フロム脳っぽいセリフを並べてる短編集 作:隣の家に晩飯凸する止まらないゴルシ
「全体主義―――とか言うのがこの世にはあるらしい」
男が語る。煙草をくわえ、火を灯し、真っ暗闇にほんの数瞬穏やかな光が現れる。
「社会、或いは組織、宗教。一つの集合の理念のためにそれを構成する個々の自律性を奪うんだそうだ。ま、平たく言えば思想理念による自由の抑圧ってところかな」
男が真っ暗闇の中で煙を吐く。風化を始めた孤児院の天井がゆっくりと崩壊し、そこから月光が侵入する。
「馬鹿馬鹿しいだろう? かつては個々の自律を守る筈だった組織も、やがては全体主義に染まる。本末転倒―――あいつら自身が自律性のない暗い洞穴へ落ちていくんだ」
男は座っている。煌びやかな装飾の施されたタイルに座り、足を伸ばしきって、だらしなく座っている。
「……………この世は不特定大多数の幸福と、それを支える不特定極少数の不幸で成り立っている。そうだろう? 仲睦まじい親子が遊園地に遊びに行くとき、その遊園地では必ず誰かが働いている。この社会も何もかも同じなのさ」
黒いロングコートが月光に照らされた。男のロングコートには、明らかに地のそれとは違う黒色がへばりついていた。
「誰かが幸せを屠るとき、別の誰かが不幸を貪っている。この世の万物はそれだ。忌々しいよなぁ、こんなものに縛り付けられるんだぜ?」
「人間は生まれた時から自由さ……望んでもないのに命を親から押し付けられて、それでも生きていかなきゃならない。それなら自由くらい貰っていたって良いんだから」
男は動かない。その顔は少し長いくらいの前髪に隠れて、表情はうかがえなかった。
「俺たち人間が飯を食うのもそうだ。肉を食うという欲望を満たし幸福を得るとき、その代償として家畜が既に殺されている」
「―――じゃあ、人間をこの星から全部殺したらどうなるんだろうな?」
くつくつくつ、と男は嗤い始めた。男が顔を上げて、光の宿らない瞳で月を見る。
「この星から、抑圧も、思想も、理念も、自由も、魂も、何もかもを消し去ったなら何が残るんだろうな?」
「俺はそれを見てみたい。例えその道中でもういない親友を二度殺すとしても、例えすべて消し去るのに失敗しても」
「何が何でも見てみたい――――――もう、過去は変えられないのだけれど。その罪から逃げようとしているだけだとしても、俺は見てみたい」
「誰しも、何かしらの欲望があるもんだ。俺は全体主義にまみれたこの星から、それを消し去りたいんだ。そうして、最後に残るのが何なのか、確かめてみたい」
「なぁ、そう思わないか? アンタも」
ゆっくりと見上げた彼の視線の先には、磔にされた首のない死体が彼を見下ろしていた。