魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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男爵家からの招待 2

 話の後、僕はあの初老の執事さんに屋敷を案内してもらうことになった。

 将来に関わる話だ。養子になるかどうかについてはすぐに答えなくてもいい、とのこと。もちろん、返事は早いほうがいいとも言われたけれど。

 来る時はじっくりとは見られなかった屋敷内。庭や食堂、書斎、書庫などを見せてもらっていくと、ここでの生活がなんとなく想像できるようになった。

 

 ちなみに応接間にはリアとコレットさんが残っていて、僕にはネリーが付いてくれている。

 少し時間を置いて昼食もご馳走してくれるということで、それまでの時間潰しだ。

 

「クリス様は学園に在籍されておりますから、お帰りになる機会は多くないでしょうが」

「夏と冬には纏まった休みがあるそうなので、その時くらいかもしれません」

 

 長期休みの際は実家に帰る生徒が多いらしい。

 リアはどうするんだろう。もう王女として認められたんだからお城に帰れるんだろうか。今度聞いてみようと思った。

 

「あの、母さんの部屋はまだ残っていますか?」

 

 尋ねると、執事さんは表情を曇らせながら答えた。

 

「申し訳ございません。シルヴェール様のお部屋は既に整理されており、存在いたしません。私物も同時に処分しております」

「そう、なんですか」

 

 何年も帰っていなかったんだから当然と言えば当然だ。

 だけど、心配していたなら。帰ってきて欲しいと願っていたならせめてかさばらない私物だけでも取っておくとか、方法はなかったんだろうか。

 

「当家の財政は決して楽な状況ではございません。お嬢様の身の回りの品を売却することで多少なりとも懐が潤うのなら、と」

「……そうだったんですね」

 

 執事さんが悪いわけじゃない。彼はむしろ母さんに対して同情的に見える。ここであまりこだわっても彼の胸を痛めさせるだけだ。

 じゃあ、どうしようか。

 書斎や書庫にはあまり見られたくない書類もあるだろうし、じっくり見るのも悪い。まとまった時間を潰せるほど花に興味もない。

 僕が迷っているのを察したのか、執事さんが口を開いて、

 

「当家の養子になられるのであれば、クリス様にもお部屋をご用意いたします。一度、ご覧になられては──」

「あなたの部屋は日当たりの悪い、半分物置きみたいな部屋よ」

 

 彼の声を途中から遮るようにして女の子の声が響いた。

 振り返ると、男爵夫人によく似た子がこっちを見ていた。歳は僕と変わらないくらいでドレス姿。傍らには困ったような顔をして立つ中年のメイド。

 女の子のいる方からはさらに、僕よりいくつか年上の男の子が歩いてきて、

 

「なんだ。男だって聞いていたのにまるで女だな。ひょっとして、学園にはお前みたいな奴しか入れないのか?」

「お嬢様。坊ちゃままで……。家族になられるかもしれない方に失礼な態度を取るのはお止めください」

 

 執事さんが苦言を呈するも、どうやら男爵夫妻の子供らしい兄妹は態度を改めなかった。

 二人とも僕を敵意の籠もった目で見て鼻で笑ってくる。

 

「お前、名前は?」

「……初めまして、クリスです。男爵様のご子息とご令嬢、ですよね?」

「ああ、そうだ。だけど平民のくせに礼儀が足りていないな」

「お二人とも、お部屋にいるようにとの旦那様からのご命令をお忘れですか」

 

 これにも二人は良い反応を示さなかった。

 

「忘れてないわ。こいつを言いくるめるために余計なことを言われたら困る、っていう話でしょう?」

「お嬢様!」

「私だってこんな話、黙ってられないわ。こいつがうちに来たら困るもの」

 

 物凄く鼻につく言動。

 斜め後ろに立つネリーがあからさまにイラっとしているのが伝わってくる。僕だって喧嘩を買いたくて仕方がなかったけれど、入学した頃に比べたら貴族のこういう言動にはだいぶ慣れた。それに、フランシーヌに比べると彼らの言葉には『圧』が足りない。

 

「困るというのはどうしてですか?」

 

 できるだけ落ち着いた口調で尋ねる。

 少女はこれに笑顔を浮かべて、

 

「お兄様の代わりにあなたが次期当主になるかもしれないじゃない」

「いや、さすがにそれは考え過ぎじゃ……」

「何言ってるの? オリアーヌ殿下との繋がりができる上に学園出身者となれば十分あり得る話よ」

 

