燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ六『恩賜浅草剣舞会』

 

 

 いつもこんな出会い方なんだろうなぁ『若竹』っていう仕事は。

 雨にさらされるまま、いくあてもなく街を彷徨っているけれど、女だから体のことはどうしようもならない。でも、通したい心根だけは確かで、そこから抜け出そうってって気は起こさない。だから飢えるし、勝手に死んじゃう。生きるために芯の底から信じていたものを捨てられるやつと、捨てられない奴がいて、この子も定ねぇさんや私のように捨てられない。

 

「大人が信じられないのはわかるさ、でも生き方は大人しか教えてくれない。あんた、そのままビルの隙間でダルさ抱えたまんま、宙ぶらりんの人助けやら、自己防衛やら続けるわけ?」

 

 長い綺麗な髪は女の魅力ってのが、どうも苦手だったんで短くしてたが、その子の髪は長く綺麗だった。

 素質ってやつ? フードあげたら、それだけで食っていける顔さ、だから訳ありの時もあるけれどさ。

「うっさい、どうにかできんの私を」

「もちろん、立ちな。今そいつを持つはぐれもんの生き方を教えてやる」

 か弱く、しかし、用心深く伸ばされた手を強引に引っ張り上げ、体を起こした。驚きを隠さないまるっこい目が不思議と愛嬌を感じさせた。

「わたしは『若竹』の鶴城たま、あんたは?」

「あ、私は、大久保……瑞稀」

 

 これがあの子との最初の出会いであり、私の人生が変わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 梅雨も終わり、日差しが厳しくなってきた頃合い。

 しろぼうずの一件もひと段落し、ミルヤに頼まれてしろぼうずの件などの報告書を鎌倉に届けることになった。

 届け先は、祭祀機動隊中央本部本部長である真庭紗南の執務室。

 だが、本部内を飛び回っている彼女が全ての書類を確認している暇はないので、大抵は副官任務に着く人間が問題ないかを判断し、朱音へと通している。

 部屋をノックすると、うだつの上がらない調子の低い声で「入れ」と中から声がした。

「薫さぁーん、お届け物でーす」

「そういうのいいから」

 今年で二十一になる薫は、ほとんど背が伸びず、雰囲気は六年前とたいして変わらない。現在は特別祭祀機動隊本部部長補佐官兼、特別遊撃隊顧問兼、国立大法学科二年生である。家柄と責任ゆえに多忙の二文字が着いてまわる生活を続けている。

「えー? 人にお使いを頼んでおいてそっけないんだ」

 そういうと、エコバックに入ったサンドイッチやコーヒーに豆大福を薫の作業する机に置いた。

「ありがとう、いつも助かってるよ。少し立て込んでて気が立ってただけだから」

「薫さんの立て込んでるは常人のそれじゃないから、やっぱ感覚麻が痺してきた?」

「いや、疲れは感じるんだ疲れは、疲れる暇がないだけ」

「ねねー!」

 いつの間にか結芽の背中を駆け上り、ねねがその肩に乗っかっていた。

「ねねもひさしぶり」

 制服の胸元を少し開けてやると、喜んで飛び込んだ。

「ねぇ〜」

「ったくこのエロ魂め、報告書もらっておこう」

 冊子にされた報告書が五束ほど、積み重なる書類の上に重ねられた。

「いつも郵送でいいって言うからには、今日は何か特別なことがあってでしょ? 薫さん?」

「ま、架けてくれ」

 自分の席を結芽に譲ると、本部長席から大きめの椅子を引っ張り出して座った。

「いいのぉ〜? また叱られるよ」

「いいんだ、どうせこの先も座るつもりだ。少し早くても文句はないだろ」

 変わらぬ不敵な笑みに安心して、笑顔を返した。

 

 薫からの案件はこうである。

 

