魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
【番外編】令嬢と新しいメイド
「お世話係の後任として参りました。どうぞよろしくお願いいたします、お嬢様」
家から派遣されるメイドが仲の良い年頃の娘から、フランシーヌの苦手な二十代の女に変わった。
前のメイドは「問題を起こした」ため学園へ出入り禁止になった。今は屋敷に戻って正式な処分を待ちながら「再教育」を受けているという。
小さい頃から何かにつけて口煩かったこのメイドと過ごすのは正直気づまりだったが──我が儘を言える立場でもない。
フランシーヌは笑顔を浮かべると「ええ、よろしく」と彼女に応えた。
学園長だった母──クローデット・フォンタニエが暴走、教師陣に拘束される事件から二日。
生徒たちに暫定の方針が伝えられたのは半日ほど前のことだ。屋敷も突然のことに大騒ぎになっていたはずで、それを考えればこんなに早く後任が決まっただけでも十分だと言える。
新しいメイドは「では、さっそくですが」と室内──フランシーヌが利用している寮の部屋を見渡して、
「思ったよりも片付いておりますね」
「当然でしょう? 客を招くことだってあるもの。お屋敷の部屋と同様、可能な限り整えておくのが嗜みというものよ」
「いえ。彼女が拘束された後、不自由なさっていたのではないかと」
「子供じゃないもの。一日や二日なんということもないわ」
しばらくぶりに顔を合わせたメイドは相変わらず感情の読めない淡々とした様子で部屋をチェックしていく。
フランシーヌは椅子に腰かけ鷹揚な姿勢を示しながら内心、落ち着かない気持ちでそれを待った。なんだか採点されているような気分である。
大きな口を叩きはしたものの、メイドのいない生活というのは初めての経験だった。
入学前は屋敷でも外出先でも必ず誰かがついていて命じればたいていのことはなんとかなった。しかし、ここではメイドは一人きり。その一人さえも使えなくなり、後任が来るまでの間、フランシーヌは自分のことは自分でなんとかせざるをえなくなった。
もっとも、風呂は魔道具で魔力さえあればなんの不都合もないし、食堂に行けば(公爵家のシェフにはさすがに劣るものの)十分な食事がいつでも食べられる。服や下着は十分な量を持ってきていたし、洗濯や掃除だって学園所属のメイドに頼むことができる。
フランシーヌがしなければならないことと言えば一人で寝起きすることと身支度を整えることくらいだったのだけれど。
「成長なさいましたね、お嬢様」
メイドは独り言のようにそう口にした。
「……頭でも打ったのかしら?」
彼女に褒められるのなんて何年ぶりだろうか。このメイドはいつも称賛というものを知らないかのような態度を取る。きっと嫌われているのだろうと思っていたのだが。
「感じたことを口にしたまでです」
「あら。それは『褒めるべき時には褒める』と言いたいのかしら」
「ええ、その通りです」
話をしている間に確認が終了。
並行してベッドメイクや簡単な掃除が行われ、室内は「十分使用に足る」状態から「見るからに清潔」な状態になった。
メイドは特に何事もなかったかのように「荷物を整理してまいります」と移動していった。魔女学園寮の各部屋には使用人用の小部屋や個人用の浴室などいくつかの部屋が付属している。屋敷の自室に比べるとシンプルで狭いものの、生活するには十分なスペースだ。
フランシーヌはその「十分なスペース」を初めて見た時「大したことありませんわね」と評したのを思い出して、ため息をつく。
「これが成長だなんて。わけがわからないわ」
一人になった部屋で魔法の訓練をする。
フランシーヌの得意とする炎系の魔法は屋内では使いづらい。絨毯やベッドに燃え移るだけで厄介なことになるため、練習に用いるのは対極的な氷の魔法だ。土は別の意味で屋外でないと使いづらいし、風や光は発生がわかりづらいため訓練には氷が向いている。
一定の大きさの氷を素早く形成しては消してを繰り返しているとメイドが戻ってきて、フランシーヌの魔法を見た。
見ただけだ。彼女は何も言わない。
「……ねえ。私にはお母様ほどの才能はないのかしらね?」
「どうでしょうね」
答える声にも気負いや遠慮が全くない。
「私はクローデット様の幼少期を知りません。加えて申し上げれば、単純にお二人を比較することに意味があるとも思いません」
「どうして?」
彼女とこんな風に話をするのは初めてだ。
褒めてもらえないことに、小言ばかり言われることに嫌気がさして会話を避けていたのもあるだろうけれど、フランシーヌが意味のある問いかけをしていなかったのも原因かもしれない。
幼い頃、いや少し前までの彼女はただ称賛が欲しかっただけだったのだから。
「環境が違いすぎます。クローデット様のご実家は伯爵家。上を見上げる機会など星の数ほどあったでしょう。……失礼を承知で申し上げるのであれば、ご卒業時の成績も二位。あの方の立つ場所は決して届かぬ高嶺などではなかったはずです」
対するフランシーヌは公爵令嬢。
地位で上回る存在など数えるほどしかおらず、味方は無数に存在した。
クローデットの操る炎が野心や対抗意識を表すものだとすれば、フランシーヌの炎は自尊心の表れ。同じ炎であっても意味も由来も全く違う。
高みに位置することを疑わずただ燃え続けるだけの炎が強者に食らいつこうと激しく火花を散らす炎に見劣りするのは当然のこと。
だから、フランシーヌ・フォンタニエは敗北した。
しかも同じ相手に三度。よりどころであったはずの自尊心はずたずたにされ、それを反映するように炎も乱れた。
「私も負けたわ。よりにもよって、お母様が勝てなかった相手の息子に」
「ええ、存じております」
「なら、私も上を目指すわ。頂点とは立って安堵する場所ではなく、死に物狂いで目指すべき場所なのよ」
あの少年──クリスは強い。
髪も目も茶色で人目を惹く色ではない癖に(きっと母親に似たせいだろう)顔立ちは意外と整っていて、小柄な身体や長い髪、柔らかな物腰は「本当に男子なのか?」と疑いたくなるくらいだけれど、そんな容姿とは裏腹に彼には天性と言ってもいい才がある。
彼はきっと強くなる。魔力を喰らうあの能力と同じように、強者から次々に学んで成長していくに違いない。
そして、オリアーヌ。
地位においてフランシーヌより上手な少女がいる。体質的に魔法は扱えないらしいけれど、果たしてそれが永遠に続くかどうか。
研究が行われ、彼女の魔力を活用する方法が見いだされていくであろう将来、その絶大な魔力量もまた脅威として立ちはだかるかもしれない。
「お母様にだって、負けるものですか」
クリスたちが束になって食い止めた母の魔法。
破壊の象徴ともいえる紅蓮の炎はフランシーヌの目に今も焼き付いている。憧れは止められない。けれど、それと同時に超えたいとも思う。
母の存在は目標ではあっても終着点ではない。
別の人間である以上、フランシーヌは『爆炎の魔女』にはなれない。クローデット・フォンタニエでさえも仮想敵の一人として成長を続けていかなければならない。
「ねえ、これは間違っているかしら?」
振り返って尋ねると、メイドはただ静かに首を振った。
「使用人は主人に奉仕するのが仕事です。私にお嬢様へ道を示す権利はありません」
相変わらずの食えない態度だ。
そう思った直後、彼女は「ですが」と続けて、
「個人的な感想を申し上げるのであれば、以前の我が儘なお嬢様よりはよほど好ましいかと」
「言い過ぎよ。やっぱり別のメイドと替えてもらおうかしら」
彼女の口には薄い笑みが浮かんでいる。よく見なければ見落としてしまいそうなそれを見つけられたのは偶然か、それとも。
フランシーヌはつられるようにして笑みを浮かべ、愛用の扇子を取り出そうとして──オリアーヌに「あげる」などと言ってしまったことを思い出した。
「新しい扇子を買おうかしら。……いいえ、オリアーヌ様からなんとか取り返しましょうか」
「恐れながらお嬢様。その上から入ろうとする癖も改めた方がよろしいかと」
「……っ。貴女、本当に言い過ぎよ!? なら、対等の友人というものにどう接すればいいのか、貴女の見解を言ってみなさい!」
苦手でやりづらい相手だったはずのメイドが、今のフランシーヌにはまるで別人のように見えた。
書き忘れてしまいましたが、前話で第一章が終了しております。
何話か番外編を投稿後、二章に入ります。
番外編の後でお休みを挟むかもしれませんがご了承くださいませ。