推しの子 その瞳に映るのは   作:ノックスさん

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第四話

 僕が来るまでに曲に合わせて踊っていたみたいだから少し休憩の時間を取った。

撮影が早く終わったこともあったからまだまだ時間には余裕がある。がむしゃらに練習すれば、必ず上手くなるわけじゃない。

 大事なのはどれだけ効率よく練習を行っていくかも重要だ。

時間は無限ではなく有限だからどのように使うかも大事なんだから。

 

「奏は、すごいね」

 

「急にどうしたんですか?」

 

「佐藤社長も言ってた。牧野奏は紛れもない天才だって」

 

「ありがとうございます。相変わらず、人の名前は間違ってますよ。斎藤社長では?」

 

「そうだっけ。どうしても人の顔と名前を覚えるのだけは苦手なんだぁ」

 

 天才か、その言葉はあまり好きじゃない。

確かに周りにはそう言って天才だから簡単に出来るんだとか才能が違うとか言ってくる人達は居る。でも何の努力もせずにそんなことを出来るのは本当に一握りの人間だ。

 僕がどの立ち位置に居るかというのは自分で判断するのは難しい。

歌が上手くなるため、演技が上手くなるため、様々なレッスンをしてきたという自覚はある。それこそ、上手くいかなくてずっと悩んでいたこともあったくらいだ。

 

「この業界では人との繋がりは大事だよ。顔と名前を覚えておいて損はない」

 

「そっか、私も頑張ってみる」

 

「もう少し休んだらレッスンを始めるよ」

 

「うん。……私、奏には感謝してるんだ。施設に居た時、私は他人の接し方がわからなかった。君に初めて嘘を付き続けて疲れないかって言われて驚いたの。長い間、一緒に居た子達は時々首を傾げて不思議に思ってくることはあった。でも初対面でいきなり嘘を付いている事に気付いたのは奏が初めてだった」

 

「……」

 

 小さなアドバイスを彼女にすると膝を抱えるようにして俯きながら言葉を続けた。

僕達が施設で初めて会った時の話か。今思えば、僕も初対面であんなことを言ったから失礼だったなと反省している。

 

「奏とお母さんに会って、母親から与えられていた愛は偽物だったんだってわかった。怖かった、あの思い出を否定したら私が私じゃなくなっちゃうんじゃないかって。だからあれが愛なんだって思い続けた。奏たちに会うまでは」

 

「……」

 

「愛情ってさ、温かかったんだね。君のお母さんに抱きしめられたとき、心もポカポカして本当の愛情は痛くないって安心して涙が止まらなかった。ふふ、あの時の施設のみんなの顔は今でも忘れられないなぁ」

 

「……」

 

 俯いたアイが顔を上げるとやはりと言うべきか、目から涙を流していた。

痛みを愛だと覚え、本当の愛情が何のかを理解できなかった幼い子供。そう表現するしかない状態だった。

 愛とは何かというのは本当の意味で理解することはきっとできないだろう。

僕だって愛を説明しろと言われて、即答するのは難しいと思う。それはきっと大人にならないとわからないのかもしれない。

 

 そう思っているとアイが僕の頬に手を添える。

 

「私ね、わかっちゃたんだ。奏とは短い間だけど、一緒に遊んだり過ごしたりした。だから君の瞳は物事の本質が見えてるんでしょ?」

 

「どうして……」

 

「嘘つきは常に周りをよく見るんだよ? 嘘で塗り固めた私に放った第一声でなんとなくわかってた。この子は本質が見えてるんだって。でも嬉しかったんだ、本当の私に気付いてくれたのも君が初めてだったから」

 

 なんとなく気付いているんだろうなとは思っていた。

でも言葉にして伝えらえるのは初めてだったな。確かに物事の本質を捉えることが出来るけど、それが必ずしも良いことではない。

 気付かなくても良いことに気付いてしまって辛い思いをしたこともあった。

 

「私の瞳に星があるように、奏の瞳には光がある。私にとっては……君は光なんだよ?」

 

「それ、言ってて恥ずかしくないの?」

 

「な、なんてこと言うの! 恥ずかしいに決まってるよ!?」

 

