推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
明日はアイも休みだという事は既にスケジュールを確認して把握済み。
仕事ない日はゆっくりと眠るようにと僕もよく言い聞かせているので、お昼ごろまでは目を覚ますことはないだろう。
もちろん、それだけが要因で起きない訳じゃない。
もっと他にも理由があるけど、それはここで語ることでもないだろう。
「もしもし、ミヤコ夫人ですか?」
「牧野君? 君から私に電話なんて珍しいね」
「少し二人きりで話したいことがあります。明日の9時頃に会えませんか?」
「二人きり!? も、もちろん大丈夫よ!」
「では明日、午前9時に」
携帯からミヤコさんの電話番号を選んで電話をかける。
すぐに応答があって二人きりで会いたいと告げると電話の向こう側からドタバタという音が聞こえて来る。返答はもちろんOKの返事が返ってきた。
電話を切ると僕も明日、ミヤコさんと会うために眠ろう。
すべてはアイが目を覚ます前に終わるだろうから。だから安心して眠っていてね、アイ。
ベッドで眠るアイの額に口付けを交わした僕も目を瞑って眠った。
◆
いつもと同じ時間に起床し、服を着替えて家を出る。
昨日、連絡した時に告げた待ち合わせ場所は東京の郊外にある小さな個店。ここの経営者の人とは仕事を通じて仲良くなってプライベートでも使わせてもらっている。
ここで話す内容は絶対に漏れないと言えるほど、管理が徹底されている場所でもある。
あまり知られていないけど、知る人ぞ知る隠れ店舗という表現がぴったりかもしれない。個室の一つ一つは防音設備もしっかりとしているのも好印象だった。
「牧野君、お待たせしました!」
「いいえ、僕も来たばかりですから。さぁ、中に入りましょう」
「は、はい!」
お洒落な衣服を身に纏ったミヤコさんが姿を現した。
外出するとあってやはり、家でアクア達の面倒を見ているときは着ているものも違っている。最近の流行を取り入れたファッションだなと思った。
今度、アイも一緒に連れてショッピングに行こうかな。
彼女は服に関してはかなり疎いし、いつも似たような服を着ていたのも気になっていたし。
「いらっしゃいませ、牧野様。既に奥の部屋は準備してあります」
「ありがとう店長さん。いつも悪いですね」
「いえ、牧野様からのお願いならば、私共は喜んでご提供させていただきます」
店に入ると既に店長が出迎えて待っていてくれた。
到着も時間通りだったから既にそろそろだと思っていたのかもしれない。既に準備されているという奥の部屋へと通され、僕とミヤコさんは案内された。
「変わった店ね、なんというかアンティークって言うのかしら?」
「良い雰囲気でしょう。こういう店も嫌いじゃないんですよ」
今までに来たことのないタイプの店だったのか、ミヤコさんはキョロキョロと周りを見渡していた。
薄暗い通路に両サイドから灯りが宿り、部屋までの道を照らしている。店長がその扉を開けると真ん中にテーブルと椅子が二つ設置されている。
既に料理もコースで準備がされているため、一品目がすぐに運び込まれてきた。
席に着いた僕達は椅子に座って少し間をおいた。先に口を開いたのはミヤコさんだ。
「牧野君、私と二人きりで会いたいなんて……どうしたの?」
「……いつもアクア達の面倒を見てもらってミヤコ夫人には本当に感謝しているんですよ? あなたが居なかったら僕達はもっと大変だったと思います」
「えぇ、ありがとう。前にも言ったけど、これは皆で話し合って決めた事だから不満はないわ。だから改めてお礼を言う必要なんて――」
まずは本当に感謝していると彼女に伝えた。
これは紛れもない僕の本心だし、この気持ちに偽りの気持ちはない。だからこそ、本当にミヤコ夫人には残念だと思ってしまうこともある。
食事を続けながら言葉を続けていく。
「それでも感謝は伝えたいんです。でも……」
「でも?」
「だからこそ、僕はとても悲しかった」
「悲しい? それってどういう意味――」
グラスに入れられた水を一飲みした僕はミヤコさんの瞳を見据える。
