魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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少女の秘密、二人の契約

 与えられた地図に従って歩いていくと、敷地のはずれに一軒の真新しい家があった。

 学園の外壁は街の外にある森へ一部食い込んでいて、壁の中にある森は薬草栽培などに利用されているらしい。あまり人が来ないので内緒話に使う生徒もいるとか。

 なるほど、ここなら安全だ。

 石で造られた二階建て。一階は簡単な竈を備えた食堂兼居間+奥に倉庫。二階は寝室になっていて、二人分のベッドとクローゼットがあった。

 僕の体質を知った学園側が急いで用意してくれた設備。

 

 この学園は基本的に全寮制。

 本来の寮はもっと校舎に近いところにあって、そっちには食堂や大浴場まであるそうだ。そう考えるとこれは単に厄介払いされたのかもしれないけれど、

 

「ここを一人で使っていいなんて贅沢だなあ」

 

 母さんと暮らしていたあの家よりも広い。一人になってしまった後、ある人のもとで暮らしていた時もこれよりずっと狭い部屋だった。

 どうしてベッドが二つあるのかは謎だけど、多い分には問題ないし。

 僕は家の中を一通り確認すると、荷物を下ろして学園に感謝した。こんな短時間で家をひとつ作って家具まで運めるんだから魔法はすごい。

 倉庫には保存食もいくらか用意されている。寮の共用設備は使っていいと言われているけれどいちいち往復するのもちょっと大変だし、普段は軽く済ませてもいいかもしれない。

 

「入学できただけでも喜ばないとね」

 

 何年か僕の面倒を見てくれた「あの人」にも伝えたいところだけど、試験に向かう前に「帰ってくるな」と言われている。あれは不合格になるな=帰ってこなかったら合格したと考える、ってことだろうし、心の中でお礼と報告をしておけばいいか。

 とりあえず荷物を整理してしまうことにした。

 と言っても大した量はない。私物は小さな鞄に収まるだけで後は学園から支給されたもの。黒い制服と規則の書かれた紙、それから新入生用の簡単な資料。

 母さんやあの人から読み書きを教わっていて良かった。

 

 それにしてもこの制服、造りがしっかりしているうえに生地も上等だ。

 

 肌着、上着、スカートという構成で、上着は男性貴族の着るスーツに近いデザイン。スカートは貴族の女の子らしいふわりとした形だ。肌着は二枚支給されている。自分の級を表すリボンは首や胸元などいくつか付けられる場所があるので好きにアレンジしていいらしい。

 これ、売ったらいくらになるだろう。

 売ったお金だけで一か月くらいは遊んで暮らせるかもしれない。制服には簡単な防御効果まで施されているらしいので、それを考えればもっとだ。

 

「でも、絶対解除しちゃうよなあ」

 

 上着とスカートに絶対素肌で触れないとか無理に決まっているので大人しく魔力を吸収させてもらった。これでただの服になってしまったけれど、これでも生半可な服よりずっと丈夫だ。

 

「とりあえず試着してみよう」

 

 服は今着ている一着しか用意がない。高かったこの服は街に出る時用に取っておくとして、僕はさっそく制服に腕を通した。

 信じられないほどの着心地の良さ。

 貴族用の服は仕立てからしてぜんぜん違って肌触りがすごくいい。しっかりした造りなのに動きにくさもなくて涙が出そうになった。これで女の子用じゃなければ最高だった。学園内で悪目立ちしないためにも男物を着るわけにはいかないけど。

 二階に姿見まで置かれていたので「せっかくだから」と全身を確認すると、どこからどう見ても貴族の女の子だった。ここ何年かあまり外に出ずに部屋の中にいたのもあって肌もあまり焼けていないし荒れていない。母さんと住んでいた頃より女の子っぽくなってしまった気がする。

 

「……本当に似合ってる」

「はい。とってもよくお似合いです、クリス様」

「ありがとう。オリアーヌも着てみたら……って!?」

 

 慌てて振り返ると、そこにあの子が立っていた。

 

「え、あれ? どうしてここに?」

「申し訳ありません。入り口で声をおかけしたのですが、お取込み中のようでしたので……」

 

 抱えてきた荷物が思いのほか重かったのでつい入ってきてしまったという。

 

「無礼をして申し訳ありません」

「あ、いや、そんなの全然いいけど。荷物まで?」

 

 黒リボンを与えられている彼女は寮の中でトップクラスの部屋を使えるはず。身体が丈夫ではないらしい彼女がわざわざここまで来るということは、

 

