ラップランドがトラックで裁判所に突っ込んできてから状況は大きく変わった。
裁判の中止、ラップランドとその一味の緊急逮捕、混乱する現場など挙げればキリがないがとにかく一度離脱する事をテキサスに合図され現場を離れた。
ラヴィニアと連絡を密にとりテキサスの安全を確認しつつ各ファミリー、特にサルッツォを監視していた。
ベッローネは内部事情に詳しいレオントゥッツオとラヴィニアに任せ、ラップランドが所属していたサルッツォを特に警戒しつつロサッティの動きも見なければならない。
今のところ大きな動きがない、というのもより不審なものだった。
ロサッティはともかく、サルッツォの動きが無さすぎるのが気になる。
ラップランドは追放されている情報は事実だが今回の件で関与していないわけがない。
でなければ、ラップランドであろうが誰であろうがあれほど好き勝手に行動を許されているのも誰かしらの支援があってのものだと判断した。
その後の展開だがロサッティは読み通りテキサスに面会をする動きを見せ、サルッツォもラップランドに面会する動き、そして後日ベッローネとサルッツォが会合する事を掴んでいた。
ふと調査の最中に見かけた墓地を見て、足が止まる。
その時は、調査は落ち着いてきた時であった。
誘われるように墓地へと入り、辺りを見回した。
知らぬ名前、知っているファミリーの名が刻まれた墓石、墓地を歩き回る者は一人もいない。
テキサスファミリーの墓石はいつの日か、消え去っているものかと思われていたが、苔が生えつつも残っている。
かつての裏切りと策略によって葬られた一族に墓を誰が弔うだろう。
そこには覚えのある名が刻まれていた。
先代から連なり最後にはレオーネ・テキサス、チェリーニア・テキサス、彼の者らは永遠にこの地で眠ると刻まれていた。
呆然とその墓石を見下ろしていると声をかけられた。
「…その墓に眠る、ファミリーを知ってるの?」
「…さぁね」
「その墓にはね。私の、大切な友人も眠っていると思っていたの」
彼は返事をしない、声をかけてきた女は続ける。
「彼女の友人と名乗る人たちによると、共に龍門で生きて幸せに暮らしてる、ってね」
「…それはどうかな」
「もちろん、嘘かもしれない。でも、彼女たちが嘘をつくなんて思えないし、何より…貴方みたいな男が生きているのがいい証拠だと思わない?…ヒューストン」
「…ヒューストンという男は史実ではあの日よりも前に優先して暗殺された、と聞いているが」
「死をも騙す男がそう簡単に死ぬかしら?
…この墓地に貴方の墓石がないように、今この瞬間もここで生きているじゃない」
「…お褒めにあずかり光栄ですね…ドン・ジョヴァンナ」
テキサスファミリーの墓地には2人の影が雨に晒されていた。
ベッローネファミリーの屋敷にて、レオントゥッツオは「お前にも伝えておくべき時がきた」とベルナルドに連れられ、ザーロと相対していた。
事前に存在をヒューストンから聞いていたとはいえいざ目の前にすると彼は目眩を感じ狼主ザーロの存在を改めて認識した。
傲慢で、理不尽な存在を目の当たりにして自分は正気なのかと疑った。
そして自らの父がその狼主の「牙」である事を知る。
「して、ザーロよ。問うことがある」
「ベルナルドよ、貴様も貴様の息子も聡明なはずだ。くだらぬ事を聞くようであれば承知せぬぞ」
「お前が契約していた男が目覚めた」
その言葉にザーロは動揺もせず、意に介さないと言った態度だった。
「放っておけ、あのような小物に用はない。初めから最後のテキサスに接触するための道具に過ぎなかったのだ。邪魔ならば消せ」
「そうか。あと一つ伝言を頼まれてな…生きたまま脊髄を引きずり出してやるとね」
「くだらん。矮小な人間風情がこの狼主ザーロに敵うとでも?」
「お前のやったことは、契約を反故にしたと聞いているが」
「貴様には関係のないことだ。事を勧めよ」
ザーロはそう言い残し消えると、ベルナルドは小さくため息をついた。
「親父。ヒューストンがあのザーロと契約していたのは本当らしいな」
「あぁ、聞いての通りだ」
「では、なぜ今になってやつは…」
「知ったことではない。他の狼主と契約したか、奇跡でも起こして此処へやってきたのだろう。どちらにせよ、利用するまでだ」
ベルナルドは踵を返し、レオントゥッツオもそれに続いた。
「今まで、何をしていたの?」
ジョヴァンナからは発せられる声は怒りを孕んでいた。
彼自身は彼女と親交などない上、会うのも彼女が幼少の時以来ということもありとてもその心境を伺い知れるものではなかった。
「その友人を名乗る連中から聞きませんでしたか?」
「えぇ、訊いたわ。チェリーニアのことも、貴方のこともね」
