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トリニティで起きた聖園ミカのクーデターを解決し、第三次特別学力試験を補習授業部全員で合格してから数日が経過した。グランと先生は久々にシャーレに戻り仕事をしていた。
「……」
「……ぁ。……そ……うーん……」
カタカタとパソコンの作業音がオフィス内に響く。時折先生の何か言いたげな、しかし話しかけるかどうかを迷っている声が僅かに漏れる。そんな先生の状態には気が付いているが決して自分からは話しかけないグラン。
「(多分、俺の『人殺し発言』について聞きたいんだろうけど話題が話題だからどう聞き出すか迷っている。そんなところか。ただなぁ……俺もどう話せばいいか分からないんだよなぁ……。ナギサのように雰囲気で話せればいいんだが、なんか、もう、そういう雰囲気はないしさぁ……)」
グランもグランで表面上は落ち着いているが脳内はそうでもなかった。ユメ先輩と似ている容姿をもつ先生に自分の罪を説明するのは心情的に辛いものがあるグラン。いくら頭では別人だと思っていても心はそう簡単ではないのだ。
互いに気まずい空気を感じ取っているものの、トリニティへの出向いている間に溜まっている仕事があるため、手の動きは決して止まらない。いつもは頭を悩ませる仕事量だが、今だけはこの仕事量に感謝している。もし仕事が全て片付いていたら互いに話しかけても話しかけられない、仕事もないためただ黙って隣に座って時間が出来るだけの地獄空間が出来ていたことだろう。
「……―――ふぅーー、よし。ねぇ、グラン少し、お話しよう?」
「……」
そうして少しした後先生は深呼吸をしたあと、何かを覚悟した表情でグランに話しかけた。グランはピタリと手を止めて先生のほうに顔を向ける。先生の表情を見て僅かに顔が歪みそうになるのをどうにか我慢したグラン。
「そうだな、それじゃあ何か飲み物でも―――」
「必要ないよ、グラン……。こっちに来て」
「……そうか」
飲み物を取りに行こうと席を立つグランだったがその動きを先生の言葉が止める。そうしてグランは大人しく先生の正面に移動し、向き合う形になる。
「さて、先生。一応わかりきっているはいるが聞いておこう、一体何について話す?」
「あの日、グランがミカを止める為に言ったこと……。グランが人を、その……」
「殺s――「待って!」――構わないが?」
先生が言葉を濁したため、グランが代わりに言おうとしたのだがそれを先生が遮る。一体どうしたのだろうかし先生の表情を伺うグラン。先生は胸に手を置いて目を瞑り何度か深呼吸をしていた。
「ごめんね、グラン。でも、それを貴方に、生徒に、それを言わせちゃったら駄目だと思うの。子供は本来そんな事とは無関係であるべきなんだから……。だからその言葉は私が言う」
「そうか」
「すーーー、はぁーーー……よし。それで、グランは人を、殺したことがあるの?」
「ある」
先生は両手を膝の上で震えを隠す様にあるいは何かに祈るように組みながらグランに問う。どうか違って欲しい、ミカを止める為の方便だと願いながらグランに聞くが、先生の期待はあっさりと裏切られ、残酷な答えが返ってくる。
「そう、なんだ」
「直接的なものも間接的な物も、多分相当な数だと思う」
「理由を聞いても良い?」
悲しそうな表情をしながらも顔を背けず、眼をそらさず、先生はグランに向き合った。
「ナギサにも言ったんだが色々だ。生きる為、組織を大きくするため……全てはユメの為に」
「グランの夢……」
「あぁ、それの為だけに俺はここまでやって来た。手を汚したのも、『ODI ET AMO』も、
グランの目はいつになく真剣だった。
「貴方の夢は一体なに?」
「俺のユメ……。そんなこと決まっている。
アビドスの土地を手に入れ、再びに町に活気を取り戻して、砂祭りを開催する。俺は先輩の意思を次いで、実現し、その無念を晴らす。それが俺のユメです」
「アビドスの復興……でも! そんな手段で復興したとしてもホシノたちは喜ばない! ホシノたちの、アビドスの未来を血で汚すことになるんだよ!?」
先生は言ってグランの手を掴む。そんなことはさせない、そんなことは止めて欲しい、と思いを込めて。先生には珍しく力を込めて無理やりにでも止めようとしている。しかし所詮はキヴォトスの外の人間の力、グランは自身の手を掴む先生の手を反対の手で掴み、簡単に引きはがす。キヴォトス人に先生が勝てるはずがない。
