魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
「ご主人様。レルネ男爵家から招待状が届きました」
ネリーの持ってきた手紙は白い封筒に家紋の封蝋がされたしっかりとしたものだった。
受け取って開こうとすると「お待ちください」と制止される。ネリーは厚手の手袋を嵌め、眼鏡(度の入っていない伊達)をかけてからナイフを使って丁寧に手紙を開封した。
慎重というか、厳重すぎるくらいの警戒ぶり。
と、思いきや、コレットさんもこれに苦笑するどころか「それでいい」とばかりに微笑で、
「クリスさん。贈り物や手紙は可能な限り警戒するべきです。どういった仕掛けが施されているかわかりませんから」
「えっと、それって魔法がかかってるってことですか?」
「必ずしもそうではありません。中に剃刀の刃を仕込んだり、開封すると毒液や酸が飛び出すようにしたり──箱や厚手の封筒の場合には虫やねずみ、あるいはその死骸が入っていることもあります」
「……ひどい」
想像してしまったのか、リアが口元を押さえる。
コレットさんは「申し訳ありません」と眉を下げてから、
「ですので、開封はコレットやネリーにお任せください。お二人とも有名になられた以上、やっかみも増えてくるでしょうから」
「ちなみに、これまでに届いた貴族家からの手紙はいったん我々でお預かりしております」
「え、前にも届いてたんだ?」
「はい。他家からの招待状も含まれておりますが、レルネ男爵家より先に対応するのは望ましくないと判断いたしました」
レルネ家は母さんの実家だ。
他の家よりも先に話をするのが筋だし、レルネ家側にもその権利がある。といっても男爵家は貴族の中では下っ端なのでなかなか抗議もしづらい。
僕がレルネ家と親しく付き合っていくつもりならある程度の筋はこっちから通しておいた方がいい、ということだ。
親しく、という言葉に僕は首を傾げて、
「マノン先生が言ってたみたいに養子の話があったりするのかな?」
「可能性は高いと思います。レルネ家にとっても王家との繋がりは欲しいはずですから」
僕を通してリアとの関係が欲しい、ってことか。
フランシーヌにも「公爵令嬢だから」「クローデットの娘だから」近づく生徒は多いらしい。そういう打算的な動きを家単位でもしていると考えればなんとなくはわかる。
平民だって商人なんかは「役に立つかどうか」「金になるかどうか」で人付き合いを決める傾向があるし。
「どうしますか、ご主人様? お断りしてもいいとは思いますが」
「うん。……でも、一度は行ってみたいかな。母さんの生まれ育った家なんだし」
少しくらいは母さんの面影が残っているかもしれない。
小さい頃の話とかも聞けるかもしれない。養子うんぬんはともかく、それだけでも会いに行く意味はあると思う。
ネリーは頷いて「では、招待をお受けしましょう」と言った。
「ご主人様が貴族になれば私の仕事にも少し箔がつきます。……レルネ家からも給金が出たりするかもしれませんし」
「お城からお金をもらってるのにまだ欲しいんだ」
「クリスさん。ネリーのお給金は雀の涙なんですよ。クリスさんに仕えているのは罰でもありますから、高給は約束されていないんです」
「なのでご主人様からお給料を出してくれてもいいんですよ? 無理だと思いますけど」
少しむっとした僕は「僕だって収入はある」と言い返したくなった。シビル先輩やフェリシー先輩の研究を手伝ってお小遣いをもらっているだけであんまり威張れないからやめたけど。
「ネリー。クリスさんをきちんと守ってくださいね。貴族家の中は敵地だと思うことです」
「わかってます。ご主人様は特にそういうのに疎いですからね」
いきなり魔法で洗脳とかしてくるとは思わないし、魔法の攻撃も僕には基本的に効かないけど、向こうが好意を持って接してくれるかどうかは話してみないとわからない。
険悪なムードになったり無茶な要求をされる可能性も考えておいたほうがいい、ということ。
これにはリアが不安そうな顔をして、
「クリス様。無理に招待を受けなくてもいいのでは」
「でしたら、リア様。ご一緒に参加なさいますか? レルネ家もリア様を相手に参加を拒むことはないと思いますし」
