燕百奇譚   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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其ノ七『結芽と兼定』

 

 

 光と闇の合間を縫うように青と琥珀の灯火が路上を縫うように浮遊している。

 

 その数は二十二体。

 通称『霊型』と呼ばれるそれは、駅の構内まで逃げてきた人々の背中へゆっくりと、逃げ場を奪うように広く展開しながら迫っていく。

 西武池袋線と西武新宿線が交差する所沢駅は、突然の荒魂の出現に阿鼻叫喚の嵐となっていた。

 

 その一体が人の群がるプラットホームの存在に気がつくと、通り道の自動改札機がくしゃりと音を立てて潰れて前のめりに弾け、誘導をしていた駅員のすぐそばまでその鉄塊が飛ばされてきた。

「指示を伝えるよ」

 駅の大屋根間近にする休憩スペースに、三人の少女が鞘を水平にして構えた。

「ミミと歩は立合であの侵入してくる二体を奇襲、切り捨てたら改札前で盾となって一体ずつ対処して、私は残りのをいただく」

 内里歩は思わず目を瞬かせた。

 綾小路の制服を着ているのは変わらないが高等部二年になり、冥加刀使の過去を乗り越え、同じ歳の頃の可奈美と同等の実力を持つと周囲から大きな期待を抱かれていた。その顔つきはベテラン刀使のそれである。

 隣に立つ加賀ミミも二人と同じ長船高等二年、背丈も伸びたが変わらぬ溌剌とした表情と、人懐っこさは変わっていない。

「隊伍戦術の原則、無視する気ですか?」

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべた彼女は、成長した身体に対して短くなったにっかり青江を抜き払った。両手で握れた柄は片手でしか扱えなくなっていた。

 〈写シ〉の輝きを纏って、手すりの上に立った。

「無視してないよ、二人の実力を信じてるからこそ大事なところを任せるんだから」

「はい!結芽先輩を信じます!」

「ありがと」

 飛び上がった彼女は、八幡力と迅移を交互に細かく発動し、不足する跳躍力とスピードを稼ぎながら大天井内の屋根を伝って群がる『霊型』たちの後尾に降り立った。

「いくよーっ!あゆむーっ!」

「うん!」

 改札のあるフロアに降り立ったと同時に、迅移に乗せて鯉口を切った。

 真っ二つになった『霊型』が浮遊能力を失って、ぐしゃりと二体分転げ回った。

 歩とミミを突破せんと改札へ集中し始めた。

 彼らの目には改札で防戦する二人のみしか映っていない。

 ならば、特務警備隊第四席のすべきことは明確である。

「ふたりともやるぅ!」

 迅移を小刻みに発動しながら一体一体のあらゆる背側面から正面へ回り込む。そして斬る瞬間にわずかであるが八幡力を発動し、正確かつ抜群の斬撃力をもった一撃を精密に叩き込んでいく。

 一体、また一体、もう一体、正面から一体…。

(五体目…十体…いやもう十二か…十五…ラスト!)

 それは結芽に気がついて、いの先に逃げ出した一体だった。

 その先には逃げ遅れていた幼い少年が荒魂に怯えて動けなくなっていた。

 踏ん張りをつけようと癖で両手で柄を握ろうとするが、自分の手を握っただけだった。

(ああもう!)

 迅移で加速し八幡力で急制動、『霊型』の胴を三度突いて片手を振り上げて床に向かって刃を叩き込むと、荒魂はタイル地にめりこんで動かなくなった。

 

 野球帽を被る少年は尻餅をついて『霊型』と結芽を交互に見やった。

「怪我はない?ま、私がいれば君が怪我するわけないけどね」

 笑顔の彼女は彼にそっと手を差し伸ばした。

「立てる?」

 パッと明るくなった少年は、その手を取ると勢いよく立ち上がった。

「おねぇさん、だれ?」

「へぇ、わたしを知らないんだ、じゃあ覚えて帰ってね。燕結芽、特務警備隊第四席の燕結芽よ!」

 三人の刀使によって、ものの五分で事態は収束した。

 

 

 状況調査とノロの回収も終わり、駅構内のコメダで三人はようやく安堵のため息をついた。

「これで所沢での案件は完了しましたね。おふたりともお疲れ様です」

「歩ちゃん硬い」

 むっと頬を膨らませて、水を一口飲んだ。

「わたし!真面目が売りなのに、結芽さんときたら真面目な子をどんどん不良に変えていく!あなたは自分が全刀使の見本の自覚があるんですか!」

「ないよ」

「でしょうね…あの、本当に私を第四席候補にするつもりですか…」

 結芽はブーツ型のグラスに入ったクリームメロンソーダーが来ると、まずはとアイスを一口食べた。

「まだ冥加刀使だったの気にしてるの?結月先生から説明は受けているんでしょ?」

「それは、学長からもですし、寿々花さまからも直接に言われましたから、引くに引けません。でも、示しがつきませんよ、二度と冥加刀使を産まない特祭隊の方針に」

 ミミへとアイスを一口あげるのを見ながら、真面目に結芽にぶつかる自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。

