魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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城行きの朝

「では、ご主人様。私は家に戻って作業をさせていただきます」

 

 週明けの平日、僕についてきたネリーがそう告げたのは、学園の寮が見えてくるよりも前のことだった。

 護衛も兼ねてるなら人が多くなってからの方が危険だと思うんだけど。

 嫌がる理由が分かっている僕はため息をついて、

 

「じゃあまた部室で掃除の手伝いを」

「それは嫌です」

「……命令すれば逆らえないわけだけど」

「嫌がる女性に無理やりするなんて最低のけだものですね。変態。鬼畜。死んだほうがマシの外道」

 

 悪口禁止も命令してしまおうか。

 わりと本気で悩んだけれど、これくらいは許してあげないと可哀想だ。行動を縛っても気持ちまでは縛れない。ストレスはどうしたって感じる。

 それはそれとして、家にいてもそれほど仕事はないはず。

 リアに同行しているコレットさんも困ったように首を傾げて、

 

「お家の掃除でしたらコレット一人で十分です」

「ですからコレット様はオリアーヌ様の傍に控えていていただければ」

「あの、さすがに授業中も傍にいられるのは気が散るのですけれど……」

 

 困った顔でリアが言うと、ネリーは「じゃあどうすればいいのですか」と、髪と同様に薄い赤色をした瞳をつり上げた。

 うん、それはこっちが聞きたいんだけど。

 

「仕方ありませんね。まだ数日ではありますが、ネリーは解雇。別のメイドを派遣するよう城に連絡を取りましょうか」

「でも、迷惑じゃありませんか?」

「何を仰いますか。その程度の対応もできないようではむしろ城のメイドが甘く見られます。それに、無能を遊ばせておく方が良くありません」

「なっ!? 私が無能だと……!?」

「主人の命令に従わず、感情的に異を唱えてばかり。実務面においても不平不満を漏らすばかり。これが優秀なメイドのすることでしょうか?」

 

 にこにこしたまま厳しいことを言うコレットさん。正直、見た目が穏やかで可愛らしいからこそ余計に怖い。

 これにもネリーは折れず、さらに「……私は元公爵令嬢付きのメイドです」と呟く。

 

「あら。元、なのでしょう? 今は城に雇われている身だったはずですが、不満があるというのであればそのご令嬢に泣きついてはいかがですか?」

「こ、コレットさん、そのくらいで」

 

 地味に不満が溜まっていたのか、さらに怠慢を指摘するコレットさん。さすがに可哀想になってきたというか、効きすぎて立ち直れなくなってしまうのではないかと思った僕は慌てて止める。

 コレットさんも「そうですね」と頷いてくれたのだけれど、

 

「あら。何やら騒がしいと思えば、貴方たちだったとは」

 

 顔を合わせるポイントからは離れているにも関わらず、フランシーヌ・フォンタニエが姿を現してしまった。

 びくっとしたネリーは慌てて身を離すか隠れようとするも、とっくに姿は捕捉されているし、命令で僕から遠くに許可なく離れることはできない。

 それでも僕の背中に隠れた(!)彼女はおっかなびっくり「あの、お嬢様」と口を開いて。

 

「ご無沙汰しております。その節は大変なご迷惑をおかけしまして──」

「ああ、ネリー。久しぶりね」

 

 フランシーヌは愛用の扇子を口元に当て、今気づいたという風に元専属メイドを見た。

 

「本当にあの時は困ったわ。私は彼を痛めつけろ、なんていう指示は出していなかったもの。決闘に水を差された気分だわ」

「で、でも。こいつ──ご主人様はお嬢様に酷いことを」

「決闘は神聖なものです。己の持てる力を尽くして戦い敗北した以上、その責任は私のもの。決闘の結果を元に中傷でも行ったのならまだしも、そうでない以上、彼に非はないわ」

「そんな」

 

 元主人から突き放されたネリーは「信じられない」という表情で首を振る。

 僕からすると、決闘で勝ったのをいいことにひどいことをしていたのは以前のフランシーヌの方なんだけど、令嬢に心酔しているらしい彼女にはそう思えないらしい。

 

「あれは、そもそもクローデット様のご命令で」

「つまり、貴方は自分に非はない、と言いたいのね?」

「っ」

 

 唇を噛み、ふるふると身を震わせるメイド。そんな彼女を見たフランシーヌはふん、と笑って僕を見て、

 

「え」

 

 深く頭を下げた。

 誘拐の件を話す時でさえものすごく素直じゃなかったのに一体どうしたのかと硬直していると、

 

