推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
推しのアイにあんな顔を見せられたらこの気持ちに蓋をするしかなかった。
医師としての俺、ファンとしての俺、どちらも納得させたつもりだったけど、やっぱり複雑な気持ちだ。推しのアイドルはやはり尊い。
本当に幸せだという事は彼女の表情を見ていれば明らかだ。
アイドルは偶像、嘘を重ねることでより強く輝ける。嘘という魔法を纏うことでファンに夢を見せ、ステージで輝けるか。
「そう、アイドルは嘘を重ねる。それは何もアイだけじゃない」
嘘という愛で皆を幸せにすると。
真実の愛には嘘の愛で打ち勝つことはできない。それは彼女のアイドルとしての活動をずっと見ていた者からしたら明らかだろうな。
一ファンの俺でも途中からアイが変わった事には気付けていた。
それはもちろん、より輝けているという意味でだ。そのきっかけを与えたのは間違いなく牧野奏であることは間違いない。
俺の場合は彼女を妊娠させた人物であり、旦那だと言われたから確信を持てただけだが……。
やっぱり辛いものは辛いんだよ!
あんな眩しい笑顔で言われたら何も言えないじゃないか! むしろ、本物のアイが俺に微笑んでくれている!と狂喜乱舞になるくらいだった。
「彼女たちとの関係もこれで終わりか……」
病院を出て家に向かう途中でそんな事を考えた。
国民的アイドルのアイが妊娠して田舎にあるこの病院を訪れてくれたからこそ、出来た繋がり。普通ならアイドルと一ファンという関係しかなかった。
その点だけ言えば、俺は彼女と話すこともできたし、本当のアイを知ることが出来た。
複雑な気持ちなのは変わらないが少し感謝している部分もある。
きっとあの二人は自分達の進もうとする道が茨の道であるとわかっていて進むのだろう。
俺に出来るのは2人の子供を安全に出産させることだけだ。今できることをしよう、それが夢を見せてくれたアイドルに出来る最高の恩返しになることを願ってな。
家に着いたら少し眠ろう。いつ電話が来てもいいように……。
「ねぇ、あんたが星野アイの担当医だよね?」
後ろから声を掛けられ、振り返ると黒いフードで顔を隠した男が居た。
考え事に集中し過ぎたのか? こんな怪しい奴がすぐ後ろに来ていることに気付かないなんて。
いや、待て。それよりもこいつは今なんて言った?
星野アイの担当医って言ったのか?
あり得ないだろう。確かにカルテにはその名前が書かれている。だが、すぐに偽名に変えて彼女がここに入院していることは外部には漏れないように徹底しているんだぞ。
「何のことだ。ここに星野アイという患者は入院していない」
「嘘を言ったって無駄だよ。ここにアイの所属するプロダクションの社長が出入りしているのも確認した。活動休止の発表、この病院への出入り、これだけの情報があれば答えに辿り着く」
「……」
何でそんなことまで知ってる!?
まさか誰かが漏らしたのか? いや、それはあり得ない。彼女の所属する事務所はB小町こそ有名ではあるが、社長自身はそこまで有名じゃない。
苺プロのホームページにだってその写真は載せられていない。
つまり、一般人が斎藤社長の事を知ることは不可能に近いんだ。可能性があるとすれば、芸能関係に詳しい何者かが情報を漏洩させたってことだろう。
「彼女のストーカーか!」
「さぁ、どうだろうな」
情報漏洩も問題だが、重要なのは目の前の男を今の彼女に近づけないことだ。
いつ産気づいてもおかしくない状態だ。このタイミングでストーカーらしき男がやってくるなんて最悪って言葉しか浮かんでこない。
襲ってくるのかと思ったが、踵を返して俺から離れていった。
しかし、このまま逃がすわけにはいかない。
街灯も少なく薄暗い道を走って追いかけた。
「どこに行った!?」
もともと運動が得意じゃないのに走らせやがって!
