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第二次特別学力試験の前日、グランはその日の日中から『代表』としての仕事があると言って補習授業部の合宿所を後にしており、補習授業部がトリニティの掲示板を見て行動を開始するまで件の廃墟の近くで張り込みを続けていた。
そして日もとっぷりと落ちたころ、グランの装着したインカムに通信が入る。
『グランさん、補習授業部がゲヘナ地区に向かって行動開始しました』
「それじゃあ、俺も動くとするか。にしても……」
『どうかしましたか?』
「まさかトリニティのトップ、ティーパーティーのホストにしてフィリウスの首長みずからオペレーターをしてくださるとはね」
グランは耳元で聞こえるいつもと違う声に少しばかりこそばゆさを感じながらも武器の点検をする。
『言ったでしょう? 私とグランさんは共犯者です。 であるならば私がこうして支援することも可笑しなことではないでしょう』
「それはそうだが……。経験は?」
『実は一年生の時にはティーパーティーの砲撃部隊のオペレーターをしていたんですよ。今は紅茶を飲みながら指示を出すだけになってしまいましたが』
「まぁ、上に立つってそういうコトだからな。とりあえず経験があるなら問題ないか」
グランはそう言って目標の廃墟の前に立つ。
「それでは、これより潜入を開始する」
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ナギサが自身の権力を使って手に入れてくれた廃墟になる前の建物の見取り図を頼りに廃墟の中をゆっくりと進んでいくグラン。廃墟内部はジメジメとして、外部の光がほとんど入り込まないため陰鬱とした雰囲気が漂い、僅かに息苦しさを覚える。
「……っとまたトラップだ」
『侵入して10分も経っていないのにどれだけトラップを解除しましたか……』
「もう数えるのは諦めてる。……それだけこの場所を守りたかったんだろ。ただそれにしては……」
『白洲アズサさんの尾行が簡単すぎた?』
「そうだ」
グランはペンチを使ってワイヤーを慎重に撤去しながら考える。これだけのトラップで厳重に守られている廃墟だったが、アズサがこの廃墟に来るまでの尾行があまりにも簡単すぎた。尾行中、何度かアズサが後方を確認する様子はあったのでまったくの無警戒という訳ではないのだが、それにしても簡単すぎた。
「……まるで、自分のしていることがバレて欲しいとでも思っているかのようだった」
『誘いこまれましたか?』
「だとしたら俺はもうとっくの当に死んでそうなんだがな」
トラップを解除したグランはまたゆっくりと前進を開始する。
「……どっか雨漏りでもしてんのかさっきから床が水浸しだ。トラップも見つけ辛いし、解除する為に屈むから服もびちゃびちゃになって最悪だ……」
『であるなら、さっさと片付けてしまいましょう。……この部屋にはシャワーもありますのでそちらで―――「待った」……どうかしましたか』
ナギサが何やら言いかけていたがそれを遮ってグランが声をかける。若干不機嫌そうなナギサの声がインカムから聞こえるがグランは気にせず目の前のドアをジッと見つめる。
「この古ぼけたドア……偽装だな」
『こちらに送られている映像では一見ただの廃墟らしいドアだと思いますが?』
「ここだ」
グランはナギサの視点となっているボディカメラを自身が違和感を感じている場所に向ける。
『……この蝶番、新しいものですね』
「それから鍵穴も一見サビだらけだがこれは……」
グランはそう言いながら鍵穴の周りを軽く引っかく。
「やはり塗装だな」
『良く気が付きましたね』
「ディテールだ」
『ディテール?』
「例えばちょっとした色使いの差に気付く。周囲と溶け合わない影を見つけ出し、あるいはあるべき場所にない形に気が付く。スナイパーと芸術家って似てるんだ。だから気が付いた」
グランはそう言ってにやりと笑う。
『グランさんは元々スナイパーだったんですか?』
「……まぁな」
ナギサに指摘されてグランは余計なことを口走ってしまったなと内心反省する。
「ともかくだ。今までトラップだらけだったのにようやくそれらしいものを発見したな」
『トラップや待ち伏せに気を付けつつ侵入をお願いします』
「了解っと」
グランはトラップなどを確認したあとカギをピッキングで開けて内部に侵入する。音を立てないようにゆっくりと進んで部屋の中央まで歩を進める。そして部屋の中に誰もいないことを確認してようやく緊張を解くグラン。
「クリア」
『辺りの捜索を』
ナギサの言葉を受けて辺りを捜索するグラン。
「やはり、複数人がこの場所に出入りしるな。恐らくアズサ、ミカを待ってる間にここで休息をとってる」
『それは?』
「栄養バーの欠片。ここにいた奴の食べこぼしだ。乾燥の状態から4日以内のやつ……だと思う」
