魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
何かが起こるかもしれない。
誰かが何かを企んでいるかもしれない。
意識するとどうしても緊張してしまうけれど、今すぐ何かが起こるわけでも僕たちにできることが増えたわけでもない。
城へ行った翌日から僕たちは試験対策に追われることになり、あっという間に何日か経って試験日がやってきた。
試験中は授業がない。
代わりに「この日のこの時間にこの場所でこの試験を行う」というのが決められていて、受けたい生徒はそこに参加することになる。
当然、自分が受けたい試験がない時間は暇になるので、その時間も試験対策に充てる。
「フランシーヌなんかは物凄く忙しいんだろうなあ……」
「それ比べてご主人様は余裕なご様子ですね」
「これだって試験対策だよ。使える魔力は多いほうがいいし」
部室で魔道具の魔力抜きをしながら呟くと、その傍で研究記録の整理をしている(させられている)ネリーに嫌味を言われた。
嫌味を言いつつも手は動かしているあたりすごい進歩だ。
僕のほうも作業は止めていない。と言っても触っていさえすればいいのですごく楽なんだけど。
リアとコレットさん、それから先輩たちも不在だ。座学系の試験は多岐に渡るのでけっこう忙しい。ミシェル先輩は例によって身体を動かす系の試験がメインらしいけど、いつものようにふらふら出歩いている。
「お嬢様は努力家ですからね。きっと主席を取られるはずです」
「ネリーは本当にフランシーヌのことが大好きなんだね」
すると薄い赤色の瞳が輝いて、
「当然です。私にとってお嬢様は誇りであり憧れですから」
「妹のほうがすごい、っていう人もいるみたいだけど……」
「私はお嬢様が妹君に劣るとは思っていません」
馬鹿なことを聞くな、とでも言うようなきっぱりとした返答。
「長女として周囲の期待に押しつぶされながら必死で頑張っていらっしゃるあの方を侮辱することは許しません」
「うん。ごめん、侮辱するつもりはないんだ。フランシーヌの強さは三回も戦った僕もよく知ってる」
「三度とも勝利しておいてよく言いますね」
睨まれた僕は苦笑して「体質のおかげだよ」と答えた。
「僕の『
「当然のことを言われてもまったく響きませんけど、ご主人様の能力も弱点が多いようですね。大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなくても、自分にできることで頑張るしかないからね」
足りなければ能力の応用を覚えるか、新しい魔法を覚えるか、どっちにしても「頑張ってなんとかする」には違いない。
これはフランシーヌも僕も同じだ。
というか、試験に臨む生徒みんなが思い思いの努力をしているはず。その中でいい成績を取るのはきっと簡単なことじゃないはずだ。
ネリーはふん、と笑うと小さく、独り言を漏らすように、
「頑張ってくださいね。……ご主人様が退学なんてことになったら私も路頭に迷うことになるのですから」
「ありがとう。頑張るよ」
僕はその言葉に素直な感謝の気持ちを覚えた。
◇ ◇ ◇
僕が受けることにした試験は身体を動かすものが中心。
座学もいくつか受けたけど、これはもう教えられたことをどれだけ覚えているか、どれだけ頭の中で整理できているかにかかっている。会場に行って制限時間内に決められた問題をこなすだけだった。
幸い、研究部の先輩たちと話をする中でいろいろ教わったことが活かせる。入学前から勉強していた部分もあるのでそう恥ずかしい点数にはならないと思う。
問題は実技のほうで、こっちは学園に来てからの経験が頼りだ。
何しろ十歳くらいまでは村で普通に暮らしていただけ。その後は師匠にこき使われてインドアな生活だったので、身体能力は貴族のお嬢様よりはマシな程度。魔法に関してはもっと素人だ。
この二か月でできるだけ鍛えたつもりだけど、果たして。
少し緊張しながら初めての実技試験に臨むと、そこには。
「やっほー、クリス」
「ニーナ」
よく見知った女の子がいた。
「ニーナが相手なんて奇遇だね」
「そうでもないんじゃない? できるだけレベルの近い相手と組ませるようにしてるみたいだし」
