魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
魔女学園での生活は新しいことだらけだ。
離宮でひっそりと暮らしていた頃とはまったく違う生活。不便なこと、戸惑うことも多く、自分がこれまで幸せな環境にいたことを思い知らされた。
けれど、一人の少年との出会いがオリアーヌ──リアの心と身体を救ってくれた。
魔力吸収能力を持つ少年、クリス。
無茶ばかりする彼にはらはらさせられることも多いけれど、彼のお陰で日々身体を苛ぶ魔力から解放された。
平民の暮らしを知っている彼の知識はリアが知らないことだらけでとても興味深い。本当はリアが自分でやらなければならないあれこれについても世話を焼いてくれて、本当に彼には頭が上がらない。
自分の全てを捧げる、と言ったのだって本心だ。
約束を交わしてからも丁寧に、大事な物を扱うように接してくれているお陰で未だに清い身体を保てているけれど──そんなクリスだからこそ、本当に全てを捧げることになっても構わない、とも思う。
少年との生活は楽しい。
使用人や家庭教師とは違う、歳の近い「対等」な相手。朝起きて「おはよう」を言い、寝る前に「おやすみ」を言い合う、ただそれだけのことがたまらなく嬉しい。
「それじゃあ、リア」
「はい。それではまた後ほど、クリス様」
だから、授業に向かうために彼と別れる瞬間は少し寂しい。
四六時中一緒にいるわけにはいかない。学園に来る時に死さえ覚悟したのだからこのくらいどうということはない。むしろ一人で何もかもこなせるように今から励むべきなのに、クリスとの物語のような出会いが心を弱くしてしまったのかもしれない。
(こんなことではいけません)
オリアーヌ・ヌベルリュンヌに課せられた役割は存在しない。
王女として生まれながら何も期待されず、生を喜ばれることもない。寿命が近づいたことで離宮で暮らすことさえ禁じられてしまった。
空っぽの王女。
だからこそ「リア」の役割は自分で決めなくてはいけない。
何をしたいのか。何ができるのか。クリスのおかげで生に対して前向きになれた今、残された時間を悔いのないように生きたい。
並外れた魔力を持ちながら魔法を使うことができないリアは、ある意味でクリス以上に特異な存在だ。
触れただけで魔道具を壊してしまいかねないクリスだが、彼は魔力さえ確保できれば魔法を扱うことができる。魔力を確保する方法が違うだけであとは普通と同じなのだ。
対してリアは入学試験こそ軽々と通過したものの、授業においては落ちこぼれと言っていい。
大部分を占める魔法の授業には出られないうえ、身体が弱いために運動もできない。結果的にリアは時間割に座学を詰め込むことになった。
「おはよう、リア」
早めに家を出たのでリアのゆっくりとした歩調でも授業には余裕を持って間に合った。
家から最も近い西の側面入り口から校舎に入り、二階にある教室の一つへ。
中へ入ると、既に席についている生徒たちから視線が注がれる。リアは気にしないように努めながら最後尾の一番奥の席へと腰かけた。
すると、明るい橙色の髪をした少女がすかさず寄ってきて話しかけてくる。
「おはようございます、ニーナさん」
友人だ。フランシーヌの横暴について訴えられたのをきっかけに仲良くなった少女。平民出身のため魔力量はさほど多くなく、クリスと同じ白リボンではあるものの、平民であるため身分や礼儀作法にうるさくなく、誰とでも分け隔てなく付き合える自由さを持っている。
隣に座ってもいいかと尋ねてくる彼女に「もちろん」と答え、他愛のない雑談を交わす。
もちろん、ニーナはリアの素性を知らない。
罪悪感から胸がちくりと痛むも、この秘密を明かすことはできない。クリスに相談すると彼は「気にしないほうがいいよ」と言ってくれた。
『たぶん、リアはどこかのお嬢様なんだよね? それくらいは僕も気づいてるし、ニーナも同じだと思う。だから大丈夫』
平民の生活というものをよく知らなかったために演技もままならなかったリアとしては無力感と徒労感をも併せて感じてしまったものの、クリスからのアドバイスによって心はとても楽になった。
