魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
『魔法を勉強するのはとても楽しい。学べば学ぶほど、世界が広くて素敵なもので溢れているんだと知ることができるから』
母さんの日記にはそんな風に綴られていた。
学園に入学するずっと前から魔法に興味を持っていたようで、今日はこんな魔法を練習した、といった話を毎日のように書いている。
『空を飛ぶ魔法はやっぱり難しい。魔力がたくさん必要だし、制御にも気を遣う。浮いたと思ったらすごい勢いで飛び始めたり、空中でくるくる回ったり、集中が切れて落ちてしまったりする』
『《飛べ》じゃなくて《浮け》を使って、動くための魔法語を別に加えるのはどうだろう。その方が魔力も少なくてすむかもしれない。明日試してみよう』
男爵家と言っても貴族のお嬢様のはずなのに空中でくるくる回ったり高速で飛んで行ったり、昔の母さんはどうやらかなりお転婆だったらしい。
同時にシルヴェール・レルネが天才と言われた理由もよくわかった。
魔法に対する意欲と応用力、発想が人並み外れている。
『お父さまから「しばらく魔法の本は買わない」と言われてしまった。読みたい本があったのだけれど、仕方ないのでもう少し自分で工夫してみようと思う』
レルネ男爵家は決して裕福ではないため、教師や本が十分に手に入るわけじゃない。
母さんはないならないで努力し、工夫し、足りない部分を想像で補って魔法を学び続けた。望めば手に入るとは限らない環境が逆にそういう才能を育てたのかもしれない。
入学時には当時のフランシーヌよりも魔法に長けていたんじゃないだろうか。
攻撃的な魔法よりも空を飛んだり、傷を治したり、物の形を変えたりといった平和的な魔法を好んでいたようなので、二人が決闘したら負けるのは母さんの方かもしれない。魔力量の問題もあるのでどっちが優秀、と簡単には言えないのだけれど。
日記には詳しい試行錯誤の流れが書かれているので僕の参考にもなりそうだ。
むしろこれを教科書にして練習したいくらい。
マノン先生にも見てもらったところ、彼女も「これはこれは」と目を輝かせた。
「資料としても十分価値があるね。……クリスちゃん、これ、写本させてもらえないかな? 何か新しい発見があるかもしれないし、シルちゃんのことを知る手がかりにもなる。もちろん十分な謝礼は支払うよ」
「汚さないでくれるならぜひお願いします」
「おっけー。じゃあ、シビルちゃんかミシェルちゃん……は不安だから、フェリシーちゃんにお願いしようかな」
妥当な人選だ。
シビル先輩は部屋をすぐに散らかすのでネリーが掃除のたびに憤慨しているし、ミシェル先輩は地道な作業が苦手なので本を開いたまま居眠りとかしかねない。
ちなみに先生は養子の件をどう思っているのか聞いてみると、
「うーん。それはまあ、うちでクリスちゃんを預かります、って言いたいのはやまやまなんだけどね」
「何か問題があるんですか?」
「クリスちゃん、将来わたしの後を継いで学園長やる気ある?」
「マノン先生って子供いないんですか?」
「いるように見える?」
見えません。
つまり、先生の家の養子になった場合、先生とは歳の離れたお気に入りである僕が先生の後継者扱いされる可能性が高い。
このままマノン先生の任期が続いた場合には学園長を継ぐことになりかねない。
リアの従者を続けながらできるほど楽な仕事には見えないし、そもそも僕には向いていない気がする。
「
「学園の中でも派閥争いとかけっこうあるんですか……?」
「あるある。わたしとクローデットちゃんだってそれぞれに支持層がいたんだから。まあ、別にわたしたちは仲悪かったわけじゃないけど」
「その割には奥様から冷遇されていたようですけど」
「甘いよネリーちゃん。あれはわたしをあの件から遠ざけるため。わたしは何も知らなかった、ってわかりやすくしておけば後の学園をまとめやすくなるでしょ?」
というわけでマノン先生の実家にはお世話になれそうにない。
また、レルネ家での話し合いの結果をフランシーヌにも伝えたところ、
「そう。まあ、そうでしょうね」
令嬢は特に驚くでもなくあっさりと頷いてみせた。
「嫉妬の感情はとても強い。時に合理的な判断よりも優先されるわ。保身を考えれば間違いとも言い切れないけれど、狭まった視野では正解を見落としがちになる」