 うん、聞いていた僕も恥ずかしく感じたし、言ってる本人はもっと恥ずかしいと思った。

案の定、アイは顔を真っ赤にして恥ずかしいと言っている。それはそうだろうねと思わず、クスリと笑ってしまう。

 彼女も随分と僕の前では自然体の笑顔が出せるようになってきたと思う。

これが他の人達の前でも出せるようになれば、もっと人気が出て認知もされてくるだろうね。

 

「だったら君も早く登ってきなよ」

 

「そうだよね、私は皆の期待に応えるためにも一番星になる!」

 

「アイ、人を惹きつけるには魅せ方というのがある。僕も母さんから教わったからわかるけど、それを出来るかできないかで大きく変わる」

 

 よしっと気合を入れた彼女の瞳に映る星は輝きを増した。

アドバイスするのは魅せるための立ち回り方。それをものにすることが出来れば、人を惹きつける才能は一気に開花すると思う。

 特にアイドルならファンが多くできるだろうからそちらに対する事も知識として教えておく。

教えておくと言っても母さんからの受け売りになるけど、間違いなく必要な事だから覚えてもらおう。

 

「アイドルって覚えること、たくさんあるんだね」

 

「まだまだ序の口だよ。僕は全部覚えたからこれを貸してあげるよ」

 

「……え?」

 

「ん?」

 

「これって辞書でしょ?」

 

「違うよ。魅せ方の心得っていう母さんからもらったお手製の本。これを全部、頭の中に叩き込もうね?」

 

 僕がカバンから取り出した付箋がいっぱいつけられた分厚い本を見てアイの表情が引き攣っていた。

これを全部頭に叩き込んだ時の事を思い出して僕は思わず、遠くを見つめてしまった。僕の遠い目をしているのに気付いたのか、更に顔を引き攣らせる。

 

「ま、待って。奏がそんな顔をするってことは難しいことがいっぱい書いてあるんでしょ?!」

 

「……そうでもないよ?」

 

「目を逸らさないでよ! 私ってバカだからそんな難しいこ……」

 

「大丈夫。大丈夫だから、何も難しいことないよ。この内容を頭に叩き込むだけだから」

 

「ま、待って! お願い待って!」

 

 時間は有限だから無駄にせずにいこうと一緒に本を開いた。

何も今日だけで全部を覚えろってわけじゃない。これだけの分厚さの本だから僕でも覚えるのに一週間はかかった。

 でも全部覚えたら本当にどうやって魅せたらいいのかって言うのが理解できた。

身振り手振り、表情の作り方、声のトーンとか、本当に様々な事で印象は変わるんだってわかったし、まだまだ自分が未熟だってことも改めて認識できた。

 

「…………も、うだめ」

 

 人って限界が来ると本当に目がぐるぐるってなるんだ。

ずっと鏡に映る自分の姿と向き合いながら魅せ方の勉強を実践を挟んで行っていた。ぶっ通しで行っていたらついに限界が来たのか、アイは目を回して倒れてきた。

 床に倒させるわけにもいかないから受け止めて、その場に寝かせた。

枕もないから仕方ないか。

 

「お疲れ様、アイ」

 

 そう言えば、膝枕をするのって初めてかもしれない。

無意識に彼女の頭を軽く撫でてしまったけど、僕も心の何処かでアイの事を意識しているのかな? そんな事を考えていると不意に手が握られた事に気付く。

 視線を向けると彼女が僕の手を掴んで微笑んでいた。

 

「人を好きになるってこういう気持ちなのかな。君が傍に居ると胸が温かいんだ」

 

「それは……」

 

 アイの問いに僕は答えることはできなかった。

僕自身が告白されることはあっても人を好きになるという経験自体があまりなかったからだ。好意を寄せられることは多かった。

 僕の容姿は母さんの方の遺伝子が色濃く出たのか、美しいやら綺麗と言われることが多かった気がする。

個人的にはかっこいいと言ってくれる方が嬉しかったりするのだけど、そこまで気にしたことはなかった。

 

「わかってるよ。奏は人を好きになったことがないんでしょ?」

 

「そうかもしれない」

 

「この気持ちはきっと嘘じゃない」

 

 彼女の言う通り、その言葉は嘘じゃないと思う。

前みたいな嘘を張り付けている感じでもないし、きっと本心から出てきた言葉なんだろうね。胸がポカポカするか……。

 

 




少しだけ恋愛描写を入れました。
今感じでいいのかな。

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