「はい。……その、こちらにわたくしを置いていただけないかと思いまして」

「え」

 

 硬直した。

 視線を横に動かせば、二台のベッドが見える。クローゼットも二つあるのでオリアーヌが増えても生活に支障はない。

 僕が男で、彼女が可愛い女の子だっていうことを除けば。

 これはまずい。

 オリアーヌは僕が今まで会った女の子の中で一番可愛い。そんな子が同じ家にいて、別々のベッドとはいえ隣で寝ることになるなんて想像しただけで変になりそうだ。

 僕が赤くなったり青くなったりしていると、雲行きを察したオリアーヌは眉を下げて、

 

「学園では二人部屋を推奨しているらしいのです」

「え? ああ、そうらしいね。貴族は嫌がりそうだけど……たしか、同じ時を過ごした仲間との繋がりはかけがえのない財産になるから、だっけ」

「ええ。ですので、この部屋も二人用に造られているそうでして」

 

 部屋選びは個人の判断に委ねられている。誰かと一緒なんて耐えられない、という生徒は一人部屋でも構わないし、この子と一緒になりたい! という相手がいればその子と組むこともできる。

 黒リボンには最優先で部屋を選ぶ権利があるので、

 

「わたくしはこちらの()を使わせていただこうかと」

「い、いや、でも! ここはたぶん寒いし! ほら、オリアーヌは身体弱いんでしょ? ちゃんとした寮のほうがいいんじゃないかと……!」

「クリス様。わたくしがこちらにいてはお邪魔でしょうか……?」

 

 邪魔じゃないから困っているんだけど。

 

「そうじゃなくて、えっと」

 

 僕が言い淀んでいると、オリアーヌは意を決したように息を吸い込んだ。やや下を向いた視線がかすかに潤んで、

 

「部屋の過ごしやすさよりも、クリス様のお傍にいたいのです」

「……どうして、そこまで?」

 

 言い方は悪いけれど、僕と彼女は今日会ったばかりだ。そこまで信頼してもらうほどの仲じゃない。むしろ、彼女から見たら「無茶なことをする平民の娘」なわけで。

 それとも僕が男だって気づいていて、しかも一目惚れしたとか……いや、ないな。

 すると。

 

「それは、わたくしが──わたくしも、特異体質だからです」

 

 馬鹿なことを考えていた僕をよそに、彼女は真剣な表情でそう告げた。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 オリアーヌの特異体質が明らかになったのは生まれて間もない頃だったらしい。

 

 ──魔力の保有量に限界がない。

 

 魔力は時間経過や休息で自然回復する。けれど持っていられる魔力量には個人ごとに限界がある。普通「魔力量」と言った場合にはこの限界の大きさのことだ。

 なのに、オリアーヌは身体にいくらでも魔力を溜め込める。

 放っておいても回復していくものだ。現在、彼女が保有している魔力量は伝説級の大魔女が束になっても叶わないレベルに達しているという。

 

「体質の影響なのでしょうか。わたくしには魔力を操る才能が欠けております。魔力を溜め込むだけで放出することができないのです」

「それ、大丈夫なの?」

 

 魔力操作ができなければ魔法を使うこともできない。魔力はただ溜まっていく一方。

 当然、悪影響が出ないはずがない。

 

「理論上、わたくしは無限に魔力を蓄えられます。……けれど、大きすぎる魔力は身体に負荷をかけます」

 

 人間の身体を器に例えたとする。普通は器の大きさまでしか水(魔力)を注げないけれど、彼女の場合は注げば注ぐほど器が大きくなっていく。ただ、それは大きな器に交換されるということではなくて、水の量に従って器が薄く脆くなっていくということ。

 保有量が多くなるほど体力は削られ、健康に悪影響が出る。

 目を細め「他の方に打ち明けるのはこれが初めてなのですが」と自嘲するオリアーヌ。

 

「わたくしの年齢は十六歳。もはや成長すら阻害されているのです。計算によると、余命はもう一年もないとか」

「……そんなのって」

 

 僕と同い年くらいに見える可愛い女の子。ただ、それだけで済ませられるような簡単な話じゃなかったんだ。

 あの時、具合が悪そうにしていたのも大きすぎる魔力の影響。いつものことだ、と言っていたのは、彼女にとって()調()()()()()()()()()()()()()()

 唇を噛む。

 僕の特異体質なんて比較にならないほど辛い境遇だ。彼女が悪いことをしたわけでもないのに、あと一年しか生きられないなんて。

 