「既に屋敷を離れた身とはいえ、元専属メイドの不手際を謝罪いたします。己の職務に誇りと自信も持てず、主人の命令にも従えないとは、フォンタニエ家のメイドとしても失格です」

「私からも重ねて謝罪させてください。教育の不行き届きは同僚である私たちにも責任があります」

 

 傍に控えていたフランシーヌのメイドまでが重ねて頭を下げてくれる。フランシーヌは新しいメイドのことを「口うるさい」と評していた。今のこのコンビはわりと相性が良さそうだけれど、前のフランシーヌに似ているネリーにとってこの「先輩」はあまり好ましい相手ではないかもしれない。

 

「……っ」

 

 唇を噛み、身を震わせるネリー。

 コレットさんがちらりと僕に視線を向けてくる。あまり立ち話をしていると授業に遅れてしまう、という合図だ。

 けれど僕は首を振って成り行きを見守る。

 幸い、辺りに人気は少ない。少し向こうには人の姿がいくつも見えるけれど、校舎とは逆方向のこっちにわざわざ歩いてくるのは知り合いの姿を見つけて声をかけようとする者くらいだ。近づかなければ話し声も細部までは聞き取れないはず。

 

「──でした」

 

 やがて、口を開いたメイドは小さな声で何かを言う。

 

「ネリー。もっとはっきりと口にしなさい」

「申し訳ありませんでした、ご主人様。ご命令に従いますので、どうか解雇だけはお止めください」

 

 よかった。最悪の事態だけは免れたみたいだ。僕はほっと息を吐きそうになるのを我慢して、

 

「じゃあ、部室の掃除をしてくれるかな?」

「かしこまりました」

 

 瞳に浮かんだ涙を拭うと、ネリーは僕たちに一礼してから部室のほうへと向かっていった。

 メイドの姿が遠ざかるまで残された僕たちは何も言わず、それからコレットさんがにっこりと笑って、

 

「お疲れ様でした、クリスさん。本当に申し訳ありません」

「いえ、そんな。フランシーヌも、ネリーを叱ってくれてありがとう」

「……ふん。別に、私のプライドのために謝罪しただけです。貴方のためじゃありません」

 

 令嬢の受け答えに僕は思わず笑ってしまう。本当に素直じゃない。だけど根は悪い子じゃないから、彼女に似ているネリーもきっと気持ちの持って行き方が上手く行っていないだけだ。

 

 ──母さんの敵を殺そうとしているお前だって同じなんじゃないのか?

 

 不意に、心の奥底で誰かが囁いた。

 心臓にナイフを突き立てられたような気分になりながら、僕は「行こう」とみんなを促した。笑顔を取り繕ったつもりだったけど、リアは心配そうに「クリス様?」とこっちを見つめてくる。それに「大丈夫」と返して僕は授業に向かって歩き出した。

 明日はいよいよ城へと向かう日。

 もしかしたら母さんの件にも進展があるかもしれない。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 次の日、お昼前には城から迎えの馬車がやってきた。

 謁見は午後からだけど早めに行って待機しておくのがマナーらしい。その代わり、待機中に軽食なども出してくれる。王族はみんな忙しい身の上なので時間がズレるのはよくあることで、そういうのもあって余裕を持ったスケジュールを組んでいるのだとか。

 そういうわけで、僕たちは朝起きて朝食をとったらすぐに準備を始めた。

 この日ばかりは僕も朝からお風呂に入って身嗜みを整える。と言ってももちろんリアと一緒に入るわけにはいかず、先輩たちが「手伝おうか?」と言ってくるのを丁重に断って一人で入ろうとしたところで、

 

「入浴のお手伝いなら私がします」

「ネリー? 無理しなくても大丈夫だよ?」

 

 昨日の件から嘘のように素直になったメイドが申し出てきた。

 お風呂の手伝いとなると僕は裸になる。ネリーだって裸まではいかないにしても薄い浴衣だけになるわけで、男女だといろいろ問題がある。

 これに関しては嫌だと言っても我が儘だとは思わないのだけれど、

 

「ご心配なく。ご主人様の身体なんて見てもなんとも思いませんので」

「……うん、そっか」

 

 口が悪いのはあんまり変わっていなかった。

 まあ、せっかくやる気になってくれているわけだし、前にシビル先輩と入った時は本当に裸だったし、ここは甘えることにしてネリーと一緒に脱衣所に向かった。

 

 結果、もちろん僕は後悔した。

 