 1950年、特祭隊の正式復帰の三年後、かつて政府公認で独立的に活動してきた刀使集団を五箇伝としてまとめる計画が出た。この年は朝鮮戦争の勃発を機に警察予備隊が発足。同時に、刀使という国粋的な支柱であり、またアメリカ軍が対処できなかった荒魂への対抗、その力を当時のソビエトなどの敵対国に渡さないために一括管理が必要と踏んでのことだった。現実に中国国内での満州残留刀使が国共戦争に両陣営に徴用される事態が起き、喫緊の課題として刀使組織復活の課題として出された。

 戦後、世論の流れから縮小傾向にあった中小の地方刀使集団は、折神家の尽力も相まってほぼ三年で集約。各集団幹部を県警や署の特祭隊支部にすることで、地域性のある荒魂への対処ノウハウの存続を成し遂げた。

 だが、この流れに強固に反対する集団が現れた。

 まず一つに現平城学館管区の寺社に属した刀使組織が宗派的な対立で統合を拒否、のちに藤原摂関家系の元華族刀使による由緒や権威に基づいた連合組織を作ることで落ち着いた。なお当代学長、五條いろはの卓越した手腕で完全統合を成し遂げている。

 二つ目に大規模寺社の特祭隊への離反。GHQの御刀処分とノロの賠償としての譲渡といった姿勢に、薫の実家である寺社は反発。北関東全域が特祭隊傘下への再統合を拒否、それどころか益子家を支持していた旧徳川家親族や家臣団系出身刀使の離反の危機が出たが、徳川家当主と渋沢家が各所を説得し、特祭隊理事として名門社寺家の当主たちを置くことで決着した。なお、この理事会議制が相模湾大災厄の折に初期対応を大幅に遅らせる原因となる。

 そして本命、三つ目に政府公認であった恩賜剣舞会の存在である。

 明治維新に伴う、旧大名や幕臣家屋が廃墟となり、それに伴って長らく放置された下屋敷で祀られていた社が朽ち、ノロが消失する事件が多発。この対処にあたったのが、江戸で士分や百姓階級などから雑多に集まり小型の荒魂に対処していた剣舞衆。維新後も東京で活動し、やがて六つの恩賜公園を中心とした地域が主であったことから恩賜剣舞会という尊称でよばれるようになった。非常に独立意識が高く、また皇族を幾度も荒魂から守った実績から不用意に統合ができなかった。しかし、戦前戦中の混乱もあり戦後の再編時には統合に応じた、たった一つの剣舞会を除いて。

 

「それが恩賜浅草剣舞会。もともと浅草上野一帯の芸人や役者見習いの女子が中心で、女性の地位が低い時代に強固な女性中心の自治組織として男性優位の浅草芸能界隈に顔を効かしてたんだ。戦後の再編が大詰めの時期に起きたが、当時は特祭隊も余裕がなかったし、同情的だったから浅草恩賜剣舞会は台東区内の探索と討伐を担当し、代わりにノロの回収はうちがするって形にしたんだ。それがまぁ、今になってタギツヒメの一件以来、組織再編が再び行われているのは知っての通りだが、いい加減に浅草剣舞会も伍箇伝内に入れって話になったんだ」

「でもそれを拒否したと?」

「ああ、恩賜剣舞会の伝統と地位保全のために必要だとさ」

「わかるけれど、五箇伝のほうが国を相手して刀使を保護してくれるんだから、存続はメリットよりもデメリットのほうが大きいじゃん」

「そう、だからこれから事情を聞きにいく。年増が行くと、わりと本音を言ってくれなくてな。本部長はそれで俺とお前を交渉係に指名したわけ」

 結芽は自分が薫に買ってきた豆大福の封を開けて、半分に分けた。

「私を指名したわけは」

「向こうの意思決定する奴がめっぽう腕が立つって有名でな、怖いんだ」

「ふぅーん、はい半分、ねねも」

「おう」

「ねねぇ〜」

 結芽はしばらく咀嚼する薫の顔を見つめて、困り顔で顔を傾けた。

「腕を買ってくれるのは嬉しいけれど、ほどほどにお願い。誰でも薫みたいに飛び回っていられないんだから」

「おう、わるいけどむり」

 

 

 

