◎・ミレニアム ヴェリタス部室・
「依頼された『データ』について、結果が出たよ」
「い、いよいよ……!」
「ドキドキ……」
廃墟から帰ってきてミレニアムの校舎内。ヴェリタスの一員である小鈎ハレが手元のパッドを操作しながら部室奥からやってくる。
「知っての通り私たち『ヴェリタス』は、キヴォトス最高のハッカー集団だと自負している。システムやデータの復旧については、それこそ数えきれないほど解決してきた……」
そこまで言い切ったハレはモモイのほうを向く。
「その上で、単刀直入に言うね。モモイ、あなたのゲームのセーブデータを復活させるのは無理」
「うわぁぁぁん! もうダメだーーー!」
「そっちかい!」
「そっちじゃないでしょ!? G.Bibleのパスワードの解除はどうしたのさ!?」
ハレの言葉にモモイが絶叫して泣き出し、グランとミドリは思わず突っ込みを入れる。後ろの方で解析結果に胸を膨らませていた先生やアリス達もズッコケている。そんな面々の前にヴェリタスの他の部員、音瀬コタマがやってくる。
「それなら、マキが作業中ですよ」
「マキちゃんが?」
「あ、おはようミド!」
ミドリがコタマの言葉に反応するのとほぼ同時に小柄で赤髪が特徴の生徒が部室に入ってくる。小塗マキ、コタマが言っていたG.Bibleのデータを解析していたヴェリタスの部員である。彼女は勢いよく部室にはいるとそのままモモイ達の近くに寄っていく
「うぅ、私のセーブデータが、涙と汗の結晶が……!」
「モモはどうしてこんなに泣いてるの?」
手元のパソコンを操作しながら泣いているモモイのほうを見てそうミドリに質問するマキ。ミドリは眉間の手をやりながら下を向いて首を振る。
「それは気にしないで大丈夫……それより、G.Bibleはどうだった?」
ミドリが恐る恐る聞くとマキは満面の笑みを浮かべパソコンの画面を見せる。
「うん、ちゃんと分析出来たよ。あれはかの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル……G.Bibleで間違いないね」
「や、やっぱりそうなんだ!」
マキの言葉を聞いてゲーム部の面々は顔が明るくなる。
「ファイルの作成日や最後に転送された日時、ファイル形式から考えても確実。作業者についても、噂の伝説のゲーム開発者のIPと一致していた。それと、あのデータはこれまでに一回しか転送された形跡がない」
「っていうことは……」
マキは画面を操作しながら解説していく。その解説を聞いてミドリは目を輝かせる。
「うん、オリジナルの『G.Bible』だろうね」
「す、すごい!」
「これで一件落着か……」
マキの断言を聞いてゲーム開発部の面々は喜びの声を上げ、グランと先生は安心から気が抜ける。そんな面々を見たせいか、マキは若干申し訳なさそうに言葉を続ける。
「でも問題があって……ファイルのパスワードについてはまだ解析できてないの」
ビシリと動きが固まる一行。
「えぇっ、じゃあ結局見られないってことじゃん!? ガッカリだよ!」
「うっ! だってあたしはあくまでクラッカーであって、ホワイトハッカーじゃないし……。アム先輩とかいれば話は別だけど……」
「キッド3か?」
マキのこぼした言葉にグランが反応する。"そういえばあいつは元々ここの出だったな"とグランはぼんやりと思っているとハレやコタマも反応する。
「確かに、アムは優秀なハッカーでしたからね。彼女は元気ですか、代表?」
「アム……懐かしいね」
「あぁ、彼女の技術にはいつも助けられている。……多分今も元気にハッキングしてるんじゃないか?」
グランは若干遠い目をしながらそう答える。グランは確かにアムの能力を高く買っているし、よく働いてくれるキッド3のことを好意的に思っている。しかし自分のファンを自称して自身の行動全てを記録しているのには若干引いているグランであった。
「アム先輩がいなくても方法が無いわけじゃない」
「そうなの?」
「それは助かった。今キッド3には重要な案件を任せてるからな。あまり動かしたくなかった」
マキの発言にモモイは目を丸くしてグランは一息入れる。
