推しの子 その瞳に映るのは   作:ノックスさん

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第三十二話

 今やアイは国民的スターまで駆け上がったアイドルになった。

ドラマや映画、化粧品などのCMにまで抜擢され街中であいつの宣伝広告を見ない日がないくらいには知名度も上がり続けている。

 やはり、俺の目に狂いはなかった。

あと1,2年もすればドームでのライブにも手の届くところまで来ている。B小町としても上々なのだが、やはりアイの存在が大きい。

 他のメンバーももちろん、頑張ってくれはいるがアイという輝きが大きすぎて活躍しきれていない。

その証拠にCMやバラエティーなど呼ばれるのはあいつばかりで他のメンバーはあまり呼ばれたことはなかった。そのせいで気が付いた時には、俺とアイはニノ達B小町創設期メンバーとの間に深い溝が生じてしまっていた。営業自体は俺自身もかけて、あいつらを押しているが殆どの制作側が首を縦に振ってくれない。

 

「グループとしては一人だけが大きな輝きを放ち続けるのも問題か」

 

 あいつと同等の輝きを持つ者じゃないと同等にはなれないか。

俺の事務所もアイのおかげで中堅クラスと言っても過言じゃない大きさまでには成長できた。逆に言えば、アイが居なければここまで大きくなれなかったってことだ。ニノ達もそのことを理解しているからこそ、どうにか堪えることが出来ていたのだろう。

 しかしそれもやがて限界が来る。今はアイに憧れて入ってきた後期のメンバーが間を取り持ってくれるおかげで最悪の事態は避けられているが、ニノ達の不満が何かの拍子で爆発してB小町が解散してしまうような事態になれば、ソロデビューできる基盤を持っているアイを除いた他のメンバーはおしまいだ。

社長として何としてもアイをグループ内に留まらせなければならない。今になってアイを贔屓していたことが仇となっちまったとは。しかし、当初は事務所の力が弱すぎてB小町の存在を世間に認知させて基盤を作り上げないことにはどうにもならなかったから、アイを贔屓せざるを得なかったが、アイの資質が想定を超えていたせいで強くなりすぎたあいつの輝きに俺は目を奪われれるままやりすぎちまったのがいけなかったのだろう。

 

「壱護、スケジュールよ」

 

「おう、いつもすまん!」

 

「いいの。社長夫人としてこれくらいは当たり前だから」

 

 そしてもう一つ問題が発生している。

俺の妻のミヤコの様子がある時期からすっとおかしいんだよな。時期的にはちょうどアイと牧野の歌番組で復帰共演した時くらいか?

 表面上は普通に見えるんだが、明らかに以前に比べると感情の起伏が弱々しくなってやがる。

何かあったのかと聞いてみても帰って来るのは"なんでもない"や"いつもと一緒よ"という言葉が返って来るばかりだ。

 

 ただ一つだけ明らかなことがある。

牧野という単語に体が無意識に反応しているということだ。その時に自分の腕を強く跡が残るほど強く握りしめているのを見た覚えがあった。

 一度、牧野に問い詰めてやるとミヤコの前で言ったことがあった。

その時の反応は顕著で"絶対にやめて"と強く言ってきたのが記憶に残っている。もうこの反応を見たら牧野が関わっているのは明らかだ。

 

すまねえな、ミヤコ

 

「どこか行くの?」

 

「あぁ、少し出て来る。今日中に終わらせるから心配すんな」

 

「……気を付けてね」

 

 俺の言葉が聞こえていたのかはわからねぇ。

それでも俺が何をしようとしているのか、わかっているのか気を付けてという言葉を送ってくれた。もし、解決させる可能性があるならやるだけだ。

 今までいろいろな苦労をさせてきたミヤコのために動かなくて何が男だ。その先で何が起ころうと俺は必ずお前を元に戻してやる。

 

 

 

 今日は牧野がオフだという事は既にアイから連絡を受けているから知っていた。

牧野と二人きりで話がしたいと伝え、話が漏れることがない店を指定してそこで会う約束を取り付けてある。

 その店に入ると店長から既にお連れ様は奥でお待ちになっていますと言われ、牧野が既に到着していることがわかった。

 

「斎藤さん、忙しい時期なのにどうしたんですか? 僕と二人きりで話がしたいなんて珍しいですね」

 

「あぁ、少し野暮用があってな」

 

「野暮用ですか……?」

 

 案内された部屋に入ると既に牧野が席について待っていた。

何かの本を読んでいたみたいだが、なんで護身術の勧めって本を読んでんだ? もしかして前の映画の影響か?

