結局、ノノミの告白は返答できなかった、というより、させてもらえなかった。『私も長い間悩んだんですから、グラン先輩もいっぱい悩んでくださいね☆』とのことだ。どうやらノノミは……というよりアヤネもふくめて俺の女だが、俺に複数の女がいることとそれとは別に特別な感情を持っている存在がいることを感づいているらしい。
特別な存在……まぁ、ホシノの事なんだが。ハッキリ言ってホシノに俺が向けている感情は俺自身も整理できていないからなぁ……。友情、憧れ、恋、愛情、哀れみ、罪悪感、そして……少しの妬み。まだまだあるがこれだけの感情を一人の人間に対して向けているんだ、自分でも整理できるわけがない。そして傍から見ればもっと面倒くさいに違いない。
「……ままならないものだな」
ノノミの告白のあと一緒にアビドス高校に買ったものを届けて別れた俺は、現在トリニティに向かっている。本来ならキサキからのお誘いに乗って山海経に行くつもりだったのだが、ある連絡が俺の目的地を変更させた。携帯を開いてその連絡をもう一度確認する。
| ミカ:どうしよう |
これだけだ。しかし、いつもはもっとモモトーク上でもハイテンションだし、どこそこのスイーツが美味しいだの、この服が可愛いだのを送ってくる。それが今回はこの一言だけ、何か不味いことがミカの周りで起きたに違いない。ミカは思い込が激しいというか、情緒が不安定な所があるからな……。
「早まるなよ、ミカ」
電車がトリニティ、パテル分派棟に一番近い駅に着いたのを確認して急いで降りる。そして駅校内を弾に人にぶつかりそうになりながら走りぬける。くそっ、走ってもそれなりに距離があるな……。広すぎんだよトリニティ! そもそも今日はアヤネのとこから『塔』に帰るだけだったはずなのになんで俺は今、息が切れるほど走っているんだか!
「はぁ、はぁ、はあっ……。ミカめ……これでなんともない事態だったらマジで起こるからな。……一週間は未読無視してやる」
くだらない、まったく下らない。そう、頼むから下らないことであってくれ。この連絡を見てから嫌な予感というか、背中に鳥肌が立って仕方がないんだ。こんな感覚、二年前ホシノの持ってきたアビドス砂漠の遺跡調査の依頼以来だ。結局その依頼でユメ先輩を失って俺たちは取り返しのつかないことになったんだ。今回もそうなのか? なにか、取り返しのつかないことが起きたのか? 起ころうとしているのか?
「にしても今日は救護騎士団の連中をよく見るな」
それになんだかトリニティ全体の雰囲気が……なんだ、フワフワというか不安定な感じがする。一体何が、いや、今はミカの事だけでいい、もうすぐパテル分派の建物だ。
「っ!? ブラックマーケット代表!? あなたのような野蛮人が何の用ですか!?」
「ミカからモモトークが来た。アイツは?」
パテル分派の誰かがだろうかが話しかけてきた。
「ミカ様は我らパテル分派の頂点に立つお方! 彼女のお情けで存在を許されているような無法者がアイツなどと呼んでよいお方ではない!」
「……」
ああ、こいつもミカのよいしょか。こんなのばっかりが部下であいつも大変だな。
「それは済まなかったな。それで? その聖園ミカ様はどちらで?」
「あの方は今朝から体調が優れないとのことで自室で休まれている! 客人がくるという話も聞いてない! お前などと会うわけがないだろう、さっさと帰るんだな!」
こいつ……門番というか、ミカの傍仕えのつもりなんだろうが、大丈夫か? すくなくともミカの居場所と状態の二つの情報を垂れ流したぞ。ミカの自室か……この建物の最上階で、確かいつも会話しているテラスを見下ろせる面だったか? 多分あの辺り……高さにして五階。
「……いけるな」
「おい、何ジロジロ見ているんだ! そんなに見ていてもミカ様には会わせないぞ!」
「問題ない、こっちから会いに行く」
足に力を込めて、跳ぶ。
◎・・・
どうしてこんな事になったのだろう。私は自室のベッドで毛布にくるまって後悔していた。ほんの少しセイアちゃんを驚かすだけのつもりだったのに、なのに! セイアちゃんが……し、死んじゃうなんて! 私が、私のせいなの!? 違うの、違うの! 私はただ、アリウスとも仲良くなれると思ってただけなの!
