推しの子 その瞳に映るのは 作:ノックスさん
もし、ルビーが精神的に大人になっていれば僕達の前でその名を出すことはなかったかもしれない。
たとえ前世が大人だったとしても今のように衝撃を受けて精神的に弱い部分が出たことで生まれ変わる前の名を出してしまうこともある。
普通は前世持ちということ自体が極めて稀であり、ほとんど前例が存在しない。
「か、奏? どういうことなの? ルビーは自分の事をさりなって言ってるよ!?」
「少し冷静になろうよ、アイ。なんとなくはわかってるんでしょ?」
「頭ではわかってるけど、そんなの漫画とか物語の中での話だと思ってた!」
アイが僕の傍へとやってきて二人には聞こえないように小声で話しかけてきた。
理解は出来ているけど、目の前で起こった現実としてはなかなか認めることが出来ないらしい。まぁ、それが普通の反応だと思う。
「奏は知ってたの? ルビーに前世の記憶があるって――」
「確証はありませんでしたよ。でも普段の行動を見ているともしかしてと思ったときはあります。それにおそらくアクアも同じ可能性が高い」
「私達の子供ってそういう運命の下に生まれた? でも二人にそういった記憶があった所で私達の愛の結晶を否定するつもりもないよ?」
「当たり前ですよ。それも一つの個性という事で僕も否定するつもりもありませんし、それにむしろ感謝しているくらいですよ」
早い段階から可能性としては考えていた。
赤ん坊の世話とかいろいろと調べるうちにアクア達は常識と当て嵌まっていない点が多く存在することに気付いた。だからもしやという予感はあった。
それに母さんから聞かされていた話もあったしね。
『奏達の子供は本当に数奇な運命の下に生まれたね』
『それはどういうこと?』
『真なる母を得られずに散った二つの魂は死する運命にあった器へと導かれん』
『……そういうことなの?』
『まだ奏君には視えないみたいだね』
この言葉が意味するところは前後の会話から繋げるとある仮説へと導かれるんだ。
本当は考えたくもなかったけど、母さんの言葉をわかりやすく言うとこうなる。
母の愛を知らずに死んだ二つの魂は死ぬはずだった子供へと宿るって。
あくまで僕の解釈だけど、僕達の子供は本来なら死産する運命にあったということ。なぜ、そうなのかは理解したくないけど、あの確信めいた言葉は間違いなくそうなんだ。
いったい母さんには何が視えているのか? 知らない方が幸せな事もあるとその目が語っていた。
だから僕はアクア達には本当に感謝している。
無事に生まれてきてくれてさ、たとえ前世の記憶があったとしてもね。だけど、この話だけはアイにするわけにはいかない。
もちろん、母さんも彼女には話すつもりはないだろうけど。
「ルビー」
「っ!」
僕が名前を呼ぶとビクッと体を反応させて恐る恐るこちらを見ている。
ほんの少しだけ冷静になったことで僕達には知られてはいけない前世の記憶を持っているという秘密を口走ってしまったことに気付いたみたいだ。
その瞳には怯え、不安、後悔、期待といった感情が見てとれる。
普通の子供ではないと知った親が取る対応を想像してしまったのだろうか。
「何をそんなに怯えているんですか?」
「気持ち悪くないの? 私は前世の記憶があるんだよ。本来産まれて来るはずだった二人の子供の存在を――」
「罪悪感を感じているのかな? ルビー、その言葉を言っては駄目だよ。その言葉は産まれてから今までの自分を否定することになる」
「でも、でも!」
「ルビー、僕とアイの子供として産まれてきたは不幸だったの?」
「そんなわけない!!」
自分は異端者だと言って自分自身を追い詰めているようだ。
本来、あるはずだった子供の未来を自分が宿ってしまったことで潰してしまったと思っている様子。母の言葉を知る僕からすると感謝することはあっても怒る要素はどこにもない。
ルビーの口からその言葉を出させるわけにはいかなかった。
それは僕達の子供であることの否定、生まれてこなければよかったと言っているようなものだから。
その刹那、ルビーは大きく叫んでいた。
「私はずっと病気で母親も会いに来ることもなかった。母の愛ってどういうものかを知らないの。でもね、ママとパパの子供に生まれて来られて愛がどういうものかをわかったんだ。そんな温かい愛情を育んでくれる二人の子供であることが不幸なはずがないよ!!」
「ルビーも私と同じだったんだね?」
「ママ?」
話をずっと黙って聞いたアイがルビーを後ろから抱きしめた。
彼女の口から言われた同じという言葉は2人の共通点を示している。それは母からの愛、愛情を知らなかったという点だ。
愛は痛みを伴うと初めの頃は思っていたアイとルビーの口から言われた内容には確かに似ている。
