魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

28 / 87
購買部でお買い物

「では、お買い物に参りましょう!」

 

 週に一度の休日。

 朝の身支度を済ませた僕たちを前にコレットさんが意気揚々と宣言した。

 ちなみにリアの入浴なんかはコレットさんが、僕の髪はネリーがやってくれた。リアにやってもらっていたのがなくなるのはちょっと寂しい。

 ちなみにネリーはなんだかげっそりした顔をしていて、

 

「まさか、ご主人様の傍に控えている方が気楽だとは思いませんでした」

「そんなに大変だったんだ」

「誰のせいだと思っているんですか」

 

 睨まれる。原因は昨日一日、研究部の手伝いをしてもらっていたせいだ。

 フランシーヌはわりとメイドを連れ歩いている(連れていない時もあるし、授業には同席していない)けれど、僕は四六時中ネリーについて回られたら気が休まらない。

 ネリーも「お嬢様にどんな顔でお会いすれば良いのか」ということだったので、じゃあ昼間は先輩たちの手伝いをするように、と命令したところ、思い切りこき使われたらしい。

 一日中荷物運びや掃除をさせられた彼女は昨日から「あんなものは小間使いの仕事です!」と文句を言っている。

 魔女の研究には秘密のものも多いので下手な相手には任せられない。そういう意味では大事な仕事なのだけれど、地味な力仕事というのがとにかく合わないようだ。

(ちなみに疲れ自体は回復魔法もあるし、そもそも身体強化で疲れも減らせるので問題ない)

 

 フランシーヌのほうはネリーが王家に雇われたことは承知していたらしい。

 

『そう。貴方の世話係に選ばれたのですね。……その程度の罰で済んだのなら上々でしょう』

『あ、そこまでは知らなかったんだ?』

『知っていたら事前に教えております。使用人の解雇はよくある話ですし、新しい勤め先で何を任されるのかは当家の知る必要のない話でしょう?』

 

 と、まあ話を戻して。

 

「外のお店に行くんですか?」

「いえ、学園内で済ませようと思います。大概の物は揃うはずですし、外に出ると不確定要素が多いですからね」

「下町に行かなければそうそうスリとかは出ませんよね?」

「ご主人様。貴族街には特有のトラブルもあるんですよ。これだから無知な輩は」

 

 貴族が敵対貴族を排除するために雇った暴漢が襲ってくる、なんていうことも稀にあるらしい。

 なんというか、スケールが大きくなっただけでやっていることは平民と大差ない気もするけれど、確かにそれは問題だ。

 特にリアはどんな絡まれ方をするかわからない。

 

「たくさん購入しても大丈夫なように荷車も持って行きましょう。ネリー、準備を」

「かしこまりました」

 

 ツンツンしっぱなしのネリーもコレットさん相手にはわりと素直だ。雇い主が城に変わった今、直属の上司だから当然と言えば当然だけれど。

 

「ところで、お城には制服で大丈夫なんですよね? そんなに買う物があるんですか?」

「もちろんです。基本的には普段の制服で構いませんが、尊き方の御前ですので身を飾っておくに越したことはありません」

 

 何かアクセサリーなどのワンポイントがあるとより映える、とのこと。

 

「それから、お部屋も今のままでは殺風景ですし、今後のために余所行きの衣装を仕立てておくのも重要です。リア様のドレスは何着か持ってきておりますが、クリスさんはお持ちではないでしょう?」

「あはは。そういう機会もなかったので」

「これからはそうとも限りませんから、用意しておいた方がよろしいかと」

「……うーん。お金、足りるかなあ」

「ご心配なく。費用はこちらで負担させていただきます」

 

 リアが持っていたお金は結局ほぼ手つかずで残っている。コレットさんという信用できる大人が来たことでお金の管理は彼女に任せられるようになり、僕もリアに直接甘えるよりは気が楽になった。

 あらためて城から預かってきたお金もあるそうなので財布の心配はしなくてよさそうだ。

 

「ちなみに僕の余所行きってドレスになるんですかね?」

「どちらでもよいかと思いますが、クリスさんでしたらドレスもよく似合いそうですね」

「ご主人様は全く男らしくありませんものね」

「ネリー。クリス様は必要な時に力を振るえる方です。そのような物言いはわたくしが許しません」

「……も、申し訳ございません、オリアーヌ様」

 

