魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
ミシェルにとって騎士になることは夢であると同時に「必ず達成するべき目標」でもある。
正直なところ騎士に任命されること自体は比較的簡単だ。女性騎士はなり手が少ないので「肉弾戦を得意とする魔女」という時点で騎士団が欲しがる。このまま大きな怪我や病気をしなければほぼ確実に入れるといった程度のものでしかない。
けれど、だからといって鍛錬に手を抜くつもりはない。
男性騎士は少ない魔力を補うために身体を鍛え、日々技を磨いている。その力は決して侮っていいものではないと思う。
素の身体能力では女は男に劣る。魔法があれば十分に補えるが、上に行くためにはもっと自分自身を鍛えなくてはならない。
だから、学園でも日々訓練を行っている。
強くなる方法がミシェルの「研究」テーマだ。
肉弾戦ありのルールなら同学年でもトップクラス。一学年上のフェリシーやララにだって喰らいついていける。
こうなるために入学前から努力を重ねてきた。
(でも本当、天才っていうのはいるよね──っ!)
風による補助と身体強化による高速戦闘を続けながらミシェルは内心舌を巻いていた。
対戦中の
男にしては小柄で、女の子のように可憐な容姿を持つ少年、クリス。彼は剣だけでなく拳や蹴りを交えたミシェルの変則戦法に翻弄されながらもまだ倒れていない。
風の魔法は『
加えて、見様見真似だという身体強化。
形はミシェルにも少し似ている。どうやらクリスは地面を蹴る時に反発を高める形で使っているらしい。
未完成なのは戦っている間に靴の底が抜けて裸足になってしまった──魔力を純粋な力に変換しきれず魔力攻撃が出てしまっていることからもわかるが、最低限形になっているだけでも十分に驚きだ。
さらに、得意の魔力攻撃。
フランシーヌとの三度の決闘では主に手のひらに魔力を溜めて放っていた。これだと威力は高いものの、チャージに多少の時間がかかる。
これを補うためかクリスは小威力の魔力光を速射する戦法を使ってきた。
掌底から無造作に放たれる魔力攻撃。通常、魔法とさえ呼ばれない初歩の初歩なのに、こうして肉弾戦と併用されるとかなり厄介だ。避けたと思ったら軽く殴られたような衝撃が来る。木剣に当たれば弾かれるし身体に当たれば動きが一瞬鈍ってしまう。
今のところ手のひら以外からは放ってこないけれど──。
「やっぱり、そう来るんだっ!」
殴りに来た少年の拳から魔力の光。
嫌な予感がしたミシェルは光が見えた時にはもう後退を始めていた。追撃してくる魔力攻撃は木剣に魔力を籠めて叩き落す。
さらに殴りかかられるとやっかいなので風を送って動きを縛り、
「っ!」
少年が拳を開き、手のひらをこっちに向けてくるのが見えた。
右腕を左手で支えた姿勢は大技の前兆。
(まずい!)
あれはさすがに喰らいたくない。ミシェルは移動方向を反転、全速でクリスへと攻撃にかかって、
「ここ!」
「うぇっ!?」
あっさり魔力攻撃を諦めたクリスがあろうことか前進、予想していないタイミングで
一方、少年は慣れているのか早々に回復、ミシェルの服を掴むと身体ごと押し倒してきた。
マウントポジション。
戦闘中じゃなかったらアウト。女子として責任を取ってもらわなきゃいけないところだけど、試合の流れとしてもこれはまずい。
掴まれたらいろんな意味で終わる。
驚きも羞恥もいったん頭の中から全部追い出して、
──にこり、と微笑む。
面食らったように硬直するクリス。そんな彼の腹を両手でどん、と強く押して、
「吹き飛べぇ!」
戦闘着に覆われていて吸収の働かない箇所へ全力の風を叩き込んだ。
(さすがにまだ負けるわけにはいかないって。これでも先輩なんだから)
本人は自分のことを凡人だと思っている節があるけれど、彼は間違いなく天才だ。かつての首席、シルヴェール・レルネの血を引いているだけはある。呑み込みが早いし応用力もある。学園で学べば学ぶほどいろいろなことを吸収してもっと強くなっていくことだろう。
きっと彼と一緒にいればミシェルももっと強くなれる。
(まったく、良い後輩を持ったなあ、私)
ライバルがいるというのはとても楽しいものだ。
◆ ◆ ◆
「……いたた」
試合が終わる頃には全身ボロボロだった。
特に最後、ミシェル先輩から思い切り吹き飛ばされたのが効いた。風にぶん殴られて宙を舞った上に地面に叩きつけられて、骨が折れなくて良かったと思う。
