129話
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「ふんふふんふーん」
まだ朝早く車通りの少ない道路を護衛の運転する車に乗りながら進む。目的地であるシャーレへの景色を鼻歌交じりに眺める。
脳裏に浮かぶのは先月までのシャーレでの仕事ぶり、先月までシャーレはブラックマーケット動乱の後始末にカフェの開店、色々とやる事がどっと増え、日々の業務に忙殺されそうになっていた。しかしどうにか垣根を越えて最近はどうにか落ち着きを取り戻し、余裕が出来るようになってきていた。恐らくは当番の生徒が増えたことで一人当たりの業務量の低下し余裕を生むことにつながっているのだと思う。
「戦いは数か……」
「どうかしましたか、代表?」
「いや、何でもない」
「畏まりました」
っと、聞こえてたか。ただの独り言のつもりだったが、危ない危ない。いや、別に危なくはないか。ただなんとなく独り言を聞かれたのが気恥ずかしかっただけ。視線を改めて外に向けるとシャーレのビルが近くに見える。
「代表、そろそろ」
「あぁ、分かってる」
そうしてすぐにシャーレの正面玄関前に車が止まる。車から降りて運転手に礼を言ってシャーレの中へと足を運ぶ。途中ポストの中を確認して中身を取り出す。中身にざっと目を通しながら先生が普段活動している上階までエレベーターで向かう。
「ほぅ?」
手が止まる。確認作業中に見覚えのある便箋を見つけてしまった。逆三角に三つの……そういやなんだこれ? Cか? 視力検査の欠けてるところ言うやつか? まぁ、もったいぶらないで言うとトリニティ総合学園の校章、そして裏面には『ティーパーティー』の紋章……。
「前にもこんなことなかったか?」
なんだか先ほどからの光景に若干のデジャヴが……あ。
「アビドスの時もこうだったなぁ……」
そう。俺がシャーレの部長になって、先生がキヴォトスにやってきて、最初に訪れた大型事案。最初こそ地域の不良掃討だったが、次第に事は大きくなり事態は俺とアビドスの確執もあって複雑になったあの事案。
それを思い出した途端、俺の手の中にあるこの便箋がとてつもなく不吉なものに見えてきた。内容にまだ目を通していないため断定することは出来ないが、きっと今回も―――
「面倒事気配がする……」
そこまで考えてエレベーターが止まり扉が開く。俺はエレベーターから降りてシャーレのオフィスを目指す。その足取りはこれからのことを考えて若干遅くなる。手元の便箋に視線を落とし、考え事をしていたため、いつもなら必ずしているノックを忘れてオフィス内に足を踏み入れる。
「え!? ぐ、グラン!?」
「ん? あぁ、おはよう、せんせ――――」
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部屋に入ると先生の声で名前を呼ばれたのが聞こえる。それに反応して顔を上げる。瞬間、眼に入ったのは、今まで見てきた女性の中でも上から数えた方が早いほど大きな
「ななななな、ななな!? なに、なにを!? 何してるんですか、
急いで後ろを向いて視界に入れないようにしながら大声を出す。あああああ!? わす、忘れ、忘れろ、忘れろ!? 顔が熱い、耳の先まで真っ赤になっているのがわかる。どうにかして先ほど目に入った景色を記憶から消そうと頭をブンブンと振る。
「あ、あはは、昨日もここで深酒しちゃってさ。それで朝起きたらスーツがシワシワで! まだ誰も来る時間じゃなかったし、一旦居住区の方まで行くのも面倒だったから、オフィスに万が一として一着だけ保管してるスーツに着替えちゃおうと思って」
「だ、誰も来ないって、部長の俺は早めに来てるでしょう!」
「でも、グランはいっつもノックしてくれるからその時に声をかければ良いかなーって思って」
「それは……すいません。少し考えごとをしていて……」
「ううん、そもそもここで着替えてた私が悪いんだからグランは気にしないで」