 まぁいい、俺も椅子に腰かけて牧野をサングラス越しに見据えた。

 

「お前に建前は必要ないだろう。単刀直入に言わせてもらうぞ」

 

「えぇ、確かに建前は必要ないですね」

 

「俺の妻のミヤコの様子がおかしいんだ。以前にも増して感情の起伏がなくなった。時期的にはちょうどアイと牧野が復帰番組で共演したくらいか」

 

「体調が悪いとか、そういう時期なのでは?」

 

 淡々と俺の話を聞いているが、牧野からは動揺の色すら見えねえ。

俺から目を逸らそうともしないし、誤魔化している様子もない。牧野が関わっているっていうのは俺の思い過ごしなのか? 

 

「斎藤さんが仕事に集中し過ぎて夫婦間のスキンシップを怠ったのが原因かもしれませんよ?」

 

「そうかもしれねぇ。だが牧野という言葉に無意識に反応してる、それに聞こえたんだよ」

 

 ちょうどミヤコが一人の時にふと呟いていたのが聞こえた。

許してください、二度と過ちは繰り返しません。だから許して牧野――。

 

聞こえたのはここまでだ。

まだ続きがあったような言い方だったが、牧野という単語が出た以上、俺達に関わりのある牧野と言えば、二人しかいない。 

 

牧野奏と牧野真莉愛……この二人だけだ。

 

「それは僕達に対して何か取り返しのつかないことをしようとしたことに対する謝罪。本人に教えてくれるまで聞いた方が良いと思いますよ」

 

「……ちょっと待て。何で僕達なんだ? 俺は牧野という言葉に反応すると言っただけでどうして複数人が対象だって思ってるんだ?」

 

 やはり、牧野はミヤコの状態に関して何かを知ってやがる!!

のらりくらりと嘘は言っていないが本当の事も言わない牧野に俺は立ち上がって胸倉を掴んだ。ここで何かを掴めなければ俺はきっと後悔する。

 それを知っているであろう牧野に証言させる必要がある。

芸能界に身を置く身として大手の稼ぎ頭筆頭に胸倉を掴むことは常識ではあり得ない。だが、俺だって社長の前にミヤコの旦那だ!!

 

「斎藤さん、離してくださいよ。暴力から何も生まれませんよ?」

 

「教えろ!! ミヤコに何をしたんだ!?」

 

 胸倉を掴んでいるのに何でこいつは表情一つ変えないんだ?

それでもあいつの瞳は俺から目を逸らさない。くそっ! あの瞳に見られていると嫌な気分になるぜ。親子そろって本当に底が見えねえ。

 胸倉を掴み続けている俺の手首を牧野が掴む。

 

その刹那

 

「いっ?!」

 

「離してくださいよ、斎藤社長」

 

 突如として襲い掛かる激痛に俺はあいつの胸倉から手を離さざるを得なかった。

それと同時に牧野も手を離していたが、激痛が未だに残った手首を見るとあまりに強く掴まれたことで内出血を起こしていた。

 

「僕もこういったことは好きじゃない。ミヤコ夫人からあなたに言わないのは自分のしたことで許されないことだからですよ」

 

「教えろ、何が原因でミヤコはああなったんだ! それに原因ってなんだよ!!」

 

「本当は僕の口から言うべきことではありませんが……。わかりましたよ」

 

