燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

63 / 63
其ノ四十二『地下壕の決闘/菫青幻視:六』(中編)

 

 

 狭い地下壕の入り口を抜けると、天井高2.5メートルほどの横に広い通路が姿を現した。

 

「内里歩と私ははA通路に、柳瀬詩織はB通路、山城未久はC通路、燕結芽はD通路に分かれます。幸い無線が通る程度に区画が細かく分割されています。敵が集中する場合はそちらへ応援に回れる配置です。あくまで、この間の仮面の刀使たちがいる前提の話ですが……」

「それだと応援に動いた時にミルヤさんが一人になります」

 真剣な歩に心配ないと、包丁藤四郎を抜き払って写シを纏って見せた。

「会敵しても最長5秒迅移を発動して逃げられます。それに稽古は怠っていませんので心配無用です」

「わかりました! ミルヤ先輩の現役復帰大いに歓迎です!」

「頼みます。燕結芽、突破が可能であればあなたが最先鋒として進んでください」

 結芽はニヤリと笑って見せた。

「ヘイト集めちゃっていいんですね」

「はい。燕結芽、いると思いますか?」

「……感ではなく状況証拠からの推理です。扇ヶ谷貞晶に関するものを探せば、必然的に彼女たちも同じものを探しています。必ず接触があると見るべきです……いや、会敵と言うべきですね」

 ミルヤはうなづき、かすかに風の通る通路の奥に目を凝らした。

「総員抜刀、写シ」

 内里歩は大慶直胤、柳瀬詩織は車太刀、山城未久は教経友成、そして燕結芽がニッカリ青江を抜いた。

「散開」

 四人がそれぞれの突入地点に入っていくのを確認してから、結芽は暗闇の続くD通路へと駆けていった。

 

 

 結芽に続いて通路に入ったのは未久だった。

 

 彼女の入ったC通路は隣のD通路よりもやや広かった。

 暗い通路内は写シで強化された視力で30メートル先の足元まで見通すことができた。

「来たなぁ……」

 ましてや写シの輝きを纏っていれば視認はより早い。

 未久の視界にもやや離れた場所に、朱の混じった白い光がかすかにゆらめくのが見えた。

「いた。本当に」 

 距離としては37メートル、未久は軽い歩幅で切先を前に出してやや大きな歩幅で相手と間合いを詰める。

 ボンッ! 

 砂煙が舞うと同時に白い光が目の前に急速に迫ってきた。

 その物々しいおそらく造りの脇差が二振りも未久に襲いかかった。

「だーりゃーっ!!!!」

 ガキィィィィイィイィィインッッ!!! 

 雄叫びも気にせず、やや刃を水平にしながら斬撃を受け止めた。だが、斬撃の重さに僅かに膝が折れた。

(こいつが噂のトラ仮面!)

 目の前で笑顔を浮かべる虎を模った面の刀使が変声機を貫通して叫んだ。

「さぁ死合いの時間よ!」

「ふんっ!」

 押し払うと、二太刀目を警戒して間合いを離した。

 右手で指差す寅に未久は冷静に対峙する。

「調査隊はホント粒揃いね……あれを受け止めてケロリとしているのはあなたが三人目よ」

「私より頑丈な姉からのお下がりですよ」

「ふぅん、きっと鋼鉄でできてるのかもね。お相手してほしいわ」

 たぶん女性として相手してくれるだろうなと思ったが、すぐに真面目な思考に切り替えなおした。

「私が相手します」

「嬉しいね。ここからは真っ向腕っぷしのコミュニケーション! この間は制限されてたからなぁ……今回は出し惜しみはないわ」

 低く構えた寅に対して、未久は天井高を考慮して前傾姿勢の蜻蛉の構えになった。

「神結(しんけつ)__虎牙能(こっがのう)……第二開ッ!!」

 彼女の腕と足を透明な膜が覆い、マダラの獣の腕が現れ、刀の位置に爪が現れる。

 脚も人ではない四足歩行の虎のごとき剛脚となった。

 真っ赤な目がギラリと未久を離さない。

 そして尻尾が生えると、写シは琥珀色に染まった。 

「行くぞッ! ウガアアアアアアアアアア!!!!!」

 虎のごとき咆哮が地下壕を震わし、両耳に強烈な金切音をたてた。

「おねぇちゃんは苦手だったみたいだけど……私は気迫を押し出すのは嫌いじゃないっ!」

 未久は大きく息を吸った。そして、迅移で加速しながら虎の間合いに飛び込んだ。

「キェェェエェエエエエエエエエエ!!!!!!」

「ウグルアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 許烈な打ち下ろしの連続を、互いに咆哮を上げながら刃を叩き合わせる! 