「……思わず、グランにモモトークしちゃった」
結局気が動転していた私は自室に閉じこもって想い人に連絡をいつのまにかしていた。しかし既読はついているのに返信がまったくない。
「なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでっ!? なんで返信してくれないの!? 私何か嫌われるようなことしちゃった? ごめんなさい……ごめんなさい……! お願いだから返事してよっ!? グランッ! グランッ!」
どうしようもなく、不安になってなんでもいいからグランを感じたくなった私はベッドから飛び出して、鍵付きライティングビューローの方に走り寄る。
「あぁっ! もう!」
早く開けたいのに手が震えて鍵が上手く開けない。そうしてもう面倒くさくなった私は鍵付きライティングビューローを叩き壊して中身を取り出す。グランの羽で作った羽ペン。それをビューローの残骸から掻きだして顔に押し当てて思いっきり息を吸う。鼻腔に満ちるグランの匂いを感じながら私は自分の体を抱きしめる。これで少しはまともになったけど、まだ寂しい、寒いよ、グラン……。
――コンコンコン――
何、今の音? どこからかノック音が聞こえる。
――コンコンコン――
また聞こえた。ドアの方に聞き耳を立てていたがそちらからの音ではなかった。どちらかというと窓の方から……。
「っ!?」
そのとき、抱きしめていた携帯が震えて着信を伝えてくる。急いで画面を確認するとグランからの連絡だった。
| 聖園グラン:起きているなら窓を開けろ |
窓? そういえばさっきのノック音は窓からしていたような……。私は恐る恐る窓に近づいてカーテンを開ける。いままで暗い部屋にいたせいで光が眩しい、よく窓の外が見えないまま窓を開ける。
「大丈夫か? ミカ」
窓を開けて目が光りに慣れてきたころ、今一番聞きたかった声が聞こえた。目が完全に光に慣れる、そして私の目に飛び込んできたのはとても幻想的な光景だった。
「おーい、無事か? まぁ無事そうではあるが……。おーい」
窓を開けたから暗かった部屋に光が差し込む。その光を背負って茶色の翼を広げて窓枠に足をのっけて立っているグラン。 翼から抜けた何枚かの羽が風に乗って部屋の中に舞い降りる。私を心配している表情とそっと手を差し伸べているその姿が……とても……。
「綺麗……」
「おい? 本気で大丈夫か?」
「……えっ!? うん! 大丈夫!」
そっと窓から部屋の中に入ってくるグラン……てッヤバ!! ビューローの残骸とこそのままじゃん!
「なんか、随分と荒れてるな。ライティングビューローだろアレ」
「う、うん。ごめんね、汚くって」
「まぁ、俺も物に当たることはあったし、人に当たっていないだけマシだろう」
グランの言い方から多分、グランは人に当たったことがあるんだろう。そして恐らくその人を傷つけたはず! なら今の私の気持ちも理解してくれるはず!
「お前からあんなシンプル過ぎる連絡がくるとは思わなかったからな、かなり心配したぞ」
少し呆れたような声だけど、表情はとても柔らくて優しかった。うん、そうだよね! グランはなんだかんだ優しいからきっと私のことも受け入れてくれるはず!
