ラップランドが動き、ベッローネが動き、会場は混乱に陥っていた。
そしてテキサスが動き、ソラをのステージに「待っていろ」と残して上へと駆け上がっていく。
ラップランドの開いた道を使い、ロサッティの実力者ウォラックを倒し、たどり着いた。
混乱した中で、彼女は未だ少しの迷いがあった。
扉を無防備に開くと首にナイフが突きつけられる。
「…まさか、本当に貴女が来るなんてね。チェリーニア」
「久しぶりだな、ジョヴァンナ」
「思いたくはなかったけど、貴女が来るなんて考えたくなかったわ。まさか私が貴方を抱きしめて、歓迎して座ってワインでも飲みながら語らう時間でも取ると思ってるのかしら?」
「私は…お前を殺しに来た」
「そう。何よりだわ」
言葉とは裏腹にナイフを下ろし先ほどまでの殺気が冗談だったようにその顔には微笑みと懐かしさがあった。
「久しぶりね、チェリーニア」
「久しぶりだな、ジョヴァンナ」
「…ヒューストンに会ったのか?」
「…そうね。彼は現れて、私と賭けをしたの」
「賭け…?」
「そうよ。私たちの今後に大きな影響を与えるもの」
数年ぶりの邂逅に、感動もあり悲しさがあった。
彼女らは語らう、背が伸びたこと、ペンギン急便のこと、手紙をよこさなかったことの嫌味、あの日のジョヴァンナのこと、脚本の事と第三幕の死についての事、そして数年間聞きたかったあの日のことを語らう。
「ヒューストンさんもその為にこのシラクーザへ来ていたはずよね…貴女のために、貴女も彼のために」
「…もう違う」
「そう…なら、今は自分のためってことね」
「…」
テキサスは答えなかった。
なんのためにここにいるのか、わからなくなっていたのだ。
本来の目的はヒューストンの蘇生のために彼が彼女に命を繋げたように、救うことだった。
しかし彼にはそんな必要もなくなり、彼からも半ば見放されたような形で別れてしまったのだ。
やるべきことはわかっている、しかしその理由がもはや無かったのだ。
ラップランドが言っていた、この地の泥沼というものに引き摺り込まれようとしていた。
「私の下に来なさい、私と自分のために。2人でならシラクーザでの地位を築くこともできる。…サルヴァトーレの孫でなくても、彼がいなくとも、あなた自身にその力があると私が知っているからこそなのよ、一緒にやり直しましょう、チェリーニア」
「今こそ、あなた自身が決めるべき時よ」
「あの時のこと、どれぐらい知ってるんだい?」
観客はすでに避難し、マフィアたちも違う戦場へと赴きがらんとしたステージで軽快なステップをしながら、ソラたちに聞いた。
それはテキサスの父レオーネ死から始まり、サルヴァトーレの死、そしてチェリーニア暗殺の出来事だった。
「彼、当時は本当にすごかったんだよ。あれだけの軍勢を突破して、あらゆる人間を騙して、死をも騙したんだから」
「それが、あの二人の過去…」
当時の状況とテキサスの死における内容は大きく異なっていた。
脚本では現れた従者に恋をし、逃げ出すも殺されてしまう。そんな物語として描かれていたのだ。
「チェリーニアはね、ボクと似たもの同士なんだ。だから、勝ちたかった…あの子に。でも…あの男が…ヒューストン…オルブライト・ヒューストン!! 彼によって奪われてしまったんだから!!」
まるで劇に登場する柔らかな口調から激しい憎悪を連想させる役者のような動きと張り上げた声は間違いなく演技などではない彼女の本心だった。
「ヒューストンが殺されたって聞いたあの時のチェリーニアが一番すごかったんだ。一人で怪しい奴を殺して回って、結局仲間だったファミリーに捕まって、その後に彼と奇跡の再会、後はさっき言った通りだよ……ボクはね、龍門であんな情けないチェリーニアもヒューストンも見たくなかった」
「そして、今回の出来事でテキサスさんはここへ来た」
「実はもっと複雑なんだけどね。すぐにわかるよ。それよりも、今は━━━」
「あの人の目の前には彼女のファミリーと一番繋がりが深かった人が現れた…」
「うん。結局、龍門での生活はあの二人には長い長い旅だっただけだしね」
「彼女たちは…かつては選べなかった彼女はその無念を晴らすために再びこのシラクーザに舞い戻り名を馳せるって言いたいの?」
「あの子次第ってワケさ。これを聞いてこう捉えることができるんじゃないかな。『テキサスはヒューストンを憎んでる』ってね…」
「……彼に対する彼女気持ちなんて分からない。でも彼女たちがここに残ることを選ぶなら、それを尊重する」
「あの子の親友なのに?」
「だからこそだよ」
「せやなぁ」