だから数奇な運命の下に産まれたという言葉はあながち間違っていないと僕も思ってしまう。
「私も奏に会うまで愛って何かわからなかったんだ」
「ママも?」
「うん。奏、真莉愛さんが教えてくれた愛。それを知ったから今の私が居るんだ。奏と愛し合って産まれたルビー達の事は愛してる。この言葉は嘘じゃないし、気持ちを偽りたくないの。だから産まれてこなければよかったなんて思わないで」
「私、ママ達の子供で居ていいの?」
「もちろんだよ。ううん、ルビーとアクアじゃなきゃ駄目」
「ママ、ママ!! うわぁぁん!」
自分と言う存在を認めてもらえた安堵感からルビーはアイに向き直って胸元に顔を押し付けるようにして泣いた。
それはさりなという少女が偽り演じ続けたルビーではなくきっと本来の彼女の姿だったんだろう。
これでルビーはもう大丈夫だろう。今までと関係も変わらないし、前世があろうと今はルビーなんだからね。
「アクア、君もそうなんでしょう?」
「いつから、いつから俺が前世の記憶を持っていると――」
「確信したのはついさっきですよ。さりなという名前に動揺したでしょう? それにこの病院に着いた時も複雑な感情を抱いたようですし、それに――」
「それに?」
「僕の携帯で調べていたでしょう? 駄目ですよ、隠したいなら履歴も削除しておかないと」
「履歴?……あ」
そう、確信を得たのはついさっきだけどアクアの前世については一人の男性を想起させた。
僕の複数ある携帯の一つをアクア達が使っていたのは知っている。当然、僕もそれを使うから検索キーワードが出てくるよね?
そこに自分が打った覚えがない履歴があった。
雨宮吾郎 医者 失踪 宮崎県という検索ワードが出てきたのだ。
こんなピンポイントで打ち込まれていたらそうと思わずにはいられないだろう。
失踪ではないが、確かにネットには既に死亡したという記事は出ている。小さな記事だから知らない人は知らないし、犯人も未だに不明だ。
「その反応で十分です。アクア……いいえ、今のタイミングならこう呼んだ方が良いですか?――雨宮吾郎先生」
「え?」
「え……吾郎先生? パパ、今お兄ちゃんの事を吾郎先生って呼んだの?」
その名前に反応したのはアクアだけじゃない。
当然、ルビーも反応を示して信じられないような目でアクアの方を見ている。それはそうだろう。つい先ほど呟いていた言葉に先生との約束というものがあった。
アクアの前世が本当に雨宮吾郎であるならルビーが反応しないはずがないんだ。
だから今も穴が開きそうなほど見つめている。
「……はぁ、前世から思ってたけど父さんは色々と規格外だよ。わかっていて俺にそう聞くなんて卑怯だな」
「母さんからの受け売りですよ」
「ルビー同様に前世の記憶があるよ。父さんの言う通り、俺の前世は雨宮吾郎だよ。死んだと思ったら二人の赤ん坊に生まれ変わってた」
大きなため息を吐いた後、アクアは前世が雨宮吾郎であることを認めた。
ずっと秘密にしていた事を吐露したことでその表情はいつもよりもスッキリしたものへと変わる。おそらく、前世があること自体はルビーと共有していたかもしれない。
けれど、その前世がどういった人物であるかというのは彼女の反応からして話していなかったのだろう。
その証拠にルビーの目からは悲しみとは違った涙が溢れ始めていた。
「本当に吾郎先生?」
「そうだよ、前世で君と一緒に病室でアイを推していた雨宮吾郎だよ。久しぶりというのが正しいのかな」
「先生、先生ー!!」
「わっ……」
アクアが先生であるとわかった瞬間、ルビーが走って抱き着いていた。
嬉しさから涙を流し、何度も先生と呼び、そこに確かに居るという事実を確認するように強く抱きしめている。
勢いが強すぎて芝生の上にアクアが倒されてしまったが、なんとも言えない表情をしていた。
ルビーからはもう絶対に離さないという強い意志を感じる。彼女が前世で先生へと向けていたものが恋愛感情なら色々と複雑だな。
「これで良かったのかな?」
「複雑ですか?」
「ううん、こういうのも良いのかなって。私が望んでた賑やかな家族って意味では本当にそうなりそうだもん」
僕の傍へと腰を下ろしたアイが手を握りながら告げた。
アクアとルビーは明かせない前世という秘密を暴露したことで心の重荷は軽くなっただろう。これで思い悩むこともなくなってくれると父親としては嬉しい限りだ。
僕は2人の行く末を考えながら視線はある方向に向けていた。
そこには木々に止まって翼を休めている複数の鴉とこちらを興味深そうに見ている1人の少女の姿があった。
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