「あのファイルのパスワードを直接解析するのは、多分ほぼ不可能。でも、セキュリティファイルを取り除いて丸ごとコピーするって手段なら、きっと出来るんじゃないかな……。Optimus Mirror System……通称『鏡』って呼ばれるツールが必要なの」
「全然話について行けない……」
「つまり……G.Bibleを見るためには、その『鏡』っていうプログラムが必要だってことだよね? それはどこにあるの?」
「あたしたち、ヴェリタスが持って……た」
ミドリの指摘にマキは目を若干逸らしながら答える。
「なーんだ、それなら今すぐ……ん、待って? 過去形?」
モモイは一瞬安心仕掛けたが、マキの言葉を精査して疑問を持つ。
「……そう、今は持ってない。生徒会に押収されちゃったの、もう! この間ユウカが急に押し入ってきて、『不法な用途の機器の所持は禁止』って」
「『鏡』もそうですし、色々と持って行かれてしまいましたしね……私の盗聴器とかも」
「その『鏡』って……そんなに危険なものなの?」
ヴェリタスの面々が口々に不満を漏らし、肩をがっくりと落とす。
「そんなことは無いよ。ただ暗号化されたシステムを開くのに最適化されたツールってだけ。ただ……世界に一つしかない、私たちの部長が直々に製作したハッキングツールで」
「部長っていうと……ヒマリ先輩?」
「ヒマリ……?」
ハレの出した名前にアリスが首を傾げる。
「アリスちゃんはまだ会ったことないよね、ヴェリタスの部長さんなの。ちょっと体が不自由で車椅子に乗っているから、見かけたらすぐ分かると思う。すごい人でね。身体のことはあるけど、それであの人に同情したり軽視したりするような人は、少なくともこのミレニアムにはいない。天才は……っていうのかな。ミレニアム史上、まだたった三人しか貰えてない学位、『全知』を持っている人なの」
「うん、本当にすごい……けど、それはそうとして。その先輩がせっかく作った装備を、どうして取られちゃったのさ」
モモイがジト目でヴェリタスのほうを見るするとコタマがおずおずと語りだす。
「……私はただ、先生のスマホのメッセージを確認したかっただけです。そのために『鏡』が必要で……。不純な意図は、全くなかったのですが」
「コタマ!?」
「私には、不純な意図しか感じられないけど……」
コタマの発言に先生が驚き大声を上がる。
「とにかく……整理すると、私たちも『鏡』を取り戻したい。それに、G.Bibleのパスワードを解くためには、あなた達にとっても『鏡』は必要……そうでしょ?」
ハレは流し目でゲーム開発部の方に向いてそう言い放つ。
「なるほどね……呼び出された時点で、何かあるのかとは思ってたけど。大体わかったよ」
「え、も、もしかして……?」
モモイとミドリがその流し目の意図に気が付いたのかそれぞれの反応を見せる。それを見てマキは二ヒヒ、と小さく笑う。
「さすがモモ。話が早いね」
「目的地が一緒なんだし、旅は道連れってね」
「共にレイドバトルを始めるのであれば、私たちはパーティーメンバーです」
「あの、お姉ちゃん、もしかしてだけど……」
モモイやアリスハレの発言にミドリは冷や汗を掻きだし、話を聞いていたグランと先生も流れ始めた可笑しな雰囲気に首を傾げる。
「まさかヴェリタスと組んで、生徒会を襲撃するつもりなんじゃ……!?」
◎・ミレニアム自治区、セミナー所有ビルの屋上・
「……そのまさかよ」
「なるほど、にわかには信じがたいお話ですね」
二人の人物が屋上でベンチに隣り合って座りながら話していた。一人は缶コーヒーを、一人はティーカップで紅茶を飲んでいた。
「ゲーム開発部については、私も知らないわけではありません。あんなに可愛らしいのに……ミレニアムの生徒会を襲撃しようだなんて、人は見かけによりませんね?」
そう言いながら笑みを絶やさないメイド服の女子、室笠アカネ。ミレニアムサイエンススクールの『メイド部』に所属する生徒だ。メイド部……正式名称を『Cleaning & Clearing』通称『C&C』普段はメイド服を着こなし学園内外で奉仕活動をしているが、裏では護衛や破壊工作など問題事の『お掃除』を請負うミレニアム最強のエージェント集団だ。
「純粋な子たちよ。でもだからこそ、時にはとんでもない悪戯をしたりもする。それに今回はヴェリタスも絡んでるの」
