推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
やっぱり東京から宮崎は遠いな。
でもここならよほどの事が無い限り、安心することは出来るかな。
「牧野……奏?」
アイが僕の隣に寄り添って並んでいる姿に雨宮先生は目を見開いて驚いてるみたいだ。
それは普通の反応だろうね。国民的アイドルまで上り詰めているアイが妊娠している事実に衝撃を受け、更に言えば、子供の存在を公表せずにアイドル活動を続けるとまで聞いているんだから。
その相手が僕だって事実も追い打ちをかけているのかもしれないけど。
「初めまして、雨宮先生。僕の事は知っているみたいですね?」
「あ、あぁ初めまして。知らないはずがないだろう。君も彼女と同じく最も勢いのあるアイドルなんだから」
冷静さを保っているように見せているけど、まだまだ頭の整理が出来ていない感じか。
アイも言ってたけど、嘘はついてない。でも、心の奥底にある複雑な気持ちを蓋をして隠しているのかな? 嘘はついてないけど、本心を言っている訳でもないな。
「じゃあ、彼女の子供の父親は……」
「僕がその子供達の父親ですよ」
「奏は私の旦那様だよ!」
「(マジか!? いや、考えてみれば思わせぶりなシーンはあった。牧野奏とデュエットした時はいつもよりキラキラしていたのを覚えてるぞ)」
タイルに膝をついて項垂れてるけど、本当に大丈夫かな。
アイが信用しても大丈夫そうと言い切ったんだ、僕から見ても悪い先生には見えないから問題ないはずだ。まぁ、熱烈な彼女のファンって意味ではとてもダメージを負っていそうだけど。
「今幾つなんだ……?」
「僕は16歳、アイも16歳ですね。彼女の方が生まれは早いですが……」
「どういう経緯で彼女と……」
「それは内緒だよ、先生。私と奏の大切な思い出だもん、簡単には教えられないよ?」
僕が言う前にアイが先にはそう言う事は説明するつもりはないっと言い切っていた。
一ファンとして僕達の出会いを聞きたいのはわかるけど、確かに馴れ初めを初対面の人に説明する必要もない。
「そうですね。雨宮先生、日も落ちて少し肌寒くなってきたので中に戻りませんか? 夜風に当たりすぎるのも良くないでしょう?」
「あぁ、そうだな。これからの方針も説明したいから診察室の方へ行こうか」
「だって行こ、奏」
「そうしましょう」
僕がそう提案するとそうした方が良いと先生も頷いて中へと戻っていく。
体の重心をほんの少しだけこちらへと預けるように手を繋いで歩く。顔を見合わせると互いに少し笑って先生の後ろに続いた。
診察室へと足を踏み入れるとそこには先生以外にもう一人先客が居た。
僕の姿を見つけるとサングラス越しに目を見開き、こちらを指さして口をパクパクとさせている。
「や、やっぱりお前か!? 真っ先に浮かんだのがお前だったが間違ってなかった。牧野、お前なんてことを……!」
今の言い方からすると斎藤社長は僕をアイを妊娠させた人物の第一候補として考えてたのか。
まぁ、彼女の交友関係とか、僕らの出会いも知っている人からしたら真っ先に来るのも当然かな。でも驚いたのは斎藤さんにもアイが妊娠したことをすぐに打ち明けなかったことだ。
妊娠したと連絡を受けた時は僕も嬉しかった。
だって愛する女性との間に新たな命が宿ったってことはとても素晴らしいことだ。
でもそれを公表する訳にはいかないという部分もあった。
お互いに名前が知れているアイドル同士で、かつ16歳っていう年齢の事もある。斎藤さんからしたらバレたら事務所が終わってしまうから。
「やめてよ、佐藤社長。これは私が望んだことなんだよ、自分の気持ちに嘘を付きたくなかったの! 私の境遇は知ってるよね」
「俺は斎藤だって言ってるだろ。あぁ、もう。わかってる、頭ではわかってるんだが、それでもだな」
