魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
魔女学園の敷地は広く、設備は常に美しく保たれている。
利用者(主に生徒)が心地良いようにという配慮だが、この心配りは表に出る部分だけでなく裏方の領域──例えば食堂の調理場も同じだ。
据え付けの道具は全て
掃除にも魔道具が使われ、調理場は毎日ぴかぴかの状態に保たれる。学園を覆う結界によって虫は基本的に敷地内から排除されているため衛生面もばっちり。
下町の食堂などとは何から何までが違う。
違うといえば料理人のほとんどが女性であることもそうだ。魔女学園にはかなり高い魔力がないと入ることすらできない。なので男よりも魔力の多い女がこうした裏方であってもメインになる。
もちろん、男のスタッフが全くいないわけではない。
かくいう『彼』もまた数少ない男の一人であり、厨房スタッフ唯一の男手であるのだが、
「テオ。そろそろ食材の搬入時間じゃない?」
「あ、そうですね。じゃ、行ってきます」
「お願いね。こっちは大丈夫だから」
料理屋の息子として生まれ、十二の頃には修行に出て腕を磨き、十五の頃には師匠から「もう教えることはない」と言われた彼がここでは雑用係も同然の扱いだ。
男としてはかなり高い魔力のおかげで魔女学園に雇われることができたが、ここでは下町で磨いた程度の腕では通用しない。
なにしろ相手にするのはほとんどが貴族の令嬢だ。
高級な食材を高級な道具で調理した経験、特有の技術、そういったものが彼には足りなかった。加えて言うとここでは男より女のほうが重宝される。お嬢様たちは潔癖症だからだ。
そんなわけで、荷物運びのような仕事は彼の役割だ。
外から運ばれてきた資材は搬入用の門で一度荷降ろしされ、仕分けされたうえで学園の各所に運ばれる。魔法の荷車で運ばれてきたそれを受け取って調理場や倉庫へ運んで整理しなければならない。
「これがけっこう、っていうかめちゃくちゃ重労働なんだよなあ……」
学園に来てから魔力を用いる身体強化を習った。そのおかげで力自慢の平民の何倍も働けるようにはなったものの、楽になった分だけ仕事を詰め込まれているので負担はあまり変わらない。
もちろんやりがいはあるし、食材の仕込みをしつつ同僚の仕事ぶりを観察するだけでも他では得られない技術をいくらでも盗めるのだが。
「せっかく周りに美人が多いってのに迂闊に口説いた日には一発でクビってのが」
「あの」
「うえ!? ど、どうしました、お嬢さん」
荷物を運びつつぼやいていた彼は、不意に声をかけられて動揺した。
持っていた物はギリギリ落とさずに済んだものの変な汗をかいてしまった。すると声をかけてきた少女は「すみません、突然」と眉を下げ謝意を示した。
明るい茶色のロングヘア。派手な印象はないものの顔立ちは整っており、肌はあまり日焼けをしておらず滑らかな質感。首に巻いた白リボンからすると魔力は(生徒としては)最底辺のようだが、下々の者にも偉ぶらない態度には好感が持てる。
どっちみち学園に雇われている身からすれば生徒という時点で「敬うべき対象」である。
食堂の裏に回ってくる生徒はほとんどいないが、話しかけられたからには丁寧に対応しないといけない。精一杯の敬語を使って応じると、彼女は「ちょっと教えて欲しいんですけど」と前置きして、
「ここで食材を分けてもらえたりしませんか?」
「へ? 食材ですか?」
思わず問い返してから「ああ、なるほど」と思った。
この手のお願いはたまにある。こういうことを言ってくるのは専属のお嬢様を世話するメイドか、そうでなければ、
「もしかしてお嬢さん、平民出身ですか?」
「あ、はい。そうです」
