推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
アイの復帰第一弾の歌番組、今のところは順調だ。
ボロも出てないし、何よりも司会者のアドリブに上手く合わせることが出来ている。が、まだ所々危ういところもあるな。
まだ牧野のように場馴れしていない。
活動休止期間もあいつは今みたいに様々な方面で経験を積んでいたから当然と言えば、当然だが。
「なぁ、B小町どう思う?」
「……アイが居なかったら解散してるだろ」
「なんだ、いつもみたいに興味ないって言わなんだな?」
「牧野奏と一緒に歌ったアイが居てこそのグループだろ。一夜の夢を見せてもらったからな」
アイが居なかったら解散してるか。
それを否定できないのが辛いところだな。社長の俺がもっといい仕事を引っ張って来れたらよかったんだが、プロダクションとしての格の差がそれを難しくさせている。
芸能関係者の間でも牧野とアイが一緒に歌ったことは誰でも知ってるよな。
さっきのやつが言ったように一夜の夢という表現は間違ってないだろう。それほどまでに破壊力が強い歌唱だったんだからな。
だから見せつけてやれ、B小町はまだ終わってないところをな!
「10秒前!9、8、7、6、5……」
カウントが始まって歌いだしの準備に入る。
嘘が闊歩する芸能界で生き残るために皆嘘を付く。上等だ、こっちは本物を見せてやる!
B小町の代表曲が流れ、リズムに合わせて歌と踊りが始まる。
最初の歌いだしのインパクトでアイの姿を目に焼き付けろ。再び、アイはここに戻ってきたんだ‼
「良い感じだ……!」
関係者の顔つきが変わったな。
あまり期待していないって感じだったが、それでも心の何処かには期待はあったはずなんだ。その燻っていた心に火を付けろ。
嘘でアイに勝てる奴はごく僅かだ。
牧野も言っていた、嘘つきは常人よりも観察力に優れていると。それは自分の言ったことが嘘だとバレないように新たな嘘を張り付け気付かれないようにするためだ。
まぁ、今のアイは奏のために歌っている。
あいつへの思いに嘘はないだろうぜ。俺だって外から見ていたらそれくらいはわかる、年の功ってやつだな。
「よし、もう終盤。決めろよ」
曲も最後のパートに入って若干の乱れが見えた。
まだ気になるレベルじゃないが、僅かにズレてるな。アイの踊りのキレが他のメンバーよりもいいんだ。牧野が見ているってだけでも期待に応えようとする。
それ以上に一緒にこの番組で共演できることが出来て実力以上の力を出そうとしてるのか。
今回はそれがあだになったかもしれねえな。
「B小町さんでした!」
何とか無事に終えられたか。
これは後で反省会だな。他の奴らもずっとトレーニングを積んできたし、アイが復帰するとあって気合も入ってた。
しかし、ブランクを感じさせず前回以上のパフォーマンスを見せたアイに唖然としている。
合同で練習もしたんだが、緊張もあって合わせきれなかったか。
「最後は牧野さん、準備お願いしまーす」
「はい」
「今回の曲は――」
B小町の出番が終わり、番組の締めを飾る牧野が登場する。
しかも今回の曲はあいつにしては珍しい曲調の歌だ。リハで軽く歌っていたが、あれは誰かに対して歌っているような曲にも思えた。
ファン、いや違う。確かにファンの事も含まれているだろう。
だが、あれは……。
導入からいきなりサビの部分を歌いだす曲。
「……アイ?」
牧野が歌いだした瞬間、俺はそこにアイが居るような姿を幻視した。
もちろん、そこにアイはいない。歌っているのは牧野だ、そこに居るはずがない。だが、この歌詞は明らかにアイに対して歌われている。
歌詞の一部に使われる嘘という表現。
俺が初めて星野アイと出会った時の事を彷彿とさせる。途中から曲調が早くなって牧野のパフォーマンスも更に鋭さを増す。
そしてフィニッシュを迎え、最後の動作。
正面を指で差し、自分の方へと腕を寄せながら握り締めていた。
「……まさか」
俺はふとあることを思い出し、アイの座っている席の方を見る。
そこにはボーっとして奏を見つめ、頬をほんのり赤くしている姿があった。やっぱり、そういうことかよ!
あの歌詞の内容はある種のこいつらの共通点とも言える部分が多くあった。
それはもちろん俺もこいつらの事をすべて把握している訳じゃないが、それが当事者同士の間ならどうなるか?
今のアイの顔を見たら明らかだ。
最後の歌詞の部分に君の全てを手に入れるとまで歌っているだから間違いないだろう。
生放送中になんてことしやがる!?
「誰も気づいてねぇな」
さすがにこれがアイに対して歌われたものだとは思うまい。
牧野はボロを出さない、それは間違いない。あいつは何も違和感を与えずに全国放送で告白まがいのことを誰にもバレずに堂々とやりやがった。
「牧野奏さんでした!」
一礼して歌い終えた奏は軽く汗を拭いてから席に戻っていた。
アイとの関係を知っている俺からしたら心臓に悪すぎる! 何でこんなに冷や汗を搔かなくちゃいけねぇんだよ。
とにかくこれでアイの復帰第一弾も無事に終了だ。
関係各所への挨拶を済ませた俺は次のスケジュールの確認を行ってからテレビ局を後にした。
アイに確認したが、やはりあの歌は自分に対して歌われていたものだと顔を赤くしながら語られた。
人を好きになる気持ちがわからない、私も奏も人を好きになるって気持ちがわからなかったと言われ、最後の歌詞の部分はお互いがお互いの全てを手にするという意味だったらしい。
簡単に言えば私の全てはあなたのものだっていうことだ。
帰りに一番苦いコーヒーでも買わないとどうにかなりそうだぜ、まったく!
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