 虎は寸伸び短刀ほどの御刀に関わらず、まるで荒魂になったように人外の斬撃を浴びせる。

 返して、未久も天井高によって振りかぶる範囲をとれないため、短いスパンで素早く打ち込み続ける。

 気迫と集中! そして間断ない斬撃からくる衝撃と破壊力! それを物ともしない二人の気合いの叩きつけ合い! 

 叩きつけ合いに痺れを切らした虎が飛び込んで、未久の胸を切り付ける! 

 だが、すぐさま上段から落ちてきた柄頭が虎を地面に叩きつけた! 

「ぐぁらぁ!」

 顔をむくりと起こしたと同時に未久の顔を横殴りに叩いた。

 だが未久はすでに蜻蛉の構えに戻っていた! 

「キェイアアアアアア!」

 振り下ろされた一撃を咄嗟に刀で受けたが、盛大に後方へと弾き飛ばされて地面を転がった! 

「ぐっ……こんな時に体力不足が……でもまだいけるッ!」

 未久は胸の苦しみを飲み込んで、追撃を仕掛けんと体を前傾にぐっと虎の顔を捉える! 

「ふぅんむッ!」

 回転軸を捻って体を起こし、四足歩行の形で構えた。

「ああ……いい……! 楽しいじゃないのさ…….! 出し惜しみは失礼! 神結(しんけつ)__虎牙能(こっがのう)……第三開ッ!!」

 彼女を強化していた獣の部位はさらに広がり、ついに全身を包んで完全に虎の形へと変身した。

「荒神虎牙顕現(こうじんこっがけんげん)ッッッッ!!!!」

 人間の三倍はある身丈から先ほどまでとは比べ物にならない咆哮が未久に浴びせられる! 

「グルァアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアァァァアア!!!!!!!!」

 未久はここまで自分の打ち廻りを凌いだ初めての存在への興奮と全身に駆け回るアドレナリンにより、大太刀術は彼女の学んできた全てが無意識に身体に反映されることによってさらに色めき出す。

 切先を前に突き出しながら、正確に物打ちが巨虎との距離を測り出す。

 示現から柳生へ、未久は目の前の荒魂と化した仮面の刀使に対して『勝つ』以外の文字を排した。

「すっー……来いっ!」

 体格がデカくなったのも関係なしに虎はより素早く、より重く、攻撃範囲も拡大する。

「グルゥアァ! グガァッ! グアリャアァ!」

 だが巧みに受け流しながら、その弾かれた力で正確に返し切りにかかる。

 猿叫で火照った体がいつもの彼女よりも強烈に、だが柔軟に刃を返しながら刀の重さを叩きつける。

 刀身を通して体がビリビリとなるが、教経友成はその広い身幅と頑強な刀身で虎を押す。

「いけるっ!! おおっ!!!」

 バキッ……! 

 虎の一撃を凌いでから前へ踏み込んだ瞬間、体を跳ね出していた左足から力が抜ける感覚がした。

「!?」

 チラと見た両足の写シに稲妻のごときヒビが入り、ついに左足から胴体が離れた。

「モラッタアァァアアアアアアアア!!!」

 頭から振り下ろされた刀と一体になった右爪に対して、咄嗟に友成で受け止めた。

 バキバキバキッ!!! ガシャアアアアアア!!!! 

 ガラスが割れるように、踏ん張った両足が砕け散った。

「あなたはすごい……よく耐えられたわね。でも、普通の写シで私の攻撃にいつまでも耐えれるわけがない……」

 横凪の一撃が未久の写シを粉々に打ち砕いた。

(写シが物理的に砕ける??? うぅ……フィジカルが違いすぎる……!)

 消えた写シから溢れ出るように全身を叩くような衝撃が走り、地面を転げ回った末に未久は朦朧とする意識の中で体を起こそうとした。

(まだ……まだ……負けたままじゃ)

 無理やり上半身を起こしたところで意識が消し飛び、倒れた。

「ありがとう。いい死合いだったよ。またやりましょ!」

 虎は勝利の咆哮を上げた。

 

 ◇

 

 二人が開戦した頃、詩織は見学用に点灯された黄色のランプに照らされる中を走る。

 

 それはいきなり正面から脇構えで目の前に現れた。

 キィィイイイィィィン!!! 

