魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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城での出来事

 今まで遠目でしか見たことがなかったお城は実際に訪れると思っていたよりもさらに大きかった。

 学園の校舎も大きいけれどそれ以上。

 外壁は白がメインカラーで、デザインは学園の施設に比べると重厚感が強い。

 視界に入るだけで何人もの兵士が警備をしていて、そのうえさらに騎士らしき姿も複数見える。馬車を降りた僕たちは十人近い使用人に出迎えられた。

 

「お帰りなさいませ、オリアーヌ様」

「ようこそいらっしゃいました、ヴェルレーヌ副学園長」

 

 声をかけられたリアはどうしていいのかわからない、という表情で「ありがとうございます」と答え、僕の手を握り直した。

 リアのおまけ扱いらしい僕は彼女の手を握りなおすことしかできない。

 こうして王女として出迎えられるのは悪いことじゃない。これなら悪いようにはされないだろう、と思うけれど、なんだかいきなりすぎて置いてけぼりといった感じだ。

 そこへマノン先生が小さく、

 

「さすが、お城は堅苦しいねー。だから来たくなかったんだよ」

 

 いつも通りの彼女に少し心が和む。

 それから、控え室へと案内された。中の調度品も豪華で、例によっていくらかかっているのか気になってしまう。

 通路はかなり入り組んでいて、慣れていないとまよいそうだ。

 

「これ、攻め込むのも一苦労なんだろうなあ……」

「そりゃあね。建物も魔法強化がされてるし、ちょっとやそっとじゃ壊せないよ。お城っていうのは最後の防衛拠点でもあるからね」

 

 何気ない呟きに応じてくれたマノン先生は「まあ、魔女に一方的に来られたらひとたまりもないけど」と小さく付け加えた。

 この前見たクローデットの魔法。あんなのをぽんぽん撃ち込まれたら確かに大損害だろう。

 

「では、ごゆっくりお寛ぎください」

 

 複数人のメイドさんが控えてくれて、お菓子に軽食、お茶がたっぷりと出される。

 

「これ、食べきれないんじゃ……」

「食べきらなくていいんですよ。むしろ全部食べてしまうと、おもてなしした側がお客様を満足させられなかった、という意味になります」

「なるほど」

 

 コレットさんの説明に深く頷いた僕は、なにかほんの少しだけ違和感を覚えた。

 説明の内容に、じゃない。

 恭しく控えているメイドさんたちからちくちくした雰囲気を感じたのだ。見た目から睨んできているわけじゃないし、気のせいかもしれないけれど。

 

「二人とも、受け答えは頭に入ってるかな? 特にクリスちゃん」

「そう言われると自信がなくなってきます」

 

 眠くならない程度にお腹を満たしたり、謁見の最中に困らないように用を済ませたり、受け答えをおさらいしていると「陛下がお会いになります」と声がかかった。

 

「じゃ、行こうか。リアちゃん、クリスちゃん」

「マノン先生は気楽そうで羨ましいです」

「そう見えるとしたら場数の差だよねー。あとわたし、それなりに偉いから」

 

 魔女学園の副学園長なら確かにこの国で上から数えた方が早い。

 入り組んだ通路を敢えて遠周りするような感じで進んで辿り着いたのは謁見の間。身長の倍はありそうな大きな扉が二人がかりで開かれると、その奥に真っすぐ敷かれた広い絨毯と、高く上げられた床の上に二つの椅子。その上には冠を着けた男女が座っている。

 周りには騎士と兵士が軽く十人以上。

 他にも貴族らしき人が何人も見物(?)するように立っていて、僕たちより先に跪いている人の姿もあった。

 

 ──紅の髪にシックなドレスを纏った大人の女。

 

 クローデット・フォンタニエの姿に僕は一瞬動揺するも、事前に受けたレクチャーを思い出し視線を真っすぐ前に向けたまま歩いた。

 決して上段の二人とは目を合わせずに跪いて、

 

「魔女学園副学園長マノン・ヴェルレーヌ。および生徒二名、ご命令に従い参上いたしました」

「うむ。面を上げよ」

 

 あらためて視界に入った国王夫妻。

 陛下は今年で五十歳になる。王妃様は四十二歳。二人とも色合いは違うものの金髪であり、リアとはあまり似ていない。

 ただ、悠長に観察している余裕はなかった。すぐに話が始まったのもあるけれど、場の空気と二人の纏う威厳に圧倒されたからだ。

 僕には不釣り合いな場ではあるけれど、間違っても素の口調でなんて喋れない。

 

「珍しく素直に召喚に応じたではないか、マノン」

「恐れ入ります。できれば言い訳をして逃れたいところでしたけど、クローデットちゃんがやらかしたのもありますし、生徒たちの引率もしないといけませんでしたから」

「生徒たちに感謝というわけか。……其方らも楽にせよ」

 

