三下とテラの日常   作:45口径

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おまえは既に底へ沈み始めた

なにもわからなくなった時、全てを失い、おまえは無に帰す

ただ、その時まで勤めを果たせ



三下とお嬢とあの日

テキサスは囚われの身となった

参謀を主に配下の幹部たちは謀反を企て、長い年月をかけて組織を変え、自分たちの為に最後の首を差し出し己の薄汚れた魂と共に売るのだ、利益と発展という悪魔に

 

今は孤独に朝を迎え、引き渡され慰み者にされるか死刑を待つのみだった

かつて彼女は賽を投げた、その結果は目の前にあらゆるものに恐怖に染め組織を存続させて来た

 

彼女が全てを掴んだのは一瞬だった

行手を阻む壁を壊して続け、自分を殺し、冷徹に振る舞った

権力を手にし、金を手にし、力で全てをねじ伏せた

 

かつて父が守っていたものはこんなものなどではなかった

それでも彼女は冷徹であり続けた、昔の自分など忘れて非常に生きていくのだと

 

家族同然の男は言った、『我が主人よ、私は貴女のため鏡、剣、盾となり貴女に付き従い尽くします。お導きください、貴女の望む未来へ』

 

彼の言葉を蔑ろにし、あるがままの自分など殺し、この世の理不尽を呪った

そして気づいた、私の向かう先には何もないのだと

 

そしてもう何もかもが既に遅かった、今や彼らが望むものは銀皿に飾られた私の首だ

 

もはや生きる希望などない、助かりたいとも思わない、報復心でさえ無い抜け殻の人形のようだった

父と私の半身を死に追いやったのは、本当に復讐すべきは自分が率いて来た組織だったと知ったがもうどうでもよかった

 

むしろ清々しいほどだった、今日死ねるのならどれほどいいのだろうかと

 

独房から出され連行され、車に乗せられた時だった

 

銃声が鳴り響く、けたたましい発砲音が辺りを混乱へと陥らせる

護衛も反撃する前にみるみると少なくない人数が殺される

敵は何処から来たのかもわからない、しかし見つからない

 

姿が見えぬ死は残されたものを半狂乱にする

同伴していた幹部は自らの部下を拳銃で殺し、それを見た、命が惜しいものは幹部をクロスボウで射抜き、自分のボスを殺したものを刺し殺す

 

最後の一人は絶望したように跪き、脳漿を撒き散らし死んでいった

 

テキサスだけが、この状況を理解していた

長年隠していたが彼女だけには教えていたアーツ、認識を歪ませるアーツ

その使い手は知っている限り1人しかいない

 

己の半身、ヒューストンだった

 

空間が歪んだかと思えば彼は目の前にいた

 

「お嬢、大変お待たせしてしました」

 

「ヒュー、ズ…死んだ…はずじゃ…!?」

 

拘束を外し運転席で死んでいる者を引き摺り下ろしてエンジンを掛けた

 

すると先ほどまで運転手だった肉塊の服のポケットが揺れ、電子音が響く

通信機器から声が聞こえた

 

『おい、いつになったら出発するんだ!』

 

「襲撃を受けた、チェックポイント2まで向かう!そこに応援を送ってくれ!」

 

それだけ伝え通話を切り「急ぎます」と急発進をした

 

ヒューストンはこの日のために入念な準備をしていた

奴らが使うルート、チェックポイント、見張りの地点、あらゆることを金と時間を投じ、己の経験を用いて最善な脱出のルートを確保していた

 

街中に入り車を停めると衰弱しきり意識がなくなり掛けている彼女を横抱きに車を離れた

 

あらかじめ用意していた服に着替えさせ顔も隠れるように帽子を被らせた

一見すると年相応で、何処か幼さを彷彿とさせる仕上がりだ

 

彼女を連れて向かう先はバス停だった

バス停のベンチに座らせもう必要のない、回収しておいた幹部や組員のバッジと拳銃を入れて隣に放置しさらにはさっきの幹部の財布を落としておく

 

一見すれば家出少女がそこで寝てしまった構図ができる

この街は治安が良くないため放置した鞄や落ちた財布など自分の懐にしまうだろう

 

寝ている人間より金目のものを攫っていくことを熟知していた

それは彼のかつてやって来たことを逆手に取ったものだ

 

鞄や財布はおそらく数時間以内に見つかるだろう

汚職警官か組員たちの手によって

バッジや財布を奪い見せしめにするマフィアのやり口

置き引きたちにそれを回収してもらい彼らが犯人だと誤認させ捜査を撹乱することが目的なのだ

 

寝ているテキサス、人一人を攫うこと自体をわざわざするものはごく少数だ

狙うなら子供、成人した人間を攫うなど効率が悪い

まず無視して財布と鞄を取るだろう

 