「家の名前を言えなかったのも、それが理由?」

「……その通りです。家族からもわたくしは『いないもの』として扱われていました。魔力が『あるだけ』のわたくしなど厄介者でしかありませんから」

「酷すぎる」

 

 彼女を放っておけなかったのは予感があったからなのかもしれない。

 母さんと同じだ。

 魔法によって命を奪われる女性。母さんだって魔法に殺されなければもっと生きられた。きっと、僕はオリアーヌにも同じようなものを感じていたんだ。

 でも、彼女はまだ生きている。

 だったら、殺そうとする魔力を逆に殺してやればいい。

 

 出会った時、手を握ったことで彼女が楽になったのを思い出す。あれは気休めなんかじゃなくて、実際に症状が少し緩和されていたのだとしたら。

 

「僕ならなんとかできるかもしれない。僕が魔力を吸収すれば、オリアーヌは助かるかもしれない」

 

 拳を握って言うと、オリアーヌは「はい」と微笑んだ。

 今にも消えてしまいそうな儚い微笑み。

 

「わたくしも、それをお願いしに参りました。……ここへ来たのは全て保身のため。全てわたくし自身のためなのです」

「そんなの」

「いいえ。わたくしは我が儘で、身勝手で、傲慢です。ですから、わたくしにできることがあればなんでもさせてくださいませ。その代わりに、わたくしを助けてください」

 

 一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくるオリアーヌ。

 今までずっと無理をしていたのか、僕の前まで到着したところで倒れ込みそうになる。慌てて受け止めると、その身体は驚くほど軽かった。

 十六歳どころか同い年の子だと考えても軽い。

 服の上からでもわかるほど熱も高くて、これじゃ今にも死んでしまいそうだ。

 

「触るよ、オリアーヌ」

 

 囁くように尋ねると、彼女は上目遣いに僕を見て、

 

「リア、とお呼びください。そしてわたくしを、リアを助けてくださいませ」

「わかった。……リア」

 

 ベッドに彼女──リアを座らせて両手をぎゅっと握る。今は手袋をしていないので『魔力喰らい(マナ・イーター)』が発動。じわりと温かさが染みこんでくる感覚。あの時は気づかなかったけど、今は身体に魔力が流れ込んでくるのがわかる。

 リアは深呼吸を何度も繰り返し、やがて呼吸を落ち着けた。

 

「少しは楽になった?」

「はい。少しだけ、ですが。……我慢するのではなく、本当に辛さが和らいだのは初めてです」

「辛かったんだね」

「いいえ。そのようなことはありません」

 

 少女は微笑んで首を振る。

 

「確かに、家族からはいないものとして扱われていました。けれど、わたくしを人として扱ってくれる人も確かにいたのです。何人もの使用人がわたくしを気遣い、励まし、今日この日まで生かしてくれました」

「リア」

「そして今日、あなたに出会うことができた」

 

 リアの魔力は自然回復──というか、増加していく。

 多少吸収したくらいじゃすぐに元通り。ほんの少しの延命にしかならない。本当に救おうと思ったら定期的に、時間をかけて吸収していかないといけない。

 

「クリス様にも事情がおありなのでしょう? ……殿方でありながら学園に通うなど前代未聞です」

「知ってたんだ」

「フランシーヌ様が触れ回っておりました。今頃はきっと、学園中に広まっているかと」

「あいつは、本当に。結局リアに謝ってないし」

「構いません。クリス様が助けてくださいましたから。たった一日の間で、三度も」

 

 重ねられたままの手を持ち上げて頬に当てるリア。その感触を確かめるように目が細められて、

 

「もっと、触ってくださいませ、クリス様。わたくしのすべてをあなた様へ捧げます。如何様にでもお好きなようになさってください」

 

 女の子のいい匂い。

 使用人に世話されていた身分の証拠に、リアの身体には埃っぽさも汗臭さもまったくない。髪はさらさらで肌は柔らかくて、平民の女子とは全く違う。

 ベッドに寝かされて、はあ……っ、と漏らした吐息も大人っぽくて。

 つい、ごくり、と息を呑んでしまった。

 

「しないよ、ひどいことなんか」

 

 高級そうな服に傷をつけたりしないように丁寧にめくり上げながら、僕は彼女に約束した。

 

「だから、もっと生きて欲しい。もっと笑ってほしい。じゃないとリアが報われない」

「ありがとうございます。……クリス様」

 

 お腹にそっと触れた手が彼女の身体から余分な熱を奪って、少しだけその命を伸ばした。

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