そんな時、もし彼の傍に不可思議な友人が居たのなら、彼の復讐への道は些か楽になっていたのかもしれない。
つまり、復讐の道に進んだ彼に相棒が居たのならどうなのか、という話である。
『嘘』は愛である。
なるほど。何ともまぁ深そうで浅そうで、やはり深そうな名言である。愛と言えば、真実の愛だったり、一途な愛だったり、世間一般的には嘘と正反対な性質を秘めているように思える。しかし、俺の経験上虚実は事実に成り得る。嘘は嘘でも、それを貫き通しさえすれば嘘は本当になる、だなんて格言をどこぞの誰かが言っていたような気がする。
……言ってたか? いや、言ってたはずだ。だって俺博識だもの。
と、俺が考える限りではあるのだが、確かに“『嘘』は愛である”という名言は名言足りえる真理を突いている。これを言っていたのがアイドルであったなら更に完璧性を増すだろう。というか、こんな名言っぽい名言を、それも愛なんてモノに深く関わる格言を生み出せる人物なんて、アイドル以外にないだろう。つまり、これを言った人物はアイドルだ。それも、かなりの嘘つき上手の。
さて、どうだろう? 自分なりにかなり考え、かなり迷い、かなり葛藤した上でこの答えを出したのだが、この格言であり名言である言葉を教えてくれた君は、俺の答えに納得してくれたかな?
「……次の撮影までには時間が空いてるな。今のうちに昼食を済ませとけよ」
「おや、無視かい? もしかしなくても無視なのかい
「アクアで良い。つかアクアで呼べ」
冷ややかで淡泊な、つまりは冷淡にそう言い放つ少年の名は星野愛久愛海――彼に因んで星野アクアと呼ぼう――そんなクールな彼はその星を宿しているかのような輝きを秘めている片目を細め、鬱陶しそうに俺を睨みつけている。端的に言って、恐ろしいことこの上ない。
美人が起こると怖い、というのは最早自然の摂理であり、常識と言っても過言ではない。では、美人が激怒した場合はどうなるのだろうか。言わずもがな――怖いだろう。
つまり俺が何を言いたいかというと、所謂美人は総じて怖いという事を皆に教えておきたいのだ。この世の中、美人であればあるほど、その人の本性は靄がかかっているかの如く見えにくい。人の面の皮の厚さは、その美貌に比例している。ちなみに、これは正真正銘の俺自身の格言だよ? 是非とも覚えておいてくれたまえ。
「アクア、君は相変わらず演技に感情を落とし込むのが下手くそだ……あぁ、別に責めてるわけでも、はたまた馬鹿にしている訳でもないよ? そこは勘違いしないでくれたまえ」
「…………」
「うん、そうやってクールに無視してくれると俺としても話しやすくて助かるよ。ま、要するに俺が言いたいのは、感情演技のコツや心得について知りたい事があれば、是非ともこの天才子役、“伊崎 ヒスイ”に助けを求めてくれたまえ! と、まぁこういう俺の親切心を君に教えたかっただけなのさ」
言い切り、黙って俺の言葉を聞いていてくれたアクア君に感謝しつつ顔を向けると、そこにさっきまでいた筈の金髪蒼眼の少年の姿は綺麗さっぱり消えていた。
……帰ったのか? いや、まさか。だって、人が話をしている最中に帰るだなんて……話しているのが朝会の校長先生ならともかく、俺だよ? 天才子役としてもてはやされ、あの有馬かなと双璧を為すとまで言われてる俺だよ? そんな御方の有難い言葉は流石に最後まで聞いてくでしょう。
