魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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決闘状とその返信

「どういうこと? 昨日けっこう減らしたよね?」

「ええ。並の魔女一人分以上の量を移動させました。それが一日で回復するとは驚きです」

 

 穏やかな口調を維持しつつも表情に困惑を表すフェリシー先輩。

 シビル先輩はいつも通りポーカーフェイスだけれど、ミシェル先輩も「うーん」とうなって腕組みをしている。

 当のリアはというと、意外にも落ち着いていた。でも、これがいつもの「経験から来る諦め」なんだとしたらあまり良くない。

 

「リア。体調はどう?」

「問題ありません。クリス様と出会ってから日に日に楽になっていると感じます」

「本当? 無理してないよね?」

「本当です。ここで嘘を言っても仕方ありませんから」

 

 今まで僕は、リアの体調がよくなったのは魔力が減ったからだと思っていた。

 でも、昨日と今日で魔力量が変わっていないのに体調は良くなっている。

 こうなるともうよくわからない。

 

「消費量と回復量がたまたま一致しただけかも」

「否定はできませんが、可能性は低いかと」

 

 魔力の回復量には個人差がある。基本的に器が大きいほどたくさん回復するけれど、完全回復にかかる日数は増える傾向だ。

 桁違いに器の大きいリアがこんなに回復するのはおかしい。

 一日にこれだけ回復するのなら十六年も生きる前に身体が耐えきれなくなって死んでいる。

 

「小さい頃はこんなに回復しなかったとか?」

「そうですね。例えば、回復量が器の大きさではなく現在の魔力量に比例しているとすれば計算は合うかもしれません」

 

 これなら時間をかけて少しずつ回復量が伸びていったことになる。

 それだと結局、リアの体調がよくなった理由がわからないけれど。

 

「今日は昨日よりも多めに減らしてみる?」

「……いえ、むしろ今日は吸収なしで様子を見ませんか? リアさんの体調も一刻を争う状況ではありませんし」

「どう、リア?」

「はい。わたくしは構いません」

 

 少女がしっかりとした頷きを返したことで今日の方針は決定した。

 

「じゃあ、少年。リアにキスしたりいやらしいことをするのは禁止」

「しませんよ!?」

「クリス様さえよければしてくださっても構わないのですが」

「……うん。リアはもうちょっと自分を大事にしたほうがいいよ。本当に。すごく可愛いんだから変な男に襲われかねない」

「クリスも下町歩く時は気をつけた方がいいよ? 二の腕とか太腿とかえっちな目で見られるかも」

「男の腕や足を見てなにが楽しいんですか……?」

 

 男が好きな人はむしろ筋肉を見たいんじゃないのか。

 そう思ったけれど「危険なのが男性ばかりとは限りませんよ」というフェリシー先輩の言葉にあっさりと論破されてしまった。

 シビル先輩やミシェル先輩を見ているとあながち冗談とも言い切れない。

 

「じゃあ、今日は普通にお仕事をしますね」

「頼んだ。こっちも普通に重要」

 

 次の日、再びリアの魔力量を測ると不思議な結果が出た。

 

「魔力量が僅かに上昇しています。……ですが、一昨日から昨日にかけての回復量と比べると微量ですね」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 三日目はまた別のことを試した。

 一日目よりも多めに、けれど二倍まではいかない量の魔力を減らして様子を見た。

 結果、次の日に測ったリアの魔力は前の日の減らす前と同じだった。

 

「仮説としてはこうです。リアさんの魔力がなんらかの要因で減少した場合、それは一日かけて全回復する。魔力が減少していなかった場合、器の容量が僅かに増加する」

 

 魔力の回復量は「限界値との差」によって変わる。

 最大回復量がある可能性はあるけれど、ぶっちゃけこれだけ回復するなら「全回復する」という認識でもあまり問題ない。

 

「リアさんの体調が良くなったのはクリスさんと出会い、器の拡張が起こらなくなったからでしょう。現在の魔力量に少しずつ身体が慣れているのだと思われます」

「じゃあ、毎日魔力を少しでも減らせばリアが楽になるんですね?」

「あくまでも仮説ですが、そういう推測が立ちます。もちろん、どの程度の量で『回復』と『器の拡張』が切り替わるのかも確認が必要ですが」

 

 今まで吸っていたのと同じくらいの量なら問題はなさそうだ。

 心配していたほどの危険はないとわかって僕はほっとする。

 

「でも少年、あまり喜ばないほうがいい。この仮説が正しければリアの寿命は大きく伸ばすのは無理ってことになる」

「……あ」

「魔力が全回復するんじゃいっぱい吸って『これであと何年は大丈夫』とはならないよね。クリスに頼るか、手袋みたいなアイテム使って毎日減らさないと」

 

