魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
森にほど近い石造りの家の前に人影。
黒のワンピースに白いエプロン。清楚かつ落ち着いた雰囲気のロングメイド服を纏った待ち人は意外なことに二人いて、しかも一人は僕も会ったことのある相手だった。
「コレット……!」
明るい声を上げたリアが小走りに近づく。
心配になった僕が追いかけると、使者のうち僕が知らない方のメイドも一步を踏み出し、リアに向けて手を差し伸べようとした。
幸い少女は転ぶことも調子を崩すこともなくメイドたちの前にたどり着いて、コレットと呼ばれた女性と抱きしめあった。
「久しぶりです。……また会えるとは思っていませんでした」
「コレットも同じ気持ちです、リア様。学園には来るな、という言いつけを破ってしまい、申し訳ありません」
「いいのです。なにか事情があるのでしょう?」
身を離した二人はじっと見つめ合った後で僕の方を同時に振り返った。
息の合った様子になるほど、これならリアの信頼も納得だと感じると同時に少し嫉妬のような感情も覚えて、
「クリス様ですね。お初にお目にかかります。私はコレット。後宮にてリア様のメイドを務めておりました」
黄色がかったふわふわの金髪。鮮やかな翠の瞳。
丁寧な口調とは裏腹に声音には優しさと愛嬌が溢れていて、自然に浮かべられた笑顔とあいまって年齢がわかりづらい。
二十歳は超えていると思うけれど、いくつと言われても信じてしまいそうだ。
「初めまして、クリスです。リア──オリアーヌ様とはえっと、親しくさせていただいているというか」
城からの使いということは、彼女はリアの両親──王族の代理人なわけで。
どんな風に受け答えをすべきか迷いながら言葉を紡ぐと、コレット、いや、コレットさんはくすりと笑って、
「普通にお話してくださって構いませんよ」
「そ、そうですか?」
「はい。クリスさんがリア様と親しい間柄であることは既に伺っておりますので」
「親しい間柄……」
この文脈で言われた場合はほとんど「恋人同士」のことなんだけど。
僕が返答に詰まると、リアも顔を真っ赤にして「コレット」と口を挟んだ。
「クリス様は大切な方ですが、そういったことはまだ何も──」
「わかっております。
「───」
僕たちは揃って沈黙した。
するとそこでこの場にいる最後の一人が口を開いて、
「早く話を進めていただけないでしょうか、コレット様」
「これは申し訳ありません」
にこりと笑ったコレットがくるりと振り返ってもう一人のメイドを紹介する。
「こちらはネリー。
「え?」
「は?」
ぽかん、とした僕は当のメイド、ネリーを見る。
前に着ていたのとは別のメイド服を纏った、ピンクに近い薄い赤毛。女性らしい柔らかな身体つきに見えて体術もそれなりのレベルでこなせることを僕は身を持って知っている。
クローゼットと共に僕たちを襲い、リアを誘拐した、フランシーヌの元専属メイド。
たしか、なんらかの処罰が下ることになると言っていたけれど。
「栄転、ですか?」
「これのどこが栄転なのよ」
「栄えある王家に雇われたという意味では確かにその通りですが、この決定は彼女にとって不本意な役割に就かせる、という罰なのです」
フランシーヌに勝った僕を恨んでいた子だ。それは僕なんかに仕えるのは不本意だろう。
だからこそまともに言うことを聞いてくれるとは思えないんだけど、
「危ないんじゃないですか?」
「ご心配なく。魔道具によって行動を制限しております」
言ってコレットさんが視線を向けたのは、ネリーの首。そこにはコレットさんは着けていない金属製のチョーカーが嵌まっている。
「袖やスカートで隠れていますが、手足にも魔道具が装着されています。これらは自分で外すことはできず、魔力や身体能力は制限され、他人へ危害を与えようとすると激痛が走ります」
「うわ」
「さらに、首の魔道具には主の命令に従わせる効果があります。どうぞ、魔力を流して登録を」
なんだか怒涛の展開に理解が追いつかないんだけど。
コレットさんはにこにこしており、ネリーは物凄く嫌そうな顔でこっちを睨んでいる。けれど逃げ出したり暴れ出したりしないのは無駄だと悟っているからか。
何も対策がなければもうとっくに殴りかかられているところだ。
とりあえず大丈夫そうだと認識した僕はチョーカーへ魔力を流した。表面がぼんやりとした輝きを放ち、ネリーが一瞬「っ」と息を漏らす。