「――お? 何でまだこんなところ居やがるんだ早熟第2号」
「第1号はアクアですか」
「まぁな。初めて会った時はいきなり敬語で話されてビビったぜ」
よっこらしょ、と爺臭いことを言いつつ俺の横に腰を下ろす現場監督――この撮影においてアクアと最も親しいであろう五反田監督である――は、面白そうに口端を挙げて俺を見る。あらやだ、何だか身の危険を感じるわ。
「お前、何であんなにアクアに構う? 言っちゃアレだが、あの不愛想な奴はお前ぐらいの年頃の子供からは徹底的に嫌われる典型的なタイプだろ」
「一般市民とこの俺を一緒のカテゴリに入られては困りますねぇ。俺は天才子役“伊崎 ヒスイ”ですよ? その他の有象無象と比べられては困ります」
「……はぁ。お前のそういうところ、単なる天狗の子役とは違うのが厄介だ。ったく、俺の所には変な子供しか寄って来ねえのか」
「監督が変ですからねぇ――なぁんて、嘘ですよ」
ぎろり、なんて擬音が似合いそうな目線をこちらに向ける五反田監督に対し、肩を竦める。ただでさえ人相が悪いというのに、眼光まで備わってしまえば職質ものだろう。ちなみに、俺やアクア程になると職質ではなくスカウトマンが名刺を持って寄ってくる。いやはや、全く俺は罪な男だと毎回密かにこの世の男共全員に向けて申し訳なく思っていたりするのだけれど、もう一人のアクアは何時だってシレっとした顔でスカウトを無視している。
……正直、個人的にはあちらの方が世の男性たちからしたら鼻につくのではないか? と思ったりもするのだけど、五反田監督にとっては俺よりもアクアの方が扱いやすいらしい。まぁ、彼は人への気遣いや空気の読みが半端ではなく上手であるから、それも頷ける部分ではあるけれど。
アクア、星野アクア。俺にとっては現場で初めて遭遇した子役であり、同時に俺と同程度の知性を有していると感じた初めての相手でもある。故に、俺が何故アクアに構っているのかと聞かれれば、言葉にするとなると『自分と対等だと感じたから』になるのだけど、これを言うと五反田監督はまた呆れた顔でため息でも吐いてきそうだ。
であるなら、ここはもう少しだけ俺の心の内を具体化して差し上げようかな?
「俺がアクアに構う理由はね――彼が、解放されたがってると、そう思っただけなんですよ」
先程、俺がアクアから引き出した言葉――『嘘』は愛である、というアレである。
アレは、話しているアクアがどのような思いであの言葉を思い出し、発したのかは知らないけれど、その言葉を発した本人はきっと誰かを愛することが苦手だったのではないか、と思う。それくらいに、あの言葉には“
……なんて、美しい願いだろう。なんて、切ない願いだろう。
誰が望んだのかなんて知らない。誰が欲しがっていたのかなんて知らない。しかし、そんな美しい願いを、『嘘』という手段で以て叶えようとした気高く強欲なその
だって、美しかったから。自分の願いも、他者の願いも、その全てを愛という名の『嘘』で包み込もうとしたその人物の在り方が、どうしようもなく美しく感じたから。
誰かが残したその言葉を、まるで遺言のように大切に覚えていた星野アクア。彼が一体何故俺にその言葉を教えたのか、それは分からないけれど。俺なりに推測するなら、きっとアクアは――
「好きだったんだろうな、その人が……」
異性として? それとも、ただの友達として? もしくは、単なる人として?
