魔力喰らい 〜魔女の学園でただひとりの少年〜   作:緑茶わいん

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騒動の後始末と夏の予定

 学園から盗まれた書類は偽物(ダミー)だった。

 数字などをそれっぽくでっち上げてあるのでぱっと見ではわからない手の込んだもの。これで、襲撃による学園の被害はごく僅かだったことになる。

 むしろ、念のための備えをしっかりしていたという評価になる。

 

 こうなると怪しいのは宮廷魔法師団だ。

 

 糾弾を始めたタイミングがあまりにも良すぎた。王家に報告が行われてすぐのことで、さすがに情報が早すぎる。前もって盗難を知っていたと考えるのが自然だ。

 王家はこれを受けて学園内、および魔法院内の捜索を実施。

 表向きは「盗まれた書類の捜索のため」。加えて魔獣などの危険な研究を秘密裡に行っていないか確認することが挙げられた。

 

 これで魔法院から書類が出てきてくれれば話が早かったんだけど、残念なことに書類が発見されたのは学園の敷地内だった。

 ただ、だからと言って内部犯という話にはならない。

 学園から盗まれたのだから学園内に捨てられていても何もおかしくない。

 

「書類を盗んだのはボクです」

 

 実行犯であるララ先輩が自ら名乗り出た。

 幹部の一人から命令された。盗んだ書類はその人物に渡した、と先輩が証言すると魔法院の主『支配の魔女』イヴォンヌ・マルチノンも同じ人物から報告を受けて学園を糾弾したと宣言。

 本当にその幹部が全てやったかどうかはわからない。

 イヴォンヌが関わっている可能性は高いけれど、トカゲの尻尾切りで彼女までは処分が及ばなかった。

 

 ララ先輩は一か月の謹慎および宮廷魔法師団への内定取り消し。

 学園側からの処分は「一年の留年」だった。

 卒業が伸びるのは大きな痛手。ただ、退学になるよりはよっぽどマシ。卒業後の進路がなくなったララ先輩のためにマノン先生があと一年、学園にいられるようにしてくれたとも言える。

 

「向こうと縁が切れてさっぱりしたよ」

 

 処分が決まった後、ララ先輩は晴れやかな笑顔でそう言った。

 

「先輩は本当にマノン先生の味方だったんですね」

「なんだ、まだ疑ってたの? クリスってけっこう心配性なんだね」

「わっ」

 

 ぐいっと引き寄せられてそのまま腕を回される。

 女の子のいい匂いと柔らかな感触。服の上からだとわからないけど、ララ先輩は意外に胸があるらしい。

 

「当たり前だよ。平民のボクを迎えてくれて学ばせてくれた学園(ここ)と、ギスギスしてて権力争いの多い魔法院(向こう)じゃこっちを選ぶに決まってる」

「……わかります」

 

 他人事じゃない。

 僕だってここに来たおかげで美味しいものを食べて清潔な服を着て、リアやフランシーヌ、ニーナたちと出会えた。

 学園には感謝しているし、もっとここで学びたいことがある。

 

「先輩は卒業したらどうするんですか?」

「どうしようかな。学園で働けないかお願いしてみるのもいいし、街で普通に給仕とかしてもいいし、旅に出てみるのも面白いかもね。……まあ、せっかく卒業が一年伸びたんだからゆっくり考えるよ」

「そうですね」

 

 シビル先輩とミシェル先輩は「同学年が増えた」と喜んでいた。

 

「これからはララって呼ぶ」

「ねえララ、食堂でサンドイッチ買って来てよ」

「いいよ。シビルも何か買ってくる?」

「……私は冗談のつもりだったのに」

 

 ララ先輩はララ先輩で嬉しそうに応じていて、僕としてもほっとした。

 一時はどうなることかと思ったけど、大事にならずになんとか収まりそうだ。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「変なところですよね、ここは」

 

 夜。後は寝るだけという時間。

 僕の部屋のベッドメイクや整頓を終えたネリーが暗い窓の外を見つめながら呟いた。

 薄い赤色の瞳が感傷に浸るような色合いなのを見た僕は目を瞬いて、

 

「どうしたの、ネリー?」

「別に。ただの雑談です」

 

 睨まれた。

 僕との雑談なんてろくにしない子だから「どうしたの」だったんだけど。

 

「お嬢様に付いてここに来た時は公爵家のメイドとしての自負も、お嬢様のお世話を完璧にしなくてはという責任がありました。なので、ご主人様に仕えるようになってからは新鮮な体験の連続です」

「僕の相手だと気楽にできるってこと?」

「元平民のご主人様は完璧な仕事でなくとも怒らないでしょう?」

 