「お嬢様。それ自分のこと言ってる?」
「挑発のつもりなら効きませんわよ、平民。自分でもわかっているもの」
さらに、フランシーヌは「当家に期待するつもりなら間違いよ」と僕にはっきりと告げた。
「そっか。学園長──クローデット様が母さんと友達だったなら、そうしてもらえたらって思ったんだけど」
「お母様の心境はともかく、現状でお母様を頼るのは政情的に悪手でしょう。貴方たちは現学園長の派閥に入っている形だし、当家は問題を起こした直後だもの」
要らないトラブルに巻き込まれることになりかねない。それを考えたらフォンタニエ公爵家は手を出せない、ということ。
「私としても貴方と兄妹になるなど考えられませんし」
「あはは。そうだね。すぐ喧嘩になりそう」
「……笑って言われても困るのですけれど」
マノン先生やクローデットには頼れないとなると、知り合いの家という意味ではやっぱり先輩たちの家が筆頭になる。
どこの家に頼るのがいいのか。それとも敢えてどこにも頼らないのか。
顔見知り程度の家やフランシーヌと親しい令嬢の家からもいくつか打診は来ているので、なんならそっちにお願いすることもできる。
家族になる以上は一度会って話をしてから決めたいところだけど、一つ一つの家に行っていたらいったいどれくらいかかるのか。
「クリス様。あまり焦って決める必要もないのでは?」
「リア」
「リア様の言う通りですよ。養子縁組となれば半年、下手をすると年単位で調整を進めることも珍しくありませんから」
リアやコレットさんがそう言ってくれたので少し気持ちが楽になった。
と言ってもあんまりゆっくりしすぎていると今度は進級とか卒業とか、下手したら落第とかが先に来てしまいかねない。
焦って決めないように心がけつつも着実に検討を進めていく必要がありそうだ。
そんなある日、
「ご主人様。レルネ男爵家よりお手紙が届きました」
「え? 男爵様から?」
「いいえ。前男爵様と奥様──つまり、シルヴェール様のご両親による連名です」
手紙に危険物などは一切なく、中に入っていたのは手紙だった。
『息子が無礼を働いた事、心から申し訳なく思う』
前男爵夫妻は息子夫妻に家督を譲って余生を過ごしている。
手だし口だしは家が荒れる元だからと僕が屋敷を訪れた日は部屋に籠もっていたものの、後日、顛末を聞かされて手紙を書かずにはいられなかった、と書かれていた。
『男爵としてのマクシムに命令する権限は我々にはない。しかしながら、父親として彼と今一度話をしようと思う。どうやら私もマクシムも子供の育て方を間違ったようだ』
男爵の子供たちが僕に言った内容に憤っているのが伝わってくる。
ネリーが「この手紙は男爵夫妻に気取られないよう非正規のルートで送られてきたようです」と教えてくれた。
『君を堂々と「孫」と呼べないことが残念だ。どうか、せめて健やかに成長して欲しい。──我が愛しい娘、シルヴェールの息子、クリスへ』
最近涙もろくなっているのか、また涙腺に異常が出てしまった。
「これ、返事って書けるのかな?」
「止めた方がいいと思います。先方も返信は望んでいないでしょうし、露見すればトラブルの素です」
「そっか。じゃあ、せめて大切に保管しておいてくれる?」
「かしこまりました。では、金庫のようなものを調達いたしましょう。……それから、きちんとした書箱も用意した方がいいですね」
大事なものを保管しておく方法として金庫は単純だけど役に立つ。
重いので持ち運びはしづらいし、複雑な鍵を用いたものなら魔法で鍵を開けるのも一苦労。頑丈な金庫は壊すのも大変で、下手な魔法で壊せば物音がして見つかりかねない。
「貴族も貴重品は金庫に入れるのかな?」
「一般的な方法ではありますね。魔道具化した金庫も珍しくないです」
「貴重品を入れた金庫自体をさらに隠すという方法もありますよ。隠し部屋や地下室などは定番かと」
「ああ、そっか。そういえばあの大きな魔石も地下にあったっけ」
あれは「許可を得た者以外立ち入り禁止」のドアの向こうに堂々とあったけど。
◇ ◇ ◇
授業、魔法の特訓、魔力抜きのバイト、リアと僕の体質研究、養子の件のあれこれ、空いた時間に自習や調べものとやっていると時間があっという間に過ぎていく。