「沙耶香ちゃんになんで第一席を譲ったか知ってる?」

「え、それは、たしか最初の親衛隊の席次が思い出深かったから」

「姫和おねぇさんはそう誤魔化してくれた、でも本当は私がノロを受け入れた冥加刀使だから、特祭隊トップ部隊のリーダーを蹴ったの、これは先月に引退した寿々花さんと真希さんとの誓い」

 話の重大性に、歩はつい周囲を見回した。

 先ほどの騒動でキッチン近くの店員以外、客は自分たちしかいなかった。

「わたしは第四席をしばらく冥加刀使経験者のための席次にするつもり、歩ちゃんほどの器量良しを故意につけられた汚点でこのまま終わらせるなんて、可奈美おねえさんたちが納得しないよ。そのかわり」

「おまたせしました!」

 歩に蜂蜜アイスコーヒー、ミミにはシロノワールがやってきた。もちろんレギュラーサイズである。

「わーい!いただきまーす!」

 夢中で食べ始めたミミを二人は笑顔で見つめた。

「特務警備隊は今後は冥加刀使もしくは、体内にノロや珠鋼のカケラを持った刀使を受け入れてはならない決まりになった。私と歩ちゃんは特別枠ってこと」

「そうでしたか、私を助けてくれた沙耶香さんの下で働けるならって思っていたんです。そういうことなら、誠心誠意がんばらせていただきます!」

 だが、結芽は話は終わっていないとスプーンを左右に振った。

「あともう一つ、冥加刀使経験者は刀使の寿命が長くなる。紫様がタギツヒメと同化していたことで一切老化しなかった。私たち冥加刀使経験者は、刀使の長寿を生かして時間稼ぎをすることにある。四年前の出来事で刀使志願者が減って、次代の刀使育成に歯止めがかかっているの…歩ちゃんも綾小路で見たでしょ?」

 歩は目をそらして頷いた。

「綾小路は冥加刀使を一番多く出しましたから、二年ほど新入生が入ってこなかったんです。ここ二年は実力を認められて、他の校の友達も増えましたけど、それまで後輩になった子達に冥加刀使じゃないかって陰口を言われることがありました」

「時間稼ぎって言ったけど、新しい世代の実力のある刀使が出てくるまでの繋ぎが私たちなの。可奈美おねえさんみたいな例なんてそういない、同世代の刀使はみんな刀使を引退してしまった。私たちの同級生もあと二、三年」

「なるほど、私たちが少しでも長く刀使でいることが使命なんですね」

「そう、よかった。歩ちゃんが可奈美おねえさんの愛弟子で…真正面から相手の太刀筋を読む力、大事にしてよ」

 歩は照れくさそうにしながら、コーヒーを一口飲んだ。

「そういえば、なんでミミは私たちと同じ十六の結芽ちゃんのこと先輩って呼ぶの?」

「え?だって、かっこよくて頼りになるから」

 結芽は隣に座るミミの頭を執拗に撫でた。

「よ〜しよしよしよし、ミミちゃんはかわいいなぁ〜」

「相変わらずの人たらしで安心しました」

「えへへー!どういたしましてー!」

 

 

 

 季節は冬になり、太平洋からの風が冷たく感じる頃合いである。

 鎌倉の庭園は冬支度を終え、春を待つ短くも長い季節が始まっている。

 

 本部に戻ってきた結芽は早々に鎌府にある拵工房へと赴いた。

 特祭隊本部庁舎はかつて大倉幕府の置かれていた敷地が戦国時代に後北条家から折神家に譲られて以来使われており、鎌府はそこから鶴岡八幡宮を挟んで扇ヶ谷を中心にキャンパスがある。歴史的な故地ゆえ、特徴的な地名も多く、拵実習工房棟のある場所も高徳院や長谷寺がある長谷に構えている。

  

 車掌に刀使限定自由乗車券を見せて列車を降りると、観光客に混ざって鎌府の工房へ向かう学生たちと隣り合って歩く。

 ざっと五分の道のり、やや古びた建物に入ると右の廊下の奥、ある研師の部屋へとすぐに向かった。

「おはようございます、青砥さんいらっしゃいますか?」

 綺麗に整理されているが、自身が来ようものならすぐに崩れ落ちそうな書類の束が部屋の一面に所狭しと並べられ、その奥の座敷に職人としての作業スペースがある。青砥陽菜は父とそろいのバンダナをつけているので、すぐに誰かわかる。

