魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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暴走する魔女と止めるための戦い

 右手を持ち上げて魔力を放つ。

 辛うじて「他の人に当たらないように」という自制だけは働いたものの、瞬間的に出せる最大魔力を籠めた一撃は並の人間を跡形もなく消し去るだけの威力を優に備えていた。

 けれど、クローデットは僕の攻撃に瞬きひとつすることなく対応する。

 

 魔力防壁。

 

 着弾箇所に限定展開された不可視の守りがまるで当然のように攻撃を消滅させて。

 

「児戯ね」

 

 右手がゆっくりと持ち上げられる。

 黒手袋に包まれた手のひらは僕ではなく地下室の天井へと向けられて。

 放出された魔力光が天井を円柱状にくり抜いた。結界から異音がしないことからその威力が精密にコントロールされていたことがわかる。

 同じ魔力攻撃でも僕のものとはレベルが違う。

 

 ふわり。

 

 呆然とする僕をよそに、クローデットは生み出された穴めがけて浮遊を始めた。

 

「待て!」

「『爆炎よ』」

 

 追いかけようとした僕は短い魔法語の詠唱を耳にする。かの魔女の称号でもあるその単語に背筋が泡立つのを感じた。

 右手を攻撃ではなく防御のために持ち上げて『あの時』の感覚を思い出す。

 魔力吸引はギリギリで成功し、放たれた炎球は僕の右手に吸い込まれた。無理やり回復させたばかりの体力が削られてがくりと膝が床につく。

 その間に、クローデットは地上へと移動していってしまう。

 

「くそ……!!」

 

 床を叩くようにして強引に立ち上がる。

 よろめきながらも階段めがけて走り出そうとしたところで、僕の身体は柔らかなものに受け止められた。

 

「クリス様!」

「……リア」

 

 僕が知っているよりもだいぶ体温が低い。

 水晶に魔力をかなり注いだのだろう。顔に疲れは見えるものの、どこかすっきりとした表情の彼女は僕を間近で見つめながら「お待ち下さい」と言った。

 

「わたくしはあなた様に謝らないといけないことがあります。……身の上について今まで隠していたこと、本当に申し訳ありませんでした」

「そんな」

 

 焦っていた僕は気持ちに水をさされて一瞬苛立つ。けれど、少女のゆっくりとした口調のお陰で少しだけ冷静になれた。

 

「気にしないで。事情があったのはわかるし、だいたい想像はついてたんだ。むしろ、僕なんかと普通に話してくれて嬉しかった」

「……クリス様」

 

 両手がぎゅっと握られる。

 手袋を嵌めたままのリアの手から彼女の魔力が流れ込んできた。少し心配になるけれど今はありがたい。

 と、青いリアの瞳に咎めるように見つめられて、

 

「学園長を討つおつもりですか?」

「もちろん。……あいつは母さんの敵で、リアにまで酷いことをした」

 

 殺す、という言葉だけはギリギリ呑み込んだけれど、気持ちとしては変わらない。あいつには母さんと同じ目に遭ってもらわないと気が済まない。

 そこでミシェル先輩が声を上げて、

 

「っていうか早く出ないとまずいよ! 一人で逃げたってことは私たちみんなまとめて埋める気じゃない!?」

「!?」

 

 色めき立つ一同。学園長側であるはずのメイドに視線が集まるも、彼女は「覚悟している」とでも言うように目を瞑って首を振るだけだった。

 けれど、リアだけは冷静に「いいえ」と答えて、

 

「学園長はクリス様が来るのを待っているはずです。……そして、本気の彼女を止めるにはわたくしたちでは力不足です」

「でも」

「この状況で逃げる必要がありますか? 協力者のあぶり出しというのであれば格好の場だったはず」

「───」

 

 その通りだ。

 とりあえずこの場にいる全員を殺しておけば学園長の言う危険は去るはず。わざわざ外に出て邪魔が入る可能性を増やす必要がない。

 なら、どうして?