試験から一か月近く、入学から三か月が過ぎて。
「ようやく試作品が出来上がったよー」
マノン先生以下、研究部メンバー勢揃いで部室の前に集まって新アイテムの試験が行われることになった。
胸を張る先生の横でミシェル先輩が抱えているのが件のアイテム。布に包まれていて詳細のわからないものの棒のような形状だ。
当事者だけど魔道具製作には関われない僕とリアは顔を見合わせた後、初めて見るそれに視線を送って、
「どんなアイテムなんですか?」
「これはね、リアちゃん用に作った武器だよ」
「え」
布が取り払われるとそれが杖の形をした魔道具であることがわかった。
金属製の棒の先に魔石が取り付けられている。杖は魔力の流れをイメージしやすくなる、という意味で魔法の練習に使われることも多い。
フランシーヌが扇子を使っているのも格好つけだけじゃなくて魔法の発生源を「棒の先端」に指定することでイメージを明確にする意味もあるはずだ。
でも、リアは魔法が使えないわけで、
「マノン先生。これは、わたくしにも使える魔道具なのですか?」
「うん。素手で触らないように注意してね。柄の部分はどこを触っても魔力を吸うから」
見ればミシェル先輩も手袋を嵌めて扱っている。
「原理は単純だよ。リアちゃんが使ってる手袋と同じ仕組みを柄に組み込んで、引き出した魔力を宝石の先端から発射するようにしてある」
「つまり、素手で握ると出る」
「ボクも手伝ったんだよ」
なるほど、魔力を強制的に流す仕組みならリアでも使える。
引き出した端から外に放出するなら魔力を溜めこまないから魔石のサイズが小さめでも問題ない。
「……これがあれば、わたくしも自分の身を自分で守れるでしょうか?」
杖を前に呟くリア。
マノン先生はにっこりと笑って、
「そうなるといいな、って作ったんだよ」
彼女の言葉を合図にリアは恐る恐る杖に手を伸ばした。
手袋に覆われた状態で触れたのでこの時点では何も起こらない。色白の銀髪美少女が杖を構える姿はそれだけでも様になるけれど、
構えた状態から手袋を脱がないといけないのか……?
しかも握ってるとえんえん攻撃が飛び出す。
「先生。握ったら出るって危なくないですか?」
「やっぱりそう思う?」
知ってた、という顔で見つめ返された僕は「知ってたんですか!?」とつい言ってしまった。
僕より幼く見える偉大な魔女は「てへ」と舌を出して、
「ごめんごめん。でも、理由もあるんだよ。新しいアイテムだからできるだけ単純化して実験したかったの。そうすれば問題点がわかりやすいでしょ?」
「なるほど」
一理あるかもしれない。
僕はちょっと怯えた様子のリアに微笑みかけて、
「リア。僕に手袋を外させてくれる?」
「クリス様」
「ほら。片手で構えて撃つ時は両手で握るようにしたらどうかな?」
「そうですね」
こくん、と頷いて、杖を片手で支えようとするリア。その身体がふらつきそうになったのでコレットさんが慌てて支える。
この様子を見たフェリシー先輩が「軽量化が必要……」とメモを取った。
こういう風に検証していくのか、と僕としても勉強になる。
リアの右手の手袋を丁寧に外して、
「先生。これ、もしかして僕が的の代わりになるやつですか?」
「うん。やってくれると嬉しいかなー、とは思ってた」
「ですよね」
リアから十歩弱の距離を離して立ち、両手の手袋を外す。
身体を守るように腕を突き出したら準備完了だ。
「いいよ、リア」
「は、はい」
「リア様、最初はゆっくり行いましょう」
緊張した様子で右手を杖に触れさせるリア。途端、杖の先端が輝き、硬いものが砕けるような音と共に魔力光がどん! と放たれて──。
発射の衝撃で狙いが逸れたのか、光は僕の傍の地面をごっそりと抉って人間大以上の穴を作った。
見れば杖についていた魔石は砕けて地面に散らばっている。
「リアちゃんの魔力量で使うにはこのサイズの魔石じゃ耐えられないかー」
「杖の形だと狙いが簡単にズレる。他の形も検討した方がいい」
「持ち運ぶつもりならケースか何かも欲しいよね」
次々と問題点を口にする先生および先輩を見た僕は、
「危ないじゃないですか! 無駄に穴を空けたら地面が可哀想ですよ!」
「ご主人様? 当たらなかったことに文句を言うのも変な話だと思うんですけど」
杖は改善点が複数あるということで試作品第二号の製作が決定した。