「わたくし、ニーナさんが一緒にいてくださるととても心強いのです」
何気なくそう感謝すると、少女は「恥ずかしいよ」と頬を染めた。
「私こそ驚いたよ。リアが私なんかと同じ授業を取ってるなんて」
「わたくしは知らないことが多いのです。それに、知っていることでも教える方が違うと別の角度からの視点を知ることができますから」
「なるほどね。本当リアはすごいよ。いろいろ考えてるんだから」
「ニーナさんこそすごいと思います。将来のことを今から考えていらっしゃるのでしょう?」
「え? えへへ、まあね」
はにかむニーナ。
彼女が座学を取っているのは「今まで勉強なんてろくにできなかったから」という理由だ。
最高クラスの勉強をタダでできるのだから勉強しとおかないと損。
将来は実家の料理屋を継ぐことになるか、あるいは跡継ぎになる男と結婚することになるかもしれない。そうなった時に貴族の相手ができるようになっておけばきっと役に立つし、魔法や魔道具の扱いができれば他の店にはない長所になる。
「もし、ここの食堂で雇ってもらえたりしたら最高だよね。腕を磨きながらお給料までもらえるんだよ? 家にばんばん仕送りしちゃうよ」
礼儀作法や基礎教養は貴族と関わることになった際に重要になる。身に着けておけば「貴族家に料理人として雇われる」なんていう道もあるかもしれない。
平民の子供たちは夢を見ながらも地に足がついている。
自分にできることを冷静に見据えて目標を定め、努力を重ねる姿は見習うべきものだ。目標をまだ決めかねていて「とにかく学ぶ」という考えしかないリアとは大違いである。
と。
「平民のくせに偉そうに」
「せめてもう少し小さな声で話せないのかしら。これだから平民は」
「……あいつら」
少し離れた席から聞こえてきたひそひそ声にニーナが顔をしかめる。
話しているのは貴族の生徒だ。内緒話が聞こえてくるのは聞こえるように言っているから。要するに嫌味だ。平民のニーナはもちろん、王女とはいえ隠されて育てられてきたリアもこういった行為には慣れていない。
「ニーナさん、怒ってはいけません」
「でもさ、リア」
「駄目です。問題を起こすようなことになれば彼女たちの思うつぼです」
取れる対策は無視。
他の生徒たちの理解と協力を得られるのならば抗議という選択肢もあったかもしれないが、教室内の空気はむしろ相手の少女たちに寄っている。
気づかない振りをしていれば別の場所からもひそひそ声が聞こえてくる。
これはニーナに対する貴族の心象が良くないこと以上に、リアの存在が大きく影響している。
『オリアーヌ様、でしたよね? ご一緒してもよろしいでしょうか?』
体験授業を受けていた頃、リアはよく貴族の新入生から話しかけられた。
授業は何を取るのか。最初はそんな話が中心だったので快く応じていたのだけれど、そのうち彼女たちの話には家での生活の話や実家の稼業に関する話が交ざり始めた。
それが雑談の形を取った自慢だということに気づくのにはあまり時間は必要なく、
『申し訳ありません。わたくしは皆さまのような貴族ではありませんので、ご一緒してもお話が合わないかと存じます』
リアは自分から少女たちと距離を取った。
魔法が使えず、家の話もできない。リアの存在は貴族たちから見てとても奇妙なはずだ。彼女たちに囲まれていればいずれまずいことになる。
根掘り葉掘り秘密を探られるようなことになる前に離れたのは正解だったと思うけれど、貴族からの誘いを蹴って平民と仲良くする黒リボンの少女に対する不信感や反感が広がってしまったのも事実。
「……申しありません、ニーナさん」
むしろリアが迷惑をかけているようなものだ。全てを説明することは状況的にできないけれど、せめてこれくらいは……そう思ったリアにニーナはにっこりと微笑んで、
「何言ってるの。私、リアと友達になれてよかったよ」
屈託のない笑顔。どこかクリスとも似たところのある彼女の笑顔に、リアもまた心から微笑むことができた。
「はい。わたくしもニーナさんとお友達になれて、本当に良かったです」
一人じゃないというのはこんなにも心強いものなのか。
両親と会うことすら許されずに育った少女は、この学園でそのことを知った。