荒野を走りシラクーザの検問所に到着し偽造された文書を使い個人の小規模の商会として通過した。
長らく離れていたこの土地はどうやら警察組織も消え失せ今ではマフィアが統治しているようだ。
そして久々に訪れたこの地に感じたことは、雨が鬱陶しいというもの以外、感慨を持てなかった。
彼にとってこの地にはもう何も残っていない。
望郷の念も、家族、友人、仲間も、思い出さえも残っていないのだ。
泥まみれの車を走らせながらふと目につく工廠があった。
車を停めて確認するとどうやら洗車工らしい。ふと作業をしている中年の男性に声をかけられた。
「よぉ、洗車するかい?」
「…そっすね、じゃあ、泥だけお願いします!」
彼はいつもの、三下というに相応しい人懐っこそうな態度で車を工廠に停め車を降りた
背筋を曲げ愛想笑いをしてそわそわと落ち着きのない素振りをしている
高圧洗浄機を使い泥を落としていく。
外の雨を見上げながら雨宿りがてらそこにいた。
というよりも、社内にある装備等見られるわけにもいかないのでここにいる。
そしてもうひとつ重大な理由があった。
「あんた、シラクーザの人かい?」
「えぇ? 違いますよ〜、商会の仕事で「どこでも良いから新しく契約取ってこい」だなんて言われて、ここしかもう残ってなかったんすよ〜!」
「ふーん、まぁ泥だらけの車だから外から来たしかねえしな」
「荒野すごかったっすよ〜。てか検問所でも入ってすぐの時でもそうっすけど、なんかその手の方が忙しないっていうか、やべー雰囲気っていうか…そういうの、ないすかね?」
「まぁ…兄さん来る時期が悪かったな」
「えっ、えっと、マジすか…?」
「ああ」と一言返して泥を落とし切った
「お!こんなんでいいっすよ、ありがとうございます!」
「そうかい。それと兄さんにひとつ聞きたいんだが」
「はい?」
「どっかで会ったことねえか?」
「おじさんと?」
「…昔あんたみてえなやつを見かけた気がする。本当にシラクーザの人間じゃねえのか?」
「…さぁ、どうでしょうね」
背筋を伸ばし本来の姿勢に戻すと一瞬中年の男が一瞬身構えた
「洗車、ありがとうござました。あなたとはまた会うと思いますよ」
「それじゃ」と車に乗り込み去っていった
残された中年の男ダン•ブラウンは確かにあの男の雰囲気に覚えがあった気がした
『テキサスの死』
それはかつてこの地にいたテキサス•ファミリーの物語である。
従者と恋に堕ちた一族の末裔チェリーニアとその一家の結末を描いた脚本だった。
一家は裏切り者と敵組織により暗殺され最後に残ったチェリーニアが信頼し愛した男と共にこの地の全てを捨て逃げ延びようとしたがそれは叶わずマフィアらしく死ぬ物語だ。
ソラはMSRの伝手でこのシラクーザに訪れこの演目に主演として参加していた。
目的は消えたテキサスを探しに来たことが本命だがこの役割も十分に重大だった。
「…テキサスさんもそうだけど、ヒューズもこの話の通り…だったのかな」
「可能性はゼロじゃない…けどそれはどうかな」
「せやな。その真実もヒューズはんを起こさなわからんハナシやで」
「そうだね…早く起きないかな」
「もう2年だっけ? 随分と長く寝てるよね…」
「結局、原因不明なんやろ?ヒューズはんもツイてないというかなんというか」
「やめやめやめ!この話止め、とにかくあいつ起きたら恨み節の一つでも言ってやろう!」
「そうだね…起きたら寝てたぶん取り返してもらわないとね!」
「せやで! おかげでクロワッサン商会も利益が滞ってんねん、取り返してもらわんとなあ?」
ソラたちは本番に向け練習を始める。
おそらくは現れるであろうテキサスに会うため、訪れるその時に備えて。
「ん…?」
「どうした、何か問題でも?」
一瞬少し遠目に通った車に目が行く。
車など珍しい物じゃないし、そこら中走っている。
しかし問題はこの周辺ではあまり見ない車種であることにラップランドは一種の気配を感じていた。
「なんだか面白いことになりそうだね」
「何か起こる予兆でもあったのか?」
「そうだね…ここにいるはずの無い人間がいたとしたらどう思う?」
「なんだ、いきなり」
「たとえば、死んだものだと思ってた人間が平然と街中を歩いてたら…」
「何か起こらないはずもなく、影響を与え始める…」
「そうだね。ただ正直、そいつはボクにとってはこの出来事を作った奴っていうのが気に入らないんだけどね」
「どっかのマフィアのヤツなのか?」
「当たらずも遠からずかな。多分僕の側と言っても過言では無い、目的は大体一緒の奴だよ」
「…話が見えないぞ」
「気にしなくていいよ。放っておいても別に僕の邪魔はしないだろうしね」
ラップランドは歩み始める。
これから起きることに対しての、準備を、長年待たされ続けた答えを得るために動き始める。
「そういえば、煙草は今でも吸っているのか?」
「いいや…なぜだ」
「アンタから僅かにだがタバコの匂いがしたからだ。必要なら用意するが…」
「必要ない、それに用意することができない」
「本当にいいのか? てっきり吸えてないから気が立ってるのかと思っていた…用意するのがそんなに難しいものなのか?」
「そうだな…今取り組んでる問題よりはシンプルだが、それでも用意できないんだ」
「そんなものなのか」
「ああ、私はな」
彼女は彼に巻いてもらった煙草以外のものは数える程度に吸ったことしかない
吸ってみたがなんだか味気なく貰い物や献上品で貰った高い葉巻なども一度吸っては合わず結局ヒューストンに渡すか処分するかのどちらかになってしまう
彼女にとって煙草はニコチン接種というより彼が巻いた煙草が吸いたいだけの行為だった。
「それじゃ、取り掛かってもらう」
「あぁ、わかった」
窓の外の景色は雨模様だ、雨に打たれながら周辺を張る。
すると因縁の相手が現れた。
「やあ、テキサス。奇遇だね、ミルフィーユ食べるかい?」
テキサスは返事をしない
「キミがシラクーザから離れて何年だい?」
「…さぁな」
「離れた、と言うより連れ出されたって言う方が正しいか。…あの男のせいでキミは変わってしまったからね」
「…元よりファミリーも継ぐ気はなかったし、嫌になったらヒューズに連れ出してもらう予定でもあった。だからお前言葉は見当はずれだ」
「ううん、そんなことないよ。もっともっと遡ったこと…キミと僕は似たもの同士だけど決定的に違ったのは彼がいたからなんだよね」
「何が言いたい」
「キミにとって、彼は家族なんだろう?彼がいなきゃきっとキミは違う形で、ボクみたいになってたってこと」
「たらればの話は無意味だ。私はお前とは違う」
「そんなことはないよ、ボクら本質は一緒さ。ただ運命の分岐点として、彼が生きてたかそうじゃないかで変わったんだよキミは」
「…何をしに来た。そんな話をわざわざしに来たわけじゃないだろう」
「奇跡が起きてるんだよ。ボクとキミがこのシラクーザで再開したように、もうひとつキミにね」
「…なんの話をしているんだ」
「それはね…」
突如、そう遠くないところから爆発音が響く
その炎はカラチをやすやすと包み込んでしまう。
この物語は、盛大に前奏を奏で始めた。