これから被害を被るものたちはおそらく酷い目に遭うだろう、残念だがここはシラクーザだ

 

離れすぎない位置で車が停まる、男が車から降りて他所を尾行し、裏路地に引き摺り込んだ

 

出てくる頃には服装も変わり車の鍵を手にし急いで彼女の元へと帰る

案の定ものの数分置いていただけでカバンと財布は消えていた

しかし彼女はそこにいる、ただそれだけが重要だ

 

車の後部座席に乗せる際にテキサスが目を少しばかり開けて何かを言おうとするがボトルの水を少しずつ飲ませると目は閉じられ彼女の意識は途切れていく

 

 

「もう…いいんだ」

 

 

 

 

 

 

目を開けると夕暮れ時だった

どれほどの時間眠っていたのだろうか

ゆらりゆらりと身体が揺れ少しばかり聞こえてくる駆動音はのは車での移動に気づく

 

「ヒュー…ズ…?」

 

「まだ寝ていてください。傷が深いんです」

 

外を見ると自分とは程遠かった、何もない過疎地

都市化計画が進行せず頓挫している地で当たりは夕闇に照らされていた

 

起き上がり席に座り直し茫然と窓の外を眺める

目に映る景色は間が抜けていた脳には取り込まれず、ただただ通り過ぎるばかりだ

 

ふと喉が渇き置いてあったボトルの水を飲み頭から被った

全身にできた傷が沁み意識を現実に引き戻される

 

私は生きている

 

しばらく失っていた絶望というものが心を蝕む

何もかもなくなってしまった上で生きることなどどれほどの困難が待ち受けているのだろう

 

だか同時に希望も芽生え始めていた

彼なら、彼となら乗り越えられるかも知られない

 

だが、彼には多くの苦労をさせ、蔑ろにして来たこともある

どう顔向けすればいいのだろう、そんな考えが過ぎる

 

今は傷が染みる体の水分と不快さを拭き取るべく服を脱ぎ始める

 

「お嬢、節操というものを…」

 

「お前と私だけだ、いいだろう」

 

「…お着替えとタオル、薬品はバッグにございます」

 

バッグから薬品とタオルを出し体を清める

傷が深い場所はガーゼを当てられていてある程度の処置はされていた

改めて自分でできる範囲を治療して体をできるだけ清め、服を着た

 

窓の外は宵闇で映されている

 

ふと、ルームミラーに光の反射が見えた

車のヘッドライトの灯りだ

 

「お嬢、追っ手です」

 

「…あぁ」

 

2台、3台と数は増えてゆく

撹乱を成功させ時間を大きく稼いだがここまでのようだった

 

「どうするつもりだ…?」

 

「このままトランスポーターの発着場へ向かいます」

 

アクセルを全開に踏み込み全速力へ向かった

 

 

 

「お嬢! 俺の後ろに!」

 

車を降りた後は激戦だった

追っ手を大型ラテラーノ銃、アサルトライフル型の銃で応戦し数人を蜂の巣にしながら目的地の施設へと駆けていた

 

大型のラテラーノ銃は本来サンクタ以外が使う場合アーツ適性と銃についての理解がないと撃てない、または大した威力が出ない

 

幸運にもアーツ適性には優れ、補正として認識阻害のアーツを自らにかけ自らに対する認識を歪めた

『自分はサンクタで、この銃を扱いこなせる』

 

その結果サンクタ人ほどではないが十分強力で高射程、高連射、高火力の効くこの武器を用いることができるのだ

 

遮蔽物から遮蔽物へ、発射口の門は鎖で固く閉ざされていたが用意していた源石爆薬で突破した

 

「ぐおっ!?」

 

門を抜けた直後ヒューストンが呻き声を上げる

脇腹から出血している、撃たれたのだ

 

「野郎!」

 

一瞬転び掛けたが信じられない反応速度で応射し追っ手を片づける

 

時間稼ぎにと手榴弾を投げ込みダメ押しでマガジン内の数十発を連射し制圧射撃をかけた

 

発射口は埃まみれで使われていない、この場所は投棄されていた施設だった

 

しかし動かせる

端にあるカタパルト装置に準備されていたもの、それはいつか何かあった時のため高跳びの準備としての独自に手段の一つとして用意していたものが今も残っていた

しかしこれは1番最悪な手段だった

 

このテラの荒大な大地を踏破する天災トランスポーター用の車両と装備一式

 

「お嬢、中へ!」

 

車両に乗せて操作パネルへと向かいコンソールを操作する

 

「頼むぞ、ありえねぇくらい高い金払って用意したんだ。動けよ」

 