格闘術の試験。
生徒同士、一対一で戦わせてその内容で審査するらしい。
床にインクで線の引かれたフィールドの中で僕と向かい合ったニーナはあっけらかんと言う。それは確かに歳も学年も一緒だけど、
「ニーナってこういうの得意だったっけ?」
「私だって喧嘩くらいできるわよ。せっかくだから受けられる試験は受けておこうと思ったの。小さい頃は近所の男子泣かせたりしてたし」
「……泣かされないように頑張るよ」
思ったより強敵になるかもしれない。僕は気持ちを切り替えて構える。
服は先輩たちからプレゼントされた戦闘着。ニーナも薄く簡素な服を纏って動きやすいスタイルだ。
「女だからって手加減とかしなくていいからね?」
「もちろん。本気で行くよ」
試験管を務める先生の「はじめ!」という合図に従って僕たちは同時に動き出した。
「やあああぁぁっっ!」
「っ!」
床を蹴ったニーナの動きは思ったよりも速かった。
実際のスピードというよりは気迫のせいかもしれない。殴りかかる時は普通「殴り返されたら痛いはず」といった思考が邪魔になって動きが鈍る。でも、ニーナはそんなことを考えていないかのようにまっすぐに向かってきたのだ。
捨て身というか、一つのことに集中しきれる人間は怖いし強い。
そこまで割り切れない僕は彼女の動きをいなす方向に切り替える。まっすぐだった動きを斜め前に変更して相手の攻撃をやりすごし、足払いを狙う。
「このっ!?」
ギリギリで気付いて転ぶのは避けたニーナ。
よろめきながら彼女が取った行動は僕に向かって振り返りながら手を伸ばすこと。殴るためじゃなく、服を掴んで支えにしてくる。
一緒に倒れるのはごめんなので足を踏ん張れば、その間に体勢を立て直してもう一方の拳を固めて、
「捕まえた!」
そりゃ、こんな喧嘩をされたら相手も泣くと思う。
飛び込みざまの一発を頬に受ける僕。意識が軽く揺れるのを感じながら服を掴んでいるニーナの腕を両手で叩いた。
顔をしかめて腕を離したところで畳みかける。顔を狙った一撃を腕でガードさせたら本命の左を胸の中央へ。
息を詰まらせた少女はぎらりと鋭い眼光を僕に向け、
「泣かす!」
股間の蹴り上げ、爪により引っ掻き、さらには頭突きに噛みつきまで交えたなんでもありの攻撃が始まった。
手負いの犬か狼か、というような攻め方に僕は若干泣きそうになりながら打撃で応戦して、僕の身体にいくつかあまり名誉とは言えない傷が増えたところで先生の「そこまで!」という声が響いた。
制止の声がかかったらやめるのがルール。
互いに攻撃を引っ込めた僕たちは姿勢を戻し、呼吸を整えて、
「先生、今のってどっちの勝ちですか?」
「勝ち負けを見る試験ではありませんので正確な判定はできません。……ただ、まあ、個人的な評価で言うならばクリスの優勢だったのではありませんか?」
「えー、残念」
先生の言葉にニーナは唇を尖らせた。
かと思えば僕のほうに笑顔を向けて、
「ねえクリス。どこかそのへんで続きやらない?」
「絶対やだよ。ニーナ、あのままだったら僕の鼻の穴に指をつっこんだりしてきそうだし」
「そりゃ、それくらいするでしょ。いざとなったら相手の歯を折ってでも目玉を抉り出してでも勝つのが喧嘩ってもんじゃない」
「下町の喧嘩が思った以上に怖い」
ちなみに後日、他の平民出身の子にも話を聞いてみたところ「そんな狂犬みたいな女の子は滅多にいない」とのこと。そりゃそうだ。
「それはそうと、ちょっと怪我しちゃった。治してくれない?」
「はいはい」
治療用の先生も待機しているみたいだったけど忙しそうだったし、次の試験までは時間がある。ついでに少し話をしていこうと僕は少女と二人で座って治療を始めた。
最初はニーナの傷から。
習いだした当初に比べたら治癒魔法の腕も上がっている。効果には医療の知識も関わってくるので深い怪我を治すにはまだまだ実力不足だけれど、擦り傷やちょっとした切り傷くらいなら安定して治せる。ニーナも治療が始まると「あー、気持ちいい」と明るい声を上げた。
「さすがに小さい頃みたいにはいかないなあ。これじゃ男相手には勝てなさそう」
「あはは。……まあ、急所に当たれば男はだいたい一撃でノックアウトされると思うけど」