 乱れた衣服を整えた牧野が椅子に座って水を飲む。

俺も手首を抑えながら椅子に座って冷えたおしぼりを手首に当てて冷やした。そこまで冷たい訳じゃないが何もしないよりはマシだろう。

 

「いいですか、ミヤコ夫人の心情どうだったかは知りません。ですが、彼女のやろうとしたことは僕やアイ、子供達を危険に晒す行為です」

 

「なんだと……?」

 

「アイの母子手帳を撮影して週刊誌などへの情報機関にそれを流そうとしたんですよ」

 

「なっ……!?」

 

 ミヤコがアイに子供が居ることを週刊誌にリークしようとした!?

確かにそれが本当なら妻のあの時の言葉にも納得がいく。しかしだ、どうしてそんな馬鹿な事をしようと考えたんだ!!

 

「どうしてそんなことをとか考えてます?」

 

「だったらなんだ?」

 

「結婚もしていない僕が言うのもあれですけど、家族との時間を作ってますか? 奥さんにやらせている仕事が僕達の子供の世話。表面上では納得しても不満を持たないわけないじゃないですか。ミヤコ夫人の心のケアをしっかりとした方が良いですよ?」

 

 言い返せない自分が情けないぜ。

確かに牧野の言うように最近の俺はミヤコと夫婦の時間を十分に取っていなかったかもしれない。アイという光を携え、B小町内に生じてしまった亀裂を修復し、俺の夢であるドームでのライブをする為にその事だけを考えてきた。

 だからミヤコに対する態度も素っ気なかったと言われても否定することはできないだろう。アイとニノ達との間に生じた確執といい、もっと早く俺は一度立ち止まって周りを顧みるだったんだ。

だが、なんでこいつがそんなことを知っているんだ?

 

「これがミヤコ夫人がやろうとしたことですよ」

 

「待て。ミヤコのやったことは確かに許されることじゃねえかもしれない。俺の不甲斐なさが原因でそうさせてしまったことは認めざるを得ない。原因はわかったが、今のミヤコの状態がどういうものかを説明してもらってねぇぞ」

 

「……簡単に言えば、常に暗示に掛かっている状態と言えばわかりやすいかな」

 

 暗示、催眠術とかでよく聞くあれか。

ミヤコはそれに掛かっているからあんなに感情の起伏も弱々しくなっているっていうのかよ!!

 

「あ、一つ言っておきますけど……僕がしたのはあくまで深層心理にまで根付いたトラウマを利用した暗示ですからね。元々掛けられていたものを使ったに過ぎません」

 

「ま、まさか……お前の母親――」

 

「僕はそれしかないと思いますよ。ちょうど、あの日は母さんも僕達の家に来たみたいですからね。その現場を見られたんじゃないですか?」

 

 ミヤコをあんな状態にした張本人はこいつの母親かよ。

明らかに非がこちらにある上に牧野以上に頭がキレて、こっちを見透かしているとまで言われる観察力を持った牧野真莉愛。

 

 最悪だ、厄介なことになったぞ。

下手したらミヤコはずっとあのまま――。

 

「本人は思った以上に罪悪感を感じているんじゃないですか。暗示と言っても日常生活に影響が出るレベルではないですし、あくまで特定の行動をさせないために無意識で考えないようにさせているだけ」

 

「……」

 

「つまり、今の状態はミヤコ夫人が罪悪感に押し潰されそうになっているか、もしくは――」

 

「もしくは?」

 

「常に頭の中で誰かの声が囁いているとか? 疑心暗鬼になっているなら幻聴が聞こえるという事もあると聞きますが」

 

 原因もやったと思われる人物もわかっても打つ手立てがねえ。

カウンセリングを受けさせて少しずつ精神を安定させるのが一番良いのか? いや、本当にミヤコのためを思うなら牧野の母親に何とかしてもらうのが良いんだが……。

 果たして許してもらえるだろうか?

 

やらないよりやって砕けろの精神だ!!

俺は牧野に頼み込んで母親に会わせてもらえるように約束を取り付けた。

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