「そうできるのであれば、そうしたいです。……クリス様、よろしいでしょうか?」
「うん。もちろん、リアが一緒なら心強いよ」
女の子に守ってもらってる、って考えるとちょっと恥ずかしいけど、僕がどこかの養子になるというのはリアにも関わってくる話だ。
一緒に判断してもらった方があとあと問題も起こりづらい。
こうして、招待状には参加、ただしリアとコレットさんも参加を希望する旨を書き添えて返事をした。
これへの返事は中一日くらいでやってきて、日取りは次の休日に決まった。
それはちょうど試験結果が発表される翌日。
前の日の夜は予想通り一年生でトップの成績を取ったフランシーヌのお祝い会が開かれ、事前に予約しておいた豪華な料理を食堂の個室(密談や今回のようなお祝い事のためにいくつか別部屋が用意されている)でみんなで囲んだ。
赤いドレスを身に纏った紅髪の公爵令嬢は「我が家でのパーティには遠く及びませんけど」とわかりづらい喜び方をしつつも嬉しそうに胸を張って主役らしく振る舞っていた。
この時ばかりはニーナもフランシーヌに食って掛かるようなことはせず。
いつにも増して美味しい料理の力もあってパーティは賑やかに続いた。
しばらくすると思い思いに歓談しながら飲んだり食べたりするような感じになり、会場のあちこちからわいわいと話し声が聞こえてくるようになった。
参加者は僕たちに友好的な一年生が中心。
例によって先輩たちは「面倒くさい」と不参加だったけれど、平民も貴族もいて良い雰囲気だ。
僕も料理を肴にワインを傾けたりしながら雰囲気を楽しんでいると、
「クリス。明日、レルネ家に赴くのでしょう? 準備は終わっているのかしら?」
「終わってるよ。……と言ってもまた制服で行くからそんなに準備することもないんだけど」
そう答えるとフランシーヌはふんと鼻を鳴らして、
「心の準備のほうが重要でしょう。せいぜい絡めとられないようにしなさい」
「え、母さんの実家ってそんなに危険なところなの?」
「貴族家には平民の想像の及ばない闇があるということよ。……もっとも、ネリーやオリアーヌ様の専属が助けてくれるでしょうけれど」
どうやら心配してくれているらしい。「ありがとう」と伝えると令嬢は頬をほんのり染めながらそれを無視して、
「養子の話は慎重に決めなさい。一度、できてしまった縁は簡単には切り離せない。良い面も悪い面も呑み込まなければならないのだから」
「わかった。心に留めておくよ」
幸い無事にパーティは終わって、僕は二日酔いにならないように水を多めに飲んでからベッドに入った。
◇ ◇ ◇
男爵家からの迎えの馬車は学園の門の前で僕たちを待っていた。
城からの馬車と比べるとだいぶ貧相に見えてしまう。これは比べるのが間違っているし、魔力量の関係で中に入れなくても無理はないんだけど。
馬車の傍まで来た僕は執事だという初老の男性に挨拶をした。
「初めまして、クリスです。今日はよろしくお願いします」
「お初にお目にかかります。……なるほど。シルヴェールお嬢様に良く似ていらっしゃる」
「母のことを知っているんですか?」
「もちろんです。シルヴェール様が生まれる前から男爵家にお仕えしておりましたので」
懐かしそうに目を細める彼の様子を見て、僕は「もうこれだけで招待を受けた甲斐がある」と感じた。
「では、お乗りください。当主様がお待ちです」
馬車に揺られることしばらく。
貴族街は平民街に近い場所ほど位の低い家が多くなる。レルネ男爵家の屋敷があるのは貴族街の外周近く、城からはかなり離れた一角だった。
敷地は(これまた比較対象が悪いけど)城や学園に比べるとかなり小さい。
屋敷の大きさが学園の寮より小さいんじゃないだろうか。貴族のお嬢様をたくさん収容する寮が規格外と見るべきか、男爵家が思ったほど裕福じゃないのか。たぶん前者だ。このところ感覚がおかしくなっているけど、僕が母さんと暮らしていた家に比べたらものすごく広い。
「お待ちしておりました。オリアーヌ殿下、クリス様」
屋敷の使用人が全部で五、六人ほど並んで出迎えてくれて、僕とリアを応接間へと案内してくれた。
