推しの子 その瞳に映るのは   作:ノックスさん

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いつの間にかランキングに載ってた!?
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第九話

 薄暗い室内でサイリウムを手にテレビに視線が釘付けになっていた。

 

「アイ―! やっぱりB小町のエースはアイしかいない!」

 

 今は国民的アイドルっと言っても過言ではないB小町のアイ。

何度見てもその姿は輝いて見えた。頬を伝う汗もキラキラと輝いているようだった。既に業界では常にトップ争いをしているアイドル。

 人気投票でも必ず1位か、2位になっている。

 

どうしてずっと1位を継続できていないか。

それはもう一人、飛び抜けて人気のある男性アイドルが居るからさ。

 

 牧野奏っていうアイと並ぶと言われている青年だ。

女性からは圧倒的な支持を集め、同性からもその歌声や演技に称賛をもらっているからだ。

 

「二人が一緒に揃ってデュエットした時はアクセス数が多すぎて処理落ちするって事もあったくらいだからな」

 

「先生、ここ病室なんだが……」

 

「そうですよ、先生。何で患者さんの部屋を薄暗くしてDVDを見てるんですか? いつもの布教活動ですか? 普通に考えておかしいでしょう」

 

 あ、見つかってしまったか。

 

「価値観の共有は大事な事だぞ?」

 

「時と場合を考えてください。それより、もう休憩時間も終わりますよ? 既に初診に見えている方がいらっしゃってますよ」

 

「もうそんな時間か。わかった、ありがとう」

 

「あ、そうだ。先生の推しのB小町のアイのことがtwitterの急上昇に上がってましたよ?」

 

 俺は雨宮吾郎、この病院に勤めるしがない産婦人科医だ。

もう少しDVDを見て、アイの姿をこの目に焼き付けておきたかったが、仕方がない。椅子から立ち上がってその言葉を耳にした俺はTwitterにアクセスして目を見開いた。

 

そこにはB小町のアイが体調不良で活動休止という記事が一番上に来ていたからだ。

心配だが、仕事の時間だ。意識を切り替えてこのことは仕事が終わったらゆっくりと調べようと決意した。

 

「お待たせしました、初診の方ですね。事前に書いていただいた用紙をいただきます」

 

 金髪にサングラスの中年と帽子を被った高校生くらいの女の子。

パッと見た感じだとお腹の膨らみ具合から20週くらいか? 訳アリか。

 

どれどれ、名前は星野アイ。

年齢は16歳で……ん? いや、そんな偶然はないだろう。

 

「あなたは親御さん?」

 

「書類上はそうなります。彼女は施設の出身ですので、一応形式上は身元引受人っていう形になっています」

 

 どこかで聞いたことのあるような情報だな。

いやいや、それこそ偶然だろう。俺が目の前の現実を否定しようと必死になっているとその女の子は不意に帽子を脱いだ。

 帽子で隠れていた両目が露わになり、そこには白い星が宿っていた。

そっくりさん、そんなはずはない。あの子と一緒に何百回と一緒に見ていた人物だ、見間違うはずがない。

 

B小町のアイだ。

推しのアイドルが妊娠? あぁ、駄目だ、目の前がチカチカしてきたぞ。冷静になるんだ、俺。

 

「で、では検査を行いますので少しお待ちください。準備をします」

 

 何とか冷静さを保ち、いや、保ってはいないが一度部屋から出た。

これが活動休止の理由か!? それは活動することはできないだろうな。こんなことがバレたらスキャンダルもいいところだ。

 少しだけドアを開けて中を確認するとやはり本物は違うなぁと思ってしまう。

中から先ほどの男性とアイの会話が聞こえて来る。

 

「相手は誰なんだ? 何で社長の俺に何も相談しない。もっと早く知っていれば、少しは対処の仕様が……」

 

 そうだ、いったい誰がアイを妊娠させたんだ!?

本当ならこういった話は聞き入ってはいけないが、推しのアイドルの事なのでどうしても気になってしまう。

 

「う~ん、誰なんだろうね? こればっかりは秘密かな」

 

 なんだ、この思わせぶりな言い方は? 

わかる人にはわかる? これじゃあ、まるで私の事を本当によく知るなら相手がわかるって言っているように感じるぞ。

 

「まさか、あいつなのか? いや、だがそれならいったいいつ逢っていたんだ? しかし、アイの交友関係からしたら……」

 

 アイが社長って呼んだってことはこの人は苺プロダクションの社長か。

彼女を妊娠させた相手が誰なのか、思い当たる人物が居るような反応をしているが確証を持てていないみたいだな。

 いかん、一度すべてリセットするんだ。

すぐに検査を準備に取り掛かって、血液検査やエコーでの検査を行った。検査結果は最初に見て思った通り、20週。

 

加えて双子を妊娠していた。

出産をするとしてアイの体型から少し心配になるところもある。社長からしたら今の大事な時期に出産はしないでほしいと思ってしまうだろう。

 

「双子かぁ、どんな子達になるのか楽しみだなぁ」

 

「アイ、本当に生むつもりなのか。この事が世に知れたら俺達は終わりだぞ」

 

「私の気持ちは変わらないよ。彼との愛の証がここにある。それはずっと欲しかった私の願いの根幹にもあるもの」

 

