魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜 作:緑茶わいん
事件はある日、突然起こった。
僕たちが食堂で昼食をとっていた時、学園内に鐘の打ち鳴らされる音が響いた。
「え、なにこれ?」
きょろきょろと辺りを見回しながら呟くニーナに、フランシーヌが「警鐘ですわね」と答える。
「緊急事態を知らせる装置です。何かトラブルが起こったのでしょう」
「緊急事態!? ……って、お嬢様、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
令嬢は優雅に席についたままフォークとナイフを動かし続けている。
「食べておかなければいざという時に困ります。それに、いざという時生徒を守るために教員や職員が十分な数、用意されているのですから」
彼女の言う通りになった。
食堂内でもすぐにスタッフが動きだし、生徒に呼びかけを開始。状況がわかるまで食堂から出ないようにという指示が出され、出入り口に見張りが立つ。
「なるほどね。……そういうことなら私も!」
ニーナも気を取り直したようにがつがつと食事を再開する。
お行儀はとても悪いけれど、腹が減っては戦ができぬ。僕もリアを促して残った料理を手早く平らげた。
食べ過ぎると眠くなる心配もあるけれど、最悪の場合──次にいつ食事ができるかわからない、という可能性もある。
「ですが、一体何が起こったというのでしょう?」
「私にも見当がつきませんわ。戦争、という線はないでしょうし、他国の魔女が単身乗り込んでくる、などということも考えづらいですが……」
「リア様、安心してください。もし何かあってもコレットがしっかりとお守りいたします」
こういう時、コレットさんがリアについていてくれるのはありがたい。
ただ、そうなると、
「家に置いてきたネリーが心配だな。……あと、先輩たちも部室にいそうだし」
「クリスの先輩たちは大丈夫じゃない? あの人たち殺しても死ななそうじゃない」
「うん、いや、先輩たちも普通の女の子なんだよ?」
ちょっとだけ納得しそうになったのは黙っておく。
「一年生も落ち着いて。先生方に任せておけば大丈夫でしょうけれど、咄嗟に動ける準備だけはしておきなさい」
食堂にいた上級生が声を上げて下級生に簡単な指示を出す。
「先輩! こういうことはよく起こるのですか!?」
「滅多にあることじゃないわ。……でも、去年もポーションの調合に失敗して危険な薬品が空気中に散布されたことがあったっけ」
「クリス様。もしかするとフェリシー──」
「やめよう、リア。正解だった時のほうがいろいろまずい気がする」
部員の中ではまともな部類に入る彼女が「ヤバい人」に分類されてしまうと頼れる人がますますいなくなる。
僕の困った顔がおかしかったのか、リアはくすりと笑って「そうですね」と頷いた。なんだか少し気は紛れたようだ。
食堂の残ったスタッフは食事の供給を続けたものの、さすがにこの状況で追加注文する生徒はなく。
緊迫した空気の中、じりじりと時間が過ぎていって、
「こちらは無事のようですね」
教師が二人、食堂内へと飛び込んできた。
「生徒はこのまま動かないように。学園内に多数の獣が侵入しました。教師により掃討を行っていますが、しばらく時間がかかるかもしれません」
「獣? 動物ってこと?」
「生物の侵入は魔力量によって制限されるはずですが……」
ニーナの疑問にコレットさんが答えるも、
「魔獣、かもしれませんわね」
名前の通り、魔力を持った動物を指す言葉だ。自然に生まれるのは極まれで群れを成すことは考えづらい。
ただし、一部では「人為的に魔獣を生み出す研究」も行われているらしい。
「魔獣を作る。そんなことができるんだ……?」
「詳しいアプローチの方法までは私も知りません。聞いた話では魔石を埋め込むですとか、魔力含有量の多い植物を食べさせ続けるなど様々な方法が試されているとか」
現状でも成功例は存在しているものの、基本的にあまり表に出てこない研究なので全貌はよくわからないそうだ。
「……そんな、命を弄ぶような行為が行われているなんて」