「いらっしゃい、直接来てくれるなんて珍しい」

「今日はメンテナンスがてら、新しい拵の相談をしたくて来たの」

「よかった!今日は本部に行く用事がなくて、先日の研究報告会の記事を書かなきゃいけないところだったの」

「そっか、それじゃあ」

 結芽は奥の座敷でにっかり青江を渡すと、慣れた手つきで拵えを全て分解し、柄糸のほつれ、鮫皮の摩耗具合、各種金具の歪み、柄木や鞘の破損、鎺の歪み、鞘鳴りがないかなどを丁寧に見ていく。

「異常なし、五年前から使っている拵えなのに相変わらず目立った傷も汚れもない...こんなに丁寧に使ってくれるのは寿々花さんとあなたくらいよ」

 結芽は思わず首を傾げた。

「そんなに丁寧に扱ってきたかな?けっこう無理させてきたと思うよ」

「引退したからこそ言うけれど、獅童さんってひどいくらい拵えに負担をかける戦い方をする人だった」

「わかるの?刀使じゃないのに」

 それはなぜかと、陽菜は結芽の拵えの柄頭近くの柄糸を示して見せた。

「以前は小さい手で柄を握っていた跡があるけれど、刀が無理なくその力を発揮できるように正確な動きをしていたから、ほとんど糸が潰れた跡がない。けれど、片手使いが増えたのか上はもう少しで柄糸を交換してもいいくらいにきている。御刀の拵えは御刀と使い手に走る衝撃や損傷から守るためにある。それを見抜けなくて、拵師は務まらないの」

「へぇ〜じゃあさ、今の私が両手握りができるように柄を伸ばせない?」

「無理よ」

「…そんなキッパリと言わないで」

「事実よ、磨り上げられた大脇差や打刀になった御刀はどう足掻いても茎が短くて柄を伸ばせない。強引に伸ばしても、てこの原理で使ってるうちに柄木が割れちゃうの」

「そっかぁ…」

 結芽は残念そうにしながら、陽菜が柄木の緩みを薄い差し木で調整するのを見つめた。

 青砥陽菜は三年前に特務警備隊専任の刀師である恩師から、その役職を継承。鎌府で研究員となり、各大学の専門講座を聴講できる特権を生かしながら、新たな拵えや御刀に関する研究を続けている。現在も結芽たちの刀装具のメンテナンスから新調までの管理を請け負っている。

「なら、可奈美おねえさんの言ってた新しい御刀を探したいな」

「にっかり青江が泣くよ」

「二刀持ちにするの!でも、わたしにっかり青江以外の御刀を意識したことなくて…」

「探してくれるのにぴったりの人を知っているよ」

「え、だれだれ!?」

「その前に…」

 陽菜は目釘を差し込むと、結芽へとにっかり青江を渡した。

「これで切先が空振りする感覚はなくなったはず」

 結芽は左手にもった青江を何もない場所へ三、四回振ると、手と刀がピッタリと合わさる感覚に痺れた。

「ばっちりだよ!さすが特務警備隊第五席!」

「そのあだ名やめて!恥ずかしいんだから!」

 

 

 

 陽菜が電話してすぐに、相手は結芽を東京都日野市に呼び出した。

 

 指定された博物館に来ると、スーツを着こなす銀髪に青い瞳の女性が待っていた。

「あ、木寅さん!」

「おひさしぶりです燕結芽さん、二年前に任務で一緒して以来ですね」

「あの時は足を引っ張ってしまって…」

「いいんですよ、燕さんは成長しているんですから一度や二度のミスで気に病むことはありませんよ」

 以前のような畏まった雰囲気はないものの、幾分も大人びた感じに結芽は安心した。

「ところで新しい御刀を探しているのですよね?青砥陽菜から聞いています」

「ここで私に合う御刀が見つかりますか?」

「ここなら、必ず。幸い今は特祭隊の臨時職員として貸し出した文化財の御刀を管理しています。上司からもぜひ探してくれと、展覧会の片付けの合間に時間をもらえました。行きましょう」

