲者のお墓ですね」
全員で手を合わせてから、目的地の目の前の草木をどうするかと話を戻した。
「まず珠鋼感知でスペクトラム計の反応を探りましょう。地元警察の待ち合わせ時間まで、まずはこのまま周囲に痕跡がないか見ましょう」
「はい! .ん?」
振り向いた瞬間ほんの僅かだが、茂みの中に何か黒いものが見える。
未久はすぐ隣の結芽に声をかけて、素手のまま草木を押し分けた。
「やや! 洞窟?」
「試掘坑でしょうか……ミルヤさん!」
地元警察が来ると、総出で周囲の草木を取り払った。
「これは……」
目の前には人一人が入れる人工的な穴があった。入り口は半地下になっており、かつて木板で蓋をしたような跡があり、蓋をするのに使ったらしき釘や鉄板が穴の底に散乱していた。
「これが熱川恵子の言っていた最後の埋設地で間違いなさそうですね……」
「見てきましょう。詩織ちゃん!」
「はい!」
カメラを胸に付けてヘルメットを被った二人は警官が先導しながら中に入った。
ヘルメットのライトが、薄暗く冷たいトンネル内を照らし出した。
「ひ、広いですよ!」
「でも崩れた場所に埋めたってメモはほんとみたい。ほら」
空間は高さはあれど、3メートルもしない場所は砂と岩に埋もれていた。
「お二人とも」
頬のこけた体の細い警官は何かを見つけたらしかった。
それは地面に突き立てられた軍刀であった。
「普通の鋼で作られた刀身ですね……錆びが浮いてます」
「メモの通り……刀の先に」
ライトでその場所を照らすと、すでに掘り返されたような痕跡があった。
元に何かの容器らしき木片が散乱していた。
「朽ちて崩壊したのか、すでに誰かが掘り返したのか」
「でも間違いなくここをGHQは見逃しています。鈴本さんが送ってくれた資料にもやはり記録はありません」
「現物がないとすれば……あともう一つあったよね?」
詩織は刀の刺さる位置を確認して反対側へとライトを照らした。
「作刀場メンバーの名簿ですね」
箱らしきものが露出しているのが見え、二人は軍手とスコップで慎重に砂を取り払った。
そこには射撃場トンネルで見つけたのと同じ、厳重に隙間を密閉した樹脂製の箱が姿を現した。
「これテープで巻かれてる……しかも新しい」
結芽は小柄を鞘から抜いて、慣れた手つきで包装を解いた。
中を開けると一通の封筒が入っていた。
『調査隊様へ』
その宛名に添えられている。それも今年の一週間前の日付である。
「私たちを名指しですね」
「扇ヶ谷貞晶……何を考えているの……?」
結芽はライトが照らした洞窟の狭い角に人工物があるのを見つけた。
「詩織ちゃん」
「小さいですが……仏壇ですか?」
朽ちかけていたが、丁寧に掃除されていた。扉を開くと何もなかった。
しかしうっすらと何かを置いていた跡がある。
「最近持っていったと言うことでしょうか?」
このサイズ感に思い出したくない記憶がチラつく。
「たぶん……位牌かな」
結局、この小さな洞窟から見つかったのは先ほどの一通の封筒だけだった。
◇
バスを待ちながら
そして、その全身を叩く疲労が過ぎた時間の長さを強く実感させた。
「もう来年は来れないかもしれない……」
あと数分で着くバスを諦めて、その足で再び象山壕へと赴いた。
その小さな歩幅で辛い記憶の合間に見える、軍服を着た少女の無垢な笑顔と差し出された白い握り飯が目に浮かんだ。
(刀使だけは……刀使だけは優しかったなぁ……)
その優しさは作られたものかもしれない。だが、プロパガンダと信じたくない気持ちが胸の底にあった。
それは日本へ通う回数を重ねるほど強くなった。
(あの子たちもちゃんとオレの話を受け止めてくれた……もう誰かに引き継いでもいいだろう……いや、引き取ってもいい)
住宅街の中に現れた象山壕の入り口が見えた。
(せめて遺骨さえ連れ帰ってやれれば……)
