161話
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「……先生?」
「……ん、ごめん、ちょっと意識が跳んでたかも」
先生は自身を呼ぶ声で目を覚ました。当たりを見回して状況を確認する。壁一面を埋める本棚、目の前で広げられる様々な資料。そこは今回事件の解決に協力したくれたシスターフッドの会議室であった。そして自身の目の前にはそのリーダー、歌住サクラコが座って先生の顔を覗き込んでいた。
「……お忙しいのは存じていますが、もう少々集中していただけますと」
「ごめん」
先生はそう言って崩れかけていた体勢を整えて椅子に座り直す。
「確かにここしばらくずっと、事件の後始末と言いますか……色々奔走されていると聞きました。あなたの管轄外のことや、『彼』とのことで」
サクラコはこの場にはいない人物のことを離す。名前こそ口に出してはいないが誰のことかは先生も分かっているようで何かを後悔するような表情を浮かべ下唇を噛む先生。
「力不足でね……色々やり切れなかったこととか、あの時こうしていればという思いが沢山あって……」
「そうでしたか……。立て続けに色々なことがありましたし、少し整理しておきましょうか」
先生の言葉を聞いた後サクラコは立ち上がり先生の隣に移動する。そして先生の前にある散らばった資料を並び替えながら提案した。
「退屈なお話になるでしょう。師くなくとも面白くはないことだと思いますが……整理することで、進むことが出来ることもあります。『ポストモーテム』と呼ばれるものです。では……始めます」
そう言ってサクラコは資料の中から一枚の写真を取り出す。先生はその写真を受け取って眺める。ベッドの上で爆発が起きたのだろう、そこから放射状に物が散乱して辺りが焼け焦げた部屋の写真だ。
「セイアさんの部屋が爆破されたのは、夜中の3時頃。その後、現場へ最初に辿り着いたのは『救護騎士団』のミネ団長でした。ミネ団長は室内の状況を確認した後、すぐにその事実をティーパーティーに報告。ティーパーティーは混乱に陥りつつも、情報の隠蔽工作や犯人捜しが始まりました。しかしその騒動に紛れるようにして、ミネ団長はセイアさんの遺体と共に姿をくらましました。救護騎士団の他の団員さえ行方はわからなかったそうです」
そこまで言ってサクラコはナギサが受け取ったという当時の報告書やナギサが出した指令書などを取り出す。その資料からは当時のティーパーティーメンバーの混乱、焦り、恐怖が感じ取れる。先生はそっと指令書に書かれたナギサのサイン、震えた文字を指でなぞる。
「ここまでがティーパーティー視点の状況です。しかし実のところ『セイアさんの遺体』という情報自体がフェイク。ミネ団長は『ヘイローが破壊された』という偽の情報を流しつつ、セイアさんを安全なところに隠したのです。普通に考えて、『ヘイローが破壊された生徒』が狙われるはずもありません。セイアさんを守るためには、最善の方法だったと言えるでしょう。ティーパーティーのメンバーが襲撃されるという異常事態……今は誰を信じるべきかと考える前に自分の手で、と。そう考えたのではないでしょうか。実際の所犯人が、本来であれば情報が集約される『ティーパーティー』のミカさんであったことを考えると彼女の判断は結果的には正しかったと言えますが……」
話をそこで切ったサクラコは別の資料を取り出して先生に見せる。病室で寝ている狐耳の生徒の写真と脳波、心拍数など様々な情報がまとめられたカルテだ。
「まだセイアさんは目覚めていません。爆発の傷は癒えたものの、ずっと眠り続けている状態……団長も、原因が分からないと言っていました。今もミネ団長とセイアさんは、誰も知らない場所に身を隠しています。どうやってかは知りませんが事件の終息を聞いてこうしてセイアさんの現在の状況だけ送られてきたわけです。おおよそと言った形ではありますが、この辺りが百合園セイアさんが襲撃された件についてのお話です」
サクラコがそう言って今まで広げていた資料を纏めて机の一か所に置く。その一番上には『セイアさん襲撃関連』と書いた付箋を貼っておく。
そんな作業をしていると会議室の扉が開いて一人の生徒が姿を現す。先生が扉の方に視線を向けてその生徒が誰かを理解すると顔を喜ばせる。
「ハナコ!」
「あまり面白くないサクラコさんに捕まって苦しんでいるのではないかと思い、先生を助けに来ちゃいました。ふふっ♡」
「……冗談を言うタイミングではありませんよ、ハナコさん」
何やら機嫌が高めなハナコが茶化す様に自身の頬に手を当てながら先生に話しかけるとサクラコは僅かに顔を顰めてハナコに注意をする。しかしそんな注意もハナコはまったく聞かない。
「サクラコさんは相変わらずですねぇ……今度一緒に、ちょっと過激な本でも読みませんか♡ なんとなくですが、サクラコさんはそう言った方面に免疫がなそうですし……うふふ♡」
「……ハナコさん。あの時の約束、忘れて居ませんよね?」