 普通、跡継ぎには血縁が優先される。

 だけど、貴族の事情は複雑だ。家によっては優秀な養子を選ぶこともあるらしい。それに僕は男爵の甥、父親が誰かわからないとはいえレルネ家の血は引いている。

 もし本当に僕が跡継ぎ担った場合、本来後を継ぐはずだった少年は居場所がなくなるわけで、実の妹である少女も立場が悪くなりかねない。

 

「私が入れなかった学園に入学しただけでも悔しいのに、義理の兄なんて冗談じゃないわ」

「───」

 

 彼女は入学試験で不合格だったのか。

 貴族の彼女が落ちたのに、平民で男の僕が合格してしまった。それは不満に思っても仕方ない。

 さらに、男爵によく似た兄のほうが僕を睨んで、

 

「俺はお前が跡継ぎになるとは思っていない」

「………」

「わかっているか? お前は金づるなんだよ。養子になったら、父上はあの手この手でお前から金を引き出そうとするだろう。うちは金に余裕がないからな」

 

 貴族の収入源はいくつかあるけれど、一番基本的なものが王家からの分配金だ。

 これは貴族家を維持するために王家が負担しているもの。貴族家には魔力持ちが多く、優秀な魔女を輩出することが求められている。

 魔法はありとあらゆる分野で大きく役に立つ。

 例えばクローデット・フォンタニエが一人いれば一般の兵士を何百人集める以上の戦力になる。戦争のために過剰な兵力を常備しておく必要がなくなるのはかなりの節約だ。

 フェリシー先輩が研究しているポーション類は医療分野で役に立つし、土に撒いて土壌を良くする薬品なんかもある。

 魔女のお陰で国が潤い、潤ったお金で貴族を維持する。そんな仕組みだ。

 

 なので高い魔力持ちが多い上位の貴族家ほど分配金は多い。

 男爵家だと大した額にはならないからやりくりには苦労する。屋敷の様子を見ても本当に危険な状況という風には見えないけれど、

 

「父上は口癖のように言っている。『シルヴェールは家の役に立たなかった』。いくつものポーションや魔道具を開発した癖に権利を主張せず、僅かな金しか受け取らなかった。本来得られるはずだった金があればもっと家を盛り立てられたのに、ってな」

「……そうですか」

 

 僕は彼の話に深く頷いた。

 知りたかった話はだいだい聞けた気がする。執事さんはもうこの世の終わりみたいな顔をしていて、なんだか僕のほうが申し訳なくなる。

 

 胸のわだかまりを僕はそっと抑えた。

 

 兄妹は気づいているのかいないのかさらに話を続けて、

 

「お前は特異体質なんだろ? その研究が進めば纏まった金が入るはずだ。父上はそれが目当てなんだ。妹を馬鹿にしながらその息子に頼ろうとしている。そんな馬鹿な話があるか?」

「お母様もこぼしていたわ。お金があればあの女の息子になんか頼らないって。だから──」

「わかりました」

 

 僕は真正面から令息の目を見て答えた。

 

「養子の件はお断りします。……男爵様にそう伝えますので、安心してください」

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 僕たちもレルネ家についてある程度の下調べはしていた。

 母さんとの交流が途絶えていたらしいこと。あまりお金に余裕がないらしいこと。男爵が跡継ぎに就任した当時、母さんを跡継ぎにしたらどうかという話もあったらしいこと。

 男爵は母さんより五歳上で、母さんが学園に入学した十三歳にはもう結婚も決まって跡継ぎへの就任も決まっていた。

 もう少し二人の年齢差が少なくて、母さんの活躍が先に広まっていたらもしかしたら結果は違っていたかもしれない。

 男爵としては面白くなかったはずだ。

 

 母さんの私物をすべて処分したのにはそういう理由もあったかもしれない。

 もしくは、家に利益を齎さなかった母さんへのあてつけか。

 

 リアとコレットさんに応接間に残ってもらったのは男爵夫妻の相手をしてもらう狙いもあった。

 そうすれば執事さんとか他の人から正直な話を聞ける可能性が高くなる。これもあらかじめ話し合った作戦の一つで、これが上手く効果を発揮してくれた。

 

「すみません。養子の話はお断りさせてください」

 

 戻った僕は昼食の後で男爵夫妻にはっきり宣言した。

 驚いた顔で何故と問う男爵にはこう返答。

 

「僕は、家族とは仲良くしたいんです。でも、みなさんとは家族になれそうにないので」

 