「それを訊いた上で、私に何をお望みで?」
「チェリーニアは、どうしてここへ帰ってきたの?」
「端的に申しますと、私の過去の行いのせいです。少し事情は複雑ですが」
「そう…貴方のために、戻ったというのね」
「…だと嬉しいんですがね」
振り返ることはない、ただ墓石を眺め続ける。
ジョヴァンナはより怒りを表すように声を少し震わせていた。
「…私は貴方のことはよく知らない。でも、感謝しているし、恨んでもいるわ」
「…あの日、お嬢を連れ出したことがそんなに気掛かりで?」
「そうよ。確かに貴方の助けなしでは彼女は死んでたかもしれない…でも貴方のせいで彼女は変わってしまったかもしれないってね」
「人は成長するのです。あなたの知らない一面があったとしてもお嬢は自ら選び、生きているのです」
「貴方がそれしか選べないようにしたというのに?」
それには少し答えを迷った。
事実そうしてきたかも知れないし、そう彼は望まなかったからあの時テキサスからファミリーを取り上げたということもあるかも知れない。
テキサスファミリーのドンであることよりも、ただ一人のチェリーニアであってほしいと願った、長年の情から芽生えた一時の感情のせいだったという考え。
「私がお嬢を連れ出さなければもしかすれば違う選択をし、あなたが望むようなお嬢があったという保証でもあるのですか?」
「そうとは言わない、そこまで傲慢じゃないわ。ただ貴方がチェリーニアを、今もあの子を縛り続けてると考えてね」
「…私の存在せいで、お嬢は幸せにはなれないと」
「…そうね」
彼がこの地で再びテキサスの名を轟かせる事を期待しているのではないかという疑念。
チェリーニア、お前はテキサスだ。
故にいつかはこの地に帰りその使命を為せという枷を無意識にかけていたのではないかという妄想。
「…それは貴方が決めることでもない、ましてやお嬢の人生を選ぶのも俺ではない…きっと俺たちじゃない誰かが、それか彼女自身で幸せを掴み取るものだと願っております」
「そう…あなたの話も、とても保証があるとは思えないわね」
「誰だってそうでしょう。人生はいつだって本場の勝負所で保証なんてもんはないし誰のせいにも出来やしないもんだと思ってますよ。降り注ぐ理不尽や己を苦悩、望まぬ結果を振り払い自らの道を切り拓く為にね」
「…きっと、またいずれあなたに会うと思うわ」
「ではまた。ドン・ジョヴァンナ」
彼女は立ち去り、再び墓地を歩き続けた。
誰もいない教会に入り込み隅の席に座り込んだ。
彼とて考えさせられることはあった。
チェリーニアの幸せ、過去にやった事は正しかったのか、そして時折疑問に思う自分という存在。
彼は時に自分は彼女を不幸にし縛りつけているだけなのではないだろうか。
ひょっとすると、彼女に期待して叶えさせようとでもいうのだろうか。
そんなはずはない、そうして雑念と妄想を否定頭を一瞬だけ左右に振ると、一瞬誰かを捉えた。
その男はラテラーノ人で、神父のような佇まいでこちらを見ていた。
「悩みごとかね」
「…そんなもんです」
「どれ、私の暇つぶしに付き合うつもりで話してみては如何か」
隣に座り込む老人はどこか世離れしているとも取れるし、世の真理を理解しているのかも知れないと感じた。
こんな話は誰かにするにしてはデリケート過ぎた、ある程度ぼかして割愛した事を伝える
「…お題は自分とは何で、どこへ向かうべきか…でいかがでしょう」
「ありきたりな話題だが、いいだろう。それで、何が気がかりなのだね?」
「後悔…というより、自分とはなんだったのか…それに疑問ってやつができてですね…自分の人生に使命は理解してるんです。ただ、なんていうか…」
「その使命を果たしたあと君が何を為して何を残せるか、ということかね?」
「…概ねその通りです。仮にその使命から遠く離れたところ俺は何をしているのか、とても疑問でね」
「それはきっとその時の自分が決める事だろう。今の君が決めかねていてもいずれ道を見つけれるだろう」
「…その時何も見つけられず、何も残せない結果になっても?」
「人として生きる以上命に限りはある。出来ることは少ないかも知れない、何も成せないかも知れない。しかし人とは生まれて、生きて、死ぬ、案外これだけでいいかも知れぬのだよ」
「…そいつは、俺向きのシンプルな考えでいいな」
「悩みは解決したかな?」
「いや、それでも前には進めそうだ。ありがとう、名も知れぬラテラーノ人の老人よ」
「私もそれなりに暇が潰せた。感謝しよう」
「それなりね…まぁいいさ。それと一つ聞きたいことがあってな」
「なんだね?」
「━━━この墓地に、ローグライト家の墓はあるかい?」
この地に降り注ぐ雨は、止む事を知らないのかも知れない