いくら推測を考えようとも、答えを知っているのはただ一人。当人である星野アクアだけである。
……いや、何でも出来そうな完璧超人に見えて、実は何でもかんでもを深く考えすぎる性質の愛しきアクアのことだ。もしかしたら、未だ自分でさえも己が憧れの人に対してどのような感情を抱いているのか、分かっていないのかもしれないな。
本当に、世話の焼ける御人だ。あんな風に如何にもストレスを溜めそうな、心に悪そうな生き方をしておいて本人は何も気にしていないかのように振舞うのだから。お陰様で、彼に構う俺の方が可笑しいのだろうと、この現場においては俺は変人としての立ち位置を確立してしまった。全く、俺は誰よりも思慮と優しさに溢れた超人だというのに、失礼な。
「ま、要するにアクアには一度だけでも自由に人生を謳歌してほしいな、って。そんなことを考えたり考えなかったりするわけです」
我ながら、またもや常人には理解の出来ぬ話し方をしてしまったな。と、話し終えた直後に軽く反省をしていたところだったのだが、俺の話を聞いた五反田監督の態度の変化具合は凄まじく、先程まで愉快気に曲げていたその口を今はポカンと開けていた。愛する日本語の中で、今の彼の状態を表すのなら、唖然としている、というのが正しいのだろう。
だが、その唖然も一瞬。流石は年の功、長年で培ってきた状況把握能力は桁が違うなと半ば感心していたところを、監督にその子供からすれば大きな手で頭を押さえられる。その後、些か遠慮がちに頭をクシャクシャと蹂躙してくる彼の手に、ちょっぴり不快感を覚えて、同時に、
「……アイツのこと、よろしく頼むぞ」
そんな、いつになく震えている五反田監督の小さな声に、ちょっとした使命感を与えられたような気がして。
この日から、俺が更にアクアに構うようになったのは言うまでも無いだろう。
*
駄目だ。
もう何度目かは分からないほどに、俺は――星野アクアは己の才能の無さに絶望していた。
演技ができない訳ではない。予め演技を用意して、周りの全てを利用し尽くし、それで初めて俺はアイのような誰かを惹きつける演技ができる。しかし、この
今は映画の撮影だからいいものの、これが舞台での芝居となれば話が変わる。舞台での演技に必要なのは迫力と臨場感。言うなれば、観客を巻き込むほどの圧倒的な共感性を持たせられる演技――感情演技だ。
「……結局、アイツの言った通りか」
『演技に感情が籠っていない』
そんな風に、俺がアイツに評されるのはある意味で必然性を帯びた事実なのだろう。しかし、それは事実であって真実ではない。
俺が演技に感情を込められないのは、単なる俺の技術不足でも、はたまた俺の努力不足でもない。俺が演技という分野において、感情という人類最大の武器を扱えないのは俺の過去のトラウマが原因だ。演技において感情が昂り、喜怒哀楽の内の一つ“楽”を感じた場合にのみ――
所謂、パニック障害というやつだ。自分の楽しいという感情がトリガーとなり……いや、違うな。件のアイツが言うには、俺のトリガーは、
「罪悪感。それが、君のトリガーだ。マイ ベストフレンド」
……いつから居たんだ、コイツ。
何を考えているのか分からない笑顔で、胡散臭い雰囲気を醸し出しつつもやけにフレンドリーなコイツに、俺は意味の分からない忠告をされている。
曰く、人生の枷からは早めに抜け出した方が良い。
さて、人生の枷とは何なのか。奴の言うことは何時も常に回りくどく面倒臭く、それ故に意味が分からなかったりするのだが今回に至っては“人生の枷”というのは何らかの比喩表現というより、何らかの言い換えであると思われる。
それはつまり、奴は俺の人生を制している枷を、呪縛を、失敗を、知っているということになる。
「五反田監督から、君の過去にそれは辛い何かがあったのだと、一応は聞かされたよ。嗚呼、安心してくれたまえ。俺が教えられたのは君が何かに悩んでいるというだけで、その“何か”が何かは聞かされていないんだよ……問い質したのに」
「問い質してんじゃねえか、ふざけんな」
「しょうがないだろう? だって、あんな風にドラマの次回予告のような話し方で言われたら誰だって続きが気になるさ。君だって、誰かの人生の続きが見たかったのではないかね?」
「……お前、やっぱり“何か”が何か、察しついてるだろ」
「ついていない。何故なら、その“何か”について察しついてしまえば、俺と君との間に生まれた絆が崩れてしまう気がしてならないからだ」
――だから俺は、自分に嘘を吐いている。
いつの間にか、俺の横に立っていた男はそう言葉を紡いだ。男の発した言葉に、俺は思わず息を呑む。
だって、その言葉は――俺が今も尚愛してやまない、とあるアイドルの言動と重なって見えたから。
「君が教えてくれたんだぜ? 『嘘』は愛だと、他ならない君がね」
「うるせえ。何が言いたいのか、単刀直入に言えよ」
ん~……手厳しい。
なんて、笑いながら言いやがる男はそのニヤケ顔を崩す事無く、言った。
「君も、少しは自分に『嘘』を吐いてはどうかな?」
――君も少しは、自分を愛したまえ。
そう言って、有無を言わさずに去っていく男の背には“心配”だと書いてある気がした。
……というか“心配”だと書いてある紙が背中に貼ってある。何やってんだアイツ、サムズアップすんな。