 言葉の意味は追及されなかった。

 後で兄妹が怒られるかもしれないけれど、それは僕の知ったことじゃない。全部ぶちまけなかっただけマシだと思って欲しい。

 それとも、言っても僕が悪者にされるだけだったか。

 

「では、お暇いたしましょう」

 

 コレットさんの呼びかけで僕たちは穏やかに男爵邸を後にした。

 男爵夫妻や兄妹の見送りはなし。外に出てきてくれた使用人たちのうち、年かさの人たちはそれでも深く頭を下げてくれた。

 それから執事さんがそっと近寄ってきて、ネリーにひとかかえほどの包みを渡してくれる。

 

「これは?」

「シルヴェール様の私物を処分する際、密かに残しておいた物です。価値のある物は入っておりませんが、よろしければ」

「……こんな大事な物を」

 

 涙が出そうになるのを堪えていると、執事さんは「クリス様以上に相応しい方はいないでしょう」と自分の目じりをそっと拭った。

 

「どうかお元気で」

「はい。……みなさんも、お元気で」

 

 帰ってからそっと包みを開いてみると、入っていたのは子供時代の母さんの日記や刺繍の練習に使ったハンカチ、折れて書けなくなったペンなどだった。

 僕が生まれる前の私物。

 一緒に生活していた頃の母さんがなにを考えていたのかはもちろんわからないけれど、日記の筆跡には確かに面影があった。

 

「クリス様。お母様を愛してくださっている方がいた。……それだけでも、レルネ家に赴いた価値はあったと思います」

 

 言葉を選んだリアの励ましに「そうだね」と微笑んで、

 

「あの人たちは母さんの死に関わっていない。たぶん、そこまでできる力はないと思う。それもわかったから、良かったよ」

「クリスさん」

「母さんのことを嫌いだったかもしれないけど、死んで欲しいとまでは思ってなかった。なら、それはそれで良いことなんじゃないかな」

 

 すると、ネリーがふん、と鼻を鳴らして、

 

「あんな奴ら、貴族の風上にも置けません。少し痛い目を見せてやっても良かったと思いますが」

「いいよ。一応親戚だし。変なことしてリアが怒られても嫌だしね」

 

 着替えたり今日の収穫について話し合ったりしているうちに時間が過ぎて、だんだんと夕方が近づいてきた。

 そんな頃、僕たちの帰宅に気づいた先輩たちが部室から家にやってきた。

 

「珍しいですね。先輩たちの方からこっちに来るなんて」

「そりゃ、いつもはお邪魔しないように気を遣ってるし?」

 

 ミシェル先輩が僕の問いに冗談を言って、

 

「今日はレルネ家での首尾を確認したかったから、こっちから来た」

「首尾、ですか」

「シビルたちはクリスを狙ってるんだよ。だから半分くらい『上手く行かないで欲しい』って思ってたみたいだね」

 

 ララ先輩が身も蓋もない言い方で教えてくれた。

 

「ララ?」

 

 フェリシー先輩が笑っているけれど笑っていない笑顔で同級生に圧力をかけて、

 

「……実際、ララの言う通りなんですよ。レルネ男爵家がクリス君を手離すようであれば、当家にも養子の打診をする用意があります」

「うちも」

「うちもだよ」

 

 三人に言われて、僕は思わず「どうしてそこまで」と言ってしまった。

 また体のいい誤魔化しをされたら嫌だな、と思ったけれど、

 

「当然、少年に利用価値があるから」

「リアとのコネもそうだけど、クリスの能力だって十分凄いよ。家に迎えておいて損はないよね」

「高い魔力を持つ男性。こんな稀有な人材を手離すなど愚か者の所業です。……共に魔女である男女から生まれた子供。優秀な子が産まれる可能性は高いでしょう?」

 

 しれっと打算を口にした先輩たちを見て、そんな心配はなかったと思い直した。

 この人たちは隠さずちゃんと教えてくれる。

 ほっとした僕にララ先輩が笑って、

 

「フェリシーたちの家ならたぶん大丈夫だよ。……うちも貴族だったら打診したいところなんだけどね」

「平民の養子になってもあんまり意味ない」

「もちろん、強要はしません。他にも打診してくる家はあるでしょうし、その中から選ぶと良いでしょう。本日の経験もきっとクリス君の糧になるはずです」

 

 何から何まで、至れり尽くせりだ。

 

「ありがとうございます。リアと一緒にしっかり考えてみます」

 

 優しくて頼りになる先輩たちに、僕は深い感謝と共にそう答えた。

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