その刹那、彼女の口から小さな悲鳴が漏れた。何かに怯えるように、僕の姿を通して誰かを思い浮かべるように体が僅かに震えている。
「あの日、僕の母さんがやってきたそうですね? アクア達に様子を見に来てくれたそうです」
「い、いや、あの……」
「もちろん、僕は母さんから何も連絡を受けてません。子供達の様子を見に行ったとだけ連絡が来ていました。それ以外には何も連絡はもらっていませんし、何があったのかも教えてもらっていない」
「違うの……それはちがっ……あ」
僕が席を立ちあがり、ゆっくりとミヤコさんの元へと近づいていく。
違う、違うと何かを否定するように頭を左右に振りながら同じ言葉を繰り返している。俯いている彼女の顔を両手で掴んで僕の方へと向かせた。
そして彼女の瞳が僕の瞳を捉えた瞬間にミヤコさんは全身の力が脱力していた。
小さく悲鳴のような言葉が聞こえるが、その言葉は僕の心には響かない。
「自分が何をやろうとしていたのか、わかっているんですか?」
「……」
「一時の感情でアイ、子供達に心に大きな傷を残すかもしれなかった。まだ未遂ですから僕は軽く注意をするだけで済ませます」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
瞳から光が消え、同じ言葉を繰り返している。
感情の起伏が消え失せ、母さんが去った後のミヤコさんの状態と同じになっていた。これは同じ同心円状の瞳を持った僕の瞳を近くで覗き込んだ事による一種のトラウマだ。
母さんのそれとは違うだろうけど、目の前で壊れたラジオの様に同じ言葉を繰り返している彼女を見ると心の奥底まで刻み込まれているというのがよくわかる。
「謝罪の言葉は要りません。僕が欲しいのは二度と同じことを繰り返さないという誓いです」
「……」
「心の底から過ちを認めているなら誓えるはず」
僕は遠回しに二度目はないとミヤコさんに警告する。
さっきも言ったけど、アクア達の面倒を見てもらっていることは本当に感謝しているのも事実。だから、ここで彼女を失いたくない。
きっとミヤコさんならわかってくれると思うんだけどな……。
◆
怖い、体が自分の意思に反して動いてくれない。
牧野君に話があると言われて二人で来た古風なお店。少し遅い朝食を食べながら話される内容は私の心のトラウマを蘇らせるには十分だった。
牧野真莉愛様、牧野君の母親でこの世界では敵に回すなとまで言われている女性。
私は現在の仕事に対するストレスから一時の感情でアイの母子手帳の写真を週刊誌へと流そうとした。
その時に偶然にやってきたのが真莉愛様。
黄金色の同心円状の瞳に魅入られた私は彼女の言葉が頭の中で繰り返される。あの人の言葉には不思議な力を感じたの。
体が逆らう事を拒絶するような、本能が従えと訴えていた。
そして私はまた同じ瞳を持つ牧野君に冷徹な眼差しで見下ろされている。体に力が入らない、その瞳を通してあの人の姿が見えた。
「私は……二度とこのようなことはしません」
「
牧野君の瞳が嘘を言う事を許さないと私の瞳を覗き込む。
それと同時に囁かれる言葉が二重に聞こえた。牧野君の声と真莉愛様の声が一緒に聞こえて来るの。そこに彼女は居ないはずよ、居るはずがない。
私は絶対に過ちを繰り返さないと強く思い、必死に牧野君に訴えた。もうこんな思いは嫌、こんな怖い思いをするくらいなら私は従順な犬と言われても良い。
その私の気持ちが伝わったのか、脱力している体に力を入れられるようになった。
彼の瞳をしっかりと見据えて頷いたわ。
「
信じるという言葉と同時に声がダブって真莉愛様の声が聞こえる。
どうして、どうしてまた彼女の声が聞こえるのよ!? 根源的な恐怖で頭がおかしくなってしまったの? それにこんな事を言っても誰も信じてくれないわ。
私は今もまだあの瞳に囚われている。
もし、過去の自分に忠告できるというなら絶対にあんなことはしてはいけないと声を大きくして教えたいと願った。
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