魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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新しい約束

「なんとか話がまとまったよー」

 

 いっぺんに説明した方が楽だから、ということで話は研究部ですることに。

 僕、リア、シビル先輩、ミシェル先輩、フェリシー先輩の五人を前にマノン先生は「やれやれ」といった仕草をする。

 僕の淹れたお茶を先生は一気に飲み干して、

 

「結論から言うと、クローデットちゃんには学園長の座から降りてもらうことになりました」

 

 リアに傷はつけていないけれど薬を嗅がせて連れ去ったのは事実。一部の部下にだけ事情を伝えて巨大魔石を準備していた件も何らかの野心があった、と見做されても仕方ない。

 

「それに、リアちゃんがこの学園で一番信頼しているクリスちゃんを暴行した。これはリアちゃんに対する悪意と取られても仕方ない。使用人が勝手にやったことだと言い張るにしてもフォンタニエ家の責任になるし、この場合、直接指示を出せる状況にあったクローデットちゃんが咎められるべき」

「学園長はこれからどうなるのですか?」

「魔法封じの魔道具を装着してもらったうえで屋敷に帰す、っていう方向で考えてる。王家の思惑も絡んでくるから承認を得てからだけどね」

 

 問題を起こしたとはいえ『爆炎の魔女』クローデット・フォンタニエが貴重な戦力であることに変わりはない。彼女が国を思って行動したのなら猶更重い罪にはしたくないところ。

 魔道具で魔法を封じても一定レベル以上の魔女なら全く魔法が使えない、というところまでは行かないので、若干不自由する状態で自宅謹慎といった感じになる。

 

「これはあの子の出方を見るという意図も含めた決定なんだ。悪気がなかったなら大人しくしてくれるだろうし、あったなら魔道具を壊すとか裏工作を始めるだろうからね」

 

 もちろん監視もつく。

 

「シルちゃんを殺したっていう件は難しいところだけど、証拠がないからね。今のところは保留。事実かどうかは追って調査することになるかな」

「フランシーヌ様はどうなるのですか?」

「謹慎一週間。あの子は細かい事情まで知らなかったみたいだし、子供が極端な行動に出るのはよくあること。メイドにリアちゃんを攫わせた件はむしろクローデットちゃんの責任だから、わたしたちからはお説教をして終わりかな。……あ、クリスちゃんから何かあれば別だけど」

「いえ、それで十分です」

 

 もともとフランシーヌを追い詰めてしまったのは僕だし、結果的に彼女の不満を受け止めてストレス解消をしてあげることはできたと思う。

 リアも無事だったから僕としては恨みはない。

 

「どっちかというとあのメイドに文句を言いたいですけど……」

「あの子ねー。学園としてもフォンタニエ家になんらかの対応を要求したいところではあるんだ。ここも王家と相談して調整かな」

 

 教師たちから大きな反発が起こることもなく話はまとまったようだ。

 

「それで、先生? クリスたちはどうなるの?」

「特に何も。クリスちゃんたちは被害者だし、ちゃんと先生にも相談してたからね。体調が戻り次第授業に復帰して構いません」

 

 マノン先生はここで「ただ」と言葉を切って、

 

「今回のようなことがまた起こるかもしれないし、二人とも寮に住んだほうがいいかもしれないね」

 

 学園には結界が張られているので門以外の箇所からは基本出入りできない。門から入れるのも一定以上の魔力がある人間だけだし、入試などの特別な場合以外は門番がしっかりチェックをするので不埒な輩が好き放題することはできない。

 とはいっても人の目があった方が安全なのは事実。

 寮の中なら誰にも見つからず誘拐を実行するのは難しくなる。

 

「でも、いいんでしょうか? 僕が寮に入っても」

「『魔力喰らい(マナ・イーター)』は気をつけてれば大丈夫なんでしょ? もし気になるようなら部屋を増設してもいいよ」

 

 既存の建物には防御魔法が行き渡るように設定されている。

 新しく作った部屋なら防御魔法の対象外になるので僕が住んでも問題ない。

 

「あれ? そんなことができるなら最初からそうすればよかったんじゃ?」

「クローデットちゃんの決定だったみたいだね。いざって言う時に人目につかないように、っていう狙いがあったのかも」

「あと、少年は少年だから」

「存在自体の罵倒……じゃなくて僕が男だってことですよね? あの、そっちは問題ないんですか?」

「? なにか問題ある、()()()()()()?」

 

 言われた僕はあらためて自分の見た目を確認してしまう。

 長い髪、男にしては細い手足、スカートが違和感なく馴染む顔立ち。

 

「クリスは可愛いからね。大丈夫じゃない?」

「可愛くても男は男ですよ……!?」

「もちろんそれはわかっていますが、今のクリス君は周囲の生徒にとって『特異体質の男子』ではなく『クリスという一生徒』。男だ、というレッテルだけでなくあなた個人を見て判断してもらえるはずです」

「そもそもこの学園は女子専用じゃないんだよ。校則には『男は入学できない』なんて一つも書いてないの。だから文句言う方がおかしいわけ」

 

 校則に書いてないのは書く必要がなかったからだと思うけれど、みんなからここまで言われてしまうと僕が反論するのもおかしな話だ。

 他の生徒に不埒な真似をするつもりがあるのか、と聞かれればもちろんないわけだし。

 

「でも、部室がここにあるから結局歩くのは変わらないんですよね」

「あー、それがあったっけ。飛べない子は不便だねえ。……んー、じゃあクリスちゃんたちの家をこっちに持ってきちゃおっか。それならいろいろやりやすいでしょ」

「え、あの、持ってくるって」

「そのままの意味だけど? 慎重に浮かせて運べば家具もそのままでいけるんじゃないかな」

「フェリシー先輩。家を浮かせるって普通にできるものなんですか?」

「マノン先生はいろいろな意味で非常識なのであまり参考にしないほうがいいですよ、クリス君」

 

 ひょっとして学園の偉い人はみんな変人なんだろうか。

 

「じゃ、お家はそれでいいとして。……クリスちゃんとリアちゃんには覚悟しておいて欲しいことがあります」

 

 かなり大きな話がさらっと流された後、マノン先生は本題とばかりに真面目な顔になった。

 

「今回の件には王家が絡んでいます。リアちゃんが実は王女様だったわけだからね。正体がみんなにバレちゃった以上、いろいろ混乱もあるだろうし、王家としても対応を取るはずなの」

「……それは、そうでしょうね」

 

 リアが複雑そうな表情で頷いた。

 彼女が城でどんな暮らしをしていたのか、周りがどう思っているのか僕にはわからないけれど、大変なのは間違いない。

 体質のことだって解決したわけじゃない。

 毎日魔力を吐き出せなかったら寿命がちょっと伸びただけ、二年生への進級を待たずにこの世を去ることになりかねない。

 

「王女であることが知れ渡ってしまったリアちゃん、それからリアちゃんを生かすためにも活かすためにも必要なクリスちゃん。二人は近いうちにお城へ呼ばれることになるはずです」

「他人事みたいに言ってるけど、引率はたぶんマノン先生」

「それねー。しばらくはわたしが学園長代理だし。並行して新しい学園長も決めなきゃでしょ? 本とやること多すぎだよー」

 

 忙しいのは気の毒だけど、この人が同行してくれるのはありがたい。堅苦しい空気が少しは緩んでくれるんじゃないだろうか。

 

「お城って何着て行けばいいんですかね……?」

「制服で大丈夫だよ。魔女学園の生徒はそれだけの権利があるのです」

 

 とりあえず今のところはそれだけ、詳しい用件などは呼ばれてからになるそうだ。

 

「クリスって礼儀作法の授業は取ってたっけ?」

「いいえ。将来、貴族に雇ってもらうつもりとかもなかったですし」

「でしたら来期からは取ったほうがいいですね。……最低限の部分だけでも今の内からレクチャーしましょうか?」

「堅苦しいのは苦手なんですけど、やっておいた方がいいですよね」

 

 今のままだと確実に恥をかく。リアの隣にいることを許してもらうためにもせめて「努力はしました」というところを示しておかないと。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「申し訳ありません、クリス様。わたくしの事情にクリス様を巻き込んでしまいまして……」

「謝るのは僕のほうだよ。守るとか言いながらリアを連れ去られて、学園長にも勝てなかった」

 

 マノン先生は帰り際に僕たちの家を部室の傍まで運んでくれた。

 おかげで行き来はぐっと楽に。帰りは一瞬で到着するようになったので二人でゆっくり会話をするのは家に入ってからになった。

 厚い石の壁に囲まれているおかげか家の中はけっこう静かだ。

 窓からは外の音が聞こえてくるものの、僕たち二人だけの空間という感覚はある。

 お茶を淹れ、テーブルを挟んで向かい合って、

 

「学園長に勝てないのは当たり前のことです。クリス様は頑張ってくださいました。わたくしを助けにも来てくださったではありませんか」

「リアだって、今まで一人で悩んで苦しんできたんじゃない? これからはもっと頼っていいんだよ。僕も先輩たちもいるんだから」

 

 痛感したのは無力さ。僕たちはまだ子供で、自分の身を自分で守るための力もない。

 これが平民の世界ならちょっとした魔法が使える程度でも十分やっていけるかもしれないけれど、魔女の世界はそんなに甘くない。

 非常識がゴロゴロ転がっているのがここでの常識だとマノン先生やクローデットを見てよくわかった。

 

「強くなりたいな、もっと」

 

 リアを守るためにも、母さんの敵を討つためにも。

 

「わたくしも強くなりたいです。守られるだけのお姫様でいるのは嫌なのです」

「じゃあ、二人で頑張ろう」

 

 学園でもっと学んで行けばいい。魔法も、知識も、戦い方も。学べば学ぶだけ僕たちの力になってくれる。僕みたいな変わり者でもなんだかんだ言って受け入れてくれたこの魔女学園はきっとすごく特別な場所だ。

 繋がりを求めるように伸ばした右手をリアはそっと受け止めてくれる。

 

「はい。クリス様」

 

 絡まる指。触れている部分からリアの魔力がじわりと流れ込んでくる。

 

「なんか、リアから魔力をもらわないと落ち着かなくなってきたかも」

 

 毎日のように触れ合っていたからだ。これが普通になってしまったらリアなしじゃいられなくなる。

 少女はこれにくすりと笑って、小さく頷いた。

 

「わたくしは、もちろん構いません。……お好きなだけわたくしから奪ってくださいませ、クリス様」

「その言い方はさすがに恥ずかしいよ、リア」

 

 せっかく繋いだ手を離してしまうのがもったいなくて、僕たちはそのままの状態で残りのお茶を飲み干した。カップを片付けた後は二階に上がって寝る支度を始める。

 マノン先生によると明日の午前中には一般生徒にも説明が行われて明後日には授業が再開されるらしい。だから明日までに体力を戻さないと授業を受け損ねてしまう。

 

「そういえばリア。あの水晶にかなり魔力吸われてたけど、どんな感じ? 完全に戻っちゃったのかな?」

「どうでしょう。体感では完全回復には至っていないように思うのですが具体的にはわかりません。測っている暇もありませんでしたし……」

「そっか。でもそれは朗報かな。本気で吸い取れば一日二日はもつかも、ってことでしょ?」

「ですが、大変ではありませんか?」

「大丈夫だよ。ちょっとコツを掴んだ気がするんだ。たぶん、普通に魔力を吸うのも前より上手くなったんじゃないかって」

 

 フランシーヌとの戦いで僕は『魔力喰らい』をコントロールすることを学んだ。

 遠隔で吸収するのはまだまだ練習しないと安定しないけど、接触で吸収する量を増やすくらいならなんとかなる気がする。

 

「せっかくだから試してみようか。リア、手袋を使ってくれる?」

「構いませんけれど、大丈夫なのですよね?」

 

 触れてもらうのはお腹にした。面積の広い場所のほうがなんとなく吸い取りやすい気がする。男なので胸を見られることに抵抗はない。

 少し光沢のある黒い手袋を嵌めたリアの手がお腹の傍で広げられると、僕は「いいよ」と告げて。

 

「……では、参ります」

 

 お腹に触れた手のひらから魔力が流れ込んでくるのに合わせて自分からも積極的に吸収するようイメージを強める。

 身体にある『穴』の数が増える、あるいは『穴』が大きくなるようにイメージすると、びくん、と身体が大きく跳ねて、

 

「あっ……!?」

 

 熱いものが一気に叩きつけられるような衝撃と共に爽快感と酩酊を覚えた。

 

「ああ、これはいいかも」

 

 受け取れる量が確実に増えた。時間がない時なんかはきっと便利だ。慣れないと刺激が強すぎるかもだけど、

 

「駄目ですね、これは止めましょう」

「え、どうして」

「クリス様が変な声を出すからです!」

 

 リアはお気に召さなかったのか真っ赤な顔で手袋を片付け始めてしまった。

 必死に宥めるとわかってくれたものの、そのうえでぽつりと、

 

「……わたくしにとって、クリス様は大切な方なのです。どうか、無茶をして倒れるようなことはやめてくださいませ」

「……うん、わかった」

 

 僕にとってもリアは大切な女の子だ。

 三年前に変わってしまった僕の人生がリアとの出会いによってまた変わった。母さんの敵は討ちたい。でも、リアを守っていきたいとも同時に思う。

 

「無茶は止めるよ。いざっていう時に無茶しないで済むように普段からほどほどに無茶して鍛えるようにするから」

 

 そうしておけば負けられない戦いでもきっと役に立つと思うのだけれど、

 

「クリス様? 本当にわかっていらっしゃいますか?」

 

 青い目で僕を睨んできた少女は「わかってくださるまでお傍から離れません」と僕の服の端を掴んだ。

 次の日の夜までこの調子が続いたので着替えとかとても困ったのだけれど、彼女とのそんな他愛ない時間がこれからも続くことに僕はとても安心した。

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