 リアを見つめると、彼女は僕の両手を持ち上げて胸に抱きながら告げた。

 

「クリス様。……もしかしたら、戦わずに学園長を止められるかもしれません」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 外に出ると、クローデットは僕たちを待っていたかのように決闘場へ佇んでいた。

 フランシーヌや待機していた先生方もいる。それどころか、騒ぎを聞きつけてきたか決闘を見にきたらしい生徒たちまでいる。

 みんなが呆然とした表情で僕たち──というか、主にリアを見つめてくる。

 

「オリアーヌ様。いいえ、オリアーヌ殿下。私は高貴なる方に不敬を働いていたのですね」

 

 窮地は脱したらしく多少顔色の戻ったフランシーヌが別の意味で青い顔をして言えば、リアを「気にしておりません」と首を振った。

 

「もし、どうしてもと仰るのであればわたくしとお友達になってくださいませんか? 人は争い合うよりも協力し合うべきだとわたくしは思います」

「……本当に、貴女方は」

 

 遠い目をした令嬢は「お望みとあらば」と目を伏せて答えてから「ですが」と自らの母親に目をやった。

 

「待ちくたびれたわ。母親からは何も学ばなかったようね」

「───っ」

 

 彼女から少し離れて立った僕は衝動的な怒りをなんとか堪えて口を噤んだ。

 代わりに僕の隣に立ったリアが静かにクローデットを見据える。

 

「みなさまにも『事情』を説明なさったのですね」

「ええ。殿下と彼の危険性を説明いたしました」

「そうですか」

 

 みんなの表情は硬い。いきなりの大きすぎる話に理解が追いついていないのだろう。

 リアが王族で特異体質で、僕がリアを悪用すればなんでもできるかもしれない、なんて並べられたら普通は「ちょっと待ってくれ」と言いたくなる。

 だけど、危険だと言われたら警戒したくなるのが普通だ。

 僕たちを見る視線がどことなく険しいのは仕方がない。

 

「学園長の仰る通り、わたくしは特異体質です。この身に溜め込まれた魔力は国をも左右する大きさがあります」

 

 そんな中でもリアは全く動じた様子を見せなかった。

 普段の大人しい様子からは想像もできないほど毅然と声を上げ、注目を集める。

 けれど、よく見るとその手が小さく震えている。僕はそっと彼女の手を握って「頑張れ」と囁いた。

 

「クリス様の『魔力喰らい(マナ・イーター)』はわたくしの魔力を利用するのにうってつけの能力です。大成すれば歴史を変えるほどの魔女になるかもしれません」

「やはり」

 

 誰かが呟いたところでリアは「ですが」と続けて、

 

「わたくしの体質には学園長にもお伝えしていないさらなる特徴があります」

 

 僕たちと研究部で発見したリアの体質の真相。

 隠す事なくこれを語ると、みんなの間に動揺が広がった。クローデットが何かして来るかとも思ったけれど、彼女はただ黙って成り行きを見守っている。

 

「つまり、わたくしの体質は巨大な魔石ひとつで対処できるものではありません」

 

 あの水晶に魔力を満たしたところで一日待てばおそらく全回復してしまう。

 むしろ毎日一定量を注ぎ込んでやがて一杯にするか、小さい魔石を毎日一つずつ満たしていくほうが体質には合っている。

 ただ、これにもやはり問題がある。

 

「わたくしの命、あるいはクリス様の命を奪えば確かに問題は解決します。……ですが、それで良いのでしょうか?」

 

 現状、リアの命を救う最適解は僕の『魔力喰らい』だ。

 僕がいればリアは死なずにすむし、リアの魔力を僕に移して運用することができる。

 

「魔力には貴賤も善悪もありません。危険視するくらいであればこの国の、民の利益となるよう有効活用すべきではないでしょうか。わたくしとクリス様が揃っていればそれが可能です」

 

 夢物語と言われるかもしれない。僕たちが人である以上、求められた通りに動くとは限らない。誘拐されて他国などに利用される可能性だってある。

 だけど、これを口にしているのは()()()()()()だ。

 王族が自国のために力を使うのは当然のこと。

 

「お願いいたします。この国のため、わたくしたちを殺さないでください。この国の、学園の一員として受け入れてください。……王位継承権を持たない隠された王女からの、せめてもの願いです」

 

 誰も、何も言わなかった。

 迷っているんだ。

 誰だって人を殺すのは怖い。危険だと言われればまだしも、利用価値があると言われて「でも殺すね」と言える人間はそうそういない。

 学園長の知らなかった情報が状況をひっくり返した。こうなればいくら『爆炎の魔女』──学園の長であっても簡単には手を、

 

「それが、どうしたというの?」

 

 クローデットが再び空へと舞い上がった。

 学園を守る結界ギリギリまで上昇した彼女は手のひらに炎を生み出す。みるみるうちに膨れ上がったそれは僕が見たこともないサイズに到達。

 さらにそこから渦巻き、凝縮されて、威力と危険度を増していく。

 あんなものが炸裂したら母さんを殺した爆発どころじゃ済まない。いや、それとも『魔力喰らい』が抑え込んだから家一つ分で済んだだけで、本当はこれだけの魔法だったのか。

 紅の瞳はただまっすぐに僕だけを見て、

 

