推しの子 その瞳に映るのは   作:ノックスさん

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少し時間が飛びます。


第三話

 あれから1,2年経って母の言っていた通り、彼女はアイドルにスカウトされた。

小さな芸能事務所みたいだけど、そこの社長さんの熱意に負けたのか、それとも心境の変化があったのか知らないけど、少しだけ吹っ切れたみたい。

 

「奏君、スタンバイお願いしまーす」

 

「はい」

 

 僕も複数ある事務所の中から母に勧められた所に所属することになった。

初めは歌手としてデビューしたけど、何処からか聞きつけたのか、役者にも挑戦してみないかと言われ、そちらの方面にも徐々に力を入れることに。

 今日はそのドラマのワンシーンの撮影日。

僕は舞台で歌う若手歌手の一人という設定だ。ドラマといえ、立ち位置が今の僕と同じなのはわざとなのかな?

 

「――♪」

 

 初めての舞台で緊張している風に歌ってくれと言われ、緊張している風に声を僅かに震わせた。

体の動きも少しぎこちなくして、精一杯声を張り上げて歌っている感じ。監督さんに何度か、参考になるような映像を見せてもらったけど、特徴は捉えられたんじゃないかな?

 

「カット!」

 

「いいねぇ、牧野君! 緊張しているっていうのが目に見えてわかったよ。やはり、君に依頼して正解だった!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 監督さんからOKをもらったから今の感じでよかったのかな?

汗を拭って用意された椅子に腰を下ろした。現場のスタッフさんからお疲れ様ですと声を掛けられてドリンクとタオルを手渡される。

 

「牧野さん、お疲れ様です。歌って役者まで! 憧れちゃいます!」

 

「ありがとうございます、二宮さん」

 

「ここ1、2年で一番勢いのある牧野さんと共演できるなんて夢見たいです」

 

 さっきまで一緒にドラマ撮影をしていた若手女優の二宮瑞樹さんが僕に声をかけてくれた。

二宮瑞樹、グラビア出身でその演技力を買われて女優業にも力を入れ始めた人だ。僕も芸能界の情報はある程度、頭の中に入れているからわかっていた。

 

「僕も皆さんと共演出来て嬉しいですよ」

 

「キャー、そんなこと言われたら私も嬉しいです!」

 

 この人ってほとんど本心で喋ってるな。

芸能界に入ってここまで本心だけで喋ってる人も珍しいと思う。何かしら建前と本音があるはずなんだけど、こういった人もいるんだ。

 

「あ、そうだ。牧野さんって今の芸能界の若手で伸びそうな人って誰だと思います?」

 

「伸びてきそうな若手ですか?」

 

「はい! 私は一度だけしか会ったことないんですけど劇団ララライに所属しているカミキヒカルっていう役者さんがすごいと思うんです! なんて言うんですかね、人を惹きつけるっていうか上手く言えないけど、伸びてきそうな気がします!」

 

 劇団ララライ所属のカミキヒカル。

もちろん、知っているよ。だって僕が初めてあった瞳に星を宿していた人だからね。あれはアイと出会う少し前の話になる。

 

『やぁ、君が牧野奏君だね?』

 

『はい、初めましてカミキヒカルさん。ご活躍の噂は聞いています』

 

『あはは、硬いな。同じ年齢くらいだよね、もって気軽に行こうよ』

 

 一目見てわかったよ、こいつは常人の思考をしていないって。

とても優しそうで笑顔を絶やさない少年っていう印象を受ける人がほとんどだと思った。だけど、彼の本質は違う。

 その瞳に宿る黒い星は彼の心を現しているんじゃないかと思う。

確かに才能も豊かで、人受けも良い。それに困ったときに優しく助言して助けてくれそうな雰囲気を纏っている。

 

でも、違う。

カミキヒカルという人間の本質はもっとドロドロしたものだ。笑っているけど、彼の目は決して笑っていない。

 

『なら一つ聞いても良いかな?』

 

『ん、何だい?』

 

『人の本質は何だと思う?』

 

『? 不思議な事を聞くなぁ。それは幸せに生きて死を迎えることじゃないのかな』

 

『なら尊敬する人が亡くなりそうになったらどう思う?』

 

『……もちろん、助けるよ。助けられる手段があるなら』

 

 後半の質問に対して彼は僅かに反応を示した。

ほんの、ほんの一瞬だけ瞳の奥にある感情が見えた気がする。やはり、カミキヒカルもまた一種の問題を抱えている。

 すぐに元の状態に戻ったけど、おそらく彼の心の奥にあるのはある願望。

"死"という言葉にも少しだけ反応していたし、間違いないだろう。破滅的な願望が存在していると思う。その願望が何かと言うのはこの会話だけではわからない。

 