 車太刀で無意識に受け止めた刃を上方に流しながら間合いを離す。

「あらぁ、少し遅かった? 最悪ぅ」

 青眼の構えで対しながら、いきなり現れた兎を象った仮面の刀使に一瞬思考が止まった。

(おかしい明眼でも直前の動きが見えなかった! 偶然あの位置に車太刀を置いていたから受けれたけど、もし一寸でも右に構えてたら一太刀で……瞬間移動? 迅移じゃないのは間違いない……いや、一瞬だけど見えた。いるっていうかすかな感覚を信じられなかった……でも体は動いた! 見えた瞬間の距離は……)

 チラリと左角の通路を見た。

(7メートル)

「ん? もしかして虎と辰ボコった人ぉ? あはは! じゃああんたバキバキにしてやれば虎って私よりザコじゃん!」

 仮面越しからの無邪気な笑い声に対して、詩織は冷静に相手を分析していた。

(縮地。持ってる人は少ないけど、きっとそれを強化した能力かも)

「じゃあ……」

 右脇構えになった瞬間、ふたたびノーモーションで詩織の近間に飛び込んできた。

(やっぱり見えない! けど!)

 すぐに『八艘』で飛び上がって天井に足を着いた。

(同じパターン!)

「同じパターンねぇ」

 兎の手にする長大な刀身がするりと詩織の額に突き貫いていた。

 思考が止まる。

「写シだって頭やられたら死ぬのと変わらないわよねぇ」

 刃を立てて頭を縦割るように刀を剥がすと、ずるりと落ちる詩織の体を二度袈裟斬りにした。

 写シが砕けて地面に叩きつけられた。

「ぷ、ザコ」

 写シが解けて落下で叩かれた頭の痛みで覚醒した。

「痛っ!」

 そう言いながら急いで後退り、写シを張り直した。

 顔を上げると悠々とする兎の表情が見えた。

 うっすら歪んだ口元に自分への嘲笑を浮かべている。

(何をされた……? 違う違う! 私が天井から連続跳躍を繰り出すその頭をとられた! ということは跳躍からのフェイント!? 〕

 兎が再び構えた。

 詩織は直感的に後ろへ飛んで間合いを離した。

(来るっ! ____________ん?)

 口を真一文字に結んだまま、上段の構えを解いて指の爪の紫のマニキュアが剥がれていないかをいじりだした。

「男もだけど、女向かわせようとするヤツって嫌い」

「それはお互いの誠意次第だと思いますよ」

「は? え? 誠意って言葉の意味知ってるぅ? 誠意信じる奴はスパチャしまくる狂信者か馬鹿っしょ。ちゃんと私が生きれるように私のためになるのがフツーなの」

 ようやく詩織に向いた顔には、やはり相手を下に見る態度が大露になっていた。

「雑魚で馬鹿なあなたにに分かりやすく言ってやるわぁ。来なよ、そのちっさい刀で」

 詩織は冷静だった。 

 この程度の煽りで動きを乱すことはない。

 だが、相手の能力が未知数であり、先ほどの仮定を捨てて新たな可能性を考えた。

(でも、それを確認するには間合いに入る必要がある)

 相手はかなりの精度で間合いを読んでくる。そして相手のペースに乗らないストレス耐性もある。

 ちゃんと逃げる判断もできる。

(驕りはない。今度は逃げる脚もある。仮説を確実性のある情報に置き換え、打ち勝つ!)

 膝を軽く緩ませ、車太刀を隠し剣で構えながら左手をフリーにして前に突き出した。

(迅燕(はやつばめ)____!)

 正面へ飛び込むが、いつの間にか左の壁へ、さらに反対の壁と地面の減りへ、さらに天井へ、壁へ、地面へ、天井へ……詩織がいくつもの残像を象りながら、それは狭所では絶対にあり得ない加速を不規則な動きを維持したまま間合いが広がってくる。

 詩織はその加速の中でぴたりと兎を捉えている。

(正面に注意を向かせて背面から急所を突いて写シを剥がす! そのまま拘束する!)

 目はかなり前の残像を追っている……胸の内に勝利の確信が生まれた。

「ふぅん、やっぱ」

 兎は受け流すように構えながら上段へするりと移した。そして、腰を落としながら背中を向いた瞬間。

 詩織はいつの間にか兎の振り向いた……狙っていた背面の位置で確実に突くべく、へそ前に車太刀を構えていた。

 先ほどまで壁を蹴っていた詩織は、突然今の形になり困惑し頭が真っ白になった。

(え?)

 間髪容れず上段からの袈裟斬りが詩織を文字通り一刀両断した。

「ザッコ、アハハ!」

 半身がずれ動く感覚と共に写シが砕け散った。

(これは……フィジカル系じゃない……! 時間さえ捻じ曲げる……未来予知……!)

