ヒューストンはテキサスの釈放を待つべくウォルシーニ監獄の門の前で彼女を待つが、一向に出てこない。
腕時計で時間を確認するが指定されている時間には間に合っており、すでに10分以上が経過していた。
繋がるはずもないが彼女を呼び出す。
1コール、2コールと鳴らが出る気配はない。
4コール目で切ろうとしたが、繋がった。
『もしもし』
「…今どこに?」
『サルッツォの屋敷だ』
「…は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
示された時間に合流という流れだったが事態が急変していた。
掴んだ情報では今はベルナルドとアルベルトの会合がある時間帯だ。なぜ今そんなところに?
通話音声越しに聞こえる怒号と金属を弾く音を拾い理解した。
やりやがった、この件にはもうこれ以上関わらせないように画作していたのは気づかれており無理矢理にでも自分を捩じ込んで加担するつもりだ。
『切るぞ』
「おい、チェニー!あンのお嬢…ッ、やりやがった!」
エンジンをかけてアクセルをベタ踏みし濡れる路面を走らせた。
「バカバカバカ野郎ッ、何やってんだ!!」
呑気にここで待っていた自分と、勝手に事を進めたテキサスに対して車内でひたすら稚拙な言葉で罵っていた。
なりふり構わず車を走らせサルッツォの屋敷に到着する頃にはことが終わったのか屋敷の門から出て来ていた。
2人の前に水飛沫が飛ばないように車を止めた。
助手席と後部座席の扉が開かれ、テキサスとラヴィニアが何も言わずに中へ入って来た。
勝手に事を進めていた2人に恨み言を言ってやろうかと思っていたがラヴィニアの心ここに在らずといった様子に何も言えずテキサスも何も言わない。
「…どこへ」
目的地を示され車を静かに走らせる。
車内に響くのはエンジンの振動音と駆動音だけ。
ラヴィニアを自宅の近くまで降ろし見送るがなんだか何もいってはいけないような気がしてただ黙っていた。
煙草を取り出し火をつける。
窓の外へと煙が逃げ、雨によって地へと流れていく。
「ロサッティ・ジョヴァンナを消す」
ヒューストンは答えない、横目で睨むように一瞥し煙を吐き出す。
「…ん」
彼は返事をせずひと吸いし半分ほどの長さになった煙草をこれが最後の一本だというように示した。
「それでいい」と言わんばかりに手を出すがまだ吸えるにも関わらずそれを彼は外へと投げ捨てた。
ここまで露骨で反抗的な態度をとった彼は初めてだった。
「…ポイ捨てなんて、らしくないじゃないか」
「そうかよ」
「…勝手に事を進めたことは謝る。だがお前と一緒なら…」
「そういうことじゃねえよ」
テキサスは正直驚いていた、いつだってどんなことでも付き従っ彼が立場など関係なくこんなにも反抗的な態度を取ることに。
「不思議だ。今、知らねえ誰かと話してる気分だよ」
「…何が言いたい?」
「殺す気だろ、本気で」
テキサスは答えない、その胸中を包み隠すように言葉を発することはなくただ黙っていた。
「…だが、それが終われば貸しは終わりだ。それで私たちは自由になれるんだ」
「キミは俺を見誤ったようだ。その逆もまた然りだろうけどな」
「どうしたんだ。そんなに私も加担することが気に入らないのか?いい加減、過保護なマネはやめろ、また龍門に帰って皆で…」
「ふざけんな馬鹿野郎、俺はお前を心無い殺し屋になんか育てた覚えはねえ!」
「っ…今更なんだっ、殺しなんて…ファミリーにいた頃からやって来ただろう!」
こんなにも感情的に怒鳴る彼を見たのは初めてなのかもしれない。
震える握り拳を振るってこないのは、最後の理性の防波堤がそれを防いでいるのか、それとも相手がテキサスだからだろうか。
「てめえが自分の友だちを殺して、龍門でのうのうとまた暮らそうだと?馬鹿にしてんのか、俺をよ!!」
「何が気に入らないんだ、お前のためにここんなところまで来て今更…今更何が言いたいんだ!?」
車内で2人は感情的になっていた。
交わる視線。交わらない想いと同じような感情で彼らを遠ざける。
「わかりやすく言ってやるよ。死ぬべき人間じゃないはずの、お前の友を、その手で、殺すってのが気に入らねぇんだよ!勝手に事を進めやがってバカが!」
「じゃあどうするつもりだ!ここまで、全部…全部お前のためにやって来たんだ!お前を目覚めさせるために、お前を解放するために…今更綺麗事を抜かすな!!散々ひどい事をして来た癖に!!」
「あぁそうかよ、奇遇だな。俺も人生の全てをかけて尽くしてきたさ。頼んでもねえのに手間かけて悪かったな!俺のためなら友達も殺してのうのうと暮らせるやつに育っちまったのは俺のせいだ、全部俺のせいだ!こうしよう今すぐにでも龍門に帰れ、一人でな!」
「ふざけるなっ、ふざけるなふざけるな!何のために…なんのためにここまで来たと思ってるんだ!」
「本当に奇遇だな!俺もなんのためにここに来たかもうわからねえよ!ご苦労だったよ、悪いな、こんな価値も無え何も無え男に無駄な労力割いてよ!」