 自分のことは自分でやる前提で一緒に入るのと、手伝ってもらうためにメイドさんと入るのでは全然違ったのだ。

 さらに言うと十四歳のシビル先輩と結婚適齢期を迎えているはずのネリーでは大人っぽさも違う。メイド服を着ている時はそこまで気にならなかったけど、薄い浴衣一枚になった彼女は身体の起伏もわかりやすくてドキドキしてしまった。

 当のネリーが不服そうに「あんまり見ないでください」と睨んできたのが不幸中の幸いだ。

 この調子ならまあ大丈夫かと思って一緒に中に入り、シャワーの操作などはネリーに任せる。自分で魔道具を操作しなくていいというのは正直僕にとってはものすごく楽だ。今まででいちばんありがたみを実感する。

 

「では、お身体を洗わせていただきます」

「うん。……うん?」

 

 二度目の後悔。手のひらにたっぷりとソープを取って泡立てたネリーは直接手のひらを押し当てるようにして僕の身体を泡で包み込んでいく。浴室いっぱいに広がる花の匂い。泡立ちも肌触りも良いそれはコレットさんたちが来た時に一緒に持ってきた高級品だ。

 もともとシビル先輩たちが使っていたのも決して安物ではなかったけれど、これはリア、つまり王女様用。僕もついでに使わせてもらっているけれど、身体や髪を洗うだけでいかにも女の子らしい香りで満たされるので色んな意味で落ち着かなくなる。

 お陰で自分が男だという意識はちょっと薄れてくれるのだけれど、

 

「思った通り、貧相な身体ですね」

「お願いだから放っておいて欲しい……」

 

 背中側から僕の身体を観察したネリーに酷評され、

 

「申し訳ありませんが、下半身の前はご自分で洗ってくださいませ」

「う、うん。それはもちろん」

 

 全部は洗ってもらえなかったけれど、肌の滑らかな貴族女性に手で洗ってもらうのは自分で洗うのとはまったく世界の違う気持ち良さだった。

 全身が良い香りに包まれた後はタオルでしっかり水気を拭き取って、魔道具を使って髪を乾かし、制服に着替える。

 

「なんというか、ご主人様はまったく男らしくないのでそういう意味では多少気が楽です」

「全然褒めてないよねそれ?」

「心外です。とても褒めたつもりだったんですが」

 

 今回はリアに先に入ってもらったので、僕たちの身支度はほぼ同時に終わった。基本的にはいつもの制服姿だけれど、僕は髪の一部をアップにして銀の髪留めを身に着け、リアは暗い赤色の宝石をあしらった髪飾りを身に着けレースの黒手袋を嵌めている。

 僕の手袋なんかも普段使いよりもランクの高い上等な品だ。

 

「あ、二人とも準備できてるねー。うん、可愛い。合格」

 

 馬車が到着するより早く家にやってきたマノン先生も普段とは違っておめかししていた。

 学園の制服にどことなく似たデザインながら、よりドレスに寄せたデザインの黒い衣装。スカートは二重かつ波打つようなデザインになっていて豪華かつ華やかだ。先生が着ると子供が頑張ってお洒落しました、という雰囲気もあって心が和む。

 これは学園の教師服にも少し似ているけれど、

 

「もしかしてこの日のために?」

「そういうわけじゃないよー。副学園長の正装をちょっと仕立て直したやつ」

「学園長服として流用することになるかと思います」

 

 と、先生に同行してきたもう一人の先生が教えてくれる。学園長服、ということは。

 

「順調に繰り上がりが決まったんですか?」

「まだ決まってないもん」

「そうですね。陛下から本日承認を得るのですから正式な決定はこれからですね」

 

 それは既に内定しているってことじゃ……?

 ともあれ、そんなこんなで僕たちは馬車を出迎えた。御者まで学園に入れる人を選んでいるらしく、なんと家の前までやってきてくれる。

 

「思えば、ここへ来てから外へ出るのは初めてですね」

「リア、緊張してる?」

 

 尋ねると、リアはくすりと微笑んで黒レースの手袋に覆われた手を僕に重ねてきた。

 

「クリス様ほどではありません」

 

 魔力吸収を伴わない、リア本来の少しひんやりとした体温。僕はネリーに手伝ってもらいながら初めての馬車へ乗ると、コレットさんから「エスコートの練習をしておきましょうか」と役割を譲ってもらい、リアを馬車の中へと引き入れた。

 初めてでまったく上手くできず、ぎこちないにも程がある感じだったけれど、気恥ずかしそうに微笑んでくれたリアはきっと僕と同じような気持ちだったと思う。

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