魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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学園の日常と先生からの知らせ

「知っての通り、魔法とは魔力──すなわち、物質の理から外れた超常の力を利用する方法です」

 

 魔女学園で行われている授業は基本的なものから実践、応用的なもの、さらには教師が趣味で教えているとしか思えないような内容までさまざまだ。

 もちろん、その中で一番多いのは魔法に関する授業。

 ここに来るまで魔力の扱いは覚えたけれど魔法については詳しく学んで来なかった僕もこの手の授業は取っている。

 実際に魔法を訓練する授業は回復魔法一本に絞ったけれど、その他に理論的な授業も取った。初心者なのでいちばん初歩的なやつからだ。

 

「では、魔法とはどのようにして行使するものか。……クリス、答えなさい」

「はい。いろんな方法があって決まった形はないんですよね?」

「その通り。魔法には様々な使い方があります」

 

 魔法語を組み合わせることで結果を規定する方法。魔法語の文字にした魔法文字を魔力で描いて効果を導く方法。

 魔法文字は物に刻むことで描く手間を省くこともできるし、それとは別に物に魔法を付与(エンチャント)した魔道具を用いるのも一種の魔法だ。

 

「共通するのは魔力を用いるという点です。魔力によって不自然な現象を導くものは全て魔法、と言っても良いでしょう」

 

 その考えると僕の『魔力喰らい(マナ・イーター)』も魔法の一種と言えるかもしれない。

 

「現代で一般的に用いられる魔法は術者のイメージし現象を魔力によって再現する方法です。魔力を変化させる行為には大きな労力を伴うため、多くの場合には魔法語や魔法文字の補助を受けます」

 

 フランシーヌも魔法語や魔法文字を必要に応じて使っていた。

 例えば魔法語で《炎》を指定するだけでも魔力を炎に変える手間が大きく省ける。

 ここに相手に向けて飛んでいくイメージを加えれば立派な攻撃だし、さらに労力を減らしたければ《飛べ》などの指定を加えればいい。

 

「さて。魔法語や魔法文字はとても便利ですが、難点もあります」

 

 魔法語による詠唱を増やせば増やすほど結果が出るまでに時間がかかる。

 魔法文字は魔法語よりも結果をかっちり規定してしまうので応用が効きづらい。あらかじめ物に刻んでおくタイプはその箇所に魔力を透して起動する必要もあるので少しテクニックが必要だ。

 また、どっちも発音が下手だったり字が汚かったりすると効果が落ちる。最悪、発動しなかったり別の魔法になってしまうこともある。

 

「このあたりの内容はおさらいですからもちろん把握しているとは思いますが──確認しているのは他でもなく、月末に控えた試験のためです」

 

 老齢の女教師はそう言って目を細め、僕たちを脅かしてきた。

 

「くれぐれも、初めての試験で落第などしないように」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「落第の心配なんてしていないわ。目指すべきは頂点のみです」

 

 昼休み、食堂の片隅にて。

 当然のように同席しているフランシーヌ・フォンタニエが牛のステーキを優雅に切り取りつつ言った。

 入学前から英才教育を受け、本人の魔力量もトップクラスのお嬢様はさすが言うことが違う。僕は鶏のソテーを、どうにもまだぎこちない手つきで切り分けながら「そりゃ、フランシーヌはそうだろうけどさ」と苦笑した。

 

「そもそも、君に実力で勝てる一年生なんていないんじゃない?」

「私に三度も勝った人が言うと嫌味にしか聞こえませんが」

 

 僕をじとりと睨みつけたフランシーヌはため息をついて、

 

「正攻法ならそうそう遅れを取るつもりはありません。驕りも捨てたつもりです。貴方に負けないためにも日々、研鑽は欠かしていませんわ」

「フランシーヌ様は努力家なのですね」

 

 特製ドレッシングのかかったサラダに舌鼓を打っていたリアがおっとりと微笑むと、ニーナが揚げたじゃがいもにフォークを突き刺しながら、

 

「まあ、お嬢様が頑張ってるみたいなのは話に聞いてるけどさ」

「そうなんだ?」

「この前の休み、訓練場でほとんど一日中練習してたって。平日も放課後に特訓してるみたいだし」

「それだけ練習できるのがもう才能だよね」

「ふん。お陰様で魔力量には自信がありますので」

 

 魔法の訓練には体力もそうだけどもちろん魔力が欠かせない。魔力の少ない人間は特訓に割ける魔力も少ないので、あれこれ工夫しようにも試行回数そのものが足りなかったりするのだ。