 はっとした。

 完治しない体質。せっかく希望が見えたのにこんな結果じゃリアは辛いに決まってるのに、僕は。

 

「……ごめん、リア。君の気持も考えないで喜んじゃって」

「いいえ。いいんです、クリス様」

 

 項垂れた僕の手を温かいリアの手が包み込んだ。

 

「この身体に『慣れる』ことができるかもしれない。それだけでわたくしには大きな希望なのです。クリス様がそれを齎してくださったのですよ」

「リア」

「これからも、わたくしと一緒にいてくださいますか? わたくしを助けてくださいますか?」

「……もちろん。約束する」

 

 両手が塞がっていなかったらリアを抱きしめていたかもしれない。でも、そんなことするまでもなく僕の胸は温かなものに包まれていた。

 二人で笑い合って、なんだか恥ずかしいことを言っているのに気づいて照れ笑いを浮かべて。

 こほん。

 

「少年。リア。そういうのは家の中でやって欲しい」

「ごめんなさい」

 

 僕たちは二人して先輩方に頭を下げた。

 

「さて」

 

 僕たちが落ち着いたところでフェリシー先輩が話を引き戻して。

 

「もう一つ、重大な問題があります。クリス君。リアさん。この件は他言してはなりません。絶対にです」

「? もちろん、知っている人以外に言うつもりはありませんけど──」

「いいえ。当面の間、学園長──クローデット様にも報告しない方がいいかもしれません」

「っ」

 

 そこまでか。

 僕は気持ちを引き締め直して先輩の瞳を見つめる。とても冗談を言っているようには見えない。

 重ねたままになっていたままになっていたリアの手が僕の指に絡まってぎゅっと握られる。

 

「リアさんは大量の魔力を保持し、かつ、消費してもたった一日で回復可能な特異体質です。……これは、リアさんが()()()()()()()()()()()()()()運用可能だということです」

 

 そして、告げられた事実の重さは僕の予想を大きく上回っていた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 リアの特異体質は使いようによっては「魔力を大量供給する手段」になる。

 下手にこれが広まればリアが誘拐されたり監禁されたり、もっとひどければフェリシー先輩が言ったように「装置そのもの」に改造されてしまうかもしれない。

 これを防ぐためにはできる限り秘密にすることが大事だ。

 

「あるいは最初からこの可能性に気づいているのかもしれません。だとすれば用心をしても無駄、ということになりますが……念には念を入れておくに越したことはないでしょう」

「フェリシー先輩。だとしたら魔道具の開発自体中止した方がいいんじゃない?」

「止めたほうがいいと思います。わたしたちがなんらかの重要情報に気づいた、と勘づかれかねません。怪しまれない程度に研究結果を秘匿し、進展を送らせるのがせいぜいでしょうね」

 

 リアもこの方向性には同意を示した。

 

「わたくしにはクリス様がいてくださいます。急いで先に進む必要はありません」

「では、その方向で進めます。クリス君とリアさんは今まで通り暇があれば部室に顔を出してください」

「わかりました。どっちにしても他の仕事もありますし」

 

 その日の夜、それぞれのベッドの上でリアとこんな話をした。

 

「リアの実家に助けを求めることはできないのかな?」

「無理だと思います。……と言いますか、わたくしの学園入学自体が実家の意向なのです」

 

 リアの両親もなにもせずにいたわけじゃない。思いつく限りの手を尽くしてリアの体質改善を行おうとした。それでもだめだったので、リアが十三歳程度──多くの新入生と同じくらいの容姿になったのを機に学園へと入学させたのだ。

 学園長に話が通っていたように、魔女の多くいる学園に来ればなんらかの打開策が見つかる可能性もあると。

 

「そっか。……大人たちがグルっていうこともあるんだ」

「考えたくはありませんが、両親としては『どうにもならないのであればどう扱ってもらっても構わない』と考えているかもしれませんね」

 

 学園側がリアを利用しようと考えれば実家を騙してその身柄を確保する、ということもありうるわけだ。

 

「学園がそこまでするとは思いたくないけど」

「自分の身を守るためにも警戒は必要、なのかもしれませんね」

 

 それから、僕たちは新たに知った事実を隠しながら日常をごく普通に過ごすようにした。

 朝起きてご飯を食べて授業を受けて、その合間に調べものをしたり部室に顔を出したりする。放課後はだいたい部室にいて、夜になったら帰る生活。

 慌ただしいけれど充実した日々。

 授業で新しいことを知ったり新しいことができるようになるのは楽しい。

 部からの依頼をこなすことで生活費は確保できているし、食材や調味料は食堂の人に頼めば分けてもらえることがわかった。僕とリアの目的については少しずつしか進めないけれど、そこまで望んだら罰があたる。

 