 日も暮れて、夜の七時すぎ。

 浅草剣舞会の構成員はどれも芸事を習う少女たちである。

 高校に通いながら、傍で刀使をするが本分は芸事と浅草刀使に会則で決められている。

 特祭隊との連絡係もそうした芸事見習いの刀使なので、結芽と薫は演芸場の裏手で待ち合わせることとなった。

「師匠、どうぞお気をつけて!」

 ショートの人好きな顔の和装する少女が、帰っていく落語家を見送り、笑顔で二人へと向き直った。

「あんたが麻由さんか、はじめまして益子薫です」

「どうも、恩賜浅草剣舞会取次の本田麻由です。落語家見習いですからよろしく」

「へぇー落語家ですか! 私は燕結芽です」

「ええ、浅草刀使は一芸を持たなければ、在籍はならないっていうルールがあるんですよ。あなたみたいな手練れじゃないと親衛隊にいられないように」

 実質的なリーダーである副長に合わせると、二人を手招きした。

 麻由は六区にある古いライブ酒場『WAKATAKE』

 二重になっている扉を開けると、精緻なピアノの音色がフロアに響いている。

 店を見渡せるカウンターバーから、四十を越えた癖っ毛の女性が三人へ小さく頷いた。

「……副長はライブ終わったら合わせます……」

「……どこ? .」

「……あそこでピアノ弾いてる子です……」

 三人が席につくと、繊細だがエネルギーある演奏をする青いインナーカラーの入った長髪の少女の姿があった。耳の肥えてそうな若いドラムと雲海のような老練なベースが、彼女の演奏から個性を引き立てて観客たちを魅了する。狂いを知らない音色が、観客たちの体感時間を十分、三十分と伸ばしていく。

 いつの間にか聞き入っていたが、ライブもあっという間に終わって、拍手がフロアに響いた。彼女が礼をすると、三人は裏へ戻っていき、観客たちは余韻の中でグラスを傾けながら、やや薄暗いフロアは自然と活気付いていた。

「麻由!」

 カウンターの女性が手招きすると、狭い席に三人を座らせた。

「わたしはここの店主、鶴城たま。あなたたち、店に入ったらまずは飲み物の注文でしょ」

 くたびれた雰囲気を感じていたが、いざ彼女を前にすると瞳のぎらつくエネルギッシュな人物だと気がついた。

 ならばと、薫は焼酎の水割りを頼んだ。

「あの薫さん、仕事中」

「いいんだいいんだ、あ、領収書は特祭隊本部長真庭紗南って書いといて」

「はぁ……知らないから、私はジンジャエールで!」

「あたしは……」

「あんたはアイスミルクな」

 麻由があからさまに嫌そうな表情をしたが、体力不足を治せと落語の師匠から言いつけられたことを引き合いに出されると、渋々出されたミルクを飲んだ。

「けへへへ、たまちゃん! 瑞稀ちゃんにはあめーのに、麻由にはガツンと当たるもんだ」

 カウンターの端で、髪の真っ白な小柄な男性がブランデーを傾けながら話しかけてきた。

「俊作さん、わたしは麻由の姉からごりっごりにしごけって言われてんの、それに瑞稀にはストレートな言葉のほうが効くんだよ」

「なるほどなぁ、でも、そこの特祭隊のお嬢ちゃんたち相手に、瑞稀ちゃんはどこまでやれるか」

「それは……」

 そこに恩賜剣舞会副長、大久保瑞希が顔を出した。

 ラフな服にパーカーを羽織るが、メイクを落として、年相応といった顔つきであった。

「副長に聞かんとな」

 

 薫、結芽、瑞稀、たまの四人は席を移して、フロアの隅の席に座った。

 瑞希の口調ははっきりしたものだった。

「私たちは特祭隊とは同盟相手であって隷属先ではない。この関係が保たれないなら、現在我々が保管中のノロが引き渡されることはない。これは真庭本部長に再三申した通りだ」

 瑞希のはっきりした口調に対し、薫は飄々とした態度であった。

「そうか、特祭隊の傘には入らないんだな。だが、剣舞会がやってる活動を特祭隊以外の組織が野放しにしておくと思えない。今まで、ノロの回収だけで、家出少女を刀使にしてグレーゾーン内で匿うなんてこと、やってられなくなるぞ?」