 写シが庇いきれない両断されたことによる身体的な衝撃が詩織から意識を奪った。

 力なく倒れた詩織の手から車太刀が転げ落ちた。

「私のスコアになってくれてありがとうねぇ、ちびザコさん」

 仮面越しに見下す目は真っ赤に輝いていた。

 

 

 ◇

 

 未久の猿叫は地下壕に響き渡っていた。

「未久ちゃん気合い入ってる〜ぅ、ん……?」

 暗い通路を走る結芽の前に、長物を持った高い身長の刀使が立っていた。

 駆け足から徒歩に改めつつ相手の様子を見守る。

「来たな」

「未久ちゃんを倒したウシ仮面か」

 ゆうに180センチ越えの牛を象った仮面を被る刀使は槍の四尺六寸(138センチ)の穂先をまっすぐ結芽へ構えた。

「燕結芽、お前は我が主の敵だ。我が主は慈愛をもって私をお救いくださった! 私は何人何時たりともこの思いを絶やさずに繋いでいる!」

(何言ってるのこの人……)

 結芽は無構えのまま間合いに近づいていく。

「主の安寧を妨げるものは如何なる相手であっても容赦はしない。死ね燕結芽!」

 先に動いたのは牛であった。

 シンプルな突きであったものの、その等身は三角錐型の分厚い槍身を持った御手杵型の大身槍。

 狭い空間を十分に生かして結芽の行動を制限しつつ、払いにくる青江をその質量で小さい動きにも関わらず大きく払われる。

 そして、結芽は牛の目が激しく動き回っているのに気がついた。

(私が行こうとしたとこに来る?)

 二度の切りつけると見せたフェイントを意に介さず、本命の払いを逆に刃を巻き込んで力を削ぎ落とした。

 やや間合いを離しながら牛が出てくるのを誘うと、それを嫌って穂先を円状に回しながら結芽の動きをじっと見守った。

 目を瞬かせた結芽は気がついた。

「なるほどね。龍眼持ちなんだ」

「んッッッ!?」

 牛の表情が微かに歪んだ。

「じゃあ……こう」

 結芽はやや左寄りの青眼になって、やや低く構えた。

 しばしの対峙ののち、牛から歯軋りが聞こえてきた。

「キャパは姫和さんや歩ちゃんと同じか」

「ちぃ!」

 飛び込んできた牛は突きを主体にして、執拗に結芽の姿勢を崩しにかかった。

 とにかく下半身への攻撃を重点にしながら、結芽からの返し技をことごとく巻き込んでは剥がして切りつけてくる。

(素は強いみたい……けどあんまり時間かけたくないなぁ)

 それを見透かすように、ここぞとばかりに間合いを引いて長大な槍身の切先を結芽に突き出した。

(龍眼使えるってことは、このウシ仮面の目的は私の足止めか。かといって龍眼の対処法を知ってるだけで特効持ちじゃないんだよなぁ……)

「じゃあこの場は私に任せてもらうのが一番いいかも」

 結芽は後ろからかかった声に笑顔になった。

「歩ちゃん!」

 歩は頬を寄せて小声で話し始めた。

「さっき通りがかりに詩織ちゃんが倒れているのを見たの。事情をちゃんとわかってる人間が先に進むべきだと思う」

「OK……! B通路を最速で突破するよ」

「幸い注意は刀使に向いているから」

「ミルヤさんは進んでるんだね。聞いてた通り龍眼持ちだから気をつけてね」

 結芽は笑顔になって歩の肩を叩いて背を向けた。

「逃がさんっ!!!」

 だが歩は刃を弾き落としながら、懐に入り込んでくる。

 その未来が見えたと同時に後ずさって逃げた。

 すでに結芽の姿はなく、隣のB通路へと移動していた。

「新陰流……よりにもよって見えなかった存在が来たか」

 牛はホイッスルを取り出して二度連続で大きく吹いた。

 

「詩織ちゃん!」

 詩織のそばにたどり着いた結芽は、姿勢を低くしながら彼女の肩を揺さぶった。

 息はあるが、気絶して動かない。

 刀使が写シを剥がされても気絶する時は、絶命もしくは急所を切られた時である。

「あらぁ、牛は足止めに失敗したのぉ?」

 突然目の前に現れた兎は袈裟に振りかぶっていた。

 だがそれよりも早い突きが兎の鳩尾を突き、上がっていた腕を引き落として転がした。

 ドシャア! 