考えてみると貴族の屋敷内を歩くのは初めてだ。
廊下に調度品が並べられていたり、壁に彫刻が施されていたりと歩くだけでも目に楽しい。お城と違って迷路的な造りにはなっていないので迷う心配は比較的少なそうだ。
残念ながら壁に傷があったりとか、そういう目立った子供の痕跡みたいなのはなさそうだ。
「ようこそ、クリス。私が当主のマクシムだ」
当主のマクシムは黒に近い茶色の髪をした男性だった。歳は三十代後半くらい。母さんの兄で、つまり僕の伯父にあたる人物らしい。
隣には二歳年上だという夫人。リアに向かって恭しく一礼した後、僕に微笑みかけてくれる。
上手に座った男爵夫妻に近いほうからリア、僕と座り、コレットさんとネリーがそれぞれ僕たちの後ろに控えるとお茶が淹れられお菓子や軽食が振る舞われた。
「どうかな、この屋敷は」
「はい。僕が育った家よりずっと大きくて清潔です。お茶も、こんなに美味しいものを毎日飲んでいるんだと感動しました」
「大した事はない。城で振る舞われた茶に比べれば質は落ちるだろう?」
最初はちょっとした雑談。
屋敷の様子や学園での生活について感想を求められ、なるべく失礼にならないように答えていく。といっても何が失礼で何が失礼じゃないか僕にはよくわからないので、このあたりは今までの経験と前もって勉強した付け焼刃の知識が頼りだ。
要するに相手を貶めるような発言をしなければ大きな問題はない。
話はやがて僕が学園に入る前の生活に及んで、
「では、本当に平民として生活していたのだな」
本題に近づいたと察した僕はマクシムに尋ねた。
「あの。母──シルヴェールのことなんですけど」
「ああ、そうだな。その件については先に明言しておいた方がいいだろう」
マクシムは答えて、僕たちに向けてはっきりと宣言した。
「当家は君、クリスを我が妹、シルヴェールの息子として正式に認める」
「───」
今までにも「母さんに似ている」という言葉はいくつも聞いた。
陛下からも認められた以上、事実上は決まっていたようなものだけど、本当の意味で僕が母さんの息子と決まったのは今この瞬間だった。
貴族にとって、家からの正式な認定は時に血縁を上回るらしい。
僕が母さんの血を引いていたとしてもレルネ家が「知らないよ」と言ってしまえば僕はマクシムから見て他人ということだ。
「妹の消息は当家でも把握できていなかった。こうして君が現れてくれたことを幸運に思う」
「じゃあ、母さんはこちらにも連絡を取っていなかったんですか?」
「ああ。シルヴェールは学園を卒業後、一度もここには帰ってこなかった。……私達も心配していたのだ。まさか、知らない間に息子を儲け、しかも命を落としていたとは」
目を伏せるマクシム。
僕も母さんの腕と血を思い出して陰鬱な気分になりつつ、
「母さんはどうして平民として生活していたんでしょうか」
「わからない。……妹は天才だったからな。我々には理解できない何らかの考えがあったのかもしれない」
卒業後しばらくは宮廷魔法師団に身を寄せていたらしい。
それを考えると蓄えはそれなりにあったはずで、贅沢をしなければ──それこそ平民として慎ましく暮らす分には十分だったのかもしれない。
あるいは宮廷魔法師団と何かトラブルがあったのかもしれないし、他にやりたいことがあって身を隠していたのかもしれない。
マクシムはテーブルの上で手を組み直すと僕をじっと見つめて、
「どうだろう。クリス、当家の養子にならないか? オリアーヌ殿下の従者を務めるならば貴族の一員となっておいた方がいい。この話を受けてくれれば我が息子として男爵家に加わることができる」
「………」
予想していた通りの養子の打診。
けれど、僕はすぐには答えられなかった。色んな想いが胸に渦巻いていて言葉がうまく出て来なかったからだ。
少し間を置いて、いろいろなことを考えてから僕はようやく口を開いて、
「僕には皆さんに返せるものがありません。……養子にしてもらっても恩を返せないのに、受けてしまってもいいんでしょうか」
「構わないさ」
果たして、マクシムは笑みを浮かべて答えた。
「シルヴェールの息子であれば我が子も同然。喜んで迎え入れるのが当然というものだ」