「まあ、私もあまり好ましいとは思いませんが。魔法で街や森を焼くのは良くて魔獣を作るのは駄目、というのも少々、身勝手な理屈かもしれませんわね」
魔法を使えば人を殺すのなんて簡単だ。
動物を食べるために殺すのが人なのに、魔法を使って動物を改造するのが駄目、というのは確かに変な理屈かもしれない。
理屈の上ではそうでも、心理的には僕はリアと同じ気持ちだった。
やっていいことと悪いことがある。村や街で暮らしていた頃は野良猫を可愛がることもあった。動物をいじめる行為は気分が悪い。
「ともあれ。魔獣が相手となると厄介かもしれません」
「またまた。魔女がいっぱいいるのに動物なんかにやられるわけ──」
「たかが獣と侮ると痛い目を見ます。人と違って行動パターンが読みづらいですから、逆にしてやられる可能性だって」
「け、獣が!」
食堂の入り口から悲鳴が上がったのはフランシーヌが言い終わるよりも前だった。
腰を抜かした食堂スタッフの女性。視線の先には通常より一回り身体の大きい狼が一匹。僕と顔見知りの男性が庇おうと動いたところで狼が飛び掛かり、教師の使った防御魔法に阻まれた。
一発、二発、火球が放たれるも狼は獣らしい俊敏な動きでそれを回避、まるで教師には興味がないとばかりに食堂スタッフたちに襲いかかろうとする。
なんとかこれも教師によって防がれるものの、
「突破されるかもしれませんわね」
フランシーヌが呟く。
動きが早いせいで攻撃が当たりづらい。広範囲の攻撃は建物や他の人に当たる可能性があるので使いづらい。教師が負けることはないだろうけれど、守りながらの戦いとなると不利だ。
「リア様、こちらへ。コレットの傍を離れないでください」
「は、はい」
「クリスさん。協力してリア様をお守りしましょう」
「わかっています」
僕たちは椅子から立ち上がっていつでも戦える態勢を作る。
壁に近い位置に陣取っていたので背後から襲われる心配はほぼない。建物の壁は厚く、魔法防御もかかっているこれが破壊されるようなら学園自体がピンチだ。
だから、入り口さえ警戒していれば──。
思った時、視界の端に何かが映った。窓の外。こっちに向かってくる影。
「窓からだ!」
ガラス部分の防御力はどうしても薄くなる。魔獣は体当たりの要領で無理やり突き破って侵入してきた。
生徒たちから上がる悲鳴。
入ってきたのは鷹と同等のサイズを持った黒羽の鳥。カラスだ。まずいことに僕たちのすぐ傍。その瞳が僕たちを見据えて、
──まさか、リアを狙ってる?
背筋がひやりとした直後、カラスが羽ばたき狙ったのは明るい橙色の髪をした女の子。
「ニーナ!」
「このっ、こっちに来るな化け物カラス!」
悲鳴を上げたニーナはテーブルの上から空の皿を掴むとカラスに向かって叩きつける。
衝撃音。
ノックアウトはできなかったものの、再び飛び上がったカラスにコレットさんがナイフ(これも食器だ)を投げつけ、回避を誘って、
「《炎よ》」
フランシーヌの魔法が見事、敵の全身を捕らえた。
たまらず地面に落ちたカラスはそれでも諦めずにじたばたともがく。
「しぶとい害獣ですこと」
ため息をついた令嬢は僕に視線を送ってきた。その意図を察し、もがくカラスを魔力光で撃ちぬく。それでようやく動かなくなったのでフランシーヌが再度炎を生み出して即席の火葬。
ほっとしつつ入り口のほうを見れば、そっちも二人の教師が連携して狼を葬り去っていた。
「警戒が必要とはいえ、落ち着いて対処すれば勝てない相手ではありませんわね。この分なら直に収まるでしょう」
フランシーヌの言葉通り、午後一つめの授業時間が終わる頃には教師たちから「安全が確保された」旨の通達があり、僕たちは食堂から解放された。
◇ ◇ ◇
侵入してきた魔獣の総数は約ニ十匹。
種類もバラバラで、自然発生したものとはとても考えられない。
侵入は搬入用に特に広く作られている東門から。一気に押し寄せてきて警備の人員を突破・制圧。残った魔獣が学園内へとなだれ込んだ。
と、いうのが発表されたことの経緯。
「普通の獣なら結界に阻まれて入れないけど、今回は全部魔獣だったから侵入を許しちゃったわけだね」