「特祭隊も同じ穴のムジナだ、はなっから誰も信じちゃいない」

「いいか、大久保瑞希。もう一度言うぞ、本気で守りたいものがあるなら俺らの仲間。五箇伝は教育機関だ、それも独立性が高く、刀使やそれに属する職業とその訓練を受ける素質と資格のあるものは、いかなる環境に置かれた人であっても保護し、支援する義務と権限を持っている。だから、刀使の組織は強いんだ。ここまで引っ張ったんだ、刀剣類管理局と特祭隊、そして伍箇伝機関は恩賜浅草剣舞会に譲歩する余地がある」

 薫の余裕は、すでに剣舞会に特祭隊が命令ではなく、譲歩をしてきた故の状況を理解しているからこそだった。つまり、剣舞会の面目はすでに特祭隊なくして成り立たなくなっている。現に、特祭隊と剣舞会の共同任務は増えており、リーダーである若竹の許可で鎌府に転入するメンバーも少なくなかった。

「だから……ダメなんだよ」

 結芽は自然と瑞希の余裕のなさを感じていた。そして、たまはそんな感情の彼女をよく理解してか、あえて口を出さなかった。

「大久保さん、あなたは何を焦っているの」

 結芽の一言で、四人は凍りついたように一言も喋らなくなった。

「たまさん」

「瑞稀、あなたが刀使としての私たちのリーダー。私はあなたの決定を支えるだけよ」

 しばらく目を閉じ、改めて結芽へと向き直った。

「そうね、私たちも限界がある。でも条件がある」

 カウンターで働く麻由を呼びつけると、瑞希の手元へ御刀が投げ渡された。共鉄柄に毛抜型のくり抜きが施された古風な出たちで、腰反りの深い初期日本刀の形状が鞘からもまざまざと読み取れた。

「特祭隊に剣舞会以上の実力があるか、試させろ」

 結芽はタイミングが来たことを察して薫の顔を見ると、焼酎をあおりながら結芽へと頷いた。

「やるならビルとかの屋上とかでやれ、始末書は領収書と酒で十分だ」

 脇に置いていたにっかり青江と和泉守兼定を手にすると、不敵な笑みを浮かべた。

「なめないでよ、薫はせいぜい自分の心配するんだね。ねーねね」

「ねぇー!」

 ねねは薫の持つグラスを取り上げると一気に飲み干して、酔い潰れて倒れた。

「肝に銘じるぜ、最強」

 

 

 結芽は店を出る瑞希の後を追った。

 

 

 人の賑わいが続くなか、六区から競馬ファンひしめくウィンズと浅草最後の映画館新電気館(現実の浅草での映画館は絶滅)の間の道は、独特の落ち着きがある。人気少ない道の半ばに立ち止まると、瑞稀と結芽は間合いをとって相対した。

「燕結芽さん、あなたがどれだけ強いか知らないのけれど、私にとって剣は、刀使は逃げ場所なの、居場所なのよ。だから、そこを奪われるのは承服できないの」

 結芽は左右を見渡した。

 不思議と自分に向かって話をしようと言う意思を瑞希から感じられなかった。

「瑞希さんは浅草剣舞会のリーダー。仲間のために今一番必要なことをするのが年長の役目です。私はずっと獅童真希と糸見沙耶香の背中を見てきたからわかる。背負い立つことの重さを知った人って、何十倍も苦しむし、自分の限界にも人一倍敏感になる。でも、わたしは目上とか立場じゃなくて、言いたいことを言って欲しいの、あなたが本音をぶつけてくれる相手に私はなりたい、だから」

 結芽はにっかり青江を抜き払うと、白い光が体を包み込む。

「全力で相手してあげる」

 瑞稀は自分のしがらみから抜け出す決心がつかない。でも、すべきことを最も理解している。なら、勝負で迷いを振り払わせるのが、自身の彼女に初めてしてあげられることなのだから。