「ただ、シラクーザのピッツァが口に合わないなら話は別だけどね」
「かつて彼は言ったんだ、私らしくあれと。そのせいと言うのも不本意だが大勢の人からシラクーザ人らしいと言われていたんだ」
テキサスの祖父、サルヴァトーレは過去を大事にしルーツを忘れないために彼女にシラクーザへと送り出した。
クルビアでもシラクーザでもなんら変わらない生活を経て何も変わらなかった。彼女の価値観も、チェリーニアとしての自分でさえ何も変わらなかった。
人生は演劇でもなければヒーローも悪役もいない。
彼女にとってその目で見て来たものは演劇というには稚拙で、くだらないと吐き捨てる程度のものだった。
殺しと怨嗟、そして掟。
この頃から、もうすでに彼女は疲れていたのだ。
サルヴァトーレの孫、テキサスの末裔、マフィアというものに。
しかしこの地に残った理由はただ一つ。己が半身、ヒューストンのためであった。
彼女は選べなかったのではない、自分の意思で選んだのだ。
例え、どんな障害があろうと、何があっても彼と共に在ろうとしたのだ。
「……連れ出されたこと、恨んで無い?」
「あるはずがない。あの時私は、死ぬ事を望んだが、やはり生きていたくなってな。だから去ることにした」
「…つまり、龍門こそが自分の居場所だってこと?」
「…きっとそうなんだろうな。私にとって、あの場所で、あの仲間たちと過ごす日々は悪くない」
「………言いたいことははっきり言う、変わらないわね。最後のテキサスはこの地で再びその名を掲げることが望みと思ってたけど、私の思い上がりだったみたいね」
「あぁ、ひどい妄想だ」
「結局、過去は置いてけぼりにするって言いに来ただけだなんて、あんまりよ…生きてるって喜ばせといて、私の希望を勝手に打ち砕いちゃうんだもの」
「すまない、ジョヴァンナ。私はシラクーザ人にもクルビア人にもなれない。ただのチェリーニア・テキサスなんだ」
テキサスは踵を返し扉に向き直り出ようと歩んだ。
「最後のチャンスよ、私を殺すのも、私たちに殺されないようにすることも……もう一度会い見える時、障害として排除することになるわ………お願い、私にそんなことさせないで」
「………ジョヴァンナ、私たちは過去に囚われ過ぎている…そして私はお前を殺せない……私の仲間たちと同じように、お前が大事だったからだ」
彼女の懇願を、一瞥もせず扉を潜り抜けた。
静寂が訪れ始めジョヴァンナは大きく息を吐き出し、全身の力が抜けたように座り込んだ。
望んでいたことも、彼とのことに対することだって全て見当はずれで、何もかも理解していなかったのだ。
「……結局、私のこの気持ちは、勘違いだったってワケね。賭けは、あなたの勝ちってことかしら?」
ボックス席の隅に向かって声をかけるも返事などない。
もうすでに彼はそこにはいなかった。
劇が始まりしばらく経った頃だった。
部下であるウォラックが出ていった時のことだった。
「いい席ですね、これは眺めがいい」
声がしたボックス席の隅に顔を向けるとそこにはヒューストンがいた。
良くも悪くも彼は目立ちやすい人間だ。
あんな隅に居るだけでは当然見つかるはずだ。
「あ、あなた…どうやってここに!?」
「扉から入りましたよ。ウォラックさんとやらに続いてね。そんなことはどうでもいいんです、チェリーニア・テキサスが殺しに来ますよ」
「…なんですって…!?」
「今にラップランドとベッローネの連中あたりが暴れて、間も無くここにたどり着くでしょう」
「……あなたは、内側から道を開けるつもり?」
「まさか。俺にとってはもうベッローネとの貸し借り契約なんてどうでも良くてね。そもそも破ったのは向こうだしな」
「じゃあ、何しに来たって言うの…?」
「…一種の…そう、賭けをしよう。彼女があんたを殺すか、と言うより…テキサスとしてこの地に戻るか否か…って奴だ」
「…あなたは…まさか、この地に彼女が戻ると思ってるの…!?」
「それはどうかな。あの時連れ出したことで俺を憎んでるか、否かでもいいぞ」
「…なら、貴方を憎んで、この地に戻ると賭けるわ。私のファミリーの一員としてね」
「…いいだろう。彼女の答え次第で、俺はこの拳銃を頭に向けて撃つ」
「…それは彼女の頭かしら、それとも私の頭?」
「俺の頭かもな。さあ、来るぞ」
騒がしくなり始め、しばらくすると扉の外からは物音が聞こえなくなり、扉が開かれた。
そしてテキサスが入って来た頃だろうか、それよりも前なのか。いつ、何処からかもわからないが彼は消えていた。
来るべき時に向け、潜む。
彼の物語は、まだ始まったばかりなのだから。
見えたぜ、この小説の終わり方がな…!