 双子と聞いて彼女は愛おしそうに膨らんでいるお腹を手で撫でていた。

その表情は新たに宿った命に感謝を、そしてその父親と思われる人物の子供を産むことが出来る幸せを噛みしめているように見えた。

 一ファンとしてはやはり辛いものがある。

アイに夢を求め、ずっと見せてもらってきた。そんな究極で完璧なアイドルが妊娠している事実を知れば、ファンは失望するだろう。

 

「先生も何とか言ってもらえないか?」

 

「最終的な決定権は彼女にある。医師として、私の口から言えることはこれだけです。ここからは独り言です。一ファンとしては夢であってほしいと願ってしまう人達も多いでしょう。だけど、アイドルである前に彼女は一人の女性です。幸せを掴んでほしいと願うのは間違いですか……?」

 

「センセ……」

 

 俺の口から生むべきではないと言わせたかったのだろうか。

でも医師としても一人の人間としてもそれを口にするわけにはいかない。俺の言葉に彼女が感心しているのがなんとなくわかった。

 

「お前の意志は固いんだな、アイ」

 

「当たり前だよ、社長。私は何を言われてもこの子達を産む。その気持ちは変わらないよ」

 

「わかった、俺も覚悟を決める。先生、アイの事をよろしく頼みます!」

 

 これで良いんだ、これが一番正しい。

アイドルの前に一人の女性、幸せをつかむ権利は誰にでもある。それを俺達部外者が邪魔しちゃダメなんだ。

 でも本当に彼女の相手は誰なんだ?

今のアイは国民的スターだ、そんな彼女が熱愛するほどの相手と言ったら……?

 

 

 しかし、まさか東京からわざわざ宮崎の地方の病院へ来るとはびっくりだ。

それも俺の居る所に来るなんて、俺にとっては都合がいいのか悪いのか。アイドルは偶像、それは知っていたはずなのにな。

 日が落ち、夜空に星々が光り輝く。

 

「あれ、センセも星を見るの?」

 

「夜風は体に障りますよ」

 

「平気だよ。私のこと知ってたんだね」

 

「俺の推しの子が君の大ファンだったからね。もちろん俺もその影響でファンになった」

 

 屋上の扉が開き、そこにはアイが居た。

冷たい風は良くないと告げるが、大丈夫と言って彼女も夜空に煌めく星々を見上げている。

 

「そっか。失望しちゃった?」

 

「ショックが無かったと言えば、嘘になる。アイドルをやめてしまうんだろう?」

 

「? 私はアイドルを辞めないよ?」

 

「アイドルを辞めない? だって子供を……まさか!」

 

 アイドルも辞めず、子供も産むだって?

一瞬、何を言っているのか理解が遅れたが、それはつまり子供の存在を表には出さないってことか。

 

「そうだよ、子供の事は公表しない。この世界はさ、嘘が武器になるんだよ? いずれ時が来るまで隠し通して見せる。だって私は嘘が得意なアイドルだもん」

 

「一つ聞かせてほしい。今は幸せか?」

 

「すごく幸せだよ。彼の子を宿せて、それがもうすぐ産むことが出来る。ずっと叶えたかった夢が手の届くところまで来てるんだから」

 

 アイドルとしてステージで歌っている姿よりも今の表情の方がずっと自然体だな。

アイドルとしての彼女、アイドルではなく星野アイとしての姿はやはり違うんだなって改めて思う。誰もが知るアイにこんな幸せそうな表情をさせる相手に嫉妬してしまう。 

 

「あ、到着したの? 今は屋上に居るよ」

 

 その時、彼女の電話に着信があった。

すぐに電話に出ると俺の方を一度、見て屋上に居ると言って着信相手と話を続けていた。

 

「私の出産時の担当医になってくれる先生が居るだけだよ? うん、わかった」

 

 アイは俺の事を電話の相手に説明しているようだった。

2分ほど電話を続けていると電話を切ってこちらへとゆっくり歩いてくる。

 

「ねぇ、先生は秘密を墓場まで持っていける人? それとも私の秘密を世間に公表する?」

 

「公表しない。君のファンだが、俺にだってプライドはある。幸せを掴もうとする女性を貶めるような真似は絶対しない」

 

「それを聞いて安心した。私は大丈夫だと思うよ? この先生は少なくとも嘘を付いてない」

 

 嘘を言う事は許さないという雰囲気を纏わせた彼女だったが、もとより嘘を言うつもりはなかった。

推しの不幸を願うファンはファン失格だ。少なくとも俺はそんな奴らと同じになるつもりはない。

 

彼女の視線が俺から後ろの屋上の扉がある場所へと向けられた。

 

「アイがそういうなら僕も信じましょう。信じますからね、雨宮吾郎先生?」

 

 俺も彼女の視線先を見るために振り向くとそこには一人の青年の姿。

こちらを見据える姿はアイと同じで嘘を言う事を許さず、彼女を不幸にする要因を作ろうものなら決して許さないという雰囲気を纏っていた。

 

 聞き覚えのある声と一度見れば忘れることはできない特徴的な瞳を持つ男性アイドル――牧野奏の姿がそこにあった。

 彼に嬉しそうに歩みより寄り添うアイの姿にしばらく思考が停止したのは言うまでもなかった。

 

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