アカネにそう話しかけるもう一人、それはユウカだった。彼女は缶コーヒー片手に眉を顰めつつアカネにそう告げる。ヴェリタスの名を聞いたアカネは面白そうにさらに笑みを浮かべる。
「ヴェリタス……あのハッキングに特化したクラッカー集団ですよね?」
「ええ、そうよ。共通点はなさそうに見えるけど、大事な物のためには手段を選ばない……という点で、ゲーム開発部とよく似ているわ」
「そうでしたか。まあ何であれ依頼である以上、私たちは受けるつもりでいますが……」
そこまで言うとアカネは一度口を閉じて少し考え込んでから再び口を開く。
「一つだけ、ちょっとした問題があります」
◎・ミレニアム ヴェリタス部室・
「問題?」
モモイがそう言いながら首を傾げる。それを聞いたマキが頷きながらミレニアムの全体マップを指さしながら説明する。
「『鏡』は生徒会の『差押品保管所』に保管されているんだけど。そこを守っているのが実は……メイド部、なんだよね」
マキがイイ笑顔を浮かべながらそう言う。
「……え? メイド部って、もしかして……」
「ああ、C&Cの事だよね? ミレニアムの武力集団、メイド服で優雅に相手を『清掃』しちゃうことで有名なあの……」
「そうそう! まぁ些細な問題なんだけどさ~」
「そっか~! そうだねー、うーんなるほど~……」
マキの言葉を聞いたモモイは腕組みをしながらなんども頷く。
「諦めよう!! ゲーム開発部、回れ右! 前進っ!!」
「待って待って待って! 諦めちゃダメだよモモ! G.Bibleが欲しいんでしょ!?」
大声を上げた後、ヴェリタスの部室を早歩きで去ろうとする。そんなモモイの袖を引っ張ってマキが引き留める。
「そりゃ欲しいよ! でもだからって、メイド部と戦うなんて冗談じゃない! そんなの、走っている列車に乗り込めとか、燃え盛る火山に飛び込めって言われた方がまだマシ!」
「その……メイド部ってそんなに強いの?」
モモイの絶叫を聞いて先生が隣のグランに耳打ちでそう聞く。
「……かなり強いとは聞いてる」
「その言い方だと……」
「あぁ、ミレニアムとは早い段階で友好を結んだからな。敵対したことが無い」
先生とグランは渋い顔で話している間もモモイとマキの言い合いは続く。
「で、でもこのままじゃあたし部長に怒られ……じゃなくて! ゲーム開発部も終わりだよ! このままじゃ廃部になっちゃうんでしょ!?」
「廃部は嫌だけど……でもこれは、話の次元が違う。C&Cの『ご奉仕』によって壊滅させられた過激集団や武装サークルは数えきれない……知っているでしょ?」
「……最後には痕跡すら残さず、綺麗に掃除される。有名な話だね」
モモイはC&Cの脅威について語りながらヴェリタスの面子を見渡す。その言葉にハレは手元のタブレットを操作して、過去のC&Cの功績についてのデータを部室のモニターに表示させる。
「そりゃ部活は守りたいけど、ミドリにアリス、ユズの方が圧倒的に大事! 危険すぎる!」
モモイはそうきっぱりと宣言する。その様子を見ていたグランは感心する。
自身の所属するコミュニティの崩壊が近づいているとき、そのコミュニティの崩壊を受け入れて、人間の方の安全を優先することが出来る人間はそう多くはない。
コミュニティ内のリーダー的存在はその立場と権力を保ちたいが故に無理をして崩壊を早めることが多々だ。そんな中稀有な判断が出来るモモイは真にリーダー、人を惹きつける才能があるだろう、とグランは思っていた。
「待って待って、C&Cが危険なのは分かってるって! でもあたしたちはゲヘナの風紀委員会でもなければ、トリニティの正義実現委員会でもないんだから、何も真正面から喧嘩しようってわけじゃないよ。あたしたちの目標は『メイド部を倒す』ことじゃなくて、差押品保管所から『鏡』を取ってくることなんだから――
「そんなに変わらないじゃん!」
「でも、可能性の無い話じゃない」
「私の盗ちょ……情報によると、現在のメイド部は完全な状態ではありません」
「えっ?」
ヴェリタスたちの言葉にモモイは気の抜けた表情を浮かべた。そんな表情のモモイを見てハレは笑いかける。
「ここに居る全員の力を合わせたら、今のメイド部相手に対処することは不可能じゃない」
モニターを背に笑うヴェリタスの面々の顔はとても妖しく見えた。