魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「あなたたちを呼んだ理由は他でもありません。オリアーヌ様の体質研究を我々に任せて頂けないかと」
宮廷魔法師団の団長、イヴォンヌは単刀直入に話を切り出してきた。
お茶くらいは出る、と言っていたララ先輩はバツが悪くなったのか自分でお茶の準備を始めた。イヴォンヌのお付きの男たちが手伝おうとして主に睨まれ、すごすごと元の位置へと戻る。
マノン先生が珍しく、本当は笑ってはいない笑顔を浮かべて、
「リアちゃんは王家から学園に託されてるの。もしかして、忘れたのかな? さすがに性急すぎるんじゃない、イヴォンヌ魔法師団長」
「それはオリアーヌ様が正式に王女と認定される前の話でしょう? 王女殿下となられた以上、むしろ我々にこそ御身をお預かりする権利があるのではないかしら?」
イヴォンヌも一步も引かずに笑顔で応じる。
学園と宮廷魔法師団の仲が悪いというのはどうやら本当らしい。
「それが陛下のご意向ってこと? そうでないなら厳重に抗議させてもらうけど」
「勘違いしないで欲しいわね。これは単にオリアーヌ殿下、およびクリスの意向を窺っているだけ。本件において最も重視されるべきは当人の意思でしょう?」
「ああ言えばこう言う。王命によってわたしたちがリアちゃんを預かっているのは変わらないんだけど」
「オリアーヌ殿下が
両者の間でばちばちと火花が散っている。
争点は僕たち、というかリアの身柄と、リアの体質を研究することで得られる成果について。イヴォンヌはそれを欲しがっていて、マノン先生はそれを渡したくない。
「どうかしら? オリアーヌ殿下、我々に委ねていただけるのであれば必ずや良い結果をお見せ致します」
言い合いをしていた雰囲気から一転、優しげな雰囲気を纏ったイヴォンヌに見つめられたリアはその美貌に困惑を浮かべた。
「イヴォンヌ魔法師団長。あなたはどうしてそこまでしてわたくしの体質について研究を?」
「もちろん、殿下の身の上を知って心を痛めているからです。どうか御身をお助けしたいと、お力になりたい一心でございます」
リアの事情が広く知らされたのはつい最近の話。
このタイミングで話を持ってくるのはおかしいことじゃない。今までは学園の中にいたから宮廷魔法師団の人が接触するのは難しかっただろうし。
力になってくれる人が多いのもけっして悪いことじゃない。
けれど、どこかうさんくさいと感じてしまうのは何故だろうか。
「よく言うよ。人体から魔力を抽出する方法については
「ええ、それはもちろん。なかなか結果が出せず歯がゆいを思いをしたけれど、状況が大きく変わったでしょう?」
イヴォンヌが再び僕を見て、
「彼がいれば研究は大きく進む。これまでのようにろくな成果が出ない、ということにはならないわ。むしろ、だからこそ学園ではなく我々に委ねるべきなの」
「学園より良い成果を出す自信があるってこと?」
「聞けば、現在の研究は学生主動で行われているとか。たかが子供の遊びに我々が負けるなんてありえないわ」
リアの体質研究についてはまだ続いている。
クローデットが学園長だった時代に研究部に一任されてからそのままの流れでシビル先輩たちがメインになっていて、確かにそういう意味では学生ばかりだし、関わっている人数だって少ない。
学園の卒業も多く在籍しているこの宮廷魔法師団には敵わないかもしれない。
「オリアーヌ殿下。是非、賢明なご判断を。忌まわしい体質から早く抜け出して自由になりたいとあなたもお思いでしょう?」
たぶん、リアが頷けば陛下は対応してくれる。
果たして、銀髪の王女は思案の末に口を開いて、
「クリス様はどう思われますか?」
僕のほうを真摯な表情で振り返った。
イヴォンヌが「無駄なことを」とでも言いたげな表情を浮かべ、マノン先生が「まあ、そうだよね」と言うように笑う。
僕はリアの青い瞳をじっと見つめ返して、
「僕の考えを言ってもいいの?」
「もちろんです。……わたくしも、自分なりの答えはあります。ですが、これはわたくしたち二人の問題ですから」
