魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
『クローデット』『クローデット』『クローデット』
シルヴェール・レルネから名前を呼ばれた回数は数えきれない。
クローデット・フォンタニエがシルヴェールの名を呼んだのは数えるほどだった。
自分にないものを持っていた少女。
本当の天才というのは彼女のことを言うのだとはっきり思い知らされる、百年経っても敵わないだろうと感じさせられる、憎い相手。
勝ちたくて、超えたくて、三年間必死に努力したというのに、結局、首席はシルヴェールが持っていった。
だというのに彼女は勝ち誇るでも嫌味を言うでもなく、周囲からの賞賛を素直に喜び、そしてクローデットにこう言ったのだ。
『楽しかった』
満面の笑顔で。
『これからも友達でいてくれる?』
クローデットはこみ上げてくる苛立ちを抑えきれないまま、吐き捨てるように答えた。
『貴女はこれまでもこれからも、私にとって「越えなければならない壁」よ』
シルヴェールは「そうだよね」と笑って、クローデットの前から去っていった。
それ以来、二人が顔を合わせたことは一度としてなかった。
◇ ◇ ◇
「クローデット・フォンタニエに反逆の意思はない。……オーレリアの存在を秘匿し続ける我らに対する抗議の意思はあったものの、それはクリスという、オーレリアにとって救いとなる存在を発見したことも一因となっている。王女の命を救おうとしたその志を我は最大限に汲みたいと思う」
クローデットには十分な額の退職金が出されることになった。
半分は学園から、半分は王家から。勤続年数から考えれば過剰と言っても良い額は、学園長という強力な肩書きを失うことへのせめてもの補填という意味がある。
王家が配慮したという事実からフォンタニエ家への批判も抑えられる。……このあたりは僕には理解しきれない内容なので、後になってからマノン先生から教えてもらった内容も含むけれど。
「クローデットよ。もし其方が望むのであれば宮廷魔女団に席を設けようと思うのだが」
「大変有難い申し出ではございますが、辞退させていただきます。寛大なるお許しをいただいたとはいえ、今は慎むべき時と存じております」
「そうか。残念ではあるが仕方ない。では、クローデット・フォンタニエの処遇についてはこれで決定とする」
決定事項は書記官が記録し、正式な文書として残される。
貴族たちにも公表されるのですぐに広まるだろう。
「さて。先の一件に関連する事柄になるが、クローデット。其方はオーレリア、およびクリスの能力が悪用される可能性について危惧していたな? あれは単なる口実か?」
「いいえ。オーレリア様の類稀なる魔力量は確かに争いの種となりうるかと」
「ふむ。して、オーレリアを狙うとすればどのような者だと其方は考える? 無論、これは犯人を言い当てろと言うわけではない。あくまでも参考として尋ねるだけだ」
そうは言ったものの、一同の注目は当然集まる。
そんな中、クローデットは一拍の間を置いてから静かに答えた。
「古の魔女の力と知識を復活させ、魔女のさらなる復権を狙う一派。……私はその暴走を危惧しております」
どよめき。続いて「証拠はあるのか!」という声まで上がる。抗議の声を上げた人間は「静粛に!」と注意を受けたものの、ざわめきまでは完全に収まらない。
陛下も難しい顔をしたうえで「そうか」と答え、
「心に留めておくとしよう。……宣言通り、その見解について我から是も非も口にするつもりはない」
「心より感謝いたします」
最後に、マノン先生の学園長就任が陛下の承認によって正式決定された。
「学園長という大任、心して努めよ」
「わたしなりに精一杯、励ませていただきます」
マノン先生らしい飄々とした答えに控えめな拍手が贈られ、謁見は締めくくられた。
帰りの馬車が準備できるまで、ということで再び控え室に送られる僕たち。クローデットは別で帰るらしく一緒には来なかった。
ふかふかのソファへ腰を落ち着けた僕は多少肩の荷が下りたのを感じつつも、完全にほっとする気分にはなれないまま紅茶に口をつけて、
「母さんの件はあれ以上、触れてくれませんでしたね」
「まあ、シルちゃんの件は今回直接は関係ないからね」