サクラコが少しばかり先ほどより低い声を出して再び釘をさす意味合いでハナコにある『約束』の話を持ち出す。
「……勿論ですよ」
それに対してハナコは同じ笑顔のまま、しかし何かが違う異質さを含んだ笑顔となり"忘れて居ない"と返事をした。
「『登下校時の服装には、裸のみを認める』……そんな校則を作り、トリニティを『裸の楽園』へと変える計画に手を貸してほしい……そういうことでしたよね?」
「ええ、そうで―――……はい?」
ハナコの言葉に同意しかけるが途中で何かが可笑しいことに気が付いたサクラコは言葉を止めて先ほどのハナコの話をもう一度脳内で再生しその内容が理解できずに固まる。言葉は分かるのに意味が理解できない。サクラコの頭は疑問符で覆いつくされる。
「まさかシスターフッドがこんな陰謀……いえ、淫謀を企てていたなんて……さすがサクラコさん、謎に包まれた秘密主義集団の長ですね。それにあの例外に関する条項、『原則は全裸。ただしシスターフッドのみ、登校時にベールの着用を認める』……流石の私も慄きましたよ。裸にベールだなんて……新しい……惹かれます」
「はい……っ!?」
次々に叩き込まれる意味不明で記憶に全くないやり取りにサクラコは驚愕し、若干怯えすら覚える。
「ですが、今の立場では協力せざるを得ません……そしてやるからには、必ず成功させて見せます! しかしベールの件はズル過ぎます。ですので私からの提案ですが、『原則は全裸。ただし全生徒、靴下だけは着用可能とする』というのは如何でしょうか! これを飲んでくださるなら、その計画に協力しましょう!」
「さ、サクラコ様!? そ、そんな計画を……!?」
ハナコが大声で話すものだから会議室で遠巻きに作業していたマリーも思わず驚いて声を上げる。
「違いますよ!!??」
マリーの方を向いて必死に弁明をするサクラコ。
「そんな……」
「『そんな……』ではありません! いきなり何を言っているのですかあなたは! 『私たちがハナコさんに情報提供をする代わりに、ハナコさんも私たちに手を貸す』そういう約束でしょう!?」
「……ああ、そんな話もありましたねぇ」
サクラコの講義に涼しい顔して受け流すハナコ。
「……本当ならあなたがシスターフッドに入ってくれればそれが一番良いのですが……それは貴女をただ虐めて、追い詰めるようなものでしょうから。……今回の事件を契機として、私たちの『無干渉主義』も変わっていきます。政治的なことに徐々に、足を踏み入れていくことになるでしょう。その過程で色々あるはずです。その時、ハナコさんの様な方から知恵を貸してもらえるというのは大きなキーになります。あくまでそういうお話ですよ」
ハナコの相手をしてサクラコはそれなりに消耗したらしく、がっくりと肩を落としながらハナコとの約束について語る。
「まぁ、その程度なら構わないのですが……はぁ……」
「どうしてそう残念そうな表情をするのですか……いえ、もう離しをそちらに戻さないで欲しいのですが……」
「ハナコは、本当に嫌じゃない?」
先生は少しばかり心配そうな表情をしてハナコに話しかける。
「先生……」
ハナコは先生の手をとって先ほどまでとは違う、心からの笑顔を浮かべる。
「無理やりに、という手段は取りません。どちらにせよハナコさんには『あくまで手伝い』をしてもらう形ですので、無茶なことを要求するつもりはありません」
「ありがとうございますサクラコ様」
サクラコもハナコの事情を察しているので『あくまで』という言葉を強調して話す。それにマリーは頭を下げて感謝した。
「良かったね、ハナコ」
「はい♡」
「ところで最初ハナコの機嫌がすごく良かったように見えたんだけど……?」
「え!? そ、そんな風に見えましたか?」
先生はハナコが部屋に入って来た時、今まででも累を見ないくらい機嫌の良かったことを思い出して何かあったのかと首を傾げる。それに対してハナコは驚愕して本当にそうだったのか近くにいたサクラコやマリーにも聞く。
「えっと……はい」
「そうですね。可愛らしい笑顔を浮かべていたと思います」
「そうですか……。嬉しそうでしたか……」
マリー、サクラコにも肯定されて絶妙に照れているような、悔しがっているような、苦虫を噛んだような表情を浮かべながら自身の腕の中にある紙束に視線を落とすハナコ。
「それは?」
ハナコの機嫌と今そんな表情を浮かべている理由がその紙束にあると思い視線を向ける先生。ほとんどが真っ白で真ん中に『問題集』とだけ書かれている表紙、右下には小さな空欄がありそこには『水戸グラン』と氏名が書かれていた。
「ここに来るまでに『あの人』に会いまして。これを渡されたんです。色々終わったら解いて渡すとは言ってましたけど……。本当に持ってきてくれるとは思いませんでした。……ホント、変なところで律儀な人」
そう口では言ってはいるものの問題集を見つめるハナコの口角は僅かに上がっていたのだった。
は、急にハナコがアクセル踏んできたんだが?