魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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第二章
少しだけ変わった生活


「おはよう、リア」

「おはようございます、クリス様」

 

 学園長──クローデット・フォンタニエの暴走から一週間と少し、学園入学から数えると一か月半弱。

 僕とリアは相変わらず敷地のはずれ、森の傍にある家で暮らしている。変わったことといえば家が奇人変人の集まりである『研究部』の部室そばに移動したことくらいだ。

 朝の鐘と共に目覚めて挨拶を交わす。

 寝起きの姿を見られるのはお互いに気恥ずかしいけれど、僕もリアもさすがにそこは慣れてきた。無防備な姿を見せあえるのは親しい証拠。ほっこりした気持ちになりながら寝間着から普段着に着替えて、

 

「では、クリス様。身支度のお手伝いを」

「う、うん」

 

 最初の頃は何をするのも初めてで戸惑っていたリアだけど、顔を洗ったり髪を整えたり服を着替えたり、身支度に関することはだいぶ上手になった。僕が手伝ってあげられないから、という理由なのがだいぶ恥ずかしいけれど。

 自分の身を整えるより人にするほうが楽、ということで最近はリアが僕の髪を整えてくれる。

 クローゼットに付属した鏡の前に座って長い茶髪に櫛を通してもらっていながら、

 

「なんか、母さんと暮らしてた頃を思い出すなあ」

「お母様もこうして髪を整えてくださっていたのですか?」

「うん。と言ってもその頃はこんなに長くなかったし、ぼさぼさでもあんまり気にされなかったけど」

 

 村の女の子たちは歳を重ねるほどそういうのにうるさくなった。

 母さんも平民にしては身嗜みがどうのと口うるさいほうだったけど、あれも今思うと元貴族だからだったのかもしれない。

 村の男子たちはむしろ「そんな事する暇があったら身体を鍛えろ」とか言って木剣を振ったり薪割りをしたり取っ組み合いの喧嘩をしていた。僕はそんな彼らに力で勝てないのを悔しく思いながら女の子たちが「あの花の香りが」などとお洒落談義をするのに笑顔で相槌を打ったり。

 

「髪を伸ばし始めたのは師匠に拾われてからなんだ。学園に入るのに女の子の格好をしたほうがいいからって」

「クリス様のお師匠様はどんな方だったのですか? 厳しい方だというのはなんとなくわかるのですが……」

「うーん。厳しいっていうか理不尽だったかな。あれをやれこれをやれって毎日うるさくて、言われたことを達成するのに必死だったよ」

 

 今思えば魔力放出の訓練も魔力抜きの雑用も日々の料理も今この生活に役立っているわけだけど、同時にあの人は鬼だと今でも思っている。

 

「はい、できました。今日も素敵です」

「ありがとう、リア」

 

 鏡に映っているのはロングヘアの可愛い女の子──もとい、見慣れた僕の姿だ。

 成長期はまだまだ終わっていないはずだけど、身長はほとんど伸びた様子がない。代わりに(?)肌は前より白くてすべすべになったような気がする。

 食生活が豊かになって栄養を取れているせいだろうか。学園の食堂より上等なものを食べていただろうリアを見てみると、出会った頃と同じで白くて綺麗な肌だ。むしろ前より血色が良くなって可愛くなったような気がする。

 

「魔力には綺麗になる効果もあったりするのかな?」

「正確なところはわかりませんが『魔女には美人が多い』とはよく言われるようです。魔女の中には長命な方や卓越した身体能力を持つ方もいらっしゃいますので、魔力自体にそういった効果があってもおかしくないかもしれません」

 

 魔力をたくさん持っているのは魔女で、魔女は魔法を使うもの。寿命も身体能力も魔法の影響が強いだろうから、純粋に魔力の影響を測る研究は進んでいないらしい。

 魔法が使えないのに魔力をたっぷり持っているリアはこういう研究にも役に立つかもしれない。僕たちの健康状態は毎日先輩方にチェックされているので既に研究が始まっていてもおかしくない。

 

「じゃあ、部室に行こうか」

「ええ、参りましょう」

 

 階段を下りたところで自然に差し出された手をそっと握り返す。

 誘拐事件があったせいか、人目のないところだと手を繋いでいることが多くなった。本当は逆で、人気の多いところこそ危ないんだろうけどそれはさすがに恥ずかしい。

 家が移動したことで部室まではすぐだ。いつでも出入り自由と言われているし、ドアにかかった魔法で鍵もなく中に入れる。

 中はさすがに朝なのでしんと静まり返っていた。エントランス兼会議スペースで寝ている不届き者が()()()いなかったようだ。

 