床の隅の方に散らばっていた菓子の欠片を手に取りながらグランはそういう。
「重い荷物を背負った奴が部屋の隅で体育座りでもしながら栄養バーをボリボリ食ってた……ってところか」
グランはそう推察して他の場所に目を向ける。するとふと視界の端に見覚えのある白いものが写り込む。
「これは……」
『白い羽ですね。ミカさんか、白洲アズサさんのものか……』
「ふーん……どれ」
堕ちていたのはトリニティの生徒らしい真っ白な羽。ナギサがそれを見てどちらだろうと疑問に感じているとグランは少し考え込んだ後はねを自身の鼻に当てて思いっきり匂いを吸った。
『な、何してるんですか!?』
「香水の匂い的にミカだな」
『……グランさん』
「ん?」
『少し気持ち悪いです』
「なんとでも言っとけ」
ナギサの心底引いているような声を聞いてグランは思わず笑いそうになる。グランは拾ったミカの羽をしまいつつ、更に調査を続ける。次にグランが目を向けたのは部屋のドアから一番遠いところに置かれていた机。
「この机の上に置かれているのは……」
『トリニティ総合学園、本校舎の見取り図ですね』
「校舎地下の通路とかあんのか……というかこれ俺が見て良い奴か?」
『良くはありませんが、状況が状況ですので不問です。……それに『共犯』でしょう?』
「そうだったな」
グランはその地図を回収して次に引き出しの中を探る。ここまで順調に進み過ぎてしまったからかグランは不用心にもガラリ、と勢いよく引き出しを開く。
「あっ」
瞬間、爆発が全てを吹き飛ばした。
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「グランさんッ!? グランさんッ!? 聞こえますか!? 返事をしてくださいっ!!」
ナギサは自身のセーフハウスの一室で思わず大声を出してしまっていた。セイアの暗殺があってから使っている各地のセーフハウスたち。その一つをナギサはグランとのやりとりに使用していた。窓は締め切られ、厚いカーテンで遮られた薄暗い部屋の中でナギサはノイズしか吐き出さない通信機に向かって声をかけ続けた。
「そんな……お願いです……返事を……」
セイアの暗殺から始まったエデン条約関連のいくつもの問題。自身の命の危険、裏切り者の存在、親友への嫌疑、力を貸してくれない大人、様々なストレスが原因でナギサの精神はギリギリだった。そんな状態で現れたグラン。最初はマナーも知らない無法者だと思っていたナギサだったが、真摯に自身と向き合い、危険を冒してまで自分に協力してくれるグランにナギサの心はいびつな形ではあるが確かに救われていた。
しかしその心にまた大きな罅が入ろうとしている。
「グランさん……あなたがいなくなったら私はもう」
ナギサは通信機を片手にがっくりと項垂れて床にへたり込む。通信機が聞こえなくなる直前に聞こえたのは恐らく爆発音、トリニティの領内で爆発が起きればそれが廃墟で起こったことと言えどもしばらくすればティーパーティーであるナギサに報告が来るだろう。そうなれば対応の会議に駆り出されるため、セーフハウスにはもういられない。
「……っ!」
グランの事を心配しながらも自身の仕事をこなすため、セーフハウスを去る準備を始めるナギサ。彼女の脳内では爆発事件の対応と姿を消したグランの追求をしてくるであろう『ODI ET AMO』の幹部たちへの対応を考えることで一杯になる。
準備を終えてセーフハウスを去ろうとしたとき不意に窓をノックされる。
「え……? ここ、三階……。ッッ」
襲撃者に場所を突き止められたのかと身を強張らせるナギサ。ナギサは自分の戦闘能力を正しく知っている。今の自分はまったくもって無防備で襲撃者に対しては無力に等しいだろう、それでもティーパーティーの一人としてトリニティの長として少しでも抗ってやろうと愛銃『ロイヤルブレンド』を手に取ってゆっくりとノックされ続けている窓へと向かう。
カーテンをそっと掴んで、息をのむ。決心を固めて一気に窓を開け放つナギサ。それと同時に銃を窓へと向ける。
「っぁ……」
ノックをしていた人間の正体を確認したナギサは手から銃を落として手を口に当てた。目には涙が溜まり今にも泣きそうだ。
「おいおい……大丈夫か?」
ナギサの目に飛び込んできたのは最も会いたかった人の困り顔。彼はゆっくりと部屋の中へと降りてナギサの顔を心配そうにのぞき込む。
「グラン……さんっ」
「おぅ、ただいま」
ナギサの目から涙が溢れ出した。
今回の挿絵も有機栽培茶様(https://syosetu.org/user/346637/)に書いていただきました。私、この方の絵柄滅茶苦茶好みなんですよねぇ……。
え? 『前ミカにも似たようなことしてなかったか?』 だって? わざとです。ミカ、大切なグランとの思い出ナギちゃんに取られちゃうね。 取られたくなかったらどうするか、分かるよね?