 盛大に転がった兎を放置して、迅移で詩織をB通路の入り口へと運んだ。

「がんばったね、ここで休んでて」

 壁に力なく横たわる詩織の頭にハンカチを枕がわりに置くと、頭を優しく撫でた。

 自嘲の小さなため息を吐いて立ち上がると、口角は上がったまま目を鋭く正面で体を起こす兎に向けた。

 その圧倒的な威圧感にたじろいだ。

「ウソ……兎跳能(とっとのう)を破った?」

 早足で間合いに踏み込んでくる結芽に笑顔を見せた。

(兎跳能(とっとのう)! ふぅん……結局無構えのまま前進かぁ、じゃあそのチビザコのしようとしたことで殺ってあげるぅ!)

 青眼の構えになったと同時にフッと音もなく姿を消した。 

 背中に飛んだ瞬間、押し込んだ諸手突きは背中に回ってきた青江がするりと右側へ受け流された。

「え?」

 するりと右足を横へスライドさせながら結芽の右肩に来た青江は、物打ちで兎の左胸を深く押し斬った。

 なぜ自身の能力が突破されたか理解できぬうちに、結芽はすぐに諸手突きの構えに移っていた。

(近すぎるッ! 逃げれないッ!)

「グルァアアアァア!!!!」

 飛び込んできた半獣形態の寅が結芽に受け身を取らせながら、間合いを強引に離した。

 だが姿勢を崩すことなく寅の二度目の突撃を許さない。

「なんでいかないのよぉ!」

「人としてのカンが叫んでる、今飛び込んだら三枚おろしだって」

「ケモノがこわぁいから? でもマジあれバケモノねぇ」

 兎は写シを一度解いて、もう一度張り直した。

「子と牛が足止めできないヤツだ。二人がかりでいくよ」

「えぇ〜あんたが合わせなさいよぉ」

「いいよ」

「えっ……いいのぉ?」

 わずかに頬を赤らめた兎に対して、寅の態度は異常なほどにフラットだった。

「そうでもしないと、二人ともここでズタズタにされて生捕りだ」

 寅の戦闘を楽しむ感情はない。明らかに彼女の口ぶりには命の危機が差し迫った被捕食者が自分達だと告げていた。

 滲んだ汗がランプに照らされてわずかに輝いた。

「……はぁい、挟み撃ちで行こ……」

「おう」

 結芽はニッカリ青江をゆっくり手首で回しながら左寄りの青眼に構えた。

「神結(しんけつ)__兎跳能(とっとのう)」

 八双の構えになると結芽の後方に間合いを離して瞬間移動した。

「神結(しんけつ)__虎牙能(こっがのう)……第三開!」

 注意が寅に向いた瞬間、上段に切り替えた兎は結芽の背中に飛び込んだ。

(ここでまた流す……揃いも揃ってワンパターン)

 だが、結芽は兎が『見たもの』とは異なる、切りつけのフェイントを無視して彼女の脇を回転しながら抜け去ったのである。

「はぁあ!?」

 兎はとっさに寅の下へと姿勢を低くして飛び込んだ。

 彼女を飛び越えるようにその構えた両刃を振り下ろしたが、そこにはいない。

「ひぃ」

 兎はわずかに振り向くとぴたりと背中を追う結芽に背筋が凍った。

(ウソッ……私の間合い、完璧に読まれてるじゃんっ!!)

 結芽は小さく飛び上がって兎の真正面に出た。

 間隙がわずか25センチの近間……結芽はそこから三段突きで兎の写シを貫き、トドメの払い切りで写シを完全に奪い去った。

「ウサギィ! うぅっ!!」

 すでに間合いに飛び込んでいた結芽目掛けて両爪を走らせるが、先に来た右腕……続いてきた左腕と、受け流されながら斬り落とされた。

 その剛腕の力をそのまま切る力に使われ、先ほど戦った未久とは違う圧倒的な実力差に後ずさった。

「逃がさない……」

 正面から抜けざまに切られながら、返す体の勢いを乗せて背中を叩き切った。

 写シが砕け、巨大な寅の姿は弾け消えた。

(俺たちよりも規格外……強すぎだろ……)

 結芽は寅へと歩みながらポケットに入れていた結束バンドを取り出した。

「二人とも頑丈だね。気絶するレベルのを叩き込んだはずなんだけど……それも狂禍刀使だから、かな」

 トンネルの奥から何かが飛んでくる……矢である。先端には紙のようなものが貼られている。

「あれは……!」

 咄嗟に振った刃が衝撃と共に火花を散らした。

 そこには鼠を象った面の刀使の振るった刃が目の前にあった。

「この間の……同門刀使!」

「……」

 間合いを離した二人は静かに隠剣の構えで向き合った。

 地下壕の戦いはまだ続く.

 

 

 

 後編につづく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。