 毛抜太刀が鞘から払われると、彼女も写シを張った。

「いくよ、燕結芽」

 八幡力で飛び上がると、結芽も続くように飛び上がってビルの壁面に手をかけて屋上に上がった。

 そこに飛び込むように、払うような斬撃が執拗に繰り返される。

 瑞希の剣は剣術というより、舞踊そのものに思えた。

 大脇差のニッカリ青江を両手で入れ替えながら、隙があれば突きや斬り付けを加えて瑞希の剣筋を測っていく。

 成長とともににっかり青江を両手で扱えなくなってきたが、長年一緒であった御刀なので切先の重心や間合いを完全に自分の体の一部にしている。

 

 試しにと迅移と八幡力を複雑に組み合わせた切り付けを加えると、しなやかにそれを避けて見せて、ビルからひさご通りのアーケード上に降り立つと、屋根上の通路を挟むように駆けながら、何度も両側の通路を入れ替わりながら剣を交わしていく。

 だが、瑞希は結芽との実力さに気がつき始めた。すでに相手には勝ちの目が見えていることに気がついたのである。

(だめだ、もっと複雑な場所で戦わないと勝ち目がない!)

(さぁどうする? どうする? どうする?)

 瑞希は跳躍して斬撃を交わした隙をついて、八幡力の跳躍でマンションの屋上に降り立ち、追ってきた結芽に切先で花やしきを指した。

 二人が花やしきの塔に降り立つと、すぐに激しい斬撃が始まり、塔を駆け下りながらローラーコースターに乗り移るや、その上でも客の合間を器用に抜けながら、人工衛星塔のゴンドラに乗り移ると乗り移りながら剣を交わし続ける。

 だが、結芽は潮時を察して瑞希の懐に飛び込んでバランスを崩すと、ゴンドラから滑り落ちそうになって必死にバランスをとるガラ空きの胴に切先を滑らせた。

 白い輝きが抜けると同時に、落下する瑞希を受け止め、花やしきの外へ跳躍して脱出した。

 

 ビルの屋上、六区の灯りが見渡せる場所に腰を下ろすと、腕を大きく広げて屋上に寝そべった。

「負けた、負けちゃった。全力だったのに手も足も出なかった」

「どう? 気分は?」

「うん、楽になった。これで自分のことでこだわる必要がなくなったから」

「聞かせてよ、瑞稀さんのこだわり」

 逆光でよく結芽の顔が見えないが、優しい表情なのはなんとなくわかった。

「わたしさ、二年前に家飛び出したの。私が知らない男に犯されて、悔しさとか悲しさとか、それに喪失感、ぐっちゃぐちゃになった。だからちゃんとした決着をつけて欲しかった。けれど、父と母は世間体ばかりで、話をうやむやにした。あなたのためだから、すぐに忘れるのが一番だってね。父と母が決めたことを大人たちは鸚鵡返しのように繰り返し続けた。わたしは嫌だった、怖かったし、痛かったから、みんな他人事みたいに私のことを見るのが本当に嫌だった!」

「それで、家を飛び出したんだ」

「うん、家が嫌だけど子供だし、お金を稼げないから、我慢して好きな音楽に逃げたけど、いつまで卑屈になってるんだって両親から言われたら、もうさ、いいやって思ったの。それから、色々と家出した子達が集まるところを点々とした。借りたギターで演奏してお金とってたら、警察に捕まりかけたこともあった。でも、みんな同じ気持ちで、男の友達とも少しは会話できるようになった。みんな好きだった。でも、駅前に現れた大きな荒魂がみんなを怪我させたんだ、私はどうしようもなくて必死に逃げたけど、運悪くそいつは私を追ってきて、高そうなものが並ぶ店先を壊して私は逃げ場を失った。でも、こいつがいたの」

「その毛抜太刀?」

 瑞希は切先をまっすぐ空へと向けた。

「いろんな悔しさとか、怒りだとか湧いてきてさ、泣きべそかきながら刀を振り下ろしたら、スパーって切れたのそしたら写シも張れていた。もうそこからは私の独壇場、がむしゃらで荒魂を切って切って切り回った。それからは、どうしてたか覚えてない。ボロい鞘に無理やり太刀を押し込んでビルの屋上で丸まってたのは覚えてる。それからは、みんなとも会えなくなって、無事なのかも知らないまんまで、写シの力で飛び回って逃げた。でもある雨の日に出会ったの、若竹の鶴城たまと」