入り口に入ると、管理事務所に人の気配がなく、窓から覗くと人一人いない。
だが、壕への入り口近くに一人の白いスーツを着た若い男性が立っていた。手には長い細い包みを持っている。
彼はゆっくりと姜老人へ振り向いた。
「う?」
その横顔がはっきりし始めると、老人の背を冷たいものがそっと撫でる感覚が走った。
細い目で、頬は切り立ち、感情の読めない作り笑い。
八十年前の記憶が……すでに存在しないはずの男とぴたりと重なった。
「どうしました? 今は見学中止中みたいですよ。せっかく見学に来たのにとんだ災難ですよ」
どうでもいい会話だが、明らかに
「もしかして、ここで働いてました?」
「にえ……いや、戦争の本で読んだんですよ。そっかぁせっかく松代に来たのになぁ。それじゃあ……」
「はい、私は贄川ですよ。どこの現場の方でしたかね?」
体の震えが止まらない。
出くわしてはならないものに出会った。
本能がそう告げている。
「おかしい」
「はい、おかしいですね」
笑顔を一切崩さない。
「落盤で生き埋めになったはずだ……」
「あの時、私があそこにいたのを知ってる人間は全員殺して落盤で埋めたはずです」
「あの洞穴見つけた時に仲間もいっしょに……」
「おお、第一発見者が残ってましたか。突貫工事の現場管理は本当にザルですねぇ。そう思いません?」
全てに整合性がつく、目の前の男が若々しいままなのを除けば、一人の犯行だと合点がいった。
ふつふつと怒りが湧き起こった。
「質問を……質問で返すなッッッ! この……亡霊めっ!」
その一言に笑顔を崩さぬまま目をギョロリが
「間違いない生き残りですね。私の顔を覚えられているのは面倒なので……」
姿勢を低くしたと同時に飛ぶように迫った贄川は、姜老人の首を左手で鷲掴みにした。
解けた包みから棒のようにまっすぐな長脇差が姿を現した。
器用に片手で鞘を払って、姜に突き立てんとするりと切先を左鎖骨間隙に当てた。
「出会わなければよかったですねぇ……」
「ひぃ……!」
「待てーっ!!!!!」
その声と同時に白い輝きが贄川の構える手を押さえ込んだ。
内里歩である。
完全に軸を捉えてその手は崩れないが、贄川の顔から余裕の二文字は剥がれない。
「刀使に逮捕権はありませんが、殺人現場に居合わせた時はその制圧を現場巡査の判断で協力を願うことができます」
「はい! 松代署の相田が出しました!」
ミルヤの仰々しく読み上げる声に、地元警官が追認の言葉を返した。
「封筒の中身ガン無視でこっちに来ましたか……おおかたこの男のせいですねぇ……」
「その人を掴む手を離しなさい!」
「いいですよ」
彼は鷲掴みにしていた首を離すなり、姜老人を蹴り飛ばした。
注意がずれた瞬間、歩は自身に向かってくる拳を避けると、自然と贄川から手が離れた。
詩織が老人を抱き止めた時には、素早い足取りで壕の中へと入っていった。
追っていった結芽は駆け足が遠くなるのを聞いて立ち止まった。
「結芽!」
「だめ歩ちゃん。私たちこの地下壕のこと何も知らないから一旦情報を整理しよう」
「あの動きさ……」
「普通の人間じゃない」
歩は目をさし示した。
「ずっと疑ってたんだけど、口に出さなかったの。黒いけど赤く濁ってた」
「まさか冥加化?」
「詳しいことはわからないけれど、冥加化した人間がいるなら……」
「刀使の方も……ありえる」
冥加刀使……それはノロを打ち込んで、刀使の写シとその能力を飛躍的にを強化する禁術によって生まれた刀使。だが、ノロを打ち込めば体が荒魂化する重大なリスクがあり、心身ともに凶暴化。また、そのノロが強大な荒魂のものであるほど、刀使を支配、洗脳、記憶改竄できる。かつてタギツヒメはそうして刀使を従属する手段をとった。