やっぱりか。平民の女子はたいてい幼い頃から料理を仕込まれている。家族の腹を満たせればいい、という程度の簡単な料理ではあるものの、例えば夜に小腹が空いたときなどには役に立つ。食堂は二十四時間開いているものの、ぱぱっと作ってぱぱっと食べられるとやはり楽だ。
ただ、少し意外ではある。
魔女学園の生徒は平民でもそこそこ可愛い子が多いものの、彼の目から見ると彼女の容姿は貴族レベルだ。言葉遣いもそれなりにできている。校章の色からすると入学間もない一年生なのだが。
ともあれ、相手が平民なら話しやすい。
「ああ、食材なら分けられるよ。毎回街に買い出しに行くのも大変だろ? 欲しい物があったらいつでも言ってくれ」
「本当? ありがとう、助かるよ。住んでるところが食堂から遠いから朝晩は作らないといけなくて」
「ん? 寮は食堂と渡り廊下で繋がってるだろ?」
寮に住んでいない生徒はかなりの変わり種だ。寮に部屋があるのに敷地の端っこにある部室で寝泊まりしている変人たちとか、そうでなければ今年入ってきたという例外中の例外とか──。
「待った。……寮に住んでない一年生?」
彼は少女の手を見た。指まで覆うタイプの手袋をしている。たしかその生徒は特異体質で、それを制御するために肌を覆う服装を好んでいたはず。
「もしかして君が例の?」
「はい。やっぱり、もうすっかり噂になっているんですね」
言って苦笑する彼女。いや、彼。
入学早々、黒リボンの新入生と決闘して勝利した白リボン。魔力を吸い取る能力を持った
噂を思い出しつつ、目の前の人物をまじまじと見つめて、
「……本当に男か?」
「男ですよ。見てわかりませんか?」
わかるか。
制服のスカートがなんの違和感もなく似合っているうえ、声だって高い。これは単に声変わりが終わっていないだけかもしれないが、それにしたって自分が同じくらいの歳だった時にはもう、もっと男らしいというか無骨な見た目になっていた。
柔らかそうな身体をよじって「やっぱり女装してるせいかなあ?」とでも言いたげな表情を浮かべている彼はなんというか、かなり特殊な存在だと言わざるをえない。
「本当は女子なんじゃないのか? わざわざそんな嘘つかなくても」
「男子ですってば! なんなら触ってみますか?」
「いや。いやいやいや、それは駄目だろ!」
首をぶんぶんと振って拒否する。そりゃ男同士なら裸を見るくらいなんてことないが、この子のスカートをめくって下半身を触るのはなんというか罪深い。
もしそんなところを誰かに見られたら一発でクビである。
「わかった、信じるよ。……で、何の話だっけか? あー、食材か。いいぜ、持ってけよ。なにが欲しいんだ?」
「えっと、じゃあアレとアレと──」
こうして、彼は噂の新入生クリスとたまに顔を合わせるようになった。
食材を分けるついでに短い雑談を交わす。男同士だとわかると親近感も湧くもので、自然と会話は気安いものになっていった。
「っていうか、どうしてスカート穿いてるんだ?」
「男用の制服はないし、男の格好してると浮くじゃないですか」
「まあそうだけど、男装してる生徒とかもいただろ確か」
学園には変人が多い。これは教師も生徒も同様である。
するとクリスは苦笑して、
「僕はここだと異物ですから、なるべく目立たないほうがいいんですよ」
じゃあ初日から決闘とかしないほうがいいと思うのだが、いわく「それはそれ、これはこれ」らしい。
「そうか。別に女装が趣味ってわけじゃなかったんだな」
「そんなわけないじゃないですか!」
真っ赤になって抗議してくるクリス。そうは言いつつも足は大股になりすぎないように注意しているし、髪の手入れにもそれなりに気を遣っている感がある。
正直、男だとわかっていても可愛いので、親しげにされると変な気分になってくるのだが。
「なあ、お前って男と女どっちが好きなんだ?」
「普通に女の子が好きですけど……?」
それがどうしたんだ、とばかりに上目遣いで睨まれた彼は「普通ってなんだっけな?」と首を傾げた。