先生の方に背中を向けながら会話を続ける。先生は気にしないでと言うが……。うん、無理。気にしないことなんかできるわけがないだろ。
「よし、オッケー。もうこっち向いていいよ」
先生がそう言うのが聞こえて振り返る。するとそこにはいつもの格好の先生が立っていた。
「……」
「……」
正直気まずい。どうにか意識しないようにはしているがどうしても先ほどまでの景色が頭をよぎり、口を開くことが出来ない。先生もそれは同じなのかそれ以上何も言わず、俺の方をずっと見つめている。無言のまま気まずい空気がシャーレのオフィスに立ち込める。それを断ち切ったのは先生だった。
「そ、それで、グランは一体何を考えてたの?」
努めて普段通りを意識している声を出しながら先生は自身の席に着く。俺もそれに倣って普段通りを装いながら自分の席に向かう。その途中で先生に手元にあった便箋を渡す。
「これを」
「これは……」
「トリニティ総合学園の生徒会、『ティーパーティー』からの郵便だな」
俺がそう言うと、先生は手元の便箋をしげしげと見つめてから開封する。
「トリニティっていうと、ハスミにセリナ、ヒフミが通っている学校だよね」
「あぁ、それから前回招集に応じてくれた剣先ツルギ、蒼森ミネもいるな」
「あの子たちかぁ……あの時はあんまりお話しできなかったからまた会いたいなー」
「その手紙の内容次第ですぐに会えるだろうさ」
俺はそう言いながら先生が手紙を読み終えるのを待つ。先生の方を見ていると手紙を読み進めるにつれて少しずつ上機嫌になっているのがわかる。なにかいい事でもあったのだろうか?
やがて先生は手紙を置いて机から立ち上がる。そして俺の方を向く。
「グラン! トリニティ総合学園に行くよ! アレグロの準備をしよう!」
「……別に構わないが、今度はどんな仕事だ?」
自分も先ほど座ったばかりの椅子から立ち上がりながら駐車場へと向かう。その道すがら先生に何があったのか聞いてみれば先生はニコニコとした笑顔で答える。
「今度のお仕事はね……補習授業部の顧問!」
「補習、授業……?」
「そう! 成績が振るわない生徒たちに補習授業をして学力の向上を図るの! いやー、なんかすっごい先生っぽい仕事だね!」
「成程、それで機嫌が良いのか」
俺がそう言うと先生はギクッと図星を刺されたような表情を浮かべる。
「えっと、別にシャーレの仕事も嫌じゃないし、生徒の悩みを直に聞ける大切な仕事だと思ってるんだけど、ほら、やっぱり私も先生だし、自分で授業してみたいんだよ!」
「そういうものなのか……」
ふぅン。『先生』という職業ならではの願いだろうか? よくは分からないが、先生が楽しそうならまぁ良いか。そう考えながら荷物を積み込み、アレグロに乗る。今日は先生が運転をするそうなので後部座席に座る。
暫く先生の運転に身を委ね、うつらうつらしてきたころ、先生が前を見ながら声だけで話しかけてきた。
「そういえば意外だったかも」
「……んぅ?」
寝ぼけ気味で僅かに反応が遅れる。くっそぉ……最近、特に何もしてないのに異様に眠くなる。
「その……グランは女慣れしてるのがラジオの時に分かったから、私の下着姿程度であんなに驚くのが」
……。
「いや……それはその……」
「ふふふ、グランもまだまだ初心だねぇ。あ、でも不純異性交遊については後日しっかりお話するからね!」
「お手柔らかに頼むよ」
先生が一人で納得して話を終わらせてくれて助かった。あれ程動揺した理由はわかっている。俺があの瞬間見てたのは『先生』じゃなくて『ユメ先輩』だった。冷静に考えれば先生とユメ先輩が別人だというのはわかっている。しかし、心の奥底でどうしても俺は先生とあの人を重ねてしまう。はっきり言って良くない状況だ、もしこんな精神状態で先生が大怪我したら
まぁ、そんなこと言ってもアビドスも百鬼夜行もミレニアムもブラックマーケット動乱もなんだかんだ上手くいった。今回もゴタゴタはあるだろうが先生ならきっと無事に乗り越えてくれるだろう。
「さぁ! そろそろトリニティだよ!」
ユメ先輩はこちらに振り返ってそう笑ってくれた。
グラン君の脳はもうボロボロ。