「そのことについては問題ない。俺の犯した罪も責任も全ては俺に留まる。ホシノたちには未来は賞賛と栄光だけが残る。
先生は驚愕した、そこまで考えられているということに。そしてそんなグランの物言いであることに気が付いてしまった。グランの言う『手筈』がなんなのか察しがついてしまったのだ。
「一体どこまで犠牲にするつもりなのグラン……。そんなことホシノやみんなが知ったらきっと傷つく。 みんなだって止めるはず! だから……だからお願い……止めて。それにそんなことをしたら貴方は、貴方はきっと!!」
先生は立ち上がると同時にグランを抱きしめた。グラン自身が自分を大事にしてくれないからせめて自分だけでも……という思いが伝わってくる優しくも強い抱擁だった。
「……」
「私にとって生徒はとても大切なの、そして貴方だってその一人なのよ。その生徒が辛いことをしていると思うと苦しい……。誰だって本当はそんなことは望んでいないはずでしょう!? 私は生徒にそんな思いをしてほしくなくてここに来たの!」
グランは何も答えない。何も発さない。ただ目線を下に向けるだけ……
「だからそんな苦しみを一人で抱えてほしくない……。辛いときは相談してほしい! 生徒である貴方が自分を犠牲にしてまで得るものなんてない!! だから……だから……」
先生の目から涙がこぼれ始める。大人として出来るだけ悲しみや不安の涙は生徒に見せないように気を付けていた先生。それでも抑えきれなかった、グランが自分自身を顧みずに突き進んでいるのが堪らなく辛かったのだ。
「……先生」
そんな先生に対してグランはようやく口を開く。
「……な……に?」
先生は嗚咽交じりの涙声でグランに返事をする。グランは抱きしめられている先生の手を解くと今度は自分が先生を抱きしめた。
「俺の事をそこまで想ってくれて本当にありがとう。凄く嬉しい。だけど、もう全てが遅い」
グランは先生から離れると涙を流す先生の目元を拭った。
「もう俺はどう足掻いても取り返しがつかない所まで来てしまった。どれだけ言葉で綺麗に飾り立てようと、どれだけ立派な行いをしようと……。……俺の手はもう汚れてしまった。血が染みついてしまった。……もう、どんなに洗おうとも決して落ちることはない」
グランは己の罪を再確認したように自分の右手を見る。そこには血で汚れた痕などない綺麗な手がある。しかしグランの目にはその手を赤黒く染め上げる夥しい血の幻覚が見える。何度も何度も見てきた光景にグランの手は震える。
「ここに来るまでに多くの命を犠牲にし過ぎた。その犠牲を無駄にしないためにも、後戻りできない……。例えどれ程の苦しみを得ようとも。どれ程の罵詈雑言を浴びせられようとも。例えこの身が朽ち果てようと、俺は前へと進むしかないんだ。……アビドスを去ったあの日、地獄に堕ちた俺だが、さらにその下に落ちることになる」
血濡れの手を握りしめ、震えを抑え込む。グランの目には決意の炎が宿っていた。
「そう、なんだ……」
先生はグランの腕の中で顔を伏せて力なくそう呟く。そしてトン、と軽くグランの胸を叩いて彼の腕の中から出る。そして涙を拭い、顔を上げてグランを見つめる。その目はグランと同じく決意を感じさせる目だった。
「私、決めたよ。私が、私たちがグランを止める。『手筈を準備している』ってことはグランの計画はまだ実行に移せる段階にないってことだよね」
「……」
「だから、グランがそんな計画を実行しなくても良い道を、計画の完成までに見つける。そしたら、考え直してくれる?」
「そいつはいい。そんな道が見つかれば、だがな」
先生の提案にグランは笑って返す。
「うん、ありがとう。そしたらその日が来るまでは今まで通りお願いね。『シャーレの部長』さん」
「あぁ。その日までよろしく頼むよ、先生」
これ以降、先生とグランは表面上いつも通り過ごしますが先生は空き時間を見つけてはアビドスを、グランを救う手段を捜索しますし、グランは計画の完成を急ぎます。
因みにグランくんが言ってる『先輩の意思』とか『無念』なんてものはグランくんが勝手に抱いてしまったものでユメ本人は生前グランに対して意思を次いで欲しいとかそういった話は一切していません。
滅茶苦茶美人で優しくて刺激的なスク水姿の女先輩に脳を焼かれた男子高校生が拗らせてるだけです。