「っ…、このっ…!」
売り言葉に買い言葉の口論。
自分のやって来た事を否定され涙を流しながらテキサスは今の言葉で一瞬で頭に血が上った。
身を乗り出し胸ぐらを掴み彼の頬を殴りつけた。
彼はそれを抵抗なく受けた。
テキサスは感情のまま、このまま怒鳴りつけようとした。
しかし、彼女は目を見開き動きを止めた。
殴られた跡が残り、次第に鼻から血を垂らし始めるも怒りの形相で、悲しそうな彼の顔を見た。
次第に殴った場所は熱を持ち腫れ上がり始める。
━━━違う、こんな筈じゃなかった。私はただ、彼のために…彼を今度こそ幸せにするためにために、またみんなの下へ帰るために、ここまで来たはずなんだ。
それなのに、どうして…
「…チェニー」
鼻から垂れている血を拭うも拭った跡に血は残り止めどなく流れる。
積み上げて来たものを、全て壊してしまったようだった。
次第に掴む力は弱まり、殴った拳が熱を持ち始めていた。
「…もし、俺が…俺と一緒にまた全てを捨てて、ペンギン急便をも捨てて逃げようって言ったら…キミは…選ぶのか、俺を」
「なにを、何を言ってる…そんなの…」
彼女には答えられなかった。
肉親以上の、彼と同じく家族と言っても過言じゃ無い仲間達を。
面倒ごとしか起こさないが自身を人生のどん底から救ってくれたエンペラー。
破天荒で彼以外に自分の事をわかってくれる最高の相棒、エクシア。
仲間想いで、信じてついて来てくれたクロワッサン。
自分を追いかけて、大いに慕ってくれるソラ。
人生の全てを捧げ命を繋げてくれたヒューストンのことも、ペンギン急便も、彼女にはなければならない大切なものだ。
そのどちらかを捨てて、また逃げるなんてことは出来ない。
「ペンギン急便のみんなと、ジョヴァンナさん…あんたにとって何が違うんだ」
ヒューストンは憶えていた。
かつて初めて出来た友達のことをテキサスが楽しそうに話していた事を。
成長しシラクーザへ越す頃には会う機会は減ったが手紙でやり取りを重ねていた事を。
出立の前に大事な友人だと紹介してくれた事を。
「キミは俺のせいで…」
「…やめてくれ」
「俺のせいで、キミの大切なものを…壊そうとしてるんだ」
「ちがう!」
「俺が、それしか選べないようにしてしまったんだ」
「やめろと言ってるだろ!どうして…どうしてお前は私から離れようとするんだ!私は、私は…ただお前と…一緒にっ…いたいだけなんだ…!」
再び力強く掴むが次第にそれは離れ、叫ぶように放った言葉は萎み、最後には悲しみで俯き涙を流し始めた。
「…そういう
彼女は何も答えなかった、答えたくなかった。
ヒューストンは車を降りて雨の中、独り歩き始めた。
エンジンが切られた車内には雨音と嗚咽だけが木霊した。
望んでなどいなかった、彼女の下を離れるなど。
見守っていたかった、彼女が幸せである事をとその仲間達を。
夢であってほしかった、こんな事など。
賽は投げられた。もう戻る事など叶わないかもしれない、それでもいい、彼女を自身で縛り付けるくらいならその方がいい。
彼は、オルブライト・ヒューストンは己を見失いつつあったが成すべきは変わらない。
死ぬべきで無い人間を死なせないことだけだ。
「あぁ、ここにおったんやな。そろそろ出発して準備した方がええんちゃう?」
「うん、そうだね…クロワッサン! 足元気をつけて!」
「え?うわっ!いったたたた…」
「大丈夫?」
「平気平気。けど本の山崩してもうたわ。ちゃんと直しとかんと…」
公演当日、ソラはカタリナの資料に目を通し練習をしていた。
時間が迫りクロワッサンが準備を促しに来たがソラの警告が間に合わず本の山を崩してしまい直そうとしたクロワッサンの視線に、一枚の古ぼけた写真が目に入った。
「ん?…これ、見てみいや」
クロワッサンがソラに写真を見せるとそこにはクルビアの街並みを背景に侮りがたい迫力の中年とフェリーンの少女とループスの少女、そしてその少女に手を引かれた少し困った様子の若い従者のループスの男が映っている。
「これ…カタリナはんとテキサスはんに…ヒューズやないか?」
写真の裏を見るとジョヴァンナとチェリーニア、その従者ヒューストンと撮影日が記されていた。
カタリナは偽名でジョヴァンナが本名、ジョヴァンナ・ロサッティの名をソラが呟いた。
テキサスの死にて、サルヴァトーレ・テキサスに恋し、クルビアに残された帰りを待ち続けた一族の名だった。
テキサスはその後どうにもならない心を落ち着かせた。
かつてそうあったように、冷酷な人間でなければこの地で生きていけなかったように心を殺し、剣を研ぎ、この場へ臨んだ。
演者に紛れ、武器を隠し、ステージへを上る。
そして主演役者は揃い初めていた。
ペンギン急便、ジョヴァンナ、ベルナルド、ラップランド、そしてテキサス。
「レディース&ジェントルメン。素敵なショーを始めようか」
舞台の幕は切って落とされた。