 誰か、あるいは何かから吸収した分しか魔力を使えない僕もこの問題には悩まされている。

 

「魔力が自然回復するのは羨ましいよ、本当」

「自然回復しない貴方が特殊なのですけれど。そもそも、自然に過ごしているだけで本当に全く回復しないものなんですの?」

「どういうことですか、フランシーヌ様?」

「自然界にも魔力は存在しているはずだということです。肌に触れた空気から魔力を吸収して力に変えることはできないのかしら」

「ああ、うん。厳密に言うと多少吸ってはいるみたいだよ。と言っても大した量じゃないんだよね、正直」

 

 無いよりはマシだけど、ニーナが一日に回復する量よりずっと少ない。

 これは空気中や地面に含まれている魔力量が大したことないのと、

 

「例えば、地面に手を触れても『大陸全体から魔力を吸収する』みたいなことにはならないみたいなんだ。あくまでも触れているとこから吸収するだけ」

「へえ。……自然界にある魔力は均一化されるものだと思っていましたけれど、そうでもないのかしらね?」

 

 魔力を「コップに入った水」に例えてみる。コップの底に穴を一つ開けると当然、水はそこから流れていく。こんな風に魔力にも隙間を埋めようとする働きがあるのではないか、という話なんだけど、

 

「たぶん、動きがかなりゆっくりなんじゃないかな」

「かもしれませんわね。……魔力を可視化する道具を用意した上で、空気中に魔力を満たして実験すれば検証はできるかしら」

「お嬢様。なんか難しい話してるけど、そういうのも好きなの?」

「ふふっ。フランシーヌ様も研究部に入部しますか?」

「まさか」

 

 リアのせっかくの申し出を令嬢はふん、と一蹴した。

 

「あんな狭苦しいところに身を置くなんて耐えられません。それに、私の本分は自らの力を高めること。今は研究に時間を割いている暇がありません」

「本当に余裕そうだなあ。僕は試験対策を頑張らないと」

「私も」

「わたくしも、なにぶん初めての経験ですので……」

 

 魔女学園では年に四回の試験がある。

 最初の試験は五月末から六月の頭にかけてだ。最初なので一発アウトはほぼない──学園側の想定ラインを大きく下回っていないといけないうえ、想定ライン自体が低いので悪くても赤点なのだけれど、僕やリア、ニーナはそれぞれハンデを抱えている。

 それぞれに不安を口にするとフランシーヌ様はまたもふん、と笑って、

 

「別に、それぞれの長所を生かせばどうとでもなるでしょう?」

「そうかな?」

「そうでしょうか?」

「試験内容が選択制になっているのは何のためだと思っているの? 苦手が多いのなら得意分野で挑戦しなさい」

 

 試験科目はいくつも用意されていて、生徒はその中から好きな物を好きなだけ選んで受験することができる。その総合成績によって合否が決まるという仕組みだ。

 なので、普段受けている授業と全く関係ない科目で受験してもいいし、極端なことを言えば授業に一つも出ずに試験だけ受けて首席になることもできる。

 もちろん、受ける科目が多ければ多いほど評価は上がる仕組みなので挑戦するに越したことはないのだけれど、下手にいろいろ受けて低い点数を取るのも評価に影響する。フランシーヌみたいに「だいたい全部得意」みたいなタイプなら何も考えずにたくさん受ければいいのだけれど、

 

「どんな科目を受けるつもりでいるの?」

「僕は実技と体術系かな」

「わたくしは知識を問う科目を」

「私は素直に自分が勉強してるところ」

「わかっているではありませんか。それならそうそう問題は起きないはずです。……というか、クリスとオリアーヌ様の場合はほぼ合格が決まっているようなものでしょう?」

「え?」

 

 瞬きと共に視線を向けると、フランシーヌは「本当にわかっていないのか」という顔をして、

 

「貴方たちは試験以外の評価項目で加点があるはず。あるいは、それだけで進級が確定していてもおかしくありません」

 

 リアには前代未聞レベルの高い魔力があり、それを研究することによって学園に新たな知識を齎している。学園長が残した巨大な魔石をかなりの割合で満たしたのもなかなかの貢献だ。

 そして僕もまたリア関連の重要人物だし、研究部でしている「仕事」も僕にしかできない。今後、部以外からも魔力抜きの依頼が来る可能性は十分あるし、そうなったら学園で行われている研究そのものをサポートする効果がある。