 閉鎖された展示室内に入ると、展示ケースから取り出され、白鞘に収められた十振りの御刀たちが刀剣輸送ケースへ収まるのを待っていた。

 結芽は机に並べられた白鞘を順々に巡りながら見ていく。

「ここには昨日まで公開展示されていた新撰組ゆかりの御刀たちです。この一振り、見覚えありませんか?」

 ミルヤが一振りの御刀を抜くと、切先の欠けた刀身が輝いた。

「美炎さんの加州清光!」

「かつてはあなたと同じように天然理心流の天才と謳われた沖田総司の佩刀です。試してみますか?」

 にっかり青江を机に置き、鞘におさまった清光を手にすると、写シが張った。しかし、結芽は違うと写シを解いた。

「清光からは一緒に戦ってきた信頼を感じられたけど、それは美炎おねえさんを通して、まだこの清光の心は美炎さんにある。結芽には入り込めないや」

 結芽はそっと元の場所に清光を戻した。

「そうですか、では次はこの三善長道を、新撰組局長だった近藤勇の佩刀です。この一振りは最上業物に選ばれた長道の中でも、実戦を耐え抜き、数々の刀使たちからも愛された一振りです。新刀の流れの一振りであり、会津虎徹と称され、かの名刀虎徹に劣らぬ完成度の高い一品です」

 ミルヤが長道を手渡すと、これもすぐに写シが発動したが、結芽は眉をひそめてすぐに写シを解いた。

「私が第一席を辞退したのは、私に引け目があったからじゃない!説教される言われはないよ!」

 丁寧に御刀を戻したが、明らかに感情を逆撫でされたのは表情から読み取れた。

「木寅さん!私はこの子好みじゃない!」

「…歴代の使い手は覚悟を問うことが嫌になったり、平気だったり、その厳しさで成長したと、感想はさまざまなので仕方ないかと、近藤勇クラスの人格に育てようとしてくるそうで、かつての使い手には相楽学長の名もあります」

「強制してくるタイプ苦手…」

 ならばと、次にと播州住手柄山氏繁という御刀を手渡した。大互の目の刃紋が特徴的な質実剛健の一振りである。

 氏繁を手にしたが、一向に写シは発動しなかった。

「どうですか?」

「自分でも構わないけれど、この先も自分の剣に責任を持ち続けるなら左隣の刀がいいだろうって」

「左隣は…!」

 ミルヤがその御刀の前に立つと、大きく互の目の乱れた美濃鍛治の流れを汲んだ刃紋が誰の刀であったかを二人に強く意識させた。

「兼定」

「ええ、会津抱鍛治である兼定の系譜、その最後に立ち、優秀な刀を残した和泉守兼定。そして、新撰組副長であった土方歳三が函館まで共にあったのが、この一振りです。そして、この御刀は土方歳三以降、多くの刀使の憧れでありながら新たな主人を拒んできました。燕結芽、あなたはどうなのでしょうね」

 氏繁を置くと、ミルヤから兼定を手渡された。

 

〈______君は何をみる?目の前の荒魂か?それとも野心を妨げる正義か?〉

 兼定は結芽の言語野を通して問いかける。

(私は未来を見る。おかしな人生に意味があるなら、その途中で出会ってきた人たちと生きることに、私の未来があるなら!)

 彼女の体に写シが張った。

 結芽はその風が抜けるような爽やかな感覚が、兼定の答えであると感じた。

 自然と顔がほこんだ。

 

「決まりましたね」

 ミルヤの一言で我に戻ると、兼定の刀身をまじまじと見つめた。

「よろしくね、和泉守兼定!」

 

 

 

 

 各種の書類手続きを終え、結芽の手元にやってきた兼定はさっそく陽菜の手で拵えが作られることになった。

 結芽の出した拵えの注文は三つ。

 一つに、土方歳三の生前使っていた現存する拵えを再現すること。

 二つに、蒔絵は金で再現すること。

 三つに、蒔絵の中に一つだけ、イチゴ大福ネコを入れ込むこと。

 

 陽菜はすぐに本部勤めの職人と打ち合わせ、すぐに拵えの製作にとりかかった。

 イチゴ大福ネコの著作権に関しては、結芽の名前を出すと二つ返事で許諾が下りた。

 

 翌月、特務警備隊控室に陽菜の手で新たな御刀懸架装置とともに拵えに包まれた兼定が届けられた。

 にっかり青江と和泉守兼定を佩くと、その重さに少し体が沈む感覚があった。

「天然理心流の天才が、同じ天然理心流を使った偉人の兼定を持つ…少し安直な気もしなくはないかな」

 陽菜がそう言うと、その場にいる沙耶香と清香にも見せつけるように右へ体を振った。

「いくつになったって女の子は好きでしょ?運命の出会いってやつ!」

 原本と同じ鞘の蒔絵の中に金で描かれたイチゴ大福ネコの姿があった。

 

 

 

…了

 

 

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