僕への殺意があったのかどうか、今回の件に関係があるのかどうかを確認するために話題が出ただけで、母さんを殺したのが誰かを追求する場ではなかった。
「でも良かったんじゃない? これでフランシーヌちゃんとも気楽に付き合えるし、クローデットちゃんが犯人かも、ってもやもやしたままよりは良いでしょ?」
「そうですね。……結局、わからないことはわからないままですけど」
ため息をついた僕をリアが「大丈夫です」と元気づけてくれる。
「きっと、いつか真実がわかります。みなさまも協力してくださるはずです」
「もちろん。わたしも協力するよ。シルちゃんみたいな凄腕が殺されたなんて、明日は我が身かもしれないしね」
僕はリアとマノン先生に微笑みを返して感謝を示した。
そんなところで控え室のドアがノックされて、一人のメイドが入ってくる。その後ろには黒いフード付きのローブを身に着けた女の子が一人続いていた。
濃い青色の髪と瞳。それなりに整ってはいるけれどあまり特徴のない顔には人当たりの良さそうな笑みが浮かんでいる。
「失礼いたします。ヴェルレーヌ様へのお客様をお連れいたしました」
「あれー、ララちゃん。久しぶり。元気そうで良かったよー。どうしたの?」
「お久しぶりです、マノン先生。学園長就任おめでとうございます」
「もー。ぜんぜんおめでたくないってわかって言ってるでしょ。またお仕事増えて大変なんだからね?」
先生に可愛く睨まれた彼女──ララは「失礼しました」と悪戯っぽく笑うと僕たちを見て、あらためて一礼した。
「初めまして。ボクはララ。学園の三年生で研究部所属です。だから一応、君たちの先輩っていうことになるのかな?」
「あ、じゃあ、もう一人いる先輩って」
「そ、ララちゃんのこと。彼女は在学中から宮廷魔法師団にスカウトされてお仕事してるんだよ。そろそろ学園に戻ってきて欲しいんだけどねー」
「恐縮です」
肩を竦めて笑うララ先輩。なかなか気さくそうな感じだけど、在学中からスカウトってかなり凄いことなんじゃ……?
「あの、失礼ですけれどララ様のご出身は?」
「ボクは平民出身なんです。ですから気軽に呼び捨ててください、オリアーヌ王女殿下」
ある程度崩した口調ながらへりくだった態度は崩さずに答えるララ先輩。
他の先輩はみんな「リア」って呼ぶので新鮮だ。いやまあ、たぶんこっちが普通なんだろうけど、なんかあのノリに慣れてしまったのでちょっと不思議な感じがする。
リアが王女だってわかる前からの知り合いとわかってから会った人、という差もあるかもしれない。
「それで? どうしたのララちゃん。まさか挨拶のためだけに来てくれたわけじゃないでしょう?」
「はい。いや、マノン先生に比べたら全然暇ですから会いに来るくらいしたいんですけど、ここの場所を教えてもらえたのは『長』の指示があったからです」
「ははあ。なるほどねー、そういうことか」
納得したと頷くマノン先生。
当然、僕とリアは顔を見合わせるしかなかったけれど、長というのはひょっとして、
「宮廷魔法師長がみなさんに会いたいそうです。どうですか? 狭苦しいところですけどお茶くらい出ますよ?」
爽やかに笑うララ先輩。
特に邪気はなさそうだし応じてもいい気がするけれど、宮廷魔法師団についてはこの前「気をつけろ」と言われたばかりだ。ちらりと後ろに控えているコレットさん、ネリーを窺うとそれぞれ困った顔と嫌そうな顔。二人ともあまり気は進まない様子だ。
ネリーの元主人、フランシーヌは元学園長。卒業生をぽんぽん引きぬいて持って行く宮廷魔法師団にいい感情がなくても当然。
そう考えると学園の生徒であり、マノン先生と親しい間柄でありながら魔法師団にいるララ先輩も怪しい立ち位置かもしれない。
「マノン先生、こういう時ってどうしたらいいんでしょう?」
「うーん。お茶なら美味しいのを十分飲ませてもらったから、って言いたいところなんだけど」
先生もこれは悩ましいらしく軽く腕組みをして、
「ま、せっかくだから行ってみようか?」
「急に即決しましたけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。わたしたちの行先はここにいる全員が知ってるんだし、なにかあったら大問題だよ。いくら相手が怪しい奴らだからって殺されたりとかないない」
「怪しい奴らはひどいと思うんですけど、まあその通りですね」
苦笑するララ先輩。まあ、宮廷魔法師団が怪しい奴らなら魔女学園の関係者も同じくらい怪しい気はする。要するにどっちもどっちだ。
「ぶっちゃけると、わたしたちに本当に用があるなら何度でも声をかけてくると思うんだ。だったらわたしが一緒にいるこのタイミングで会っておいたほうがいろいろ対処しやすいでしょ?」
「それはとても助かります」
「ララ様。その場にはコレットたちも同席して構いませんか?」
「特に使用人の人払いは命じられていないので、大丈夫だと思いますよ」
そういうことならと、僕たちは求めに応じることにした。
ララ先輩の案内で移動し、城と長い渡り廊下で繋がった別の建物へ。黒く丸い外見をしたその建物が、
「魔法院。宮廷魔法師団の根城だね」
「根城って」
メンバーのはずの先輩まで「怪しい奴ら」風の表現で言いいながら率先して中へ。
中は少し埃っぽいにおいがした。
部室と比べると何倍も大きいし、入ったところは部屋じゃなくて広いロビーだったけれど、印象としては近い。人は多いようで、見渡しただけでも書類やら魔道具やらを抱えてせわしなく歩く姿がいくつもある。その多くが黒いローブ姿の女性だ。
学園内と決定的に違うのは男の姿が多いことだろうか。彼らはローブではなくシンプルな黒い服を纏い、魔女の後を助手のようについて行ったり、もしくは一人で荷物運びをしている。
「けっこう学園とは雰囲気が違いますね」
「あはは。クリスはこっちの方が落ち着くかな? 学園と違ってここは研究機関っていう意味合いが強いから、かなり雑然としてるしね」
「宮廷魔法師団には男性でも入れるのですか?」
「入れますよ。もちろん、女性とは差がつきますけど」
魔力持ちの女性が二等団員、魔女学園卒業レベルの魔女が一等団員、男性はひとくくりに二等の下として扱われるらしい。
男を下に見るのはあまり好ましくないけれど、そもそも入学が絶望的な学園に比べたらマシかもしれない。
「リア様がお越しになるにはあまりそぐわない場所ですね」
「男が雑用しているからですよ。メイドはあまり近づきたがらないし、団員も部外者を入れたがらないので常に人手不足だって聞いてます」
「そうなんだよね。なかなか掃除までは手が回ってない感じかな」
ロビーには受付もあったけれど、ララ先輩は軽く会釈しただけでそこを通過。
団長の命令、ということで話は通っているらしい。僕たちはどんどん奥へと進んで行って、何人もの人とすれ違う。
なんだか心配になってきたけれど、すれ違う人たちの半分くらいは忙しくてそれどころじゃないという感じ、残りの人たちもじろじろと見てくる程度で大きな害はなかった。
やがてたどり着いた団長室。
ララ先輩がノックをして名乗ると「入りなさい」とそれなりに年季の入った女性の声がした。
「失礼します、団長。ヴェルレーヌ学園長およびオリアーヌ殿下をお連れしました」
「ご苦労。……ああ、ララ。お前も同席しなさい」
「かしこまりました」
一歩、足を踏み入れた僕は内部の異質さに驚く。
棚。棚。棚。魔法院の中の雑然とした感じがない代わりに物を収めるための家具が壁に沿うようにずらりと並べられている。驚くべきことにそのほとんどが埋まっていて、しかもそれでも足りないと言うかのように背中合わせに立たされた棚がいくつもある。
複数置かれた作業机や書き物机も綺麗に整えられていて、入り口からはまっすぐに絨毯まで敷かれている。
極めつけは複数人の男が一人の女性に侍っていること。男はみんな若く、首にチョーカーを巻いている。思わずネリーを振り返ってしまうと物凄く嫌な顔をされた。
「初めまして、イヴォンヌ・マルチノンよ。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
魔法師団長は痩せた中年の女性だった。
決して不細工ではないし身嗜みにも気を遣っているのがわかるけれど、どこか神経質そうな雰囲気と少し派手な黒のドレスが印象を損ねている。
彼女は静かにリアへ挨拶すると、それから僕のほうへと視線を向けて、
「あなたも初めまして。シルヴェール・レルネの息子」
まるで値踏みをするようにすっと目を細めた。