 陛下の声を受けて僕は少しだけ姿勢を崩す。

 楽にせよ、という言葉は「対等に話をするよ」という意味ではなく「多少は粗相があっても見逃すから安心してね」という程度の意味だ。機嫌を損ねるような真似をしたら普通に処罰される。

 マノン先生から前もってそう教えられた時は「罠かな?」と思ったけれど、この場の雰囲気なら普通に勘違いする余地はなかった。

 

「さて。先日、魔女学園で起こった騒動についてはすでにおおよそ把握している。……それについての沙汰を下したいところだが、その前に話すべき事柄があるな」

 

 そうして視線を向けられたのは──リア。

 

「件の騒動においてクローデット・フォンタニエは我が王家の秘密を公に晒した。その秘密は我が末の娘、オリアーヌの存在である」

 

 場にいる人間たちも既に知っていたらしく、これには驚きの声を見せない。

 クローデットも跪いたまま。

 

「本件については事実だ。オリアーヌは正しく我がヌベルリュンヌの王女である」

 

 次いで紡がれた言葉には驚きこそないものの、事実を重く受け止めるような吐息が聞こえた。

 

「久しいな、オリアーヌよ。故あって其方を隠し、育てねばならなかった事をあらためて詫びよう」

「とんでもございません。……このような事態を招いてしまった原因の一端はわたくしにあると認識しております。大変申し訳ございません、陛下」

「よい。其方の特殊な体質について朗報もあった」

 

 そこで、会話を黙って聞いていた僕に視線が向けられる。

 途端、その場にいる全員がこっちに注目するのを肌で感じて僕は全身を鎖で絡めとられたような感覚を覚えた。

 

「クリスよ。オリアーヌを守り、その体質改善に努めてくれた事を心より感謝する」

「勿体ないお言葉でございます」

「うむ。もう少し顔を上げよ。もっとよく顔を見たい。……ああ、なるほど。確かによく似ている。シルヴェール・レルネの面影がある」

「母をご存じなのですか?」

「知っているとも。顔を合わせたのは数えるほどだが、印象に残っている」

 

 やっぱり母さんはシルヴェール・レルネで間違いなかった。

 

「今回、其方らを呼んだ用件の一つはオリアーヌ、並びにクリスの処遇についてだ。処遇と言っても悪い話ではないがな」

 

 誰もが固唾を飲んで待つ中、陛下は厳かに、

 

「まずはオリアーヌ」

「はい、陛下」

「其方を正式に我が王家の一員と認める。同時に其方に王位継承権を付与し、継承順位第十三位とする」

 

 これにはさすがにどよめきが起こった。

 王位継承権。陛下に何かあった際に王位を継ぐ権利のことだ。十三位ともなると上にいる十二人が死んだり大怪我をしたり行方不明にでもならないと順番が回ってこないので形だけの権利と言っていいけれど、だとしてもあるのとないのとでは周囲からの扱いは全く変わってくる。

 

「陛下のご厚情に心より感謝いたします」

 

 目を伏せ、静かにリアが答えると陛下は「うむ」と僕を見て。

 

「クリスよ」

「はい」

「其方にはオリアーヌの従者として働くことを命じる。無論、一定の褒賞を用意し、我からの認定を受けた証を授ける。どうか?」

「身に余る光栄。謹んでお受けいたします」

 

 練習してきて良かったと心から思いながらギリギリ噛まずに答えた。

 要するにこれからもリアを守ってくれということ。言われるまでもなくそうするつもりだったし、お金まで出るなら言うことはない。平民ではあるけれど、まあ、コレットさんの同僚くらいの地位にはなったと思っていいだろうか。

 と、思っていると、どういうわけかこれまでで一番のどよめきが起こって。

 

「よし。……とはいえ、王女の従者ともなれば相応の箔も必要だな。爵位の一つでもあると良いのだが」

「っ」

 

 さっきの動揺はこれを見越していたのか……!? と、僕は息が詰まりそうになった。

 

「シルヴェールの実子であればレルネの係累と言ってよい。追ってなんらかの接触があるであろう」

「もし、レルネ家が養子縁組等の処置を拒んだとしても他家が放ってはおかないでしょう。……少なくともいくつかの家は既に動いているかと」

「ほう。そこにヴェルレーヌは含まれているのか?」

「この場でわたしの口からなんとも申し上げられません」

「そうか」

 

 マノン先生の受け答えに陛下は何やら笑っているけれど、僕はそれどころじゃなかった。

 リアの従者になるだけならともかく、爵位に貴族への養子縁組って話が飛び過ぎだ。

 先生に「聞いてませんよ」と視線で抗議すると「びっくりしたでしょ?」とばかりにウインクされた。びっくししすぎて心臓が止まるかと思いました。

 