「ねぇ、グラン」
「ん?」
「ちょっとこっち座って」
グランは私のことを受け入れてくれる。そう思うけど、それでも少し不安が消えなくて、ベッドにくるまる。そしてベッドの端にグランを誘えば何も言わずに座って、何も言われなくても頭を撫でてくれる。
「グランは……何か間違いを犯して後悔をしたことある?」
「……何かあったのか? いや、何かあったんだよな」
グランは撫でる手を止めて目を瞑る。そして少し深呼吸をしてから口を開く。
「俺は間違いのせいで先輩を殺してしまった」
そう言いながら遠くを見ているグランの目はとっても暗くて冷たかった。その目を見れば分かる。グランの言っていることは真実でずっと後悔し続けているんだ。私の頭の傍に置かれている手が少し震えているのが目に入る。
あぁ、ダメだ、グランは頼れない。多分、今ここで私が全てをぶち撒けてもグランはしっかりと受け入れてはくれる。私を庇ってくれる、助けてくれる。けど、それをしてしまっては多分グランは壊れちゃう。グランはもう自分の間違いだけでかなりの物を背負っているんだ、それに私の罪まで背負わせちゃったら潰れちゃう。私はつぶれてしまったグランなんか見たくない。
「それで? お前は何をやらかしたんだ?」
「え、あ、えーと……」
ど、どうしよう。何かいい、言い訳は……。
「そ、そのセイアちゃんっているでしょ」
「サンクトゥス分派のリーダーだよな。あの横乳から背中がぱっくり空いた服着てる」
「そう、そのセイアちゃん。元々病弱だったんだけど、最近体調を崩して、意識不明になっちゃって」
咄嗟にセイアちゃんの名前をだしたんだけど、へえー、グランはセイアちゃんのことそんなふうに覚えてたんだ。ふーん、ふーーん。
「私、セイアちゃんが倒れる前にちょっと言い合いみたいなのしちゃって……。それでこのままセイアちゃんが目覚めなかったら……そう思っちゃって」
「そんなに……重い病状なのか。だから救護騎士団の連中が」
何か納得したように私の言葉を噛み締めているグラン。
「だが、死んではいないんだろう?」
「……ッ!? う、うん!」
「なら、今は回復をしっかり祈ってやれ。病気が治った後の仲直りの言葉でも考えて置け、必要なら手伝ってやるから」
「ありがとう……ね」
笑いかけてくる。うん、やっぱりカッコいいなぁ、グラン。こんなにいい人に私の罪を背負わせられない。だから……今日で終わりにしよう。これ以上私とグランが関わったら私の罪に巻き込んじゃう。ふふふ、グランに会うまでは罪を共有したくてしょうがなかったのに、顔を見ただけで簡単に考えを改めるなんて……本当に私、単純だなぁ。
「そうだね。私、セイアちゃんが起きたら仲直りができるようにちゃんと話してみるね」
「あぁ、話が出来なくなると本当に後悔しか残らないからな」
「うん、本当にね。今日は急に連絡しちゃってごめんね。私はもう大丈夫だよ!」
「そうか? なら良かった」
グランがベッド脇から立ち上がって入ってきた窓の方に歩いていく。グランが……離れて行っちゃう。もうこうやって話すことはできないだろう。次に話すときは多分私は大罪人か、貴方の敵だから。もう談笑したり、お菓子を送ったり、翼の手入れもしてあげられない。
分かっている我慢しなきゃ、これ以上グランに関わったらいけない。なのに、なのに、こんなにも私の心が貴方を求めて熱い。最後だから、最後にもう一度だけ貴方を感じさせてほしい。
「……っ」
自制が出来なくなる前にグランの背から目をそらして視線をベッドに落とす。これで良い、これでよかったんだ。
「何かあればまた呼べよ、俺はお前の味方だからな」
「っあ」
頭を誰かに抱きしめられる。グランだ、彼の匂いが、体温が、息使いが、翼が私を包み込む。耳に届いた優しい声、それがまるで毒のように脳内に染みていく。あぁ、ダメだ、これは。こんなことされたらもっと大好きになっちゃうよ。自制が効かなくなって……私、止まれなくなっちゃうよ。
「私に何かあったら助けてくれる?」
「助けるさ」
「もう少しだけこうしてくれる?」
「仰せのままに『お嬢様』」
そうして暫く私はグランに抱きしめられていた。その後グランは入ってきた窓から跳んで外に出ていった。その後ろ姿を見送る。グランの姿がきえた後、傍仕えの子たちを呼んで壊れたライティングビューローと大量の羽ペンをゴミに出しておくように指示する。そして部屋からグランの痕跡が消える。
「あーあ、やっちゃった。アレだけが私の持ってるグランを感じれるものだったのに。……まぁいっか」
もう、私は止まれないんだ。せっかくならトリニティだけじゃなくてグランも手に入れちゃおうか。そうしたら幾らでも羽ペン作れるし、それ以外のアクセサリーも作れそう! 私ったら頭良いー☆
・ミカの趣味にグランを"材料"にしたアクセサリー作りが追加されました。
・ミカがクーデターにノリノリになりました。
・エデン条約編の難易度が上がりました。
これも全てグランってやつの性なんだ。
あと数話でパヴァーヌ編が始まります。