『だったら僕も質問をしても良いかな?』

 

『構わないよ』

 

『人はいつか死ぬ、それは逃れられない運命だ。無意味な死を迎えるくらいなら価値ある死を与えられる方が良いと思わないかい?』

 

 質問の意味を理解するのに少し時間が掛かった。

人はいつか必ず死ぬ。それは当然だ、永遠に生きられる人間なんてそれこそ創作上の登場人物でしか存在しないし、現実ではありえない。

 

『……日本中が熱狂させるような人は一番良い時に死を迎えるべきだと?』

 

『そう! そうだよ!』

 

 この興奮の仕方は本心。

彼の瞳の黒い星も輝きを増したような気がする。あぁ、どうして初対面なのに嫌悪感を覚えたのか、わかった。

 

カミキヒカルは価値のある人間が一番良い時に死を迎える事を願っているのか。

たぶん、自分が良いと思った人間がそんな状態になったら狂喜乱舞しているのんじゃないかな。

 

『君もそう思うだろう?』

 

『確かにそんなことになれば、永遠に記憶、記録にも残り続けると思う。だけど、それが人としての正しい死だとは思わない』

 

『……』

 

『人は死ぬ、それは間違いない。でもその死を決めるのは誰でもない、天のみが知る』

 

『そっか、君はそう考えるんだね。とても参考になったよ、奏君』

 

 そう言うと彼は僕を色々と案内してくれた。

なんでもないような会話をしながら、時々何かを探るような質問をしてきたけどそれ以外は変わったことは何もなかった。

 時々、電話とかメールが来ることがあるけどそれ以外は別に何もない。

直接会うことはここ最近、何もないしね。

 

彼の名前を言われて当時の事を思い出してしまった。

 

「ヒカル君は確かに大成するだろうね」

 

「ヒカル君? もしかして知り合いだったんですか?!」

 

「芸能界に足を踏み入れる前に少しだけね、独特な感性を持っていると思ったよ。それで若手で誰が伸びて来るかだったよね?」

 

「あ、そうでした。牧野さんは誰だと思うんですか?」

 

「僕は星野アイかな」

 

 僕と彼が知り合いだと知って二宮さんは更に興奮していた。

これから芸能界で上り詰めていくと思っていた人と僕が知り合いだったことに驚いているんだろう。少なからず何処かに縁があったんだと。

 

「星野あい?…………あ、もしかして苺プロのB小町ですか?」

 

「よく知ってたね? まだそんなに有名にはなっていないはずだけど」

 

「ふふん、若手の人達はみんなチェック済みなのです! 確かにあのグループの中では目立ってましたけど、私にはまだピンと来ないです。先見の明ってやつですか?」

 

「歌と演技力はまだ平凡かもね。でも彼女はきっと輝けるよ」

 

「牧野さんが言うなら私も注目してみます!」

 

 まだまだ知名度が低いのに彼女もよく知っているなと素直に感心した。

苺プロはまだ弱小プロダクションと言っても過言ではない。B小町もアイが居るから成り立っていると言われている。

 まだアイドルとしての魅せ方をわかっていないからだ。

母さんも言う通りなら間違いなく一番星にも手が届きうる存在になる。

 

「お疲れさまでした!」

 

「お疲れ様です。またよろしくお願いします」

 

「牧野君も二宮さんもお疲れ様、良い撮影だったよ!」

 

 いつも通りに挨拶をかわし、撮影現場を後にした。

仕事を終えタクシーを拾うと運転手に都内にあるレッスン場まで車を走らせてほしいと告げる。もちろん、サングラスや帽子を被って身元がバレないように変装している。

 30分くらい車を走らせると目的地へと到着した。

タクシーから降りると階段を登って自動ドアを通る。受付の人に会員証を見せて一礼すると一番奥にあるレッスン場へと足を踏み入れた。

 

「―♪」

 

 中では自分の曲の振り付けを鏡を見ながら必死に練習する女性の姿がある。

流れている音楽が止まり、床に汗がポタポタと滴る様に落ちていた。荷物を下ろすとカバンからタオルを取り出して彼女の頭の上に掛けた。

 

「ん? あ、奏!」

 

「お疲れ様、アイ」

 

 下を向いていたから誰が来たのか、わからなかったのだろう。

タオルを掛けられたことに気付いて視線を上げた彼女は鏡越しに僕の姿を捉えると振り返って嬉しそうに笑っていた。

 星野アイ、B小町のセンターにして未来の一番星候補。

僕は彼女がより輝けるために個人的なレッスンを請け負っていたのだ。

 

 

 

この事を知っているのは本当に一握りだけだ。

 

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