 体を起こすと、六区の灯りを寂しげに見つめた。

「訳ありの刀使を匿ってるって言うから、私は流れるままについていった。生き方を教えてくれるって言葉を信じて、浅草刀使は一芸を持たなくてはいけないって、好きなピアノでjazzコンサートの手伝いをし始めた。すぐにハマって、今じゃ先輩たちに一目も二目も置いてもらってる。でもさ、気づいちゃったんだよ。みんな未熟でうまくいかないことを、四苦八苦して頑張ってる。あと、昔が恋しくなったの、学校通って、両親とご飯食べたりする。そんな当たり前のこと」

「でも、怖くなっちゃたんだ帰れることに」

「そうだよ、帰れるのに、なんでこんなに怯えるんだろうって、でも簡単でさ、一度やめたらもう二度と戻りっこないって、戻りたい日常に拒絶されるのが怖いの」

 少し震えていたが、大きく首を横に振ると髪がふわりと舞った。

「あなたに、燕結芽に負けたら、大人しく学生に戻るって決めたの。ねぇ、わたしできるかな」

「わかんないよ。でも、瑞希さんは強かった。ピアノもうんと上手だった。それでも心配なら、私たちができる限り助けてあげる」

 結芽は立ち上がり、瑞希へ手を差し伸べた。

「うん、やってみるよ。燕結芽」

「結芽でいいよ! 瑞稀!」

 瑞希はその手を取り、勢いよく立ち上がった。

 

 

 店先で薫とたまは端末上で動き回る二人が立ち止まったことに気づいた。

「決着ついたみたいだな」

 たまは安心したようにため息をついた。

「ま、これで瑞稀も納得してくれるわ。一杯付き合わない?」

「いいが、いいのか。先代の若竹からの方針を破っちまって」

「いいんだよ、特祭隊が代わりをやってくれるなら文句はないさ、それに剣舞会もスポンサー不足でね。特祭隊でメンバーと浮浪児の保護をやれるなら、ここまで引きずってきた甲斐があるってもんさ」

 若竹は戦後三十年経ってから生まれた名誉職だった。その名前の由来であり、瑞希たち同様に過去に傷を抱えて放浪した一人の女性からきたものである。

 帰る場所を得たい。彼女の願いを継いだ鶴城たまもまた、前科をもった元刀使であった。

 

 

 剣舞会と別れ、まだ人通りの絶えぬ浅草の通りを挟み、十字路の人通りのない場所にあるアイス屋の前で結芽と薫、そしてねねはアイスを舐めていた。

「今日はありがとうな、結芽」

 そっけなく言われたが、結芽は嬉しそうに薫を見やった。

「なに〜? めずらしく感謝言うなんて、もしかして薫は泣き上戸ってやつ?」

「言っとけ、ほんとは話し合いで説得したかったが、どうしても大久保瑞希が納得してくれなかった。個人的なこだわりなのは百も承知だ、だけど」

「ほっとけなかったんでしょ? 薫はやさしいから、いつまでたっても交渉ごとが下手なんだから」

「わりぃな」

 ストロベリー味の甘酸っぱい味と浅草のセピア色の夜景が、不思議と叙情を讃えている。救われなかった思いを涙で流すように、不思議と静けさも感じられた。

「かわらないでね。そんな薫が好きなんだから」

「ねねぇ〜」

 薫は肩の力を落として、小さく笑みを浮かべた。

「おう」

「ねぇ、その浅草限定抹茶練乳味、味見させて」

「少しだけだぞ」

 

 

 翌月、恩賜浅草剣舞会は解散し、メンバーのほとんどは特祭隊に吸収され、台東区専門の刀使部隊として再編し、保護下に入った。

 瑞希が高校に入り直したことと、両親と話し合ったことは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

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