 僕が「元かな?」と首を傾げると、ネリーは「そういうところですよ」と目を細める。

 それから彼女は首に装着された魔道具に触れて、

 

「ところで、そろそろこれ、外してくれませんか? 邪魔です」

「いや、勝手に外すのは駄目だよ」

「でも、最近は命令もしてないじゃないですか」

「それはネリーがお願いを聞いてくれるからだよ」

 

 と、そう答えてから「なるほど」と思う。

 

「前と比べて普通に接してくれるようになったよね」

 

 目を逸らした彼女から「心境の変化です」と返ってきた。

 

「失敗を恐れなくても良い環境は思ったより悪くありません。僅かとはいえ給金もいただけるわけですから、老後の備えもできます」

「もう老後のことなんか考えてるんだ」

「こんなものを付けさせられて男性に仕えさせられている私がまともな結婚を望めると思いますか?」

 

 からかうように笑うネリー。

 本人はあまり気にしてないようにも見えるけれど、僕はあらためてこの状況の重さを認識した。僕が何もしなかったとしても「そういうことがあったかもしれない」と思われるだけで彼女の社会的な価値は落ちてしまうのだ。

 

「ごめん」

「別にいいです。……責任を取ってくれるというなら歓迎しますけど」

「せ、責任って」

「何を想像したんですか? 変態」

 

 また睨まれた。可愛い女の子に罵倒されたり睨まれたりする機会が学園にいると妙に多い。……いや、だいたいフランシーヌとネリーのせいか。

 

「どうせなら長く雇ってくださいという意味です。どこかの家の養子になって給金を上げていただけるとなおいいです」

「あはは。そっか。うん、考えてみるよ。すごく助かってるし、ネリーがいなくなると困るんだ」

「……本当にそういうところですよ、ご主人様」

 

 僕の専属メイドは「さっさと寝てください」と逆に命令してくると魔法のランプの光量を最小限にした。これくらいなら寝ていても気にならないし、なんなら布でも被せておけばそのうち勝手に消える。

 暗くなった部屋で僕は転ばないように気をつけながらベッドまで移動して、

 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 ただの気まぐれだったのか。

 寝る前の挨拶を始めて彼女と交わした。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「夏が近づいて来ましたわね」

 

 食堂での昼食中、すっかり同じテーブルにいるのがお馴染みになったフランシーヌ・フォンタニエが野菜ときのこの冷製パスタを前に呟いた。

 彼女の装いは珍しく白を基調としたドレスだ。

 学園の制服は涼しい時期でも寒くないようにかなりしっかり作られている。暑い時期には向かないので、生徒は魔力量を表すリボンと校章をあしらったアクセサリーを身に着ける代わりに自前のドレスを纏うことが許されている。なので、公爵令嬢でお金持ちのフランシーヌは当然のように私服だ。

 僕はなるべくお金を節約するため、一人一着はタダで支給される夏用のワンピース制服を着ている。薄手なので本制服よりはずっといいものの、学園の色である黒がメインなので「陽光をこれでもかと吸う」と生徒たちからはあまり人気がない。

 僕の周りだと同じくお金に余裕のないニーナや、「この方が身が引き締まりますので」と制服を好んでいるリアなど使用者が多いものの、全体だと少数派だ。

 

「月末にはまた試験があるんだよね」

 

 僕はひき肉を細かく刻んだタマネギと一緒に固めて焼いた料理──ハンバーグを切り分けながら答えた。

 

「早いよね。あっという間に半分が終わりそうだよ」

「夏季の休日が長いせいですね。休みだからと言ってだらけていると後期に痛い目を見ることでしょう」

 

 試験が終わったらすぐ学園は夏休みに入る。

 暑くて過ごしづらい夏の時期を避暑地や実家で過ごしたい令嬢も多い。そうした生徒のために長い休みを取って里帰りの機会を作っているのだ。

 夏休みはほぼ二か月あるので「もう半分」と言っても実際はまだまだ長い。

 フランシーヌも言ったように休み中、だらけず勉強していた者と遊び惚けていた者では休み明けに差がついているだろう。

 

「……早く養子の話を決めてればいろいろ選択肢も多かったかなあ」

「オリアーヌ様。よろしければ当家の避暑地へお越しになりますか?」

「え、あの、クリス様も一緒でもよろしいでしょうか?」

「ええ、まあ。狂犬が暴れないよう首輪を着けさせていただければ、我慢致しましょう」

 