軋んだ音を鳴らしながら射出装置は圧力を上げる

急いで車両の元へ向かいブレーキ装置を解除しレール状に異物がないか確認し射出準備が整うことが確認できた

 

迫り来る追っ手にアサルトライフルで銃弾の雨を喰らわせるが敵も負けじと応射で飛んできた1本の矢が肩に刺さった

 

「ヒューズ、早く乗るんだ!!」

 

車両の扉を開き悲痛な叫びをあげてテキサスは呼びかけた

彼は立ち上がりよろよろと近寄った

 

「お嬢、お別れです。どうか生きてください」

 

勢いよく扉を閉め万が一扉が開かないように安全装置の一環である外部ロックをかけ

カタパルトの油圧が十分に溜まった合図を警告音で知らせる

コンソールの緑のボタンを押し射出角度を最適化させ最後の赤いボタン、射出ボタンを殴りつけた

 

どんなに殴りつけるようにドアを叩いても扉は開かない

 

外からお嬢の叫ぶ姿が見える

 

圧力を解放したカタパルトは勢いよく車両を天高く飛ばしパラシュートを開く姿を確認した

 

「チェリーニアお嬢様、…どうか、健やかでお幸せに生きてください」

 

最後の仕事をやり切った彼は郎らかな顔だった

ずっと自分の主人と似て表情は険しいものばかりだったが、数年ぶりにこんな顔をした

 

レオーネ様は、きっと喜んでくださるだろうか

 

亡き母に並ぶことも復讐も叶わなかったが、褒めてくれるだろうか

 

お嬢はきっと素敵なお方に出会い幸せになれるだろうか

 

銃に最後の弾倉を込めた

 

「さぁ、まだ、終わってねぇしな」

 

入り口からどんどんと敵が流れ込んでくる

彼は意を決して立ち向かい始めた

 

「ここから一歩も通さねぇぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数年後、龍門の外れ

テキサスはペンギン急便に籍を置いていた

車両を使い荒大な大地を駆け、保存食で食い繋ぎ時には彼と学んだサバイバル術も用い、地図と方角を頼りに龍門へと足を踏み入れた

 

用意されていた偽造書類は新たな身分、トランスポーターとしての彼女が記されておりあっさりと通過できたのだ

 

そしてエンペラーに腕を買われ、現在は配送業として働いていた

同僚達は愉快で、騒がしく時に面倒なことが起きるが悪くない、そんな生活だった

 

龍門の都市部から外れた地域、鬱蒼とした建築物と電灯がスラムを照らしている

 

最後の荷物を届けた時、雪が降り始め冷気が立ち込め始めていた

配達業務を終え車に乗り込もうとした時だった

 

車に何かがいる

おそらく窃盗の類だろう

龍門ではありきたりなものだった

源石剣の刃を実体化させ後ろから近寄る

 

運転席の鍵をこじ開けようと力なく細い棒を突っ込もうとしているが次第に手から崩れ落ち、積もり始めた雪に中に消えた

 

力なく車にもたれかかり弱い呼吸をする姿は、命という灯火がこの雪に埋もれていくようだった

 

 

「腹…減ったな…」

 

 

最後の言葉のように放った一言

飢えと衰弱によってしゃがれた声を聞いて彼女は目を見開いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた気がする、とても懐かしい気分だ

目を開けるとそこは見慣れたアジトの天井だった

 

首を横に向けると座りながら寝ているテキサスが居た

 

「…チェリーニア…お嬢様」

 

呻き声とも取れる声を彼女は聞き逃さなかった

耳を勢いよく立たせて、見開いた目と合った

 

「大丈夫か、ヒューズ」

 

「…自分は、寝ていたので…?」

 

「あぁ、お前がソラと掃除をしていたら倒れたと連絡があって来たんだ」

 

「ソラ…掃除…?」

 

なんだ、何がどうなってる

俺はなぜこんなところに、どうして、なんで

 

頭に思い浮かべるものに靄がかかり始める

目の前の全てに靄がかかり、彼は狂った

 

「あっ、あああっ、うわあああああああ!!」

 

体が言うことを聞かない、何もかもが理解できない、俺は一体なんだ? 何がどうなっているんだ、助けて━━━

 

 

「ヒューズ!! 落ち着け、大丈夫だ!」

 

「あああっ! うわああああああっ!!!」

 

「大丈夫だ、大丈夫だから…」

 

恐怖に心を支配され、彼の心は壊れたように叫び出す

 

彼女は彼を強く抱きしめ、子供をあやすように優しい声で背中を摩る

 

しばらく叫び続け事切れたように意識を失う

再び眠ったようだった

 

「ヒューズ…」

 

アジトの外は雪の景色で覆われている

ここは龍門、今を生きる者にのみ明日は訪れる




おまえはいったい何処にいるんだ?

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