「シルヴェールの最高傑作はここで葬り去るわ。そうして私はあの子に勝利するの」

「お母様! そんなことをして何に──」

「黙りなさい、フランシーヌ。死にたくなければ早くここから去ることね」

 

 冷たい返答にフランシーヌが息を呑み、信じられないと目を見開いた。

 二回目の決闘の後を思い出すけれど、今、我が儘を言っているのは娘ではなく母親のほうだ。

 教師たちでさえ驚愕と困惑を浮かべ、クローデットを下から取り囲んで、

 

「学園長。あまりにも横暴が過ぎます。本当にその炎球を落とすおつもりならば、反逆者として処分せねばなりません」

「やればいいわ。……できるものならね」

 

 この状況がお芝居でもなんでもないことを悟った生徒たちが悲鳴を上げて逃げ始める。その方がいい。魔法攻撃から生き延びる一番いい方法は防御魔法を張ることではなく距離を離すことだ。

 教師たちは「せめてもっと人数がいれば」と呻く。

 トップクラスの魔女の力は並の魔女とは比べ物にならない。特に『爆炎の魔女』は破壊、戦闘に長けた伝説級の存在。生半可な方法では止められない。

 

「逃げられると思わないことね、クリス・レルネ」

「お前にだけはそんな風に言われたくない」

 

 爆発すればきっと決闘場が丸ごと炎で包まれる。

 魔法自体は僕には効かないけれど、直撃したら熱と息苦しさでどっちみち死ぬだろう。今の僕じゃあの威力を吸引するのにも耐えられない。というかぶっつけ本番で三回連続成功するなんて自分を過信しすぎだ。

 なら、できるのはせめてもの抵抗だけ。

 クローデットに向けて持ち上げた右手を左手で支える。全力の一撃を防がれたばかりだけど、力を収束させる時間があればあれ以上の威力が出せる。他の教師たちが手伝ってくれるのなら防げる可能性はあるはずだ。

 すると。

 背中に柔らかさと温もりが生まれた。

 腕を回すようにして抱きついてきたリアは僕に全身を押し付けながら耳元で囁いてくる。

 

「わたくしの残った魔力、すべて使ってくださいませ。……クリス様ならば守ってくださると信じています」

「……うん、約束する」

 

 魔力放出による攻撃は初歩的な分だけシンプルだ。

 魔力を使えば使うだけ威力が上がる。魔力を吸収する能力を持つ僕とっては吸収の逆をやればいいわけで、相性のいい戦い方でもある。

 触れた魔法をありったけ吸収できるのなら、身体からありったけ吐き出すことだって。

 

「なら、クリスとリアは私たちが守るよ」

「ミシェル先輩」

 

 ぽん、と僕の肩を叩いたのは明るく優しい緑髪の先輩だった。彼女と僕たちの周りの空気が揺れて風の防壁を作る準備が始まる。

 

「専門は魔道具製作だけど」

「先輩として良いところを見せなければなりませんね」

「シビル先輩、フェリシー先輩」

 

 僕の逆隣、それからリアの後ろに立った二人は魔力防壁を準備。四重の守りがあれば生半可な攻撃ではびくともしない。『爆炎の魔女』を相手にするには不安だけれど、今から走って逃げるよりは生き残る確率も高いかもしれない。

 何より。

 肩を並べてくれたその事実が勇気を与えてくれた。

 

 クローデット・フォンタニエはただ一人、そんな僕たちを冷ややかに見下ろして、

 

「見せてみなさい。シルヴェール・レルネの十五年の成果を……っ!!」

 

 下から放たれた無数の魔法と、上から放たれた一つの魔法が空中でぶつかり、せめぎ合い──やがて、一方が勝って一方が敗れた。

 

 勝ったのは僕たちの魔法だった。

 

 爆発するだけの力を失い消滅していく炎球を突き抜けた僕とリアの魔力はクローデットにまっすぐ向かって、魔力防壁にあっさりと打ち砕かれた。

 そう。

 僕たちは全力だったけど、クローデット・フォンタニエにとっては単なる一撃目。

 変わらず浮かんだままの『爆炎の魔女』が何事かを口にしようと動いて、

 

「遅れてごめんなさぁい。でも、ギリギリセーフ、だよね?」

 

 妙に間の抜けた声と共に空中へ無数の鎖が生まれ、クローデットの身体を何重にもぐるぐる巻きにした。

 

「ふー。これにて一件落着、ってことでいいかなー?」

 

 舌足らずな声でそう口にした人物はなんというか、シビル先輩たち三人を足して二で割ったうえにさらに濃い属性を付け足したような、そんな見た目をしていた。

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