 そこでフランシーヌは紅の瞳に複雑な感情を宿し、どこか遠くを見つめて、

 

「むしろ、外に放り出して変な相手に拾われる方がよほど損失でしょうね」

「変な相手、とは?」

「最も考えられるのは宮廷魔女団。学園とは対立関係にある組織だから、退学にでもなれば声をかけてくるでしょうね」

 

 噂程度は聞いたことがある。要するに国直属の魔女組織だ。学園も王国に属してはいるし、有事の際に王家に協力する立場にはあるけれど、同時に「何か大きなこと」が起こった際、国と意見を違えて独自の判断で動くことも許されている。

 王族があれしろこれしろ、と言ってそれがほいほい通ってしまうようでは筋の通った運営ができない。

 せいぜいリアが入学してきたり、その体質のことで研究が進んでいたり……というような「相談や要請を受けて動く」という程度だ。

 一方の宮廷魔女団は完全に国に属している。そのメンバーの多くは当然、学園の卒業生なのだけれど、あまり仲は良くないらしい。

 

「……肝に銘じておきます」

 

 近々、王家から呼び出しを受ける予定になっている僕とリアは顔を見合わせて深々と頷いた。

 と、そこでニーナが「ちょっと待って」と声を上げて、

 

「二人はいいけど、じゃあ私はどうしたらいいの?」

「そこまで知るわけがないでしょう? ……お得意の料理でも披露してみたらいかが?」

「そんなことできるわけないでしょ! ……やっぱり、お嬢様は駄目だわ」

 

 勝算があるにしてもないにしても、できる限り試験は頑張ろう、ということで話はまとまった。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「あ、いたいた。おーい、二人とも」

 

 放課後。

 授業を終えたリアと待ち合わせ場所で合流した直後、僕たちを呼ぶ声が()()()降ってきた。

 見上げれば眼鏡に白衣のちびっ子──もとい、母さんやクローデットよりも年上のはずの凄腕魔女、マノン先生が着衣の裾をひらひらさせながら下りてきた。

 学園では空を飛んでいる人も珍しくはない。たまにミシェル先輩も飛んでいたりするけれど、容姿のインパクトもあってすごく目立っている。ただでさえ僕とリアのコンビは目立つので猶更だ。場所を変えたくなってけれどマノン先生は全く意に介した様子もなく、

 

「すぐ見つかってよかったよー。二人に報告があってね」

「報告?」

「マノン先生、よくここがわかりましたね?」

「それはまあ、二人の行動パターンは把握済みだから」

 

 僕たちの時間割を入手して行動を予測すればだいたいどこにいるかわかる、という話。そう言われると確かに、マノン先生には放課後の行動までだいたいバレているのだから見つけるのは難しくない。空から探せばさらに早いだろう。

 それで、本題は何かと言うと、

 

「城からの召喚命令です。四日後、午後の一の鐘が鳴る頃に謁見を行う、ってさ」

 

 四日後。

 急なようで微妙に間が空いているタイミングだ。

 

「明後日は休日ですよね。どうせならそこにしてくれればよかったのに」

 

 学園にも週に一度、お休みがある。そこなら授業ともかち合わないし都合がいいのだが、さすが、お城はそこまで配慮してはくれないらしい。

 マノン先生はさらに笑って、

 

「心の準備と受け答えの練習、今日と明日の放課後だけで間に合う?」

「絶対無理です」

「わかればよろしい。あ、正式な書面は使いの人が持って二人の家に向かったから、そっちで受け取ってね」

「使い、ですか?」

 

 しっかりした服装の執事が手紙を持って立っているのを想像して「早く帰ったほうがいいかもしれない」と考えていると、

 

「ふふー。リアちゃんはよく知っている人だよー」

「わたくしが……? あ、もしかして──」

 

 マノン先生は「会って見てのお楽しみだよ」と言って飛び去っていってしまった。彼女の口ぶりだと既に使者とは会っているのだろうし、危険はないと判断したのだろう。

 リアも、

 

「わたくしが想像している通りの相手であれば、クリス様にも是非紹介したいと思います」

 

 と言って微笑むので、僕は「じゃあ、帰ろうか」と笑顔を返した。

 

「はい。参りましょう」

 

 どうせ部室に向かうにしても家の隣だ。行く先は変わらないので、僕たちは早めに使者と対面することにして、家へと帰った。

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