「それじゃあ、僕はご飯の支度をするから」

 

 言って、部室内にあるキッチンへと移動しようとしたところで二階への階段からフェリシー先輩が顔を出した。

 

「おはようございます、リアさん。ちょうどいいタイミングでしたね」

「おはようございます、フェリシー先輩。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 他の二人(シビル先輩とミシェル先輩)とは違い、フェリシー先輩はそこそこ規則正しい生活をしている人で、今も「異性でも親しい相手ならまあ大丈夫かな?」程度の部屋着に身を包んでいる。彼女もリアと同様()()()のための支度をしている。

 僕たちの家には風呂がついていないので、僕とリアは多い時だと毎日、少なくとも二日に一回は部室についている豪華な浴室を使わせてもらっている。

 研究部の顧問──見た目はまるで子供ながら卓越した魔法技術を持つマノン先生が研究や仕事の疲れを癒すために作ったというその設備は、残念ながら当人は「忙しすぎて顔を出す暇もない」ということであまり利用できていないものの、部員たちに重宝されている。

 完全魔道具式のお風呂なのでリアは一人だとシャワーも使えないし浴槽に水を張ることもできない──ということで、リアが入る時は部員の誰かが一緒に入ることになっている。

 

 こういう時は異性である僕にはなにもできないので、その間に食事の支度をする。

 部室にはなかなかしっかりした魔道具式キッチンもある。貴族出身である先輩方はあんまり使っていないみたいで埃をかぶり気味だったそこをせっかくなので掃除して、朝食や夕食を作る際に利用させてもらうことにした。

 僕は直接触れてしまうと魔道具にかかった魔法を消してしまいかねないけれど、触れずに適量の魔力を注いでやれば起動自体はできる。

 触れながら操作するのに比べて繊細な操作がしづらいのは慣れでカバー。僕の大したことない腕でも平民式の調理道具よりはよっぽど良い出来栄えになる。

 

「煮込み料理を短時間で作れるこの装置とかもうわけがわからない性能だよなあ」

 

 なんか魔法で圧力をかけることで時短が可能になる、みたいな原理らしいのだけれど僕にはよくわからない。

 魔法は学び出すと一生かかっても学びきれないくらい奥の深い理論があるうえ、天才が「説明はできないけど実際にできるからOK」とか言いながらよくわからない現象をぽんぽん起こし始めるので、便利だけどときどき困ったりもする。

 ともあれシチューなんかがごくごく簡単にできてしまうのは単純に嬉しい。

 

「いい匂い。クリス、私たちの分もあるよね?」

「おはようございます。もちろん全員分用意してますよ」

「さすが少年」

 

 身体を動かすのが好きで将来は騎士志望だというミシェル先輩と、あまり表情の変わらない魔道具マニアのシビル先輩。

 出来上がった料理をテーブルに並べていると匂いにつられて二人とも顔を出してきた。案の定、二人ともラフな寝間着姿だ。

 

「服を着てください」

「少年。もういい加減慣れて欲しい」

「慣れたら人として駄目な気がするんですよ……」

「まあまあ、いいじゃない」

 

 この人たちの場合まず間違いなく面倒くさいだけなんだけど、言っても聞かないので結局僕が諦めることになる。なんというか、ここに来てから貴族のお嬢様に対するイメージがどんどん崩れていく。フェリシー先輩とリアが心の支えだ。

 

「今日も美味しそうな匂いですね」

「お待たせしました、クリス様」

 

 料理が冷めるより前にフェリシー先輩たちも帰ってきた。髪を乾かすための魔道具もあるので入浴にもあまり時間がかからない。最初は「朝から入浴なんてはしたないのでは……」と言っていたリアも今ではさっぱり汗を流す気持ち良さの虜だ。

 みんなで「いただきます」をして朝食を食べる。先輩たちは研究に熱中すると平気で夜更かししたり食事を抜くので食べるときはけっこうな量を食べる。多めに作って保存しておけばお腹が空いた時に平らげてくれるので食材の処理がとても楽だ。

 