そして歴史上において、普通の人間にノロを打ち込み刀使と同等の力を得る事例があった。それは極めて高い失敗率と、荒魂と化してヤマノケになる事象を伴ってである。
事務所奥に拘束されていた二人の職員の拘束を解いて、地下壕内の地図を出してもらった。
「今でも開口している部分がありますね……」
「この壕は崩落こそあれ、23,000平方メートルにもおよぶ広さがあります。とても一人の人間を探し出すのは……」
事務所の隅で安静にしていた姜老人は、体を起こして声を上げた。
「Dの17番通路……! 終戦の日に発破事故で崩落したと……されていた。だが、あいつは……」
詩織と警官に支えられながら、地図を力強くさし示した。
「贄川中尉は自分が殺したと言った!!!」
あの若い男が熱川恵子の言っていた贄川なら、最も接触した歩と結芽には確信に近いものがあった。
「あいつを……捕まえて…….裁いてくれ……! 頼む……! オレには……あの亡霊をどうしようも……できないッ!」
一人の涙ながらの慟哭は、過去からの因縁が打ち捨てられた地下壕に蘇る……そんな薄ら寒さを感じさせた。
「私たちの今回の調査任務は軍真刀に関する証言と遺構の調査です」
ミルヤは確認事項を述べるように、老人の贄川への復讐を絶った。
「ですが、彼にはまず刀使・御刀法および銃刀法違反。殺人未遂の疑いがあります。刀使・御刀法に則って、御刀の回収と危険使用の防止義務が私たち特祭隊にあります。仮称、贄川より御刀の没収と事情聴取のための拘束を実行します。逮捕時は地元所轄に引き渡しをもって、事情聴取のための拘束とします。よろしいですか相川巡査」
「お任せください。すでに署には応援を出し、壕の出入り口を塞いでもらいます」
「おねがいします。質問は?」
未久が手を上げた。
「壕内では狭いので、サブで持ってきた教経友成を使用してもよろしいですか?」
「そうですね、山城未久の判断に任せます。壕内は古く崩落の危険もあります。全員細心の注意を払うように!」
「「「「はい!!」」」」
◇
ステップを踏むように駆けてきた贄川は八十年ぶりに崩落した現場に戻ってきていた。
「順調ですか? 守縒刀使のみなさん!」
飄々とする彼を写シを張って八幡力で瓦礫を払う仮面の刀使たちが一斉に見た。
一人を除いて贄川に向けて凄まじい殺気を叩きつけた。
「みなさん元気もりもりですねー! 安心しました!」
「人に土木工事押し付けて入り口の足止めしてたヤツがなんでここいんだ」
虎がそう毒つくと、ごくごく普通に報告するように調査隊が来たことを告げた。
「例の燕結芽がいる調査隊が来ました」
「……はぁ!?」
「なので尻尾巻いて逃げてきました」
「姉様、こいつぶっ殺しましょうか?」
辰の真っ黒いドス声に待ちなさいと子が釘を刺した。
「牛、とりあえず掘るのと迎撃するのにメンバーを分けましょう」
「ああ……兎はB通路、虎はC通路、D通路は私が行く……横通路のヤツが危なそうだったら加勢していい。子と辰はそのままブツの回収に専念しろ」
「私は燕結芽が来たら」
「問題ない、必ず私のいる通路に現れる」
「あなたの予言あたるものね」
表情の動かない牛は立てかけていた柄の短い槍を持って歩み出した。
「神の恩寵だ。感謝いたします神よ」
牛の信仰心に呆れながら、兎は隣で二刀をクルクルと回す虎に仮面越しに笑顔を浮かべた。
「虎ぁ、ピンチになったら叫ぶのよぉ、うさぎさーんって」
「死んでもお断りだ。あ、お前が死ねば獲物はオレのになるな」
「その言葉そのままお返しするわぁ。嬉しいわぁ!」
兎は鯉口の具合を確かめて、何度か地面を跳ねた。
「さぁようやく出番ですわね……調査隊、どれほど私の兎跳能に敵うか……」
唇をなめると、その薄赤い唇が怪しく潤った。
地下壕を赤い目の光が這う……。
それは狩におもむく猟犬のように暗闇を縫い進んでいくのだった。