「あの、あまり興奮するのは体に良くないので落ち着いてください。改めてこれからの予定を説明します」
双子がお腹の中に居るアイに興奮させるのはよくないと真っ先に止めたのは先生だった。
さすが産婦人科医の先生だと思った。患者の事を一番に考えるからこそ、真っ先にその言葉が口から出たんだろう。
それとアイ、いい加減に斎藤さんの名前を憶えてあげてほしい。
人の顔と名前を覚えられないのは今でも治らないみたいだ。でも僕は顔も名前も一度も間違えられたことが無いんだけどなぁ
「さっきも説明した通り今は20週目。そこから逆算すると出産予定日はこの日取りになると思います。ただ少しだけ不安な点もあります」
「不安な点?」
「星野さんの体の大きさだと、子供の頭蓋骨の大きさによっては帝王切開も視野に入れないといけません。もちろん、そうならないように出産に対応できる体つくりを行っていくつもりです。骨盤の開きさえ問題なければ、無事に自然分娩でも問題ありませんが……」
確かに先生の言う事はもっともだと思う。
双子を妊娠していることを考えると母体を優先するなら帝王切開を進めるべきだと思うけど、彼女の体にメスは入れてほしくないというのが本音だ。
僕の考えていることがわかったのか、アイが優しく手を握ってくれる。
こちらを見て頷いて言葉を紡いでいく。
「私は元気だし、自然分娩で問題ないよ。それに私と奏の子供達だよ? 小顔に決まってるよ」
「こちらとしても自然分娩で進めるのが大前提です。しかし、もしもの場合は考えておいてください。こればかりは経過を観察しないと判断のしようがない」
「心配しないで、奏。愛を知った私は無敵なんだよ?」
「そうだったね。僕も君を信じてるよ」
「んんっ! 続けますよ」
僕とアイのやり取りが惚気ているように感じたのか、説明の途中だから後にしてくれと言う意味なのか、先生はわざとらしく咳き込んで話を続けた。
出産予定日はオフにしておかなくちゃ。
すぐに電子手帳に丸印を書いてその日の前後は必ず予定を入れないように決意した。何があってもこの日程だけは譲れない。
◆
アイはこの病院で出産まで過ごすことになる。
もちろん、このことはトップシークレットだから関係者以外誰も知らないはずだ。何処かで情報を仕入れた良からぬ人が居ない限りだけど。
付き添いとして斎藤社長も近隣でホテルを借りて一緒に過ごしてくれると言っていたから安心だ。
僕も本当ならずっとそばに居てアイと過ごしていたいけど、今後の事も考えるとそうも言ってられない。
「お前はアイといつ逢ってたんだ? あのハードなスケジュールの中でどうやって調整できた。いや、そもそもどうやって俺の事務所の仕事スケジュールを把握してたんだ」
「優秀な専属マネージャーが居るとだけ言っておきます」
「16歳、最近の若い奴はみんなこうなのか? 俺達の時はなぁ……」
斎藤さんは互いにあの忙しさの中でどうやって逢っていたのか、そもそもどうやって仕事日程を把握していたのかと問い詰めてきたが、僕も禁則事項ですと告げておいた。
だって、僕も亜紀さんがどうやってその手の情報を把握しているのか詳しくは教えられていないから答えられないし。
「それよりも僕が傍に居られない分、お願いしますよ?」
「けっ、わかってる。俺の事務所の未来も掛かってるんだ、しっかりと守ってやる」
「おやすみアイ、また時間を見つけて必ず来るからね。出産予定日には何があっても来るからまたね」
ベッドで寝息を立てるアイの髪を撫でた。
斎藤社長に彼女の事をお願いしてその部屋を後にした。アイならきっと大丈夫、それに先生も必ず無事に産ませてくれると言ってくれていた。
今の僕に出来るのは信じる事だけ。
だから僕には僕しかできないことを続けようと思う。それが必ず先で役に立つ時がやってくるんだから。
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