 なんだかんだ周りの生徒ともそれなりに上手くやれている。

 

「ねえ、クリス。リアもさ。たまにはまたみんなでお酒飲もうよ」

「ごめん。仕事がなかなか忙しくて」

「わたくしも授業の課題が多いもので……。ですが、またどこかで時間を作りましょう、クリス様」

「そうだね。あれは楽しかったし」

「やった。約束だからね? 破っちゃダメだよ?」

 

 一年生の平民組と仲良くなったおかげだ。ふとすれ違った時に挨拶しあったり、食堂で顔を合わせて一緒にご飯を食べたりすることも多い。

 研究部の先輩たちも同じように声をかけてくれるので、彼女たちの知り合いと立ち話をする機会なんかもあった。

 当たり前といえば当たり前だけど学園の生徒もみんなが同じ性格というわけじゃない。いろんな人がいていろんな考え方があるので、僕たちと仲良くしてくれる人も当然いるのだ。

 

「あ。そういえばさ。知ってる? あのお嬢様の話」

「フランシーヌのこと?」

 

 彼女とはあれから特になにもない。

 毛嫌いされているのがわかっていて声をかけるのもどうかと思うし、たまに見かけてもなるべく近づかないようにしていた。幸い、エリートの彼女とは取っている授業もまるで違うので会う機会はほとんどない。

 ただ、ちらっと見かける度に気になってはいた。

 優雅さと自信に溢れていた以前と違い、今のフランシーヌには余裕が感じられない。身嗜みは十分だけど十二分ではなく、少しでも機嫌を損ねれば攻撃魔法を放ってくるのではないか、という怖さがある。

 

「あの子ね、授業の模擬戦で相手に大きな火傷をさせたみたいなの」

「お相手の方は無事だったのですか?」

「うん。ちゃんと治療を受けて痕も残らないみたい。授業で怪我をするのはよくあることだって聞くし、それはいいんだけど、火傷の度合いがかなり酷かったみたいで……」

 

 見た人によればかなり凄惨な情景だったらしい。

 

「しかもあのお嬢様、相手に謝らなかったんだって。『怪我の危険は誰にでもあります。護身のできていない貴女が悪いのではなくて?』って」

「……ひどいですね」

 

 フランシーヌの言っていることも間違いじゃない。だけど、そんなやり方をしていたら敵を作るばかりだ。こうなってしまったのは、

 

「僕のせい、なんだろうな」

「クリスが悪いわけじゃないでしょ。向こうから挑戦してきたんだし、負けてあげる義理なんてないよ」

「そうだけど、それでもさ」

 

 責任があるのなら何かするべきじゃないか。

 と言っても説得なんてできるわけないし、規則的に駄目なら教師が注意しているはず。

 となると、僕にできることは限られる。

 何ができるか、僕はしばらく考えてから、

 

「もう一回決闘するのはどうだろう。今度はこっちから申し込んで」

「クリス様、危険です」

「そうだよ。それこそ丸焼きにされちゃいそう。クリスなら心配ないかもだけど」

「もちろん危険だよ。僕の能力だって万能じゃないし」

 

 ミシェル先輩が実演してくれたみたいに『魔力喰らい』には攻略法がある。フランシーヌに同じ方法が取れないとしても、次は前よりさらに手強いと見た方がいい。

 だけど、

 

「いくらフランシーヌだって最低限は弁えてると思う」

 

 殺人は規則で禁止だ。

 殺意があったと認められれば退学もありうる。自暴自棄になるにしてもそこまでのリスクは冒さないはず。

 立会人やギャラリーには先輩や教師も交ざるのでいざとなったら止めてもらえるし、応急処置だってできる。

 

「一度、あの娘の気持ちを受け止めてあげるべきだと思うんだ」

 

 思いっきり暴れれば少しはすっきりするはず。もちろんタダで負ける気はないけど、本気で戦ったうえで負けるならそれはそれでいい。

 念のためにポーションもたっぷり用意するし、これでもトゲトゲした態度のままなら本当に諦める。

 ここまで言うと二人も納得してくれた。

 

「うん。まあ、クリスがそれでいいなら私はいいけど」

「フランシーヌ様を放っておくのも確かに不安です。万全の態勢を整えてからであればわたくしも応援いたします」

「ありがとう、二人とも」

 

 貴族用の高い封筒と便箋を買って、できるだけ丁寧な字で決闘状を書いた。

 手紙は寮監の先生に頼んだ。部屋ごとに据え付けられた連絡用の小窓から差し込まれてフランシーヌの手に届く手はずだ。

 返事が来たのはそれから二日後。

 手紙にはこう書かれていた。

 

『明日の夜、月が天にさしかかる頃 学園の第二決闘場にて  ──フランシーヌ・フォンタニエ』




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