「これで登録は完了です。クリスさん、なにか命令してみてください」
効果が発揮されているかの確認か。
僕はなにがいいか少し考えてから、ネリーが絶対してくれなさそうな命令を選んだ。
「これから僕のことはご主人様と呼んでください」
「……かしこまりました、ご主人様」
苦虫を嚙み潰したような表情ながら要求通りの返答。うん、これは本物だ。
「では、加えて基本的な命令を下しておくと良いかと。あらかじめ命じておけばおかしなこともできなくなるでしょう?」
「なるほど」
魔道具を外そうとするのは禁止、僕たちの悪口を言いふらすのも禁止、許可なく僕たちから遠く離れるのも禁止……などなど、いくつかの命令をして行動を縛る。
これで本人がどう思っていてもネリーは僕に仕えるしかない。
これは確かに罰だ。
「魔道具ってこんなこともできるんですね」
「平民用の魔道具であれば比較的安価で出回っていますよ。これは魔力持ちにも効果のある特別製──『支配の魔女』が自ら製作した高価な品ですね」
ちなみにその平民用だという魔道具の値段も平民の感覚だと目玉が飛び出そうな額だった。
(もちろん、ここで言う平民用は「平民を操る用」ということだ)
「私はリア様のお世話を担当させていただきます。以前と同じように何なりとお申し付けくださいね?」
「ありがとう、コレット。でも、どうして急に?」
「リア様の素性が公になったためです。これまでは身分を隠す関係上、お一人で生活していただく必要がありましたが、秘密にする必要がなくなりましたので、こうしてお世話ができるようになりました」
「コレットさんはその、賛成なんですね? リアの秘密がバレたこと」
「ええ、もちろんです」
にっこりとコレットさんは頷いて。
「一番は後宮で苦も無く暮らしていくことだったかもしれませんが、それはもう叶いません。クリス様という希望にめぐり合えた今、リア様にも『普通の暮らし』をしていただきたいと願うのは当然のことです」
「希望、ですか。……ちょっと恥ずかしいですね」
「胸を張ってくださいませ。クリス様が現在進行形でリア様のお命を伸ばしてくださっていること、コレットはとても感謝しているのですよ」
ぎゅっ、と、手まで握られた僕はその手の柔らかさにどきどきする。
残念ながらというか、お互い手袋を嵌めているので身体的接触はない。彼女も王女付きである以上、そこそこしっかりした身分の人なんだろうし、異性にみだりに触れてはいけない。
僕たちのやり取りにネリーがふん、と鼻を鳴らして、
「私としてはご主人様には積極的に痛い目に遭っていただきたいんですけど」
「……もうちょっと言い方に気を遣ってくれても」
「それはご命令でしょうか、ご主人様?」
魔道具なんかで縛っているんだから当然だけど、取り付く島もない。
「クリス様へネリーを付けたのも変化した情勢への対応です。お二人には健康で長生きしていただかなければなりませんので」
「ありがとうございます。……でも、この家に四人で住むのは大変じゃないですか?」
部屋も少ないしベッドも二つ。男の僕と一緒に住むには酷な環境だ。むしろリアがこんなところに住んでいることがおかしいくらいで。
けれど、これには「問題ありません」と返答があって、
「学園長代行のマノン様がお部屋を拡張してくださるとのことですので」
「マノン先生が?」
「呼んだかな、クリスちゃん?」
噂をすれば、マノン先生が文字通り飛んできた。
「いやー、せっかく描いた図面を忘れちゃってね。取りに戻ってたんだよー」
本当のところは僕たちだけで話す時間を作ってくれたのかもしれない。ともあれ、先生はぱぱっと魔法で(すごい表現だ)新しい部屋を作ってくれた。
今まであった家に横づけする形で増やされた部屋にこれまた魔法でドアを取りつければ、一階に二人分の使用人部屋が増えた。
ついでに二階にも同じだけの面積が追加されて、
「リアちゃんとクリスちゃんの寝室も分けられるようにしておいたよ。……あ、でも、一緒のほうがよかった?」
「い、いえ、その」
「ありがとうございます、マノン先生」
部屋が分かれているほうが万が一、変な気を起こして襲ってしまう心配もない。僕としても安心だ。……ちょっと残念な気もするけど。
「なんか、この家もどんどん豪華になりますね」
「もともと学園の生徒を住まわせるにはシンプルすぎたからねー。これくらいじゃまだまだだよ」