「では、最も重要な用件に移るとしようか。オリアーヌやクリスにも関係する。先の学園での騒動とクローデット・フォンタニエの処遇についてだ」

「───」

 

 確かに、これが一番重要だ。

 陛下付きの文官がまず、あらかじめ作成された書類を読み上げる。あの事件の概要は良くまとめられていて、特に補足するところも文句をつけるところもなかった。

 

「この一件に関してクローデット・フォンタニエへの追加の処分は考えていない」

 

 確かにリアを誘拐はしたけれど、薬を嗅がせただけで身体には傷をつけていないし、魔石への魔力供給については事前に王家から依頼を受けていた「リアの体質をなんとかする」という件の延長にすぎない。

 学園内で起こした騒動に過ぎない以上、学園内での権限を失うということで十分に適当と考える、とのこと。

 

「ただし、これはクローデット・フォンタニエ──其方に翻意や悪意が無かったと仮定した場合の話だ」

 

 ここで初めてクローデットは顔を上げた。

 少し痩せただろうか。二週間くらいしか経っていないのだからそうそう変わらないかもしれないけれど、心労もあるだろうし、そう見えてもおかしくはない。

 

「クローデットよ。其方はオリアーヌ、ひいては王家に反逆する意思を持っているか」

「誓ってそのようなことをはございません」

 

 真っすぐに陛下を見返して答えるクローデット。

 僕も彼女が悪だくみをしているとは考えていない。少なくとも国のことは本気で大事だと思っているはずだ。

 

「では、シルヴェール・レルネおよびその息子、クリスに対してはどうだ?」

「───」

 

 次の質問が投げかけられた途端、クローデットの表情が硬くなった。

 返答に間を置こうとする彼女を見てマノン先生が口を開き、

 

「言っておくけど、クローデットちゃん。この場で嘘をつくと後が怖いよ」

「わかっています。嘘をつくつもりはありません」

 

 そう答え、あらためて口を開いたクローデットはこう言った。

 

「私はシルヴェール・レルネを恨んでおります。ですが、その息子に殺意を抱いてはおりません。……そして、シルヴェールを殺害したのは私ではありません」

「っ!?」

 

 無意識に拳へ力が入った。

 クローデットは僕のほうを見ない。彼女は表情を整えていて何を考えているかわからない。

 そんな僕にマノン先生が、

 

「調べはついているんだよ。事件の後、学園内にあるクローデットちゃんの部屋やフォンタニエ家のお屋敷を調べてね」

 

 事件の証拠固めと並行して母さんの件についても何か情報がないか調査が行われた。

 

「シルちゃん──シルヴェール・レルネがクローデットちゃんに宛てた直筆の手紙が出てきたんだ。日付はシルちゃんが死ぬ半年くらい前だった。手紙の内容は今暮らしている場所と『自分が死んだら息子をお願い』という、()()()()()()()()だった」

 

 言葉が咄嗟には出てこなかった。

 理解が追いつかない。母さんがクローデットに僕を託していた?

 

「シルヴェール・レルネは何らかの理由から命の危機を感じていた。故に息子を他者に託そうとした。よもや自らの命を脅かしている張本人に息子を託す事はあるまい」

「でも、そんなこと全然」

 

 生き残った僕を引き取ったのはぜんぜん別の人だった。

 本当にそんなことがあったのなら僕はクローデットに引き取られていても良かったはずだ。

 これにもクローデットは淡々と、

 

「無視したのよ。私はシルヴェールからの手紙に返信せず、彼女へ会いにも行かなかった。……半年も経って、仕事の合間に少しだけ纏まった休みができたからと気まぐれで会いに行って、あの子の家が見えてきたところで()()()()()()()()()()

「シルちゃんはクローデットちゃんのことを親友だと思っていた。でもクローデットちゃんはそんなに単純な気持ちじゃなかった。素直になれないまま時間が過ぎて、やっと会いに行ったと思ったら一足遅かった。それが真相みたいだね」

「私は吹き飛んだ家を見てようやくシルヴェールの真意を理解した。……何もかも遅かったことも。あの子を殺すほどの魔法ならその息子も生きているわけがないと、私はその場から逃げ出した」

 

 遠ざかっていく赤髪の女はクローデットで間違いなかった。

 でも、あれは母さんが死んだのを確認して去っていく犯人じゃなくて、ほんの少しだけ間に合わなかった母さんの親友だった?

 

 クローデットが犯人じゃなかったのは正直少しほっとした。

 

 それならあの事件での行動が演技めいていたのも納得できる。ああやって攻撃してきたのもリアの秘密を明かして彼女の地位を守ると同時に、僕をリアの傍につけるための作戦だったのかもしれない。

 でも。

 

「それじゃあ、母さんを殺した犯人は誰だっていうんですか」

「私もそれを探しているわ。三年間、ずっとね」

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