他にも木刀や蹴りなどでもらったダメージが全身にいくつも。
「ごめんごめん。つい力が入っちゃって」
僕を吹っ飛ばしたミシェル先輩はまだまだ余裕がある様子で僕のことを気遣ってくれる。
いちおう、いくつか攻撃を入れたはずなんだけど、さすが年季が違う。彼女の域にはまだまだたどり着けそうにない。
会場の端のほうに座りこんだ僕はひとまず応急処置として回復魔法を使う。ズキズキとした痛みでこのままだと歩くのも辛い。先輩も回復魔法で手伝ってくれる。打ち身系はまだ慣れていないのでとても助かる。
「負けました。やっぱりミシェル先輩は強いです」
「そりゃそうだよ。私はクリスより一年長くここにいるんだからね? それ、忘れないでよ?」
先輩は苦笑すると空いている手で僕の額を小突いてきた。
「でも、クリスも良い線行ってたよ。騎士目指してもいいんじゃない?」
「本当ですか?」
「本当本当。頭突きとか咄嗟にできるのは絶対強みだよ」
「あはは。あれは友達がやってたのを参考にしたんですけど、やっぱり面食らいますよね」
「友達って、ここに来る前の友達? すごい子がいるね」
残念ながらここに来てからできた友達だったりする。ニーナのあれもなかなか得難い才能なのかも。
曖昧に笑った僕を見てミシェル先輩はくすりと笑い、
「これなら試験は心配なさそうだね。クリスも問題なく合格でしょ」
「そんなに簡単なものなんですか?」
「ぶっちゃけ優秀なら魔法使えなくても卒業できる学校だよ、ここ」
みんなに同じ教育を施して同じような魔女をたくさん育てる学校じゃない。だから試験もそういう風になっている。
もちろん、入学条件が魔力量なので「入学したけど魔法を覚える気はありません」なんていう生徒は普通いない。本当に魔法を使えないまま卒業するのはリアみたいに事情のある子だけだろうけど、
「魔法の活かし方は人それぞれってことですね」
「そうそう。クリスだって、リアのこと守りたいから身体鍛えてるんでしょ? 卒業しても専属の護衛みたいなことできるんじゃない?」
「そっか。そういう道もあるんですよね」
卒業後のことなんて先の話すぎてまだまだ考えられないけれど、少なくともリアの体質について解決するまでは彼女の傍にいてあげたい。
そうなると確かに護衛という立場がしっくりくる。
僕はメイドだけど戦闘能力もあるコレットさんやネリーの顔を思い浮かべて、
「卒業したら僕もメイド服を着た方がいいんですか?」
「あはは。別に護衛=メイドじゃないよ。クリスなら絶対似合うだろうけど」
「三年経ってもメイド服が似合ってたらいろいろ困りますね……」
でも、せっかくだから最低限メイドっぽことができるように学んでおくのもいいかもしれない。僕はそんな風に思った。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで試験期間は無事に終了。
僕もリアもニーナたちも大きなトラブルなく自分の試験を受けられた。これなら落第することはないだろうとほっとする中、聞こえてきたのはフランシーヌの活躍だった。
思った通り、あの令嬢はかなりの数の試験を受けたうえ、それぞれで優秀な結果を収めたらしい。
試験結果の発表には時間がかかる(記述試験の採点もあるため)けれど、実技試験はその場を見学していれば出来栄えがだいたいわかる。
「フランシーヌ様は決闘場にそれはもう大きな炎の華を咲かせておりました」
「実戦形式の試験では開始直後、対戦相手の退路を塞ぐように炎の弾を放ち、一瞬にして勝負を決めました。……クリスさんはあのような方にどうやって勝ったのかと噂になっております」
実際にその場を見ていたという一年生がそんな風に教えてくれた。
ニーナはその話に「さすがお嬢様」と面白くなさそうにこぼした後、
「でも、魔法の大きさならクリスだって負けてないでしょ。用意された的が粉々だったじゃない」
「ああ。まあ、魔力を叩きつけただけだしあんまり威張れないけどね……」
使える魔法の中で自信のあるのを見せろ、という試験の話だ。
僕が使える魔法は治癒魔法に身体強化ですごく地味なのでせめて目立つやつを、と、特大の魔力攻撃を披露した。的に直撃するとどーん! と大きな音がしてみている人たちからは歓声が上がった。
とはいえ誰でもできる魔力放出。フランシーヌが作ったという大きな炎に比べたら大したことは、