その後、どうせ顔を合わせることになるだろうから、と部のメンバーにもコレットさん、ネリーを紹介した。コレットさんのほうはあっさりと先輩方に打ち解けて、ネリーのほうは、
「少年。彼女、暇な時はこき使ってもいい?」
「どうぞどうぞ」
「ちょっとご主人様? その頭は飾りなのですか?」
例によって文句を言ってきたものの、僕が命令するとしぶしぶ「かしこまりました」と了承してくれる。
「……うん。これ、危険ですね。自分が偉くなったと勘違いしそうになります」
「リア様にとって大事な方なのですから、偉いと言えば偉いんですよ? でも、ネリーへ淫らな行為を命じるのであれば時と場合をお考えくださいね?」
「し、しませんよ、そんなこと!」
「ふふっ。コレットさん。クリス君は純粋ですから、初めては好きな相手がいいんじゃないかと」
「クリスってば、私と身体動かすだけでどきどきしてるもんねー?」
フェリシー先輩とミシェル先輩にまでからかわれた僕は、女所帯に僕一人という劣勢をあらためて実感した。
「ところで、マノン先生? あの子はまだ帰って来られないのですか?」
「あー、うん。もうちょっとかかりそうかなー。試験だけは受けてもらわないと困るけど、最悪特例で個別に実施するかも」
「あの子?」
「研究部の部員だよ。三年生なんだけどね、今は事情があって学園を離れてるから、クリスちゃんたちは会ったことないだろうけど」
まだ部員がいたのか。部屋が余ってるな、とは思っていたけど、今の部員数に合わせて部屋を作ったわけじゃないだろうから気にしてなかった。
ということは三年生、二年生、一年生がちょうど二人ずつなのか。
「一学年に二人なのは伝統なんでしょうか?」
「特にそういうわけじゃないよ。一人の時もあったし三人の時もあったから。でもまあ、変人はそんなに多くないってことじゃないかな?」
変人の集まりの親玉(顧問)に言われると説得力が違った。
「では、リア様。私たちは持ち込んだ荷物を引き取って参ります。クリス様、ネリーをお借りしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「では、行ってまいりますね」
コレットさんたちが荷物を回収しに行った間に僕たちは普段通りの活動に戻った。僕は魔力抜きの作業をして、リアは課題を片付ける。
マノン先生は「うう、研究楽しそう。いいなあ」とか言いながら仕事に戻っていった。まだまだやることがたくさんあるらしい。
「でも、クリスたちも大変だね。お城に呼ばれるなんて」
「コレットさんたちが来たのはその準備も兼ねているのでしょうね。クリス君、しばらくお仕事はお休みしても構いませんよ」
「ありがとうございます。……でも、お休みしている間もモノは溜まっていくんですよね?」
「はい」
「うん」
当然のように頷かれた。やっぱり今のうちに少しでも進めておくことにする。吸収量の調節に慣れてたくさん吸えるようになればたくさんあるガラクタをばんばん減らしていくのも夢じゃない。
「ねえクリス、触ってれば吸収はできるんでしょ? じゃあ右手と左手と右足と左足で別のに触ってればいいんじゃない?」
「まあ、両手で別々のに触るくらいならいいですけど、それ、ぜったい絵的に変じゃないですか」
「残念。見たかったのになー」
「最初から見るのが目的ですか!?」
日が完全に暮れる頃にはコレットさんたちも荷物の整理を終えて戻ってきた。
夕食はみんなで一緒に。ネリーは「調理は料理人の仕事でしょう?」と専門外だったものの、コレットさんは料理人から習ったことがあるとかで僕よりよっぽど「ちゃんとした料理」に長けていた。せっかくなので肩を並べて料理させてもらい、その技術を観察した。
「なんだか恥ずかしいです。私なんて大した腕じゃありませんし」
「そんなことないですよ」
コレットさんもネリーも学園に入れるわけなので一定以上の魔力を持っている。魔法や魔力の扱いもある程度は訓練しているそうで、二人は問題なく魔道具が使えた。
「保温の魔道具や小型の運搬器具も持って参りましたので、今後は食堂から料理を温かいままお運びすることもできますよ」
「それは本当に助かります」
「じゃあ、冷たくて構わない物はミシェルに運んでもらう」
「いいけど、私を使い走りにするのは確定なんだ?」
コレットさんがいればリアの入浴も楽になるし、いろいろと僕たちの生活が改善されそうだ。
これで彼女たちが来た理由、城からの召喚命令がなければ最高なんだけど。