疲れた顔で部室へとやってきたマノン先生は愚痴と共にもうちょっと詳しいことを教えてくれる。
「幸い、生徒も負傷者はいたけど死者はゼロ。負傷者にも痕に残るような傷は残らなかった。初動で抑えきれなかったせいで魔獣が学園内に広がったのが手間取った原因かな」
街中から魔獣が突然現れるはずがない。
警備していた兵の
御者はフードで顔を隠しており、混乱に乗じて姿をくらましていたため正体不明。
「今回は威力偵察が目的かも。どの程度の戦力でどの程度の被害が出るか探ってたんじゃないかな」
「魔獣を使って、ただの威力偵察?」
「そ。研究費だってかなりかかってるだろうにね。
ただ、学園を襲うのに魔獣を使うのは良い手だ。
人間の兵なら都の警備──王都の衛兵や王都自体の門番に警戒される可能性が高いし、武装した兵が大挙して来たら学園の衛兵ももっとテンポよく警鐘を鳴らす。
動物的な挙動で不意を突ける魔獣を馬車で隠したのは工夫されている。
不意の襲撃でも阻めるようにしておけ、という話もあるけれど、そんなことをしたら人手も費用もかかって仕方がない。
魔女が大勢いて攻め落とすのは至難。王都の中に位置しているので猶更侵入しづらい、という部分が抑止力になっているのだから普通に考えたら現状でも十分な警備だ。
「もちろん、これは外部の犯行。少なくとも学園内で研究していた魔獣じゃないね」
「マノン先生。では、学園にも魔獣はいるのですか?」
「そりゃいるよ。数もしっかり管理してるから全部合わせても二十匹なんていかないけど」
内部の人間が学園の外──実家で魔獣を育てていた、という可能性はもちろんゼロじゃない。そこまでは学園側で把握するのも難しい。
「……それから、もう一つ困ったことがあってねー」
深々とため息をつくマノン先生。
「魔獣による攻撃には陽動の意味もあったっぽい。混乱に乗じて書類が盗まれた形跡があったんだ」
「何の書類が盗まれたのですか、先生?」
「リアちゃんとクリスちゃんの体質に関する研究資料。報告を受けて学園側で管理していた分」
「ああ。部室にあったのは無事だったもんね」
「こっちに来た魔獣はボクたちでやっつけたし」
ネリーも一緒になってボコボコに叩きのめしたらしい。無事だったのは良かったけれど、先輩たちのほうが魔獣より怖いことがわかった。
「……やっぱり、リアが狙いだったんでしょうか?」
僕が呟くと、コレットさんもきゅっと眉を寄せた。
「いや、それはどうだろ。襲撃してきた魔獣は『一定以上の魔力持ちは襲わない』ようになってたっぽいから」
「あ。そういえば、あのカラスもリアじゃなくてニーナを狙ってました」
僕たちの中だと一番魔力が少ないのがニーナだ。
狼も教師をスルーしていた。教師が戦闘を避けられていたことも対処が長引いた原因だっただろう。
「生徒に被害を出すためにそういう命令をしたのか、あるいは高い魔力を持った誰かを傷つけたくなかったのか」
教師も含め、この学園にいる人間で一番魔力が高いのは言うまでもなくリアだ。
「でも、なんかそれ、ちぐはぐじゃないですか? 何をどうしたいのかよくわかりません」
「そうかな? 簡単だよ。犯人はリアちゃんとクリスちゃんが欲しいんだ。だから傷つけたくはないけど『危ない目に遭った』っていう実績は欲しい。書類の紛失っていう学園の落ち度も併せて作れればなお良いよね」
学園の失態を作った上に、ここにいたらリアが危ないかもしれないという風潮を生み出す。
「……え、あれ? そうなった場合、リアの身柄を預けられそうな場所って『あそこ』ですよね?」
「うん、あそこだね。困ったことに」
困った予想はそのまま現実になった。
数日後、宮廷魔法師団から王家、および学園に向けて抗議が行われたのだ。
学園はリアを預けておくのに相応しくない。リアに何かあれば王家はもちろん、魔女の歴史においても重大な損失だと。
明らかに仕組まれた流れ。
学園にとっては良くない状況だけれど、マノン先生はこれに毅然と対処した。
「盗まれた書類だけど、あれ全部
さらに、学園を襲撃した魔獣の一匹をマノン先生が直々に生け捕りにしていた。
詳しく調べればどこの誰が首謀者か判明する可能性がある。
学園を罠に嵌めようとした誰かを逆に嵌めたのだ。