 首輪。

 ネリーが着けているような奴は僕には効かないはずだけど……と、脳内で疑問符を浮かべていると、目ざとく気づいたコレットさんが「おそらく貞操帯のことかと」と教えてくれた。

 

「? なんですか、それ?」

「ご存じありませんか? ……男性が不貞を働けないように物理的な封印を施す器具です」

「っ」

 

 後半が僕にしか聞こえない小さな声で良かった、と心から思った。

 それはまあ、そうすれば安全だろうし、そういうのを使っていたと宣伝すれば変な噂も立たないだろうけど。代わりに僕個人に変な噂が立つこと間違いない。

 僕は涼しい顔をしている令嬢を軽く睨んで、

 

「フランシーヌ。さすがにそれはひどくないかな……?」

「でしたら学園に残れば良いでしょう。生徒も減りますので寮を用いても問題ないのでは?」

「ああ、それは検討してもいいかも」

 

 夏と冬に長期休みを取っているわりに学園の中は暑さや寒さへの対策が多い。

 学園全体を覆う結界には必要以上の陽光や熱を中に通さない魔法もかかっているので外にいるよりも涼しい。もう少し暑くなってきたら主な建物内にはさらに冷気の魔法がかけられ、さらなる対策が行われるらしい。 

 下手に外に出るよりはここにいる方が楽かもしれない。

 

「コレット。クリス様を後宮へ招待することはできない?」

「うーん……そうですね。クリス様でしたらねじ込めないことはないと思いますが、それこそ首輪付きは必須でしょうね」

「リア。あの、無理しなくていいから」

「でしたら、わたくしも一緒に学園で過ごします」

 

 にっこりと微笑む彼女だけど、果たして王女様をここに置いておいていいものか。

 まあ、これに関してはマノン先生か王家の方から何か言ってくるかもしれないし、それを待ってもいいか。

 

「あ、でも、一回くらいは師匠に会いに行った方がいいかな」

「師匠? 貴方、人に教わって身に着けた技能があったの?」

「そりゃあるよ。魔力放出は師匠に教わったんだ。あと、魔法に関する基礎知識も」

 

 そういえばフランシーヌにはあまり話したことがなかったか。

 僕にとっては当たり前の話なので気にしてなかったけれど、これに令嬢は意外にも目を細めて、

 

「貴方。……その師匠というのは魔女なのではないのかしら?」

「え? 魔女って言っても下町で怪しい雑貨売ってるだけの変人だよ。確かに見た目はおとぎ話に出てくる魔女みたいだったけど」

 

 歳を取って肉体労働がしんどいからって僕に雑用を任せ、さらに魔力抜きなんかの仕事までさせていた謎のおばあさんだ。

 

「魔道具は作れるみたいだけどがらくたみたいな物ばかりだったし、魔女じゃないんじゃないかな」

 

 変なことは言っていないはずなのにフランシーヌはため息をついて、

 

「名前は?」

「さあ。周りからも『婆さん』とか『変な魔女さん』とか呼ばれてたし、本人も『名乗るような名前はない』とか言ってたから。僕も師匠としか呼んでなかったんだ」

「あー、あの噂のお婆さんか。クリスってその人のところにいたんだ?」

「そうだよ。ニーナ、知ってる?」

「噂くらいはね。うちは場所が離れてたから行ったことはないんだ」

 

 ほら。都の下町出身ならたぶんだいたい知っている。そんなところで燻っている人がまともな魔女のわけがない。

 これに令嬢は「まあ、いいですけれど」と微妙な顔をして、

 

「恩師に会いに行くのは悪いことではないでしょう。貴方の目的にだって進展があったのだから、その報告も必要でしょうし」

「そうだね」

 

 本人は「もう帰ってくるな」とか言ってたけど一度顔を出してみよう。

 

「じゃあクリス。うちの店にも来てよ。知り合いだから安くしとくよ?」

「あはは。タダじゃないんだね」

「当たり前でしょ? こっちも商売なんだから」

「あの、ニーナさん。わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」

「もちろん! まあ、リアの口に合うかはわからないけど、それでも良ければクリスと一緒にご馳走するよ!」

「それは楽しみです」

 

 口元を綻ばせるリアを見たら僕まで嬉しくなった。

 帰る家がなくても夏休みは楽しく過ごせそうだ。期末の試験さえ乗り切ればまた纏まった時間が取れる。訓練に勉強に調べものに、やることはいくらでもある。

 

 楽しい夏になりますように。

 

 始まる前から夏休みについて思いを馳せる僕だったけれど、残念ながらそれよりも前に再び事件が起こった。

 夜中。

 前よりも大規模な魔獣の群れによって学園が襲撃されたのだ。

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