魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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ひとまずの収束

「まったくもー。人に仕事をめいっぱい押し付けておいて悪だくみとかひどいと思わない?」

 

 白衣。

 中は何故かセパレートタイプの水着で、露出の多い肌は日焼けを嫌って生きてきたように白い。

 分厚い眼鏡をかけ、肩よりも長い金髪を乱すだけ乱し、青い目を眠そうに緩ませている。

 胸は平で背丈は小さい。

 はっきり言って僕たちと同世代かもう少し子供にしか見えないけれど。

 

「ヴェルレーヌ副学園長」

「マノン先生」

 

 教師たちとフェリシー先輩が呼んだのは驚くべき役職名だった。

 

「副学園長……?」

「マノン・ヴェルレーヌ副学園長。お名前と容姿は存じておりましたが、お姿をお見かけするのは初めてですね」

「う、うん」

 

 リアが呟いた通り、入学式でもそれ以降でも一度も顔を見た記憶がない。副学園長なんて存在したんだ? と思ってしまったのはそのせいだ。

 僕が呆然としているうちにマノン先生は鎖に捕まったクローデットを引き寄せた。勢い余って落下した学園長は地面に倒れて土煙を上げる。

 

「お母様!?」

「心配しなくていいよー。ちょっと痛かったくらいでしょ」

 

 言われた通り、見たところ大きな怪我もない。

 クローデットは黙ったままマノンをじっと睨みつけて、

 

「で? クローデットちゃん、大人しく捕まってくれるかな?」

「……貴女に出てこられたのでは分が悪すぎます。運に見放されたようですね」

「んー。まあ、そういうことにしておこうかー」

 

 追加で生み出された鎖がさらにクローデットをぐるぐる巻きにし、とどめとばかりに目と口が布で覆われる。完全に罪人扱いの彼女を教師が複数名で囲み、魔法で持ち上げた。

 

「じゃ、一番厳重な拘束でお願いねー」

 

 連れて行かれる母親をフランシーヌは心配そうに見送った。

 けれど、食って掛かる様子がないのは体調のせいか、それともマノンへの信頼からか。

 

「お母様はこれからどうなるのですか?」

「さあ?」

 

 いや、さあって。

 

「事情を聞いた後、幹部を集めて協議。そのあと王族に申し開きかな。やだやだ。誰が仕切るのかなー、これ」

「いや、どう考えてもマノン先生でしょ」

「最悪だよー。ね、代わってよミシェルちゃん」

「あはは。生徒に押し付けないでくださいよー」

 

 僕の肩から手を離したミシェル先輩が妙に親しげに話しかけるけれど、ひょっとして……?

 

「あの、もしかして研究部の顧問って」

「そう。副学園長ことマノン先生」

 

 副学園長が仕切っている部をあんな僻地に追いやるなよ。

 いや、まあ、彼女がどんな人なのかは見ればわかるというか、物凄い変人だからなんだろうな、と納得できてしまうのだけれど。

 僕が毒気を抜かれて呆れ返っていると、最低限の指示を出し終えたマノン先生が「んー?」とこちらを振り返って、

 

「君がクリスちゃんだね? うん、雰囲気がシルちゃんに似てる」

 

 シルちゃんて。

 

「母さんのことを知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるよー。わたしこう見えて教師歴長いからねー」

 

 じゃあこの人に聞けばもっといろいろわかったんじゃ……? いやまあ、母さんとの因縁を考えたら学園長に聞くのも間違ってなかったんだけど。

 くりくりと瞳を動かしながら笑ったマノン先生は背伸びをするようにして手を伸ばすと僕の頭を撫でてくれた、

 

「よく頑張ったねー、えらいえらい」

「えっと、その、恥ずかしいです」

 

 呼び方もさっきちゃん付けだったし。

 けれどマノン先生はあっけらかんと「いいじゃないこのくらい」とスルーしてリアに視線をやり、一転して真面目な顔になった。

 姿勢を正して正対するその姿には確かに副学園長の貫禄があって、

 

「オリアーヌ殿下。この度は多大なるご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」

「お気になさらないでください。事情があったのでしょうし、わたくしも学園においては生徒の一人。どうか平等に扱っていただければ」

「あ、そう? じゃあリアちゃんでいいよね?」

 

 うん。間違いなくシビル先輩たちの先生だ。

 

「やー。シビルちゃんはいい子捕まえたよー。クリスちゃんもリアちゃんも掘り出し物だよー、これは」

「先生。化けの皮剥がれすぎ」

「だって堅苦しいの苦手なんだもん」

 

 疲れた、というようにぐっと伸びをしたマノン先生は「さて」と少しだけ真面目な表情に戻って、

 