 リアにも頭が上がらないのか。……そうするとやっぱり僕にだけ厳しいということになる。心当たりがたくさんあるだけに何も言えない。

 学園内には豪華な購買部があり、その中には幾つかの商会が主張所を設けていたりもする。そこでは採寸の他、衣装等のオーダーメイドも受け付けているので大抵の用はそこで済んでしまう。家によっては御用達の商会が別にあったりするので学園内に呼びつけたり、あるいは実家に呼んでそちらで買い物を済ませたりすることもあるようだけれど。

 

「買い物をするのに向こうから来てもらうっていうのがまずびっくりだよ」

「当然でしょう。商会からすれば大口の顧客です。平民のように大した利益も生まない客とは違うのですから」

 

 ネリーも当然そういう環境に慣れているようでこともなげに言う。

 

「あ、そうだ。コレットさんやネリーに聞きたいことがあるんです」

 

 購買部は学園の東側。僕たちの家とは反対側なので到着するまでにはまだ時間がある。その間を利用して僕は聞きたかったことを尋ねてみる。

 

「なんでしょう、クリスさん?」

「身体強化ってどうやっているんですか? コツとかあったら教えて欲しいなって」

「ああ、なるほど」

 

 頷いたコレットさんは「そうですね……」と思案顔になる。やっぱり口で言うのは難しいのかと思っていると、ネリーがふんと笑って、

 

「他の魔法も同様ですが、身体強化は人によって使い方がまちまちです。私たちと同じ方法で成功するとは限らないかと」

「あ、やっぱりそうなんだ。先輩たちにも聞いたんだけどみんな答えが違ったから」

 

 身体強化は大雑把に言うと「魔力で身体能力を強化する手段」だ。

 言うだけなら簡単なわりに実際に使おうとすると感覚的でコツを掴むまでは難しい。しかも、その感覚自体が人によって全然違ったりする。

 例えばミシェル先輩は微弱な風を纏うようなイメージらしい。動く時はその風に身体を押してもらっているような感じ。

 フェリシー先輩は血液の流れを早めると共に魔力を全身に循環させるイメージ。シビル先輩に至っては強化したい時に魔力を通すと言うよりも普段から魔力で身体の材質そのものを強くして結果、運動能力が上がっているというちょっと危険っぽい方法だった。

 

「そうですね。私は単純に強化したい部位が強くなるイメージをしています。重い物を持つ時は腕を、遠くまで歩く時は足を、といった具合です」

「……私は動物の動きを再現しています。特に肉食獣の動きを」

「ありがとうございます。やっぱり、これも自分なりのやり方を探すしかないんですね」

 

 僕の長所というと魔力操作だろうか。吸収を多用しているおかげで魔力の流れには敏感な方だと思う。血液の流れはともかく、魔力の循環のほうはフェリシー先輩の方法を参考にできるかもしれない。

 うん、ちょっと見えてきた気がする。

 すると、リアが残念そうにため息をついて、

 

「わたくしも身体強化が使えたら良いのですけれど」

「リア様は魔力操作自体が行えませんからね。もしも身体強化に利用できればこの大陸のどんな生き物よりもお強いと思うのですが」

「リアがムキムキのおっさんに腕相撲で勝ったりするのかあ」

「ご主人様? その程度なら私でもできます。馬鹿にしないでください」

 

 ネリーにできるなら僕でもできるようになりそうだ。そう考えるとムキムキのおっさんの立場がない。

 

「あ、見えてきましたね」

 

 休日だけあって購買部は多くの生徒で賑わっていた。女の子が着飾るのを好むのは平民でも貴族でも変わらない。ここには年頃の女の子がいっぱいいるのだから猶更だ。

 

「先にドレスの注文を済ませてしまいましょう」

 

 荷車の管理はネリーにお願いして、コレットさんと三人で中に入る。他の施設と同じように魔法処理の施された建物の中にお店や商会の出張所が入っている。下町の商店や市場とは全く違う、お洒落で落ち着いた雰囲気。生鮮品を扱っているお店もあるからかほんのり果実の甘い香りがする。

 僕たちはいくつかある出張所を順番に覗いて今流行のデザインやおススメのアクセサリーを見せてもらった。

 どこの商会もリアが来たとわかると担当者の顔色が変わる。コレットさんいわく、

 

「リア様が相手となれば下手な品物は出せません。提案された内容や品物を見れば良しあしがわかります」

 

 とのこと。

 僕にはとても目利きできそうになかったけれど、全部見て回ったうえでリアとコレットさんが口にした商会の名前は一致していた。

 あらためてそこに顔を出してドレスを仕立ててもらう。

 