「クリスも必死に避けてたもんね。ってことはちゃんとついてるんだ」
「ついてるよ!?」
ついつい大きな声になりかけたので、こほん、と咳ばらいをしてテンションを戻す。
「でも、あんまり危ないことしちゃだめだよ。相手を怒らせたら何をされるかわからないんだから」
「わかってるよ。本気で戦う時は魔法で黙らせるから。それならいいでしょ?」
「いいような良くないような……」
でも、確かに良い方法ではある。ニーナには魔法という平民には縁遠い武器がある。それを使えばその辺にいるごついおっさんくらい簡単に倒せてしまう。
さっきの試合は魔法なしのルールだったからお互い生身での戦いだったし。
「でも、クリスもそこそこ鍛えてるんだねー。そのうえこれだけ可愛いとか反則じゃない?」
「ニーナ。男は可愛くてもあんまり得しないんだよ」
「クリスは
「確かに」
頷いていると、少女は「上には上がいるよねえ」と脈絡なく話題を変えて、
「どうせだったら子供にも魔法覚えて欲しいなあ。どこかに魔力の高い男、落ちてないかなあ。顔が好みならなおいいんだけど」
「さ、さあ」
ただの世間話なんだろうか。
リアから受け取っている魔力のおかげでそこらの魔女より魔力量の多い僕は、なんと答えたらいいのかわからず生返事をした。
幸いニーナも特にその話を深堀りすることはなく、新しく始まった他の生徒の試合を観戦し始めたので僕はほっと息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「あ、クリスだ。なんか当たる気がしたんだよねぇ」
「……うわ、ミシェル先輩」
「うわ、ってひどくない? 普段から一緒に訓練してる仲なのに」
「一緒に訓練してるから嫌なんですよ……! 手の内がバレてるじゃないですか!」
魔法の行使、武器の使用ありのほぼ実戦形式での試験。
試合の相手として立ちふさがったのは風の魔法を得意とする騎士志望のミシェル先輩だった。今日は身体にぴっちりとしたウェアを纏ったうえで木剣を手にしている。
僕とは相性の良くないミシェル先輩が武器まで持っている。外れくじを引いたような気分になっていると、審判兼審査役の先生が、
「まあまあ。別に勝敗を見るわけじゃないんだし。ミシェルちゃんに食らいつければ十分、クリスちゃんも見込みありっていう判定になるよー」
「ありがとうございます。……でも、なんで学園長が試験管してるんですか?」
「え? こんな面白いカード見逃せないから無理言ってねじ込んだんだけど?」
「わかりました。ミシェル先輩との対戦になったのもマノン先生のせいなんですね?」
小さい学園長は「なんのことかなー?」ととぼけたうえで「二人とも、準備はいい?」としれっとした顔で尋ねてきた。
「大丈夫です」
「こっちも。……って、クリス、武器とか使わなくていいの?」
「はい。下手に使うと持て余しそうなので」
さすがに試験なので本物は使わないけれど、刃の部分にカバーを被せたものやミシェル先輩が選んだ木剣のような模造品なら武器は自由に選べる。ただ、僕の戦闘スタイルとはあまり相性がよくないし、普段から練習しているわけでもないので素手を選んだ。
マノン先生が「おっけー」と頷いて、
「じゃあ、はじめ!」
「ん、行くよ、クリス!」
「っ!」
ミシェル先輩は普段の訓練よりも本気で攻めてきた。
牽制兼妨害用の風が飛んできたかと思ったら先輩本人も風に押されるようにして突っ込んでくる。身体能力自体もニーナより上だろうけど、魔法を使っていることでそのスピードには大きな差がある。
先輩の身体強化は風に後押しされるような感じ、だったはずだけど、実際に魔法で後押しを受けることもできるだけで、身体強化と補助魔法の境目がとても曖昧で、両方が息をするように併用される。
普段から相手にして慣れていなければ対応できなかった。
「お、やるね」
振り下ろされた木剣をギリギリのところでかわすと、先輩は楽しそうな声を上げた。
「もしかして身体強化? 使えるようになったんだ」
「はい。見様見真似の付け焼刃ですけど」
僕は足裏から『力』を発射するようなイメージで地面を蹴ってさらに身を離すと、ミシェル先輩に向けて魔力光を放った。