「クリス君。『魔力喰らい(マナ・イーター)』の訓練はどうですか?」

「ぼちぼち、ですね。安定して吸引できるようになるにはまだかかりそうです」

 

 あれから僕は自分の能力をコントロールできるように訓練を始めた。決闘や学園長との戦いの時は無我夢中で成功させたものの、あらためて試してみると成功率は三割ちょっとといったところだった。主にミシェル先輩に付き合ってもらってコツコツ訓練をしているものの、疲れるのでたくさんは練習できない。日々少しずつ精度と速度を上げている感じだ。

 

「触ってる状態で吸収量を変えるのはけっこう上手く行ってるので仕事は捗ってます」

「それは重畳」

「このまま吸収をオフにできるようになると便利なんだけどねー」

「そこまで行くにはやっぱり訓練が必要そうですね」

 

 吸収量を増減するのと吸収を完全オフにするのでは難易度がぜんぜん違う。当面は魔力抜きの仕事をこなしつつ吸収量を増やしたり減らしたりして訓練したい。

 

「そろそろ時間かな」

「そうですね。授業の時間が近づいています」

 

 朝食が終わってひと休みしたらリアと二人で部室を出る。先輩たちは僕たちに比べると取っている授業が少ないのでのんびりしていることが多い。ミシェル先輩はけっこういろんな授業に出ているけれど「走ればまだまだ余裕だから」とか言ってギリギリまでだらけるタイプだ。

 

「おはようございます、オリアーヌ様。クリスさん」

「おはようございます」

「おはよう、みんな」

 

 寮が近づいてくると人の姿がぐっと増える。最近は声をかけてくれる一年生が多くなった。リアが王族だって知られたことが大きいけれど、僕のほうもフランシーヌと何度も決闘したりでけっこう知名度が上がっているらしい。リアといつも一緒にいるのもあって仲良くしてくれる生徒が増えた感じだ。

 

「やっほー、クリス。リア」

「おはよう、ニーナ」

 

 一年生の平民組とはもちろん仲が良い。特にみんなと親しくなるきっかけになった料理屋の娘、ニーナはリアと話す機会が多いらしく、既に親友といった感じだ。生まれも育ちもぜんぜん違う二人だけど逆にそこが良かったのか和気あいあいとしている。

 もちろん生徒全員がこうやって僕たちに好意的なわけじゃなくて、貴族の生徒の多くは中立あるいは敵対的なのだけれど、

 

「──あら。奇遇ですわね。おはようございます、お二人とも」

 

 ツンツンしているくせに僕たちを見かけると必ず声をかけてくる不思議な少女もいる。

 紅の髪と瞳を持った公爵令嬢。前学園長であるクローデットの娘、フランシーヌだ。彼女に関しては大きなお咎めがないことになり、こうして普通に生徒として在籍している。

 僕たちが「おはよう」と答えると、これ見よがしに扇子で口を隠してさりげなく隣に並んでくる。

 そこでニーナが不満そうな顔をして、

 

「ちょっと。私もいるんですけど?」

「あら。ごめんなさい、見えませんでしたわ。おはようございます、ニーナさん」

「いちいちむかつくわねこの女。……おはよう、フランシーヌ」

「様をつけなさい」

 

 丁々発止のやり取りを始める。なんというか口が悪いのは相変わらずだけれど少しは性格が丸くなったみたいだ。

 フランシーヌと会ったのはほぼ一週間前。

 学園長代行(マノン先生)の指示で謹慎になっていると聞いて会いに行くと、彼女は物凄く気まずそうにしながらも部屋に入れてくれた。

 そこでリアが拾って保管していた扇子を返したり、学園長の話をしたりして仲良くなった感じだ。

 

『よ、良ければお友達になってあげてもよろしくてよ!?』

 

 肝心のフランシーヌがこんな感じだったので「仲良くなった」と言っていいのかは微妙だけれど、まあ、ばんばん決闘を挑んできたり平民相手に力を誇示したりすることはなくなった。あのセリフの後はメイドさん(僕を殴った子から交代した新しい人だ)も呆れたような表情をしていた。

 その新しいメイドさんはフランシーヌからつかず離れずの距離を維持しながら、僕と目が合うと一礼をしてくれる。

 フランシーヌいわく「口うるさくて敵いませんわ」とのことだったけれど、僕には彼女の様子が危なっかしい妹を見守る年の離れた姉のように見えた。

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