「特大の魔力放出なんて普通の魔女は行いません。その点に関しては貴方に一日の長があることは間違いないでしょう。誇れるべきところは誇るのが大人というものですわ」
「フランシーヌ」
顔を出した令嬢はいつもより肌艶がいいように見えた。試験で実力を発揮できたので気分が良いのかもしれない。
僕たちの見ている前でばっ、と扇子を広げて、
「まあ、成績一位は私がいただきますけれど。座学が苦手な貴方や実技に参加していないオリアーヌ様には残念ですけれど負ける気がいたしません」
物凄く強気なことを言い出した。
でも、本当にすごい子が言っているからあまり腹は立たない。僕としても「そうだろうな」と思うので素直に頷いて、
「結果が出たらお祝いしようか」
「良いですね。いかがでしょう、フランシーヌ様。食堂の方にあらかじめお願いしておけば特別メニューなども作っていただけるそうですし」
リアと二人で意気投合すると令嬢は「これだから貴女たちは……」とあきれ顔になって、
「喧嘩を売る相手を間違えました。これでは私が馬鹿みたいではありませんか」
「あ、やっと気づいたんだお嬢様」
「なんですって? もう一度言ってみなさい平民」
「あー、フランシーヌ? お祝いはいる? いらない?」
いつも通りニーナと喧嘩を始めかけた彼女に強いて尋ねると、なんだか恥ずかしそうな顔をして「いらないとは言っていませんわ」と顔を背けた。
「催すのでしたら日時を早めに伝えなさい。それから、ネリーも連れてくること。いいですわね?」
「うん。約束するよ」
なんだかんだ楽しみにしてくれているみたいなので実際にお祝い会を開くことにした。
◇ ◇ ◇
「……寝酒まで飲めるんだから本当に贅沢だなあ」
学園の夜は静かだ。
森に近い僕たちの家はそもそも周りに人が少ないので特に落ち着く。
たまに部室から爆発音が響いたりするのはまあ、慣れてしまえば「あ、またか」で済むのであまり気にならないし。
コレットさんやネリーが来て食堂の料理をテイクアウトしやすくなったので自炊の頻度は減り、そのぶん、家にストックしておく食料品はお酒の割合が増えた。学園指定の銘柄でかつ常識的な範囲なら常飲しても文句も言われずお金も発生しない。
なので、最近はたまに寝る前にワイングラスを傾けてみたりする。
家が増築されてリアと別々の寝室になり、一人の時間が増えた。
甲斐甲斐しくリアの世話を焼いているコレットさんと違ってネリーは必要な仕事を済ませたら「では、私は下にいますので」と引っ込んでしまうので気兼ねすることもない。
グラスやボトルを部屋においておけば物音で誰かを起こす心配もない。赤ワインなら常温でもわりと美味しい。
と。
「クリス様。少し、お時間よろしいでしょうか?」
隣の部屋と繋がるドアがノックされて寝間着姿のリアが顔を出した。
後ろからはコレットさん。こちらはなにやらにこにこしている。
「どうしたの、リア? なにかあった?」
少し前まで隣で寝ていたのに、距離が離れてみるとまたドキドキしてしまう。顔に出ていないか心配になりつつ尋ねると、リアはほんのり頬を染めながら「いえ」と答えて、
「少しお話がしたくなりまして。……それから、少し魔力が溜まり気味になっておりまして」
「あ、そっか。そうだよね」
人が増えたので最近は手を繋ぐくらいの簡単な吸収が多くなっていた。
僕は増築と併せて導入したサイドチェストの上にグラスを置いて、
「気づかなくてごめん。いくらでも注いで。ちゃんと受け止めるから」
「ありがとうございます、クリス様。……では」
ちらり、と、視線を後ろに向けるリア。コレットさんは笑顔のまま「お気になさらず」といたずらっぽく答える。
リアの青い瞳に若干不服そうな色が浮かんで、
「……クリス様。その、わたくしもワインをいただいてよろしいですか?」
「うん、もちろん」
供給は後回しにして、僕たちはボトルが一本空くまでゆっくりとワインを楽しみ、他愛ないことを話しあった。
僕たちの様子を微笑ましそうに見ていたコレットさんはしばらくして「先にお休みさせていただきますね」と一階に降りていった。
二人になった寝室で、僕たちは久しぶりにしっかりと肌を合わせ──リアの中からたっぷりと僕の中に注ぎ込んでもらった。
終わった後も身体の熱さがしばらく収まらなくて、僕は火照った身体を少し持て余しながらリアに「おやすみ」を言った。