「そうですね。ひとまず季節ごとに一着ずつ、計四着お願いいたします」

「四着もいっぺんに頼むんですか……!?」

「クリスさん。流行とは移ろいやすいものです。季節によって適切なデザインも変わりますから、一年で四着は最低限必要なんですよ」

「平民はせいぜい長袖か半袖かの違いくらいですよ。それだって袖や裾を折れば変えられますし」

 

 とは言ったものの、ここでは貴族の流儀に合わせるべき。「さあ、クリスさんはどうなさいますか?」と尋ねられるので、うーんとうなって、

 

「そうだ。ミシェル先輩が着ていたみたいな──騎士の服? みたいなのでもいいですか?」

「ああ、女性騎士の略式装ですね。そのものや似たデザインだと紛らわしいので駄目でしょうけど、参考に仕立てるのであればありだと思います」

 

 商会の担当者も大丈夫だと請け負ってくれたのでそれでお願いすることに。あれなら格好いいし動きやすさもそれなりにある。畏まった場で荒事なんて起こらないとは思うけど、いざという時に動ける格好をしておいたほうが安心できる。

 

「では、パンツスーツとドレスを二着ずつ仕立てましょうか。春夏と秋冬ということにすれば長く使えますよ」

「結局四着……っていうかドレスも仕立てるんですね?」

「リア様の傍に控えるのであればスーツも良いですけど、クリス様が主役の場もあるかもしれませんし、華やかな場ですと浮きがちになりますから」

 

 僕が主役の場なんてあるだろうか……とは思いつつも、ここは言う通りにする。

 高級かつ新品の衣装なんてそれだけで心が躍るし、こうやって女の子の格好をするのが日常になってみると可愛い衣装を身に纏うのもけっこう楽しい。

 お金の問題がないのであれば着てみたい、という気持ちは正直あった。

 

「スーツも女性用のデザインにしましょうね。それならば男子禁制の場にも出られるかと」

「女装しても男子は男子な気がしますけど」

「あの、もしかしてこちらの方は男性なのですか? 私はてっきり──」

 

 担当者にまで困惑されたものの、これでも一応男だ。ちなみに体型的に衣装のデザインはほぼ女性用と同じもので問題なかった。

 

「下着も併せて注文しておきましょうか。そうですね……八着くらいでしょうか?」

「もうこうなったらお任せします……」

「ふふっ。クリス様、コレットに任せておけば安心ですよ」

 

 購買部には前に来た事があって、その時は既製品の普段着や下着を買ったんだけど、それでもなかなかの出費だった。オーダーメイドとなったらいったいいくらするのか。ぽん、と買えてしまうコレットさんが王家付きのメイドだということを実感した。

 注文した分は今度の城行きには間に合わないので、その分の下着やアクセサリーは既製品から購入する。

 宝石や装飾関係ならこっちのほうが、ということでとある店に移動して、

 

「リアはこういうの、持ってるんだよね?」

 

 きらきらした品々を眺めながら尋ねると、リアは「ええ」と微笑む。

 

「必要となる場に赴くことはありませんでしたけれど、身に着けて楽しむことはありました」

「……そっか。これからいっぱいつければいいよ」

 

 リアにはまだまだ長生きしてもらいたい。寿命の残りを数える人生なんて僕がいる限りは送らせない。

 そういう気持ちもこめて、僕が彼女にできること。

 

「そうだ。リア、僕から一つ贈らせてくれないかな? 日頃のお礼ってことで」

「え? ですが、お世話になっているのはわたくしの方ですから……」

 

 驚いた顔で答えるリアを見て、コレットさんが意味ありげに微笑み、

 

「良いのではないですか、リア様。殿方からのプレゼントを受け取って差し上げるのも淑女の務めですよ」

 

 良い援護だ。心の中で深く感謝していると、リアも「そう、ですね」と頷いてくれる。

 

「では、クリス様? わたくしに似合う物を見立てていただけますか……?」

「……ぐっ」

「あらあら。リア様も隅に置けませんね?」

 

 上目遣いで強請られるのは破壊力がすごい。なんでも買ってあげたくなるのをぐっと堪えてリアに似合いそうなものを探す。

 いざとなったら借金もする覚悟だったけれど、僕の目に留まったのは比較的お手頃な値段の一品。

 青い宝石のあしらわれた銀細工の髪留め。宝石の色がリアの瞳の色に似ていて綺麗だと思った。

 

「これはどうかな?」

 

 手に取って差し出すと、少女はじっとそれを観察した後で、

 

「大事にしますね」

 

 と、両手で包み込むようにして受け取ってくれた。

 さすがに城につけていくには見劣りする品だったけれど、リアはそれから普段使い用の装飾品としてそれを身に着けてくれるようになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。