「リア。ありがとう」
リアの研究をするとなれば当然、僕も一緒に参加することになる。
立場で言ったらおまけみたいなものだからリアが決めたらそれに従えばいいわけだけど、こうやって意見を聞いてくれるのはやっぱり嬉しい。
人間扱いしてくれている。僕のことを頼ってくれていると思うとそれだけで力が湧いてくる。
「僕はこのまま学園で研究してもらえばいいと思う。大人のほうが知識なんかは優れてるかもしれないけど、リアのための研究ならシビル先輩たちがきっと一番だよ」
「そうですね」
深く頷いたリアは「わたくしも同じ気持ちです」と微笑んだ。
「そういうわけですので、イヴォンヌ魔法師団長。せっかくのお話ですがお断りいたします」
「……そう」
イヴォンヌはしばらく間を置いてから息を吐いて答えた。
ララ先輩の淹れたお茶を一気に飲み干し、音を立ててソーサーに戻してから僕を見つめて、
「あなたのお母さまは我々と懇意にしていたのだけれど、あなたとはあまり仲良くできそうにないかしら」
「……それは、どういうことですか?」
どうしてここで母さんの名前が出てくるのか。
「わたしも聞きたい。シルちゃんはどの時期にどういう用件であなたたちと関わっていたのか」
マノン先生が真剣な表情になって尋ねるとイヴォンヌは「卒業後のことよ」とさらりと答える。
「卒業から二年程、当時の研究を手伝ってもらったわ。彼女はとても優秀だったから長く働いて欲しかったのだけれど、事情があると言って辞めていって──まさか、命を落としているだなんて思いもしなかったわ」
「ふうん。それで、その研究の内容は?」
「機密事項だから話せないわ。研究者としては当然でしょう?」
「まあ、そうだね。でも、隠し事は良くないと思うよ。シルちゃんの件はこれからもっと調べることになるだろうから」
「もちろん、その際は喜んで協力させてもらうわ」
二人が舌戦を繰り広げる中、僕はイヴォンヌが語った内容をなんとか受け止めて、
「当時の母さんのことについてもっと話を聞くことはできますか? 当時からここにいた人がいれば会ってみたいんですけど」
「研究に協力してくれるのであれば喜んで紹介するわ。そうでもしないと授業の関係でなかなか時間が取れないでしょう?」
「ありがとうございます」
僕は「考えておきます」と曖昧な返事をして返答を先送りにした。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。……結局、お茶を出してくれたのはうちの生徒だったけど」
「ララは優秀ね。卒業後は団員として活躍してくれることでしょう」
イヴォンヌは「ああ、そうだ」と言って、
「ララ。あなた、学園に戻りなさい。せめて数少ない部員くらいは返してあげなくちゃね」
「いいの? 途中になっている研究とかもあるんじゃない?」
「構わないわ。引き継ぎ等で二、三日はもらうかもしれないけれど」
「そう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
先輩も上司の指示に頷いて、
「では、団長。正式に帰る前に寮の部屋を一度確認したいので、ボクも先生たちに同行します」
「ええ。向こうでも励みなさい」
僕たちはララ先輩を伴ったまま魔法院を後にすることになった。
馬車はそのまま待っていてくれたらしく、今度はすんなりと乗り込むことができる。馬車が走り出すとコレットさんとネリーが揃って息を吐く。使用人という立場からほとんど口を挟まなかった二人だけど、だからこそ精神的に来るものもあったらしい。
「お疲れさまです、コレットさん。ネリーも」
「ありがとうございます。……正直、思っていたよりも無事に終わってほっとしました」
「ご主人様って平民の割には受け答えができてますよね」
相変わらずネリーの返答は褒めているように聞こえなかったけれど、その後、リアとコレットさんが肩の力を抜いた様子で微笑み合う姿には心が和んだ。
「ありがとう、コレットがいてくれて本当によかった」
「そうですか? コレットはリア様のお役に立てましたか?」