見失ったか? 途中で山道の方へと逃げられて追いかけたが、余計に光がなくて黒い衣服を着ていたこともあって姿を捉えにくかった。
手持ちの携帯のライトで照らしてもその姿を見つけることが出来ない。
「まずい、病院に電話を……」
「……さようなら、あんたが悪いんだ」
「しまっ……」
完全に見失ってしまった。
とにかくアイのストーカーが居ると病院に連絡を入れないと駄目だ。すぐに病院の電話番号をダイヤルしようとしたとき、小さな声と共に後ろからくる衝撃に体が宙に浮いた。
振り返りざまに見えた男の顔ははっきりとこの目に映った。
俺の立っていた場所は崖とも言える場所だ。そこから突き飛ばされ、至る所にぶつかりながら落下していった。
「体が…うごか……ない」
意識が朦朧とする。
少し意識を失っていたのか。体を動かそうにも骨折に加えて脊椎も痛めてしまったようで体をピクリとも動かすことが出来ない。
辛うじて言葉を発することは出来るが、消えてしまいそうなほど弱かった。
呼吸をするたびに肺から激痛が伝わって来る。これはたぶん、肺に骨が突き刺さっているというのがなんとなくだがわかる。
その時、俺の電話に着信があった。
視界も徐々に失われていくが、携帯に表示された名前を見ることが出来た。そこにはアイの偽名として使っている斎藤という文字が見える。
「アイが……産気づい……たの……ぁ」
予定よりも少し早い。
俺は必ず安全に出産させると約束したんだ。行かなくては……いかなく……ちゃ。
駄目だ、意識が……体が冷たく……なって。
あぁ、これが走馬灯ってやつなのか。
今まであった出来事が次々と流れて来る。短い人生だったな。
心残りがあるなら無事に君達の子供を出産させてあげたかった。
最後まで君達の姿を見ていたかった。すまない、アイ、牧野君……皆。
俺の意識は完全に黒く塗りつぶされた。
◆
なぜ電話に出ないんですか、雨宮先生。
必ず無事に出産させてやると約束したのに……。アイも雨宮先生に僕達の子供の出産を任せると信じていた。
「どうなってんだ!? 何で先生は電話に出ないんだ!」
「私に言われても困ります! 他の先生を呼んできます!!」
目の前で斎藤さんとアイの身の回りの世話をしてくれていた看護師の女性がパニックになっている。
既に分娩室に移動しており、あとは雨宮先生が来るだけとなっているんだけど、電話にも出ないし、待てども来ない。
アイはつい先ほど産気づいて破水し、陣痛の痛みが襲い掛かってきていた。その痛みは女性にしかわからない、きっと尋常ではない痛みなのだろう。
それでも彼女は表情を歪めながらもこちらを見て安心させるように微笑んだ。
「奏、ずっと手を握っててね。私、絶対に元気な子を産むから……っ」
「うん、絶対に離さないよ」
しばらくして別の先生が分娩室へと連れられてくる。
すぐに呼吸を一定に保って先生や助産師さんの指示に従っていきみを調節していく。徐々にアイから伝わって来る力が強くなってくるのを感じた。
先生達がこのタイミングだという時に合図を送り、それに従って彼女も体に力を込めていた。
そして、ついにその時はやってきた。
聞こえて来る元気な赤ん坊の泣き声。
僕達の子供達が産まれた。
その姿を見て僕は無意識に涙を流していた。いや、それはアイも同じでまだ荒い呼吸を繰り返しながらも瞳からは涙が流れている。
「元気な男の子と女の子ですよ?」
助産師さんから抱き上げられた赤ん坊は適切な処置が行われた。
アイも出産の疲れで倦怠感を感じているが、それ以上に自分達の子供のことが気になっているはずだ。白い布に包まれている双子を助産師さんが彼女のすぐ傍に移動させた。
「あぁ、可愛いなぁ、私達の赤ちゃん」
「そうですね。アイも本当によく頑張ってくれました」
「奏がずっと手を握ってくれて、その思いも伝わってきたよ。ほら、よく見てあげて? 目元は奏に似てるかな」
「うん」
アイの言う通り、男の子は僕に目元をしているかな。
女の子の方は彼女に目元が似ている気がする。これから大きくなっていく姿を想像すると僕も父親になったんだと実感が湧いてきた。
「アイ、本当にありがとう。そしてこの出会いに感謝を……産まれてきてくれてありがとう」
「それは私のセリフだよ。あぁ、家族が出来るってこんなにも幸せな事なんだね?」
「はい。これからは僕達4人で幸せな家庭を作っていきましょう」
「うん!」
その言葉を言うとアイも緊張の糸が切れたのか、ゆっくりと目が閉じられていった。
体の倦怠感も限界を迎えて、疲れて眠ってしまったんだろう。僕や斎藤さんも先生たちの指示に従って退室し、これからの事を話し合った。
でも雨宮先生はなぜ来ることが出来なかったんだろうか。
その事だけが気がかりで仕方がなかった……。
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