推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
出産を終えてしばらくしてアイももう少しで病院を退院できるようになる。
子供たちの方はまだ病院に居る必要があるらしく、まだ東京には戻らず宮崎でリフレッシュ休暇となっていた。
当然、アイの復帰にはまだ時間が掛かる。
それでも復帰を急ぐ必要はないと思っている。それは疲れを癒すという意味でもあり、家族四人で一緒に過ごす時間を多くとるためだ。
「雨宮先生はあれから家にも戻っていない。行方不明で捜索願も出されたみたいだけど、未だに見つかっていないか」
斎藤さんが聞いた話だと、家に戻った形跡がなかったらしい。
病院から歩いて数分の所に家があるのだから戻らないはずがない。やはり、アイが出産した日に何かがあったと考えるべきだろう。
でも、先生の身に何が起きた?
電話にも出ず、病院にも姿を現さない。あの夜に一瞬だけ聞こえて来た複数の鳥の羽ばたく音と鳴き声が関係している?
最悪の可能性を考えるなら先生は既にこの世にいない。
その原因が事故なのか、それとも別の要因が関係しているのかは僕にはわからない。その判断材料が存在していないからだ。
「牧野、何してるんだ?」
「斎藤社長こそ、どうしてここに?」
「俺はあれだ。これからの事を考えて頭から火が出そうだったから息抜きだ。都会と違ってここは空気が新鮮だからな」
様々な考察を頭に巡らせていると斎藤社長が僕の姿を見つけて近づいて来た。
しばらくはアイを復帰させないだろうから考える時間はたっぷりある。一番の問題はアイと僕の子供達をどのように対応していくかだろう。
選択を一つでも間違えれば、すべてが終わると考えているだろうし。
「僕は少し考え事ですよ」
「何か気になることでもあるのか?」
「雨宮先生の事を考えてました」
「……どこ行っちまったんだろうな」
斎藤さんも先生の名前を出すと本当に心配しているという表情をしていた。
色々な話はおそらく僕よりも聞いているはずだから捜索の現状なども理解しているんだろうな。
「僕も先生が無責任に約束を破るとは思わない。斎藤社長は今どういう状況なのか知ってるんでしょう?」
「……お前、本当に16だよな? あぁ、確かに俺は知ってる。完全にお手上げ状態らしい。ここは山々に囲まれている場所だ。もし、この山で亡くなっているなら見つけることは難しいらしい」
「だったら一つの可能性にかけてみましょう。僕としてはこの可能性を否定したい。先生の携帯の番号はまだ残っていますか?」
「それはまだ消していないが……」
「電話をかけてください、その番号に」
「は? お前、何を言って――」
有無を言わせない僕の眼差しにしぶしぶ携帯をズボンから取り出した。
そして電話帳から雨宮先生という名前を探し出して、斎藤さんは電話をかける。先生が姿を消して、約一週間が経過していた。
可能性は極めて低いが、まだ携帯電話のバッテリーが生きているのなら……。
「繋がったな」
「まだバッテリーは生きてるみたいですね。そして答えはすぐそこにありそうですよ」
電話が繋がった瞬間にある方角で鳥たちが一斉に空へと飛び立った。
しかし、数コールだけ繋がったけどバッテリーが無くなったのだろうか。それとも電話が切られたのだろうか、わからないがこれ以降繋がることはなかった。
「お、おい、どこに行くつもりだ?」
「もちろん、先生を見つけるためですよ。今、鴉が一斉に飛び立った場所へ向かいます。ここは高い場所ですから位置の把握は出来ました」
「まさか、着信音に鴉が驚いて飛んだっていうつもりか? 確かに可能性はあるだろうが、そんなまさか……」
「何もなかったらそれで良いんです。僕の考え過ぎだって思えれば、それが一番良いんですから。むしろ、考え過ぎであってほしい」
「ったく付き合ってやるよ。場所を教えろ、俺が先に歩く」
そう、考え過ぎであってほしい。
先生は今もどこかで生きていてただ連絡を取ることが出来ない状況であるだけだって。ヒカル君が言ったように人はいつか死ぬ。
でも、先生はまだまだ若い。
これからも推しのアイドルって言ってたアイの事を応援してもらわないといけない。
GPSを使って位置を忘れないようにマーキング、その場所へと二人で歩みを進めた。
「……斎藤社長、何か腐敗しているような匂いがしませんか?」
「まさか、冗談だろ……。牧野、そこから動くなよ!」
マーキングした地点まであと少しと言うところで僕達は足を止めた。
それは風に乗って何かが腐っているような匂いが辺りに漂っているからだ。斎藤さんは僕に動くなと告げて、匂いが強くなってくる方向へと走っていった。
遠いけど、マーキング地点で立ち止まった姿を視界に収める。
携帯をしまって動くなと言われたけど、僕もその場所へと歩みを進めた。鴉の鳴く声が妙に耳に残る、今も一定間隔で鳴いている。
そこには一羽の鴉と腐敗が進んでいる人の遺体。
白衣、眼鏡、そして胸元にある見覚えのあるアイのキーホルダー。
「見るな、牧野!」
「……雨宮先生」
「とにかく俺は警察に連絡を」
僕も母さんと一緒である種の予感を感じることがある。
信じたくない可能性を考えてしまったが故に感じた嫌な予感。それがまさか目の前に現実となって現れるなんて……。
斎藤さんはすぐに警察に電話をかけて山中で行方不明になっていた先生らしき人物の遺体を見つけたと連絡していた。
「なぜ、こんな洞窟のような場所に?」
人間の腐敗した匂いはずっと嗅いでいたいものじゃない。
風上へと移動して、この匂いから解放されることを体が望んでいた。大きく深呼吸して新鮮な空気を肺へと送り込む。
心を落ち着かせ、冷静な判断をするんだ。
あの夜、先生が僕達の元へと現れることが出来なかったのは偶然じゃない? 自宅に帰るだけだって言ってた。
こんな人に見つかりにくい場所に来るはずがない。
だったらなぜこんな場所に居るのか――――答えは一つだけだ。
誰かが先生を手に掛けた。
そして見つからないようにこの洞窟のような場所へと移動させた。偶然の死じゃない、誰かの手引きによって引き起こされた?
しばらくして警察が到着し、すぐに先生の検視が行われた。
後から斎藤さんから聞いた話だと頭蓋骨が陥没している箇所があり、他の場所にも打ち付けたような痕があったらしい。
高い場所から落ちた時によくある痕らしく高所から突き落とされた可能性が高いとの見解らしい。
人の手によるものだと判断されたのは落下した場所と遺体があった場所が異なる位置だったからとのこと。
「大丈夫か、牧野。まさか、本当にお前の言ったとおりだったとは……」
「えぇ、僕は大丈夫。少し動揺はしていますが、問題ありません」
「(大した奴だぜ。やはり、あの母親の息子だってことか)」
発見時の状況などを警察に尋ねられていた斎藤さんが戻ってきた。
飲み物を手渡された僕は自然な動作でそれを呑んで一呼吸おいて答えていた。
「斎藤社長」
「わかってる。このことはアイの耳には入らないようにする。周りの奴らにも知らぬ存ぜぬで通してくれって頼んでおく」
「お気遣いありがとうございます」
僕の言おうとしたことがわかっていたようだ。
まだ不安定な状態であることには変わりないので、余計な心配をさせないように彼女の耳には届かない方が良いという判断だ。
斎藤さんの言うように僕もオフの期間に体も心も休めよう。
どういう状況でこのような事件が起こったのかは謎のまま、その答えを知る先生も既にこの世にいない。
死人に口なしか……。
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