「ええ、とても」
学園に戻った後はいったん部室に集まった。
その頃にはもう放課後。
久しぶり──僕たちが入学する前から不在だったララ先輩があっという間に先輩たちに取り囲まれる。特にフェリシー先輩は嬉しそうな笑顔で、
「お疲れ様、ララ。スパイは大変だったでしょう?」
首を傾げる僕。僕はてっきり、
「どうしたのクリスちゃん? もしかしてララちゃんが向こうからこっちへのスパイだと思ってた?」
「え。ええと、はい。すみません、正直そう思ってました」
違ったとなると気まずい。なんと言っていいのか、という気分で頭を下げると、ララ先輩は「いいよいいよ」と笑った。
「それも間違ってはいないしね。言っちゃえば二重スパイ?」
「ララ先輩の場合、元の所属がどっちなのかが怪しい」
「あ、言えてる」
なんかめちゃくちゃ和気あいあいとしてる。いや、仲間なんだから当然なんだけど、警戒していたせいで拍子抜けというかなんというか。
「ララちゃんがスカウトされた時、ちょうどいいからってスパイをお願いしたんだよ。向こうの情報はなかなか入ってこないからね。内部から情報を集めてくれる子はいくらいてもいいわけ」
「ボクは地味目だからあんまり目立たないし警戒もされにくいんだよね。お陰で魔法院でもそこそこ顔が利くんだ」
上手いこと周囲の好感度を上げて色んな情報を集め、マノン先生など学園側に流していたらしい。
「あ、でも向こうからのスパイなのも本当だよ? 団長がこのタイミングでボクを返したのは研究内容をこっちにも教えろってことだろうし」
「向こうに信用されるためにもお仕事はしなきゃね。ララ先輩も大変だー」
「笑いごとじゃないって。スパイとか下手したらどっちからも信用されなくなるポジションなんだよ」
と言いながら当のララ先輩も笑っている。久しぶりに素で落ち着ける場所に帰ってきてのびのびしてる、ってことだろうか。
ぽかん、とリアと二人で顔を見合わせていると、マノン先生が「そういえば」と振り返って、
「クリスちゃんとリアちゃんは体調、平気そうだね?」
「? はい、気疲れはしましたけど……」
「わたくしも疲労を感じる程度です」
わけもわからないまま答えると先生は「ならよかった」と呟く。
「コレットちゃんはけっこう
「え、あの、先生? 何の話ですか?」
「『支配の魔女』の魔性に操られていないか、って話」
「もの凄く聞き捨てならないんですけど……!?」
『支配の魔女』というのがイヴォンヌのことなのは聞かなくてもわかる。
それにしても操られるというのは、
「イヴォンヌは異名の通り他人を操る魔法が得意なんだ。ネリーちゃんの着けてる魔道具みたいなのも利用するけど、他にも
「そんなのどうしようもないじゃないですか」
「慣れてれば抵抗できるし、自分の魔法で打ち消す方法もあるよ。それに、魔力の高い人間にはそもそも効きが悪いんだよね」
他人に直接効果を及ぼす魔法は魔女など高魔力の存在には効きづらい。イヴォンヌの魔法もその法則に縛られている、と。
「だからリアちゃんなんかはぜんぜんなんともないだろうし、クリスちゃんも毎日リアちゃんから魔力もらってるわけだから相当高魔力でしょ? 知らなくても耐えられたってわけ」
「でも、いちおう教えておいてくれれば……」
「ごめんごめん。あんまり『警戒してます』っていう態度を見せすぎるのもよくないかと思って。相手の出方によっては情報を引き出せるんじゃないかと思ったし」
情報、か。
「それって母さんの件ですか?」
「それもあるし、それに繋がっている可能性がある別の件でもあるよ。たぶん、リアちゃんも無関係じゃないんじゃないかな」
「それってどういう……?」
「クローデットちゃんが言ってたでしょ? 古の魔女の知識を利用しようとする一派がいるって。あれは魔法院の中にいる可能性が高いんだ」
「───っ」
息を呑んだ。
「本当の騒動はこれから始まるのかもしれない。だとしたら、シルちゃんが殺された件も無関係じゃない。魔女を狙っている何者か、あるいは魔女を利用しようとする何者かがいるのは間違いないと思うんだ」