「納得できたかな、クリスちゃん?」

「……いえ。正直、釈然としないというか、本当に終わったのかな、って」

「どうだろうね」

 

 どこか遠くを見るような表情。

 

「ま、でも心配ないよ。大勢はもう決したからね」

「?」

「クローデットちゃんが君を殺そうとして、みんなでそれを止めた。これは君を守るっていう意思をみんなで固めたことになる」

「……あ」

 

 だから、今から「やっぱり殺そう」とはよほどのことがない限りはならない。

 

「それとも本当にどこかのスパイだったりする?」

「まさか」

「よろしい。副学園長としても顧問としてもわたしは君を守ります。……まあ、学園長が交代、なんてことになったらまた話がややこしくなるけど」

 

 クローデット・フォンタニエが学園長を下ろされる可能性もあるのか。

 やったこと自体は大したことないけれど、私怨で生徒を殺そうとしたのは事実。それこそ危険だから、という理由で交代になってもおかしくない。

 フランシーヌが唇を噛んで、

 

「お母様は本当にシルヴェール・レルネを殺したのでしょうか?」

「どうだろうね。わたし個人としては殺すつもりなんかなかった、って思うよ」

「母さんを殺した人は別にいるってことですか?」

「可能性はあるんじゃないかな。だって、クローデットちゃんの本当の目的はたぶん、君とリアちゃんを守ることだったんだから」

「……っ!?」

「そうじゃない? わざと大きな騒ぎを起こしてわかりやすい悪役になった。リアちゃんの秘密を明かして、みんなが『守らざるをえない』状況を作ったんだよ」

 

 みんなに知られてしまった以上、王家もリアを放ってはおけない。

 「素性不明な一年生」じゃなくて「王女」になったリアを誘拐したり殺そうとすれば王家に盾ついたのと同じになる。これだけでもかなりの守りになる。

 でも。

 

「どうしてそんなことを。あの人は母さんを恨んでいたんでしょう? それに、僕たちのことを危険だって」

「それが本音のぜんぶとは限らないよ。もちろん、本当のところは本人しかわからないけど」

 

 本人に聞いても本当のことを教えてくれるとは限らない。

 

「……結局、母さんは誰が殺したんですか?」

「わたしに聞かれてもわからないよー。ただ、言えることはひとつかな?」

 

 背伸びをするのが面倒くさくなったのか、マノン先生は僕の肩あたりをぽんぽんと叩いてにっこりと笑った。

 

「せっかく生き延びたんだから励みなよ。そのうち新しい手がかりが見つかるかもしれないし、リアちゃんを守るには今の君じゃ力不足だ」

「そうですね。……その通りです」

 

 振り返ってリアを見つめようとしたところで、後ろから抱きつかれたままだったことに気づいた。今更ものすごく恥ずかしくなっていると、リアも同じことを思ったのか慌てて身を離した。

 

「申し訳ありません。……その、勢いで」

「こっちこそ。ありがとう、リア。僕のことを止めてくれて。僕のことを励ましてくれて」

「そんな。わたくしがしたくてしたことですから」

「うんうん。若いっていいよねー。そう思わない、フェリシーちゃん?」

「先生に言われると複雑な気分ですね」

 

 真っ赤になった僕たちをマノン先生がからかい、フェリシー先輩が苦笑する。

 小さな副学園長はぱっと僕たちから身を離すと袖の余った白衣をひらひらと振って、

 

「じゃ、わたしはお仕事してくるねー。またしばらくは顔出せなさそうだよー」

「そんなこと言って、どうせ仕事しながら研究してるくせに」

「あ、バレた?」

 

 笑いながら歩き去っていった。

 逃げていった生徒の一部が決闘場に戻ってきているものの、教師たちによって寮に戻るよう指示が出されている。僕たちのところにも「あなたたちも帰りなさい」と声がかけられた。

 

「詳細は追って通達します。詳しく事情を聞くこともあると思いますので承知しておいてください」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 お礼を言って頭を下げるとその教師も事後処理のために去っていく。

 ミシェル先輩がくすりと笑って、

 

「じゃ、私たちも行こうかな」

「そうですね。夜更かししたので眠いです」

「やりかけの研究もある」

「先輩たちも本当にありがとうございました」

「わたくしからもお礼を言わせてください。……身分について黙っていたことも、重ねてお詫び申し上げます」

「固いことは言いっこなしだよ」

 

 ひとまず、終わったみたいだ。

 リアを見て「行こうか」と言うと、銀髪のお姫様は「はい」と頷いて手を差し出してきた。その自然な仕草に僕は照れを感じながらも手を繋いで、

 

「──あれ?」

 

 ほっとした途端、視界がぐらりと揺れた。

 

「クリス様!?」

 

 平衡感覚を失った身体がどさりと倒れる。悲鳴を上げたリアがしゃがみ込み、歩いていこうとしていたミシェル先輩が「あちゃー」という顔で戻ってきた。

 

「さすがに無理しすぎたみたいだね」

「みたいですね……」

 

 フェリシー先輩が「仕方ありませんね」という顔で僕の鞄からポーションの余りを取り出す。

 すると、リアが「わたくしにやらせてくださいませ」とそれを受け取って開栓した。

 

「もしかして口移し?」

「するのかな?」

「だとしたら見逃せませんね」

「し、しません!」

 

 仰向けに寝かされた僕の頭が優しく持ち上げられて、柔らかいもの──リアの膝に載せられる。心地良い感覚の中、少しずつ流し込まれる液体を嚥下していくと、身体が眠気を欲し始めた。

 意識が落ちていく中、僕は適度な温かさの手のひらが額に当てられるのを感じて、

 

「お疲れ様でした、クリス様。ゆっくり休んでくださいませ」

 

 次に目覚めた時には半日以上が過ぎていた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 懐かしい夢を見た。

 小さかった頃、母さんと一緒に暮らしていた頃の夢。

 村の男子よりも成長がゆっくりで力も弱かった僕はいつも喧嘩に負けていた。泣いて帰っては母さんに慰められ、疲れて眠った。

 そういう時、母さんは決まって歌を歌ってくれた。

 

「母さん……」

 

 目を開くと、そこにいたのは母さんじゃなくて銀色の髪をした可愛い女の子だった。

 

「クリス様。目が覚めましたか? お加減はいかがですか?」

 

 彼女は口ずさんでいた歌を止めるとにっこりと微笑んだ。慈愛に満ちたその笑顔に心が軽くなる。童心に返っていたせいか涙腺が緩み、つい泣きそうになった。

 身を起こそうとするとまだ少し節々が痛む。でも疲れはだいぶ取れているようで眠気はそれほど感じなかった。

 意識が戻ったのに同期するようにお腹がくう、と鳴って、

 

「……身体が栄養を欲しがってるみたい」

「そのようですね」

 

 くすりと笑ったリアは一階からスープを運んできてくれた。まだほんのりと温かく、具もしっかりと入っている。素材のうま味が染みた味わいに感動する。

 

「ミシェル先輩が届けてくださったんです。……本当はわたくしが作れればよかったのですが」

「先輩には感謝しないとね」

 

 リア一人じゃご飯が作れないし、僕の容態を見ながらじゃ食堂まで行くのも難しい。ついでに学園側から「無用の外出はしないように」と指示が出ているらしく、既に周知の不良生徒であるミシェル先輩が代わりにひとっ走りしてくれたようだ。

 お嬢様だと思っていたリアはそれを通り越してお姫様だった。

 さすがに料理なんてさせられないし、気を遣ってくれて本当にありがたい。

 

「今日の授業はお休みになりました。先生方も話し合いでお忙しいようで、生徒は学園の外に出ず大人しくしているように、と」

「そうだったんだ」

 

 何もないとは思いつつも念のため、ということだろう。

 でも、そういうことになるとリアも寮にいた方が安全じゃないだろうか。そう口にすると少女は不満そうに頬を膨らませた。

 

「クリス様も重要人物なのですから自覚を持ってください」

「でも、僕は迂闊に寮で眠れないし」

「ベッドの上から落ちなければ問題ないはずです」

 

 まあ、うん。起きている間は壁や扉に素手で触れないようにすればいいし、うっかり少し触ったくらいじゃ強化魔法を丸ごと吸収してしまうこともないんだけど。

 

「わたくしの部屋が空いていますので、相部屋ということでしたら問題ないかと」

「いや、問題あるよ! 女の子で、しかもお姫様と相部屋とか!」

「ですが、今現在も同じ状況ではありませんか」

「う」

 

 そう言われると確かにそうだ。

 少しずつ慣れてはきたものの、リアみたいな可愛い女の子と一つ屋根の下。しかも周りに人の少ない環境だ。騒いでも研究部のメンバーくらいにしか伝わらない。

 

「……あらためて考えると僕、お姫様に軽々しく触れたりとか、王様に殺されないかな?」

「そのようなことはありませんし、させません」

 

 きっぱりと口にするリア。

 

「クリス様も、わたくしを王女ではなくただのリアとして扱ってくださいませ。……でなければ、寂しいではありません」

「うん。ごめん、リア」

 

 今の僕たちは平民だとか王女だとか言う前に学園の生徒だ。白リボンと黒リボンという差はあるものの、仲良くしてはいけないなんて決まりはない。

 

「話し合い、いいところに落ち着くといいね」

「そうですね。きっと、大丈夫